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第四話 空母赤城 見学会
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■1935年10月
横須賀 空母 赤城
ドイツはヴェルサイユ条約を堂々と無視し、再び大艦隊の再建へと進みだしていた。
主力となる戦艦については第一次世界大戦で実績のある設計を流用可能であったが、空母についてはドイツ海軍は全くノウハウを持っていなかった。
レーダーの発達により航空機の戦力価値が下がったとはいえ、洋上索敵など空母にはまだ利用価値がある。そこでドイツ海軍は同盟国の日本に空母赤城の見学を申し入れていた。
そして今日、ようやく日本海軍の許可が下りたため、3名のドイツ人が横須賀に停泊する空母赤城を訪れていた。
その日、平賀譲の機嫌は最悪だった。今日に限った話ではない。この所ずっと最悪のままである。
色々な事が重なり平賀は現在予備役となっていた。こうなったら開き直って悠悠自適に過ごすつもりだったが、かつての馬鹿な部下が起こした不祥事の尻拭いに嘱託の身分で駆り出される羽目になる。
更にその馬鹿は死んだ後でも迷惑をかけるらしい。今月もっと大きな事件が起きて、その対応で今や平賀は寝る間もないほどの忙しさとなっていた。あの馬鹿が目の前にいたら縊り殺してやりたい所だが、まことに残念ながらもう死んでいる。
それ程に忙しい身であるにも関わらず、この日なぜか平賀は空母赤城にいた。ドイツが空母建造にあたり艤装や運用を学ぶため赤城を見学するのだという。その応対要員として平賀が急に駆り出されたのだった。
本来案内するはずだった人間が急病で来れなくなったというのが表向きの理由らしいが、実はあまりにも平賀の機嫌が悪いため、とにかく一日でもいいから遠ざけたいという関係者の裏工作の結果だった。
そんな事情もあり、平賀はドイツ人の応対など他人に任せ、一言も発することなく見学団の一番後ろを歩いていた。平賀にはこの日の役目を果たすつもりなど更々なかった。
そのはずだった。
『Es ist nicht besonders gut……』(たいした事はないな……)
一人のドイツ人がつぶやいた。それが全ての引き金だった。
ちょうど説明の合間だったせいか、その声は意外なほど大きく赤城の格納庫内に反響した。それは最後尾を歩いていた平賀の耳にも十分とどくものだった。
『Hey, du Idiot! Was haben Sie gerade gesagt!』(おい、そこの馬鹿者!いま何と言った?!)
それまで全くやる気を見せていなかった平賀が突然怒鳴った。驚いた見学団一同が一斉に平賀へと振り返る。
「か、閣下、いったいどういう……」
いきなりの不穏な空気に案内役の大佐がアワアワと狼狽える。
ドイツの空軍士官、海軍士官、造船技術者を案内しているのだ。この場に居る全員がドイツ語を話せる。すなわち全員が平賀の罵声を明瞭に理解していた。
オロオロする大佐を無視して、平賀は3人のドイツ人の一人、先ほど侮辱的な言葉を発した主任設計技術者のハインリッヒ・オーレリッヒに歩み寄る。
『たいして良くない。そう言ったまでですが。閣下、何か問題でも?』
オーレリッヒは悪びれることなく慇懃に答える。これにはドイツ空軍士官と海軍士官も顔を顰めた。何しろ予備役とはいえ相手は元将官で、非も無礼な発言をしたこちら側にあるのだ。
だが喧嘩を売られた形となった平賀の顔は満更でもない。相手の挑発的な態度を見てむしろ嬉しそうな程であった。
最近とにかくストレスの溜まっていた平賀は、それをぶつける丁度良い『おもちゃ』を見つけたのだ。実際、彼は心の中で喝采をあげていた。
『ほう……ではこの老人にひとつ赤城の何が良くないのかご教示してくれんか?』
『仕方ないですなぁ。では我がドイツ戦艦の防御がいかに強靭か、そしてこの空母の何が良くないか、私が教えて差し上げましょう』
平賀の内心に気づかぬまま、オーレリッヒはアジア人蔑視の態度を丸出しにして平賀の申し出を了承した。
『それは楽しみだ。ぜひじっくりと話を聞かせてもらいたいものだな』
