青春の幕間

河瀬みどり

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第七章 富田祐斗

第六十八話

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その次もいいサーブだった。元々、サーブを含め一つ一つのショットの質は高い選手だ。俺は相手コート奥に、シャトルが床と平行に進むようなまっすぐの軌道で返してみる。副島先輩はまた高く返球してきた。意表を突かれたのか、やや甘い球だった。スマッシュを思い切り副島先輩のコートに叩き込む。

そのとき、実果の表情がぱっと輝いた。「サービスオーバー、ワン、ツー」。美晃のコールにも、先ほどまでの無味乾燥より色がついているように感じられる。公平に頼むぞ、とたしなめる意味で、むっとした表情で美晃を軽くにらんだ。美晃は「ごめんごめん」の意味をこめて眉を少し上げた。

俺は深呼吸をして、実果の視線を感じながらサーブの構えに入る、まだ序盤だけれど、ここで追いつけるか否かは精神的にも重要だ。二―二ならば競り合うゲームだが、一―三ならば追いかけるゲームになってしまう。相手に得点差以上の余裕を与えてしまう。

そして、奇策を使うべきはこういう場面だ。相手は初めて得点を取られて、頭の中では先ほどの失点を反省しているはず。二セット目はここまで、俺は基本的に強い球を使ってきた。それならば。

俺はショートサーブを放つ。コースも上手く決まった、副島先輩は僅かだがつんのめりながら前に出て、腕をめいっぱい伸ばした態勢でレシーブ。シャトルは高く上がった。スマッシュでもよいところ、クロスへのドロップ、ネット際に落ちる球。狙い通り、速い球を意識していた副島先輩は動けない。

俺は思わずガッツポーズした。実果は不思議と喜びが半分ずつといった微笑み。意表を突く緩い球に対して動けない感覚はなかなか外野に伝わらないものだ。

得点は二―二。流れは取り戻した。主導権を握るため、ここは王道の攻めで点を獲りたい。ネット際に落ちたシャトルを副島先輩がラケットを使って拾い、軽く打ってこちらに返してくる。目が合って、俺はその冷然とした視線にはっとした。俺は何を考えているんだろう。戦略も、戦術も、勝利への執念も不要なのに。

俺は定位置からロングサーブを放つ。副島先輩が悠然とステップを踏んで下がる。先ほどショートサーブから得点されたのに、何の警戒心もなく悠然と後退した。当たり前だ。奇策を警戒する必要なんてない。得点は獲らせておけばよい。冷然とした表情は、俺の行動を過剰な演出だと断じて嘲っていたのかもしれない。

こんな試合、あってなるものか。突然、悲しみがこみ上がってきて、同時に、これまでの部活での思い出が蘇ってくる。百均で売っているラケットの価格を見て、道具が安そうだと思ったのと、公園で親子連れが打っている姿を想像して、そんなに厳しくはないだろうと思ったのが動機だった。

中学校に入学するころには、周囲と自分の家のあいだにある格差があからさまに見えるようになってきていて、それをどうすることもできないことを分かり始めていた。日常のお喋りや、ちょっとした行動の感覚にも、その差は容赦なく現れる。

コンビニや食堂で物を買うのも躊躇うし、学校で使うものは必要最低限しか持っていないし、服も季節ごとに一着ずつしか持っていなかった。特別な買い物も、外食も、旅行もない。漫画の単行本も買えない。

でも、部活は違った。確かに道具をやたらに買い替える人もいる。でも、いざ練習が始まれば、メニューに沿って動くだけ。いざ試合が始まれば、ルールに沿って勝利を目指すだけ。

練習は意外にも厳しくて、けれども、必死になっている瞬間には家のことを忘れられたし、他人より自分が優れているような気分になれるのは試合に勝ったときだけだった。あの感覚はやみつきになる。

そして、初めての公式試合、初めての入賞。ひとたび体育館に来れば、同級生や後輩たちから嫉妬や尊敬のまなざしが注がれる。もちろん、部活での人間関係は、競技における強さだけでは決まらない。でも、強さが人間関係における頑丈な鎧であることに間違いはなかった。

バドミントンは競技であり、俺も天才じゃない。だから、体力や技術の壁にぶつかることもあった。でも、それは体力や技術の壁に過ぎない。自分なりに工夫して練習し、これを変えよう、これをやめよう、これをやってみようと意識すれば、その壁は乗り越えられた。他の人たちと違って、バドミントンくらいしか時間の使い道がなかったことが、かえって成長を助けてくれたのかもしれない。

俺が思い出に浸っているあいだにも、試合はどんどん進んでいく。ただ場当たり的に打っていても、試合の形にはなる。俺と、俺の周りとを隔てる厚くて高い壁。その壁は横に拡張され、ついに部活にまでその端を到達させたのだ。

この壁が立ちはだかったからには、もう越えられない。諦めるしかない。俺のスマッシュが決まって、十五―十四。「ポイント、ヒフティーン、フォーティーン」。美晃がコールする。鼻の奥がつんとした。

次は節目の得点。十五―十五にしなければならない。俺はラリーの途中で、副島先輩のフォア側、利き手側のサイドに、やや甘い球を放った。副島先輩がここぞとばかりに飛びつき、思いきりラケットを振り下ろす。

シャトルが叩かれた瞬間、俺は息をのんだ。「アウトです」。宮沢さんが手を広げて判定を述べる。ライン際ギリギリ。でも、確かにアウトだった。
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