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恐怖の大王(2)
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クリスマス翌日。名取に呼び出された。
喫煙所に入る。そこにいたのは一人の少年だった。素朴さがありつつも鋭さのある顔付きをしている。そして多分未成年。こんな所に何の用事だろうか。名取はいない。
「あっ」
私を見て眉を上げた。
「あの時の⋯⋯」
低くも高くもない声で呟く。
あの時とはどの時だ。こんな子、知り合いには居なかったはずだけど。
「御旗山に居た人、ですよね?」
「⋯⋯ああ。あの刀を持ってた少年か!」
思い出す。御旗自然公園でフローレンスと二回目に会った時にいた、四人の内の一人だ。そういえばこんな感じの子だったか。忘れてた、あの時は焦ってたしな。
「ん、てことは、君も名取に呼ばれてきたの?」
「はい」
簡素な返答が来る。
「望月真奈です。君は?」
「砂代朝樹です」
砂代朝樹くん、ね。
「あの、聞いていいかわからないんですけど、魔女って、どうなったんですか?」
「今私の家にいるよ?」
「そう、ですか⋯⋯」
答えると、目を伏せて返ってくる。
それきり、会話が続くことはなかった。けど別に気まずくなるようなことじゃない。初対面だし、例えば電車で乗り合わせた隣の人と会話することなんてない。
それからは他人の振りをして名取を待つことにした。
「すまん、遅れた」
名取が、火のついたタバコを指に挟んだまま緩く手刀を切って登場する。
「お疲れ様です」
砂代くんが丁寧に挨拶をする。
「おう。早速だが仕事の話だ。⋯⋯と、言いたいんだがな、まあまずは望月さんか」
「私?」
名取はどこか歯切れが悪く続ける。
「恐怖の大王って知ってるか?」
「え? 詳しくは知らないけど、昔、恐怖の大王が来て世界を滅ぼすとかって預言されたんだっけ?」
地球最後の日をどう過ごすか、っていう想像が生まれたのはこれが要因だったとか。
「まあそんな感じだ。それがな、来るんだよ」
「はあ」
「それを望月さんに何とかして欲しい」
「は、私が?」
いや、無理でしょ。
「そんな世界規模のこと、私にはできないよ」
「いや、できるらしい。具体的に何が来るかって言うと、巨大隕石が降ってきて地球をぶっ壊すんだと。それを望月さんなら無かったことにできるって言うんだが、どうなんだ?」
「隕石」
そんなの想像もできないことだ。⋯⋯ああ、想像できないから何も起きないってこと?
私が、不変の現実を夢の力で作るから、隕石は落ちない。それを当てにして私に任せようとしてるってことか。
「できる、かな? 多分、きっと、おそらく」
「曖昧だな。いや、曖昧に思えるだけ凄いんだが。まあできればそれで良いし、できなきゃ地球が滅ぶだけだ。全てが終わるなら逆に何も気にしなくていいから、気負わず当たってくれ」
一理あるっちゃあるけど、やっぱり雑だな、この人。
「日時は?」
「十二月三十一の日没から翌日、一月一日の日の出の間だ。場所は知らん。だが落ちてくればこの街にいても見えるそうだ」
「ふうん。じゃ、その時に高い所とかで空を見てればいいね。私にやれることと言えばそのくらいだけど」
「ああ。それでいい」
世界の終わりか。願ったことはあっても本気で叶うとは思ってもなかったな。今も、隕石が落ちると言われてもフラットな気持ちだ。正月に外出しないといけないのは面倒臭いけど。
「お金は?」
「来年の朝が来たらたんまりだ」
そりゃあ世界を救うわけだからね。
「了解です。ま、やれるだけやるよ」
「頼む。⋯⋯で、だ。世界が終わるなら話しても無駄なんだが、その後の仕事が二人にある」
「はい」
砂代少年が待ってましたとばかりに返事をした。名取も心なしかそっちに比重を置いて話し出す。
「生贄村の件だ」
「いつですか」
「すまん。呼んでおいて何だが探索の実行が決定されただけでそれ以外はまだ何も決まってないんだ。おそらく春頃だろうが、何とも言えん」
「え? じゃあこの子呼ぶ必要なかったんじゃない。小さなことで呼び付けて、意地悪な人だなあ」
「⋯⋯いえ、俺が頼んだんです」
「砂代には因縁ってやつがあるんだよ。文句あるか?」
「ないです」
ただの善意だった。
「あれ、そういえば二人にって言わなかった?」
「ああ。望月さんにもお呼びが掛かった」
「武闘派なことはできないんだけど」
「⋯⋯少しは備えておけ」
苦虫を噛み潰すように言われた。
受け持った人間には優しいとか自称していたのに。
「社員の人と何かあったってわけ?」
「まあな。望月さん、裏で何かやってただろ。それも含めたあんたの功績が買われて、今回の件に組み込めと圧力がかかった」
裏といえば、くねくねのことか。よくもまあ、プライバシーの部分を嗅ぎつけて⋯⋯。
「私のファン居ない?」
「冗談じゃなくな」
生暖かい目で見られた。
「まあいいや。とりあえず今は恐怖の大王だよね」
妙な話は聞きたくない。一度切り上げた。
「春頃ですよね。それまで待機してます。望月さんもその時はよろしくお願いします。それでは」
「おう。気を付けて帰れよ」
「地球が無事なら、またね」
