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悪役令嬢
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思慮深く、堂々としていて、高貴さに満ち溢れた貴女に見惚れた。
艶のある長い髪、細い肩と腰、それでいて程よく主張した胸を我が物としたいと願った。
しかし貴女は届かぬ存在。既に手を出してはいけない存在だった。
我が国の王子、その婚約者というのが貴女の肩書。弁える他ない。諦めはついていた。たまに話をするだけでも貴女の魅力は十分伝わり、満足できたから。
貴女が幸せであり、俺のことを知人として認知してくれるならそれで良い。そう納得できていた。
だが。貴女は今、この扉の向こうにいる。俺の屋敷の、ある一室に。
それは何故か。買ったからだ。奴隷に落ちた貴女を。
扉をノックし、間を多く取って開ける。開かれた先には貴女がいた。
「おはようございます」
部屋に入り、一礼する。
「サフィア様、と呼べばいいんですかね」
「様付けするのはこちらでしょう?」
サフィアは不遜に笑う。少し痩せてはいるが、相変わらずの気品に少し安心した。
「それはちょっと調子が狂いますね。前と同じく呼んでくださいよ」
「ではゼストア、事の顛末を説明しなさい」
「それは貴女が一番わかっているでしょう? 貴女の素性が魔王の血縁者だと王子にバレた。その結果、貴女方一家は処刑、しかし貴女だけは辛くも免れた。何とか逃げ仰せるも、闇商人に捕まり、そこを私が見つけ出して買った。これが一連の流れです」
「ええ、そうだったわね。でもバレたんじゃなく、バラされたのよ」
俺の知らない補足が入った。
「リリアという田舎娘。知らないかしら?」
「ああ⋯⋯、今の王子の婚約者がそんな名前でしたね」
考えるふりをして目を逸らす。
「そう。私に隠れて王子と密会していた女よ」
色々と知っている口ぶりだ。
要はサフィアはその女に嵌められたということ。
「まあ、今となってはどうでもいい話よ」
「どうでもいい、ですか」
サフィアに怒りの表情はない。いや、この人は普段から完璧に表情を取り繕ってるから正確な判断はできないが、何となく悪い感情は心の中にも抱いていない気がする。むしろリラックスしているというか、緩みさえ見える。
「なんか、ホントにどうでもいいって感じですね」
「あら、わかる?」
「⋯⋯」
無防備な笑顔、というヤツだ。今まで見たことのない顔。何のしがらみもないからこそできる顔。
「王子の婚約者という立場、もしくは魔王の血縁者という立場。どちらかがかなりの重荷になっていたと見えます」
「どっちもよ。まあ、どちらかというと前者か」
今の彼女には何もない。重荷と一緒に大切なものまで消えてしまった。こんな風に飄々としていてもいつかは自覚する時が来る。その時はこの人でも泣いたりするんだろうか。
「やめなさい」
「⋯⋯何をですか?」
「憐れむのを」
鋭く睨まれる。いつもの覇気ある表情。
「すみません」
「いずれこうなることは予測していたわ。だからその時から覚悟を決めていたのよ」
「知っていたと?」
「知っていたわ。だからこうして私は生き延びた」
この人が知っていたと言うならそうなんだろう。そして、だとするなら今のこの状況が彼女にとって最善なんだろう。
彼女は頭の良い人だ。だから選択を間違えない。見落とさない。選び遅れない。
「今後はどうするつもりですか?」
数ある才能の持ち主である貴女なら、何だってできるだろう。俺はそれを見届けたい。
「どうって、私、君の奴隷だしどうもこうもないわよ?」
「そんなこと、貴女ならどうとでもなるでしょう」
「ふふふ。君はさあ、何か私のことを買い被ってるよね。そういう風に見せてきた私も悪いんだけど、そんな君が一番に私を買うと予測もしてたけど、そろそろ等身大の私を見てもいいんじゃないかしら?」
またも見たことのない表情。挑発するような何かを期待するような、そんな顔。
「?」
「え。わからない?」
「はい。残念ながら」
「ゼストア。君はさ、私のこと、好き?」
「まあ、はい」
「なら私に、したいことあるんじゃないかしら」
え。そういうこと?
