何でも起こるこの世界で

ヤギー

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生贄村(4)

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「やあ、また来たよ。⋯⋯って言っても聞こえてないか」

 夢の世界。電車の中。
 そこには前と同じくローブを被ったものが居た。
 話しかけても反応はないのでやはり耳は聞こえないんだろう。彼女にあるのは右腕だけ。その触覚だけが他人と意思疎通を取れる。
 驚かせないよう遅い動作で隣に座り、彼女の手の甲にノックするように指を立てる。
 ぴくりと反応したのを見てから指先にペンを触れさせると握った。同じ流れでメモの存在も知らせた。

『ここはどこ』

 早速文字が書き殴られる。
 その問いに対してどう返答するか考えている内にペンは走っていた。

『ひと、げんじつのどこか なか、ゆめやまぼろしのどこか くすり、わからない ちかいゆびをさわって』

 これは、三択ってことか。
 ひと、なか、くすりは人差し指、中指、薬指のこと。
 だとしたら触るのは中指だ。
 指は三本立っている。その中の真ん中の指に触れた。
 一拍置かれて、今度は親指だけが立てられる。グッド、ってことかな。
 右腕が置いたペンを拾った。

『あなたはにんげん ひと、はい なか、いいえ くすり、わからない』

 答えは人差し指。触れるとまたグッドが来る。質問のリセットも兼ねてるのかもしれない。

『あなたはわたしのことをしっている ひと、しっている なか、きいたことがある くすり、わからない』

 これは中指だろうな。ニュアンス的にこれが近い。
 
『このばしょはあんぜん ひと、はい なか、いいえ くすり、わからない』

 安全だと思うけど、ちょっと遊んでみよう。
 人差し指を摘んだ。そしてもう片方の手で軽く薬指を触る。
 安全だけど例外はある、みたいなニュアンスが伝わるかのテストだ。
 驚いたのか動きが静止する。少ししてグッドグッド、と上下に揺らして理解を示していた。
 またペンを拾うと指に挟んでペンの頭を左右に振った。
 文字を書く素振りじゃない。考えているか上機嫌かのどっちかだ。
 私は私で聞きたいことがあったけど、今の所は質問が続く限り受けに徹しよう。心を開いてもらった方がやりやすくなるし。
 文字が書かれ出した。


『生贄村について ひと、しっている なか、わからない くすり、いくよていがある』

 指が三本立てられた。
 素直に答えておこうか。行く予定がある。

『つれていって』

 今度は選択肢が用意されなかった。
 戻りたいという固い意志があるんだろう。気分的には尊重したいけど、その方法がわからない。現場に近付けば自力で現実に帰って来れるとか?
 こっちから質問するタイミングが来たようだ。
 握られたペンを抜き取り、人差し指だけを立てるように形作る。その人差し指を、今度は私がペンに見立てて座席シートに接着させた。
 シートに文字を書いて私の意図を伝える。そう察したのか右腕は触れられても特に抵抗はない。

『つれていく』

 と、まずはゆっくり書いた。隙を見て少しの間だけ親指が立てられたので文字は伝わっているようだ。
 
『あなたはどうやってここにきたの』

 続けて質問すると、ペンを持って書き出した。

『じっさいにはいない からだはほどんどたべられて いまはみぎうでだけぶじなじょうたいでむらのどこかにある』

 食べられた? かろうじて生きてるってことだろうか。右腕に意識を残して。

『あなたにおとうとはいるの』

 右腕を手に取っての質問。返答を待った。

『? いない』

 んー不思議。
 砂代くんはマナナンガルを姉だと言った。でもこの人は弟はいないと主張してる。
 どっちかが違うことを言っているわけだ。

『わたしはふたりのにんげんにいのちをねらわれた そのふたりはきょうだいだった いま むらがどうなってるかしりたい』

 きょうだい。姉弟だろうか。
 命を狙われ弱った所を何かに食べられた。そして今は右腕だけで村に潜んでいる。
 言葉から読み取れるのはそんな所か。

『なぜいのちをねらわれたの』

『いいたくない いったらにんげんであるあなたはわたしをきらうから』

 返答の拒否。
 右腕はペンを置いた。その姿からは当然、表情は見えて来ない。何となく寂しそうに見えるのは私が勝手にそう思ってるだけだろう。

『たぶん なにがあったかは そのうちわかることだとおもう でも なんとなくわたしは そのときになっても きらわないとおもうよ』

 気を持たせるための出任せ半分、直感半分の回答。
 少し文字が長くなったけど伝わるかな。

『そうだったら あなたはすこし りんりかんが おかしいよ』

 ペンが置かれない。
 間があって続きが書かれた。

『でも そうあってほしいと わたしはおもう』

 そうして力強く親指が立てられた。
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