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生贄村(8)
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緊張が走った。皆の表情が凍りつき武器を構える。私も釣られるようにして同じ行動を取った。
「いきなり構えないでよ。怖いわね」
女の姿をしたそれはローブを身にまとい裸足で立っていた。
異質感が漂う。人間の形をしていても人間じゃないことが肌に突き刺さるようにわかる。
「誰です」
毅然と一戸さんが問うた。
「うふふ。教えてあげなよ」
疑問符を浮かべる面々の中、痛ましい表情をしていたのは砂代くんだった。それで合点が行く。
あの人は砂代くんの姉。その怨霊だ。
注意深く、彼女の顔や手などの外気に露出した部分を見ると、時折湯気のように透けて見える瞬間がある。反面、足はじっと見続けても、しっかりと生身感が揺らぐことはない。
砂代くんの話した通り、マナナンガルの下半身というわけだ。
「⋯⋯」
砂代くんはいつまで経っても答えない。関係者だとバレるのは嫌だということだろうか。
「ねえ、アサキ。なんで戻ってきたの? 私を差し置いて産まれたアサキ。私を殺しに来たの?」
「何を言っているのです」
「黙りなさい」
「黙るのはそちらです。⋯⋯殺しましょう」
一戸さんが目配せする。それに反応した桜庭さんは辛そうに首を横に振った。魔法の詳しい原理はしらないけど、どうやらエネルギー切れのようだ。
「じゃあ俺だな」
工藤さんがボウガンを構える。素早く照準を定めて放つと矢が女の胸を貫いた。
「うふふ、攻撃したわね」
怨霊にダメージが入った様子はない。矢は貫いたんじゃなく通り抜けていた。物理攻撃は無効というわけだ。
「工藤さん。足を狙ってください。足は生身なので」
「お、おう」
唐突な私からの助言に驚くも、手早くボウガンを構え直した。
「それはやめて」
「えっ」
その声は横から聞こえた。
聞いたこともないその声はこの場にいる全てを静止させた。
目を向けてそこに居たのは、犬。隠れられるような建物もなく開けた場所に一匹、ポツンと立っていた。
一つ、おかしなところを挙げるとするなら、胴体部分に人間の腕が生えているということ。
「そんな姿形をしてたんだ。望月真奈」
犬が喋った。口を開いて、流暢に。
「美人さんだね」
「⋯⋯あ、マナナンガル、か」
思考が追いついた。あの腕には見覚えがある。電車で散々触って操った腕だ。
「新手ですか」
「いや、あれは敵じゃないです。⋯⋯砂代くんも斬っちゃダメだよ」
刀の柄に手をかけたのを見逃さない。
「斬るなら二人の話を聞いてからでも遅くないんじゃない?」
「わかってます。そのつもりでした」
その表情はどこか引き締まっている。機を伺っているようだ。
一見すると三竦みの状況。
「話す? 話すとはあの化け物と? 何を言っているのですか?」
「何ってそのままの意味でしょ」
「弁えなさい。貴方がたは場違いだ」
どうやら三竦みじゃないようだ。
「こっちは別に誰とも敵対する気はないよー」
呑気に犬が言う。生えた腕が親指を立てていた。
「俺、どうすりゃいいの?」
「撃ってきなよ?」
困惑する者、挑発する者。
「構いません、撃ちなさい」
「撃っちゃダメだよー。私の足だから」
苛立ちのまま指示が下され、犬がそれを止める。
「撃っちゃっていいんじゃないの⋯⋯?」
混乱状況の最中、膝立ちで休む桜庭さんの呟きは誰にも届かない。そんな桜庭さんに私は歩み寄った。
「ねえ、そのエアガン、貸してくれない?」
「はあ? 嫌」
「いや? じゃあいいか」
あわよくば借りられると思ったけど上手くはいかないな。まあでも多分大丈夫。
右腕を一度振りナイフを消し、さらにもう一度振ることでエアガンを出現させた。外見は桜庭さんのエアガンそのもの。
「それで何するのよ?」
「ん? まあ、試したいことがあってね」
見よう見まねで弾倉を抜き、地面に散らばるbb弾を何粒か詰め込む。そしてセット。
「いや、それで撃ったって意味ないでしょ」
「意味ないかもしれないし、あるかもしれない。⋯⋯倉木さん、ちょっとこっちに」
声をかけると笑顔で寄ってくる。それに気づいた一戸さんもこっちを見た。
「はい、何でございましょう?」
「私の前に立って向こうを見てください」
言われたまま、私に後頭部を見せる。
「こんな時に何のマネですか」
「まあ、こういうことですよ」
左腕で私より背の低い倉木さんを抑え込み、右手のエアガンを倉木さんのこめかみに添えた。
「一戸さんたちに言います。今日の所は帰ってください。帰らなきゃ撃ちますよ」
「きゃあー」
ノリ良く倉木さんが叫んでくれた。
驚く一同、犬の頭を撫でる右腕、興味深そうに静観するローブの怨霊、そして全体を俯瞰する私。今、最高に悪目立ちしてる。
