早朝の教室、あの人が待ってる

河瀬みどり

文字の大きさ
上 下
6 / 11

第6話

しおりを挟む
それから二週間、志水くんは朝の時間をわたしのために使ってくれた。

なんだか夢を見ているような、あまりにもふわふわした時間で、わたしの集中はしばしば途切れてしまう。志水くんが説明してくれているのに、わたしは志水くんのことをじっと見ていたり、志水くんのことをじっと見ているのに、目の焦点が志水くんの顔のずっと向こうで合っているような感覚に陥ったりした。

それは、普段関わりのない人と話すときの、凡人としての正常な反応だと思うし、志水くんのような存在とこうして顔を付き合わせて共同作業をしているとなればなおさらだと思う。

それ以上の感情は、と自分に問いかけてみる。特別な感情があるのかどうかは自分でも分からない。志水くんのような人にうっすらとでも憧れない人はなかなかいないんじゃないかと思う。自分が抱いている憧れは、その域を超えているのか否か、自分でも分からない。

二週間が経って、夏休みが始まった頃には、わたしの数学に対する理解は随分進展していた。志水くんの説明を聞いたり、志水くんのノートを一年生のときの分から全部貸してもらったりして理解を深めていた。

夏休みのあいだも、志水くんはほとんど欠かすことなく早朝登校を続けていた。なんでそんなことが分かるかというと、わたしもほとんど毎日、早朝登校をしていたからだ。志水くんが休む日はバスケ部の合宿や練習試合、大会がある日だけで、その情報はマネージャーが運営しているバスケ部のSNSアカウントを追っていれば容易に仕入れることができた。わたしも、吹奏楽部の大会がある日以外は早朝登校を欠かさなかった。

夏休みのあいだじゅう、わたしと志水くんは早朝の時間をずっと共有していた。お互い、それぞれの部活の練習が始まるまでは教室にいたから、バスケ部も吹奏楽部も午後から練習なんて日は、お昼までの時間も同じ空気を共有していた。

とはいえ、みっちり数学を教えてもらったあの二週間が過ぎたあと、わたしと志水くんがまともに言葉を交わした機会はたったの二度しかない。

一度目は、暴風警報が出て部活の午後練習が流れた日だった。午前十一時半を少し過ぎた頃、二人のスマートフォンが一斉に震えだして、同時に画面を見て、そして、わたしたちはばっちりのタイミングで目を見合わせた。

「一緒に帰る?」

遠くの席から、志水くんがそう誘ってくれた。

わたしはこくこくと頷き、慌てて帰り支度を整える。そんなに急がなくても、という志水くんの苦笑いに気づいて、気恥ずかしさに顔を火照らせながら動作をゆっくりに戻した。クーラーの効いた教室なのに、キャミソールはもちろん、制服のブラウスまで背中に貼りついている感覚があって、それが余計に自分の羞恥心を撫でていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

好きな人がいるならちゃんと言ってよ

しがと
恋愛
高校1年生から好きだった彼に毎日のようにアピールして、2年の夏にようやく交際を始めることができた。それなのに、彼は私ではない女性が好きみたいで……。 彼目線と彼女目線の両方で話が進みます。*全4話

処理中です...