ほんのり顔を赤くするサフィアを見てようやく気付いた。
「い、いや、俺は⋯⋯」
「初めて出会った時から、私は君の目を惹いていたわ。言い方、おかしいけれどね。その時から私は、今のこの状況を、一つの可能性として想像していたの。⋯⋯今後どうするかなんて、それは君が決めることなのよ」
ここからは、俺か。そうだな。委ねられたら行くしかない。
「俺は、確かに一目惚れだった。でもそれは、貴女の気高さに惚れたんだ」
人より優れている所、それに驕らない所。より良くあろうとする心意気に惚れた。でも、
「でも。よね⋯⋯?」
「勝手に心を読まないでください。⋯⋯ええ、でもです。それと同じく、外見にも惚れました。これに関しては完全なる性欲です。だから相応しくない——」
「とも、思いきれてないのでしょう?」
「⋯⋯まあ、はい。わかってますよ。然るべき時が来たら、俺の選択を下させてもらいますよ」
なんならそれは、今晩かもしれない。というかそうだろうな。
「まあ、いいわ。その時が来たら、私の両方ともを愛しなさい」
「奴隷の態度じゃないんですよ」
互いに、示し合うように笑みを見せた。
今、初めてサフィアに向けて本心で笑った気がする。そして三度見たサフィアの初顔。
これが等身大、というヤツだろうか。毅然としていない表情。こんなの誰も見たことないんじゃないだろうか。いや、王子はあるか。それを思うと、中々にモヤつくな。
「ちなみに言っておくけれど、王子は私のことを何も知らないわ」
「あの。俺ってそんなに心が読みやすいですか?」
「あら。もしかしたらそれは、お互い様かもしれないわよ?」
「お互い様?」
言葉だけだと意味がわからなかった。
サフィアの顔を見て理解した。
「君に想ってもらえて、嬉しさが隠せないの」
ああ、こんなにも、素直な人だったのか。
艶のある長い髪、細い肩と腰、それでいて程よく主張した胸を我が物としたいと願った。
しかし貴女は届かぬ存在。既に手を出してはいけない存在だった。
我が国の王子、その婚約者というのが貴女の肩書。弁える他ない。諦めはついていた。たまに話をするだけでも貴女の魅力は十分伝わり、満足できたから。
貴女が幸せであり、俺のことを知人として認知してくれるならそれで良い。そう納得できていた。
だが。貴女は今、この扉の向こうにいる。俺の屋敷の、ある一室に。
それは何故か。買ったからだ。奴隷に落ちた貴女を。
扉をノックし、間を多く取って開ける。開かれた先には貴女がいた。
「おはようございます」
部屋に入り、一礼する。
「サフィア様、と呼べばいいんですかね」
「様付けするのはこちらでしょう?」
サフィアは不遜に笑う。少し痩せてはいるが、相変わらずの気品に少し安心した。
「それはちょっと調子が狂いますね。前と同じく呼んでくださいよ」
「ではゼストア、事の顛末を説明しなさい」
「それは貴女が一番わかっているでしょう? 貴女の素性が魔王の血縁者だと王子にバレた。その結果、貴女方一家は処刑、しかし貴女だけは辛くも免れた。何とか逃げ仰せるも、闇商人に捕まり、そこを私が見つけ出して買った。これが一連の流れです」
「ええ、そうだったわね。でもバレたんじゃなく、バラされたのよ」
俺の知らない補足が入った。
「リリアという田舎娘。知らないかしら?」
「ああ⋯⋯、今の王子の婚約者がそんな名前でしたね」
考えるふりをして目を逸らす。
「そう。私に隠れて王子と密会していた女よ」
色々と知っている口ぶりだ。
要はサフィアはその女に嵌められたということ。
「まあ、今となってはどうでもいい話よ」
「どうでもいい、ですか」
サフィアに怒りの表情はない。いや、この人は普段から完璧に表情を取り繕ってるから正確な判断はできないが、何となく悪い感情は心の中にも抱いていない気がする。むしろリラックスしているというか、緩みさえ見える。