女二人に見送られて、早々に少年は喫煙所を後にした。
「世の中の全てを憎む無敵の人みたいな子だね」
「よく見てるじゃないか」
「え、当たってるの?」
「さてな」
喫煙所に入る。そこにいたのは一人の少年だった。素朴さがありつつも鋭さのある顔付きをしている。そして多分未成年。こんな所に何の用事だろうか。名取はいない。
「あっ」
私を見て眉を上げた。
「あの時の⋯⋯」
低くも高くもない声で呟く。
あの時とはどの時だ。こんな子、知り合いには居なかったはずだけど。
「御旗山に居た人、ですよね?」
「⋯⋯ああ。あの刀を持ってた少年か!」
思い出す。御旗自然公園でフローレンスと二回目に会った時にいた、四人の内の一人だ。そういえばこんな感じの子だったか。忘れてた、あの時は焦ってたしな。
「ん、てことは、君も名取に呼ばれてきたの?」
「はい」
簡素な返答が来る。
「望月真奈です。君は?」
「砂代朝樹です」
砂代朝樹くん、ね。
「あの、聞いていいかわからないんですけど、魔女って、どうなったんですか?」
「今私の家にいるよ?」
「そう、ですか⋯⋯」
答えると、目を伏せて返ってくる。
それきり、会話が続くことはなかった。けど別に気まずくなるようなことじゃない。初対面だし、例えば電車で乗り合わせた隣の人と会話することなんてない。
それからは他人の振りをして名取を待つことにした。
「すまん、遅れた」
名取が、火のついたタバコを指に挟んだまま緩く手刀を切って登場する。
「お疲れ様です」
砂代くんが丁寧に挨拶をする。
「おう。早速だが仕事の話だ。⋯⋯と、言いたいんだがな、まあまずは望月さんか」
「私?」
名取はどこか歯切れが悪く続ける。
「恐怖の大王って知ってるか?」
「え? 詳しくは知らないけど、昔、恐怖の大王が来て世界を滅ぼすとかって預言されたんだっけ?」
地球最後の日をどう過ごすか、っていう想像が生まれたのはこれが要因だったとか。
「まあそんな感じだ。それがな、来るんだよ」
「はあ」
「それを望月さんに何とかして欲しい」
「は、私が?」
いや、無理でしょ。
「そんな世界規模のこと、私にはできないよ」
「いや、できるらしい。具体的に何が来るかって言うと、巨大隕石が降ってきて地球をぶっ壊すんだと。それを望月さんなら無かったことにできるって言うんだが、どうなんだ?」
「隕石」
そんなの想像もできないことだ。⋯⋯ああ、想像できないから何も起きないってこと?
私が、不変の現実を夢の力で作るから、隕石は落ちない。それを当てにして私に任せようとしてるってことか。
「できる、かな? 多分、きっと、おそらく」
「曖昧だな。いや、曖昧に思えるだけ凄いんだが。まあできればそれで良いし、できなきゃ地球が滅ぶだけだ。全てが終わるなら逆に何も気にしなくていいから、気負わず当たってくれ」
一理あるっちゃあるけど、やっぱり雑だな、この人。
「日時は?」
「十二月三十一の日没から翌日、一月一日の日の出の間だ。場所は知らん。だが落ちてくればこの街にいても見えるそうだ」
「ふうん。じゃ、その時に高い所とかで空を見てればいいね。私にやれることと言えばそのくらいだけど」
「ああ。それでいい」
世界の終わりか。願ったことはあっても本気で叶うとは思ってもなかったな。今も、隕石が落ちると言われてもフラットな気持ちだ。正月に外出しないといけないのは面倒臭いけど。
「お金は?」
「来年の朝が来たらたんまりだ」
そりゃあ世界を救うわけだからね。
「了解です。ま、やれるだけやるよ」
「頼む。⋯⋯で、だ。世界が終わるなら話しても無駄なんだが、その後の仕事が二人にある」
「はい」
砂代少年が待ってましたとばかりに返事をした。名取も心なしかそっちに比重を置いて話し出す。
「生贄村の件だ」
「いつですか」
「すまん。呼んでおいて何だが探索の実行が決定されただけでそれ以外はまだ何も決まってないんだ。おそらく春頃だろうが、何とも言えん」
「え? じゃあこの子呼ぶ必要なかったんじゃない。小さなことで呼び付けて、意地悪な人だなあ」
「⋯⋯いえ、俺が頼んだんです」
「砂代には因縁ってやつがあるんだよ。文句あるか?」
「ないです」
ただの善意だった。
「あれ、そういえば二人にって言わなかった?」
「ああ。望月さんにもお呼びが掛かった」
「武闘派なことはできないんだけど」
「⋯⋯少しは備えておけ」
苦虫を噛み潰すように言われた。
受け持った人間には優しいとか自称していたのに。
「社員の人と何かあったってわけ?」
「まあな。望月さん、裏で何かやってただろ。それも含めたあんたの功績が買われて、今回の件に組み込めと圧力がかかった」
裏といえば、くねくねのことか。よくもまあ、プライバシーの部分を嗅ぎつけて⋯⋯。
「私のファン居ない?」
「冗談じゃなくな」
生暖かい目で見られた。
「まあいいや。とりあえず今は恐怖の大王だよね」
妙な話は聞きたくない。一度切り上げた。
「春頃ですよね。それまで待機してます。望月さんもその時はよろしくお願いします。それでは」
「おう。気を付けて帰れよ」
「地球が無事なら、またね」
女二人に見送られて、早々に少年は喫煙所を後にした。
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