「もう貴方たちの仕事は果たせたと言ってもいいはずです。ならもう帰りましょう」
「突然何を。第一あのローブがそれを許さないでしょう」
「え? いいわよ? 帰るなら帰って」
「はい。そういうことです」
「本当か怪しいものですがね。それで? 何であれ化け物は殺しますよ。その後帰ります。誰が死のうが関係ない。我々は命を懸けて仕事をしているのですからね」
「でも倉木さんは違いますよね?」
「は? 違うとは?」
「倉木さんは偉い人の娘さん。リーダーである一戸さんはそのことを知らされていましたね? だから倉木さんには優しくしていました。つまり、一戸さんは倉木さんを危険に晒してはいけない立場にあるってことですよ。だったら大人しく帰るしかないですよね?」
「⋯⋯それは、そのエアガンに殺傷能力があったらの話しです」
「話だけならいくらでもしますよ。このエアガンから出る弾は貫通力が凄いです。私の力でその再現をしました。説明しましたが、その上でハッタリだと判断しますか?」
「そうだとするなら、望月さんには撃てませんよ。貴女に人は殺せません」
「本当にそう思いますか?」
殺すか、殺さないかの判断は要らない。今一時、右手人差し指を無心で引く決断ができるかできないか。
それならできる。
「私はこう見えて社会不適合者なんですが、だからこそ社会人にはできない決断ができます。話せない人間より話せる人間以外と仲良くしたい。だから撃てます。考えなしにね」
自分のセリフに納得感しかなかった。今、最高にやりたいことをやれている。
「⋯⋯そうまでして、何がしたいのですか」
「話すんですよ。面白そうだから」
一戸さんは諦めたように息を吐いた。
「わかりました。帰りましょう。ただし、何があっても加勢はしません」
「それでいいです」
話がまとまったと見て倉木さんから手を離す。一歩後ろに下がると、同じようにして倉木さんも下がって密着してきた。
「わたくしから条件があります。わたくしも残りますわ」
「え⋯⋯」
肩越しに言われて困惑する。一戸さんに目を合わせると、
「言う通りにしてあげてください」
「本人が言うなら、別にいいけど⋯⋯」
「はい。よろしくお願いいたしますわ」
死んでも責任は取らなくていいよね。
「帰るのね? さよならー」
警戒させない為か、ローブ女は入り口から大きく離れて手を振る。
一戸さん、工藤さん、桜庭さんが村から出て行った。
残ったのは、私、砂代くん、倉木さん。そして、犬とローブ。全員、話しやすい位置まで近づいた。
「まずは、犬のことについて知りたいな」
「いきなり構えないでよ。怖いわね」
女の姿をしたそれはローブを身にまとい裸足で立っていた。
異質感が漂う。人間の形をしていても人間じゃないことが肌に突き刺さるようにわかる。
「誰です」
毅然と一戸さんが問うた。
「うふふ。教えてあげなよ」
疑問符を浮かべる面々の中、痛ましい表情をしていたのは砂代くんだった。それで合点が行く。
あの人は砂代くんの姉。その怨霊だ。
注意深く、彼女の顔や手などの外気に露出した部分を見ると、時折湯気のように透けて見える瞬間がある。反面、足はじっと見続けても、しっかりと生身感が揺らぐことはない。
砂代くんの話した通り、マナナンガルの下半身というわけだ。
「⋯⋯」
砂代くんはいつまで経っても答えない。関係者だとバレるのは嫌だということだろうか。
「ねえ、アサキ。なんで戻ってきたの? 私を差し置いて産まれたアサキ。私を殺しに来たの?」
「何を言っているのです」
「黙りなさい」
「黙るのはそちらです。⋯⋯殺しましょう」
一戸さんが目配せする。それに反応した桜庭さんは辛そうに首を横に振った。魔法の詳しい原理はしらないけど、どうやらエネルギー切れのようだ。
「じゃあ俺だな」
工藤さんがボウガンを構える。素早く照準を定めて放つと矢が女の胸を貫いた。
「うふふ、攻撃したわね」
怨霊にダメージが入った様子はない。矢は貫いたんじゃなく通り抜けていた。物理攻撃は無効というわけだ。
「工藤さん。足を狙ってください。足は生身なので」
「お、おう」
唐突な私からの助言に驚くも、手早くボウガンを構え直した。
「それはやめて」
「えっ」
その声は横から聞こえた。
聞いたこともないその声はこの場にいる全てを静止させた。
目を向けてそこに居たのは、犬。隠れられるような建物もなく開けた場所に一匹、ポツンと立っていた。
一つ、おかしなところを挙げるとするなら、胴体部分に人間の腕が生えているということ。
「そんな姿形をしてたんだ。望月真奈」
犬が喋った。口を開いて、流暢に。
「美人さんだね」
「⋯⋯あ、マナナンガル、か」
思考が追いついた。あの腕には見覚えがある。電車で散々触って操った腕だ。
「新手ですか」
「いや、あれは敵じゃないです。⋯⋯砂代くんも斬っちゃダメだよ」
刀の柄に手をかけたのを見逃さない。