「なんか、ホントにどうでもいいって感じですね」
「あら、わかる?」
「⋯⋯」
無防備な笑顔、というヤツだ。今まで見たことのない顔。何のしがらみもないからこそできる顔。
「王子の婚約者という立場、もしくは魔王の血縁者という立場。どちらかがかなりの重荷になっていたと見えます」
「どっちもよ。まあ、どちらかというと前者か」
今の彼女には何もない。重荷と一緒に大切なものまで消えてしまった。こんな風に飄々としていてもいつかは自覚する時が来る。その時はこの人でも泣いたりするんだろうか。
「やめなさい」
「⋯⋯何をですか?」
「憐れむのを」
鋭く睨まれる。いつもの覇気ある表情。
「すみません」
「いずれこうなることは予測していたわ。だからその時から覚悟を決めていたのよ」
「知っていたと?」
「知っていたわ。だからこうして私は生き延びた」
この人が知っていたと言うならそうなんだろう。そして、だとするなら今のこの状況が彼女にとって最善なんだろう。
彼女は頭の良い人だ。だから選択を間違えない。見落とさない。選び遅れない。
「今後はどうするつもりですか?」
数ある才能の持ち主である貴女なら、何だってできるだろう。俺はそれを見届けたい。
「どうって、私、君の奴隷だしどうもこうもないわよ?」
「そんなこと、貴女ならどうとでもなるでしょう」
「ふふふ。君はさあ、何か私のことを買い被ってるよね。そういう風に見せてきた私も悪いんだけど、そんな君が一番に私を買うと予測もしてたけど、そろそろ等身大の私を見てもいいんじゃないかしら?」
またも見たことのない表情。挑発するような何かを期待するような、そんな顔。
「?」
「え。わからない?」
「はい。残念ながら」
「ゼストア。君はさ、私のこと、好き?」
「まあ、はい」
「なら私に、したいことあるんじゃないかしら」
え。そういうこと?
ほんのり顔を赤くするサフィアを見てようやく気付いた。
「い、いや、俺は⋯⋯」
「初めて出会った時から、私は君の目を惹いていたわ。言い方、おかしいけれどね。その時から私は、今のこの状況を、一つの可能性として想像していたの。⋯⋯今後どうするかなんて、それは君が決めることなのよ」
ここからは、俺か。そうだな。委ねられたら行くしかない。
「俺は、確かに一目惚れだった。でもそれは、貴女の気高さに惚れたんだ」
人より優れている所、それに驕らない所。より良くあろうとする心意気に惚れた。でも、
「でも。よね⋯⋯?」
「勝手に心を読まないでください。⋯⋯ええ、でもです。それと同じく、外見にも惚れました。これに関しては完全なる性欲です。だから相応しくない——」
「とも、思いきれてないのでしょう?」
「⋯⋯まあ、はい。わかってますよ。然るべき時が来たら、俺の選択を下させてもらいますよ」
なんならそれは、今晩かもしれない。というかそうだろうな。
「まあ、いいわ。その時が来たら、私の両方ともを愛しなさい」
「奴隷の態度じゃないんですよ」
互いに、示し合うように笑みを見せた。
今、初めてサフィアに向けて本心で笑った気がする。そして三度見たサフィアの初顔。
これが等身大、というヤツだろうか。毅然としていない表情。こんなの誰も見たことないんじゃないだろうか。いや、王子はあるか。それを思うと、中々にモヤつくな。
「ちなみに言っておくけれど、王子は私のことを何も知らないわ」
「あの。俺ってそんなに心が読みやすいですか?」
「あら。もしかしたらそれは、お互い様かもしれないわよ?」
「お互い様?」
言葉だけだと意味がわからなかった。
サフィアの顔を見て理解した。
「君に想ってもらえて、嬉しさが隠せないの」
ああ、こんなにも、素直な人だったのか。
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