受けた平賀の方も傍から見れば理解できない程に楽しげだった。
「あ、あの、閣下……見学内容はあらかじめ決められておりますが……」
案内の大佐が慌てて場を収めようとするが、一介の大佐ごときにストレスMAX状態の平賀不譲を説得するなど出来る訳がない。
「知らん。おい、すぐに適当な部屋を用意しろ。あーこの艦の士官室でいい。それと図面も持ってこい。下の構造は元のままだから今のやつで構わん」
「そ、それは……せ、説明内容も事前に決められておりますので……」
今回の見学にあたり、海軍はドイツに対しどこまで情報を開示するかあらかじめ決めていた。それは『独逸国航空官及海軍武官ノ赤城見学ノ際見学許可並ニ説明標準』として文書にまとめられている。
その中でも装甲については詳細を伏せる事となっていた。
A.概艦-(2) 装甲(外装甲、内装甲、喫水線下装甲)
装甲ハアルモ其ノ厚サハ発表セラレズ舷側装甲ハ三吋程ニテ吃水線下マデ伸ビタルコトヲ述ベ差支ナシ。甲板ノ装甲ノ厚サハ一切発表セズ。
平賀はこの取り決めを完全に破ろうとしていたのだった。
赤城が巡洋戦艦として設計されたのは1919年、今から16年も前の事である。しかも巡洋戦艦としては未成艦である。平賀の中では既に機密でもなんでもない。
だがその古臭い設計すら理解できない馬鹿が目の前にいるのだ。溜まっているストレスを晴らすこんなに良い機会を平賀が見逃すはずがなかった。
「どうした!早く用意しろ!」
「は、はい!!」
こうなった平賀を止められる者は誰もいない。見学スケジュールは急遽変更となり、全員が士官室へと向かう事になった。
【後書き】
ドイツ語はグーグル先生に教えてもらったものなので、ツッコミはご容赦ください。大学で習ったはずなのに、もう完全に忘れてます……
次回は、平賀無双です。ドイツ戦艦のダメダメさをこき下ろしてストレス発散します。
横須賀 空母 赤城
ドイツはヴェルサイユ条約を堂々と無視し、再び大艦隊の再建へと進みだしていた。
主力となる戦艦については第一次世界大戦で実績のある設計を流用可能であったが、空母についてはドイツ海軍は全くノウハウを持っていなかった。
レーダーの発達により航空機の戦力価値が下がったとはいえ、洋上索敵など空母にはまだ利用価値がある。そこでドイツ海軍は同盟国の日本に空母赤城の見学を申し入れていた。
そして今日、ようやく日本海軍の許可が下りたため、3名のドイツ人が横須賀に停泊する空母赤城を訪れていた。
その日、平賀譲の機嫌は最悪だった。今日に限った話ではない。この所ずっと最悪のままである。
色々な事が重なり平賀は現在予備役となっていた。こうなったら開き直って悠悠自適に過ごすつもりだったが、かつての馬鹿な部下が起こした不祥事の尻拭いに嘱託の身分で駆り出される羽目になる。
更にその馬鹿は死んだ後でも迷惑をかけるらしい。今月もっと大きな事件が起きて、その対応で今や平賀は寝る間もないほどの忙しさとなっていた。あの馬鹿が目の前にいたら縊り殺してやりたい所だが、まことに残念ながらもう死んでいる。
それ程に忙しい身であるにも関わらず、この日なぜか平賀は空母赤城にいた。ドイツが空母建造にあたり艤装や運用を学ぶため赤城を見学するのだという。その応対要員として平賀が急に駆り出されたのだった。
本来案内するはずだった人間が急病で来れなくなったというのが表向きの理由らしいが、実はあまりにも平賀の機嫌が悪いため、とにかく一日でもいいから遠ざけたいという関係者の裏工作の結果だった。
そんな事情もあり、平賀はドイツ人の応対など他人に任せ、一言も発することなく見学団の一番後ろを歩いていた。平賀にはこの日の役目を果たすつもりなど更々なかった。
そのはずだった。
『Es ist nicht besonders gut……』(たいした事はないな……)
一人のドイツ人がつぶやいた。それが全ての引き金だった。
ちょうど説明の合間だったせいか、その声は意外なほど大きく赤城の格納庫内に反響した。それは最後尾を歩いていた平賀の耳にも十分とどくものだった。
『Hey, du Idiot! Was haben Sie gerade gesagt!』(おい、そこの馬鹿者!いま何と言った?!)