「斬るなら二人の話を聞いてからでも遅くないんじゃない?」
「わかってます。そのつもりでした」
その表情はどこか引き締まっている。機を伺っているようだ。
一見すると三竦みの状況。
「話す? 話すとはあの化け物と? 何を言っているのですか?」
「何ってそのままの意味でしょ」
「弁えなさい。貴方がたは場違いだ」
どうやら三竦みじゃないようだ。
「こっちは別に誰とも敵対する気はないよー」
呑気に犬が言う。生えた腕が親指を立てていた。
「俺、どうすりゃいいの?」
「撃ってきなよ?」
困惑する者、挑発する者。
「構いません、撃ちなさい」
「撃っちゃダメだよー。私の足だから」
苛立ちのまま指示が下され、犬がそれを止める。
「撃っちゃっていいんじゃないの⋯⋯?」
混乱状況の最中、膝立ちで休む桜庭さんの呟きは誰にも届かない。そんな桜庭さんに私は歩み寄った。
「ねえ、そのエアガン、貸してくれない?」
「はあ? 嫌」
「いや? じゃあいいか」
あわよくば借りられると思ったけど上手くはいかないな。まあでも多分大丈夫。
右腕を一度振りナイフを消し、さらにもう一度振ることでエアガンを出現させた。外見は桜庭さんのエアガンそのもの。
「それで何するのよ?」
「ん? まあ、試したいことがあってね」
見よう見まねで弾倉を抜き、地面に散らばるbb弾を何粒か詰め込む。そしてセット。
「いや、それで撃ったって意味ないでしょ」
「意味ないかもしれないし、あるかもしれない。⋯⋯倉木さん、ちょっとこっちに」
声をかけると笑顔で寄ってくる。それに気づいた一戸さんもこっちを見た。
「はい、何でございましょう?」
「私の前に立って向こうを見てください」
言われたまま、私に後頭部を見せる。
「こんな時に何のマネですか」
「まあ、こういうことですよ」
左腕で私より背の低い倉木さんを抑え込み、右手のエアガンを倉木さんのこめかみに添えた。
「一戸さんたちに言います。今日の所は帰ってください。帰らなきゃ撃ちますよ」
「きゃあー」
ノリ良く倉木さんが叫んでくれた。
驚く一同、犬の頭を撫でる右腕、興味深そうに静観するローブの怨霊、そして全体を俯瞰する私。今、最高に悪目立ちしてる。
「もう貴方たちの仕事は果たせたと言ってもいいはずです。ならもう帰りましょう」
「突然何を。第一あのローブがそれを許さないでしょう」
「え? いいわよ? 帰るなら帰って」
「はい。そういうことです」
「本当か怪しいものですがね。それで? 何であれ化け物は殺しますよ。その後帰ります。誰が死のうが関係ない。我々は命を懸けて仕事をしているのですからね」
「でも倉木さんは違いますよね?」
「は? 違うとは?」
「倉木さんは偉い人の娘さん。リーダーである一戸さんはそのことを知らされていましたね? だから倉木さんには優しくしていました。つまり、一戸さんは倉木さんを危険に晒してはいけない立場にあるってことですよ。だったら大人しく帰るしかないですよね?」
「⋯⋯それは、そのエアガンに殺傷能力があったらの話しです」
「話だけならいくらでもしますよ。このエアガンから出る弾は貫通力が凄いです。私の力でその再現をしました。説明しましたが、その上でハッタリだと判断しますか?」
「そうだとするなら、望月さんには撃てませんよ。貴女に人は殺せません」
「本当にそう思いますか?」
殺すか、殺さないかの判断は要らない。今一時、右手人差し指を無心で引く決断ができるかできないか。
それならできる。
「私はこう見えて社会不適合者なんですが、だからこそ社会人にはできない決断ができます。話せない人間より話せる人間以外と仲良くしたい。だから撃てます。考えなしにね」
自分のセリフに納得感しかなかった。今、最高にやりたいことをやれている。
「⋯⋯そうまでして、何がしたいのですか」
「話すんですよ。面白そうだから」
一戸さんは諦めたように息を吐いた。
「わかりました。帰りましょう。ただし、何があっても加勢はしません」
「それでいいです」
話がまとまったと見て倉木さんから手を離す。一歩後ろに下がると、同じようにして倉木さんも下がって密着してきた。
「わたくしから条件があります。わたくしも残りますわ」
「え⋯⋯」
肩越しに言われて困惑する。一戸さんに目を合わせると、
「言う通りにしてあげてください」
「本人が言うなら、別にいいけど⋯⋯」
「はい。よろしくお願いいたしますわ」
死んでも責任は取らなくていいよね。
「帰るのね? さよならー」
警戒させない為か、ローブ女は入り口から大きく離れて手を振る。
一戸さん、工藤さん、桜庭さんが村から出て行った。
残ったのは、私、砂代くん、倉木さん。そして、犬とローブ。全員、話しやすい位置まで近づいた。
「まずは、犬のことについて知りたいな」
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