それまで全くやる気を見せていなかった平賀が突然怒鳴った。驚いた見学団一同が一斉に平賀へと振り返る。
「か、閣下、いったいどういう……」
いきなりの不穏な空気に案内役の大佐がアワアワと狼狽える。
ドイツの空軍士官、海軍士官、造船技術者を案内しているのだ。この場に居る全員がドイツ語を話せる。すなわち全員が平賀の罵声を明瞭に理解していた。
オロオロする大佐を無視して、平賀は3人のドイツ人の一人、先ほど侮辱的な言葉を発した主任設計技術者のハインリッヒ・オーレリッヒに歩み寄る。
『たいして良くない。そう言ったまでですが。閣下、何か問題でも?』
オーレリッヒは悪びれることなく慇懃に答える。これにはドイツ空軍士官と海軍士官も顔を顰めた。何しろ予備役とはいえ相手は元将官で、非も無礼な発言をしたこちら側にあるのだ。
だが喧嘩を売られた形となった平賀の顔は満更でもない。相手の挑発的な態度を見てむしろ嬉しそうな程であった。
最近とにかくストレスの溜まっていた平賀は、それをぶつける丁度良い『おもちゃ』を見つけたのだ。実際、彼は心の中で喝采をあげていた。
『ほう……ではこの老人にひとつ赤城の何が良くないのかご教示してくれんか?』
『仕方ないですなぁ。では我がドイツ戦艦の防御がいかに強靭か、そしてこの空母の何が良くないか、私が教えて差し上げましょう』
平賀の内心に気づかぬまま、オーレリッヒはアジア人蔑視の態度を丸出しにして平賀の申し出を了承した。
『それは楽しみだ。ぜひじっくりと話を聞かせてもらいたいものだな』
受けた平賀の方も傍から見れば理解できない程に楽しげだった。
「あ、あの、閣下……見学内容はあらかじめ決められておりますが……」
案内の大佐が慌てて場を収めようとするが、一介の大佐ごときにストレスMAX状態の平賀不譲を説得するなど出来る訳がない。
「知らん。おい、すぐに適当な部屋を用意しろ。あーこの艦の士官室でいい。それと図面も持ってこい。下の構造は元のままだから今のやつで構わん」
「そ、それは……せ、説明内容も事前に決められておりますので……」
今回の見学にあたり、海軍はドイツに対しどこまで情報を開示するかあらかじめ決めていた。それは『独逸国航空官及海軍武官ノ赤城見学ノ際見学許可並ニ説明標準』として文書にまとめられている。
その中でも装甲については詳細を伏せる事となっていた。
A.概艦-(2) 装甲(外装甲、内装甲、喫水線下装甲)
装甲ハアルモ其ノ厚サハ発表セラレズ舷側装甲ハ三吋程ニテ吃水線下マデ伸ビタルコトヲ述ベ差支ナシ。甲板ノ装甲ノ厚サハ一切発表セズ。
平賀はこの取り決めを完全に破ろうとしていたのだった。
赤城が巡洋戦艦として設計されたのは1919年、今から16年も前の事である。しかも巡洋戦艦としては未成艦である。平賀の中では既に機密でもなんでもない。
だがその古臭い設計すら理解できない馬鹿が目の前にいるのだ。溜まっているストレスを晴らすこんなに良い機会を平賀が見逃すはずがなかった。
「どうした!早く用意しろ!」
「は、はい!!」
こうなった平賀を止められる者は誰もいない。見学スケジュールは急遽変更となり、全員が士官室へと向かう事になった。
【後書き】
ドイツ語はグーグル先生に教えてもらったものなので、ツッコミはご容赦ください。大学で習ったはずなのに、もう完全に忘れてます……
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