青春の幕間

河瀬みどり

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第七章 富田祐斗

第六十五話

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いつものようにカバンとラケットを肩にかけ、美晃と一緒に体育館へ向かう。今日は朝から美晃の態度がぎこちないように感じられるのは、この放課後のイベントを知っているからだろう。歩の態度もいつも以上にぎこちなかったけれど、それは美晃がこのことを話したか、もしくは、俺と美晃の発する雰囲気に気後れしたからに違いない。

インターハイ予選前の金曜日、俺と副島先輩が一戦交える時間が近づいていた。

体育館に近づくにつれ、俺の中では後ろめたさが強くなっていった。卑劣な手段に乗る後ろめたさ、周囲の緊張を裏切る後ろめたさ。どれくらいの人が俺に期待していて、どれくらいの人が副島先輩に期待しているのか。それは分からないけれど、そのどちらをも欺こうとしている。

体育館に入ると、一年生の手によってネットは張り終わっていた。できあがったコートで上級生が軽い打ち合いを楽しんでいる。

美晃に誘われ、俺もコートに入った。気分はどんどん沈んでいくけれど、身体は軽快に動く。間違いなく、身体のコンディションはいい。それでも、と俺は横目で副島先輩を確認してしまう。二つ離れたコートで、俺たちと同じように打ち合いに興じる副島先輩。

「集合」

部長の合図があって、男女全員が円形になって、それぞれの部長が今日の練習メニューを淡々と述べて、二人の顧問が短い言葉で部員たちを激励した。

準備体操をして、体育館内を軽く走って、フットワークの練習をして、シャトルを打つ練習もほどよく行った。部長が二回目の休憩の指示を出して、その後は試合をすることを告げる。最初の試合は俺と片桐先輩との一戦、その次に副島先輩と片桐先輩が戦って、俺と副島先輩との試合は三試合目。

もう一度集合がかかり、男女別々に円形をつくる。

書類上は一つのバドミントン部として扱われているけれど、男女が一緒になるのは最初と最後の集合だけだ。県下でも女子が男子と比べて弱い原因の一つはそのせいなのではないかと俺は思っている。スポーツ推薦で集めている学校と対等に戦おうと思えば、男子に交じって練習し、試合をするくらいでないといけない。

明真学園の女子はまだ「女子バドミントン」をやっているように感じられる。強豪校の女子は、「男子バドミントン」あるいは、「バドミントン」をやっている。スピードとパワーで圧倒するバドミントンだ。一流の、プロの世界はわからないけれど、一・五流と二流の差はそこにあると俺は思う。

そう言うと、多くの人は結局筋力なのかと考えるかもしれない。実は、それもまた違う。フォームやステップ、構え、意識や読み。そんな身体と心の「使い方」がスピードとパワーを決定的に変えたりもする。

でも、それらを劇的に変えるきっかけは、一段上の相手とやらなくては掴めない。練習試合や公式戦でしかそんな相手と戦わないならば、それは機会が少なすぎる。

「残りは審判してやってくれ。一年生は外周してこい」

試合の組み合わせとコートを指定したあと、三上先生は部員たちにそう命令した。
「はいっ」という鋭く張り詰めた返事が部活の士気の高さを表現している。

片桐先輩に軽く会釈して俺はコートに入った。数回シャトルを打って感覚を確かめ、握手をして試合開始。じゃんけんで負けて、相手はサーブを選んだ。

この場合、俺はエンドを、つまり、コートのどちら側でプレイするかを選ぶことができる。俺が「このままで」と伝えて、試合が始まった。

バドミントンのサーブは大きく分けると二種類あって、相手コート奥に高い球を上げるロングサーブと、ネットの上端すれすれを通って相手の手前に落とすショートサーブ。シングルスではロングサーブが主流だが、相手は初手からショートサーブだった。

バックハンド側、つまり、相手の利き腕とは反対側にとりあえず返球する。そのままセオリー通り打っていると、勝手に相手が崩れていく。片桐先輩のスランプはそれほど深刻だった。初手に奇策を打とうという行動が自信のなさを余計に示していて、こちらの心には余裕が生まれる。

得点したので、こちらのサーブ。俺は左手でシャトルをつまんで、相手の構えをじろりと睨んで、まぁ、普通にやろうと決めて、普通にサーブを打った。

今度は先ほどよりもラリーが短く終わる。堅実に打っていれば勝てる相手だと確信できてしまうくらい、手ごたえがない。副島先輩も片桐先輩には確実に勝つだろう。もし、俺がここを負けたりなんかしたら、「お金の件はなしだ」なんて副島先輩に言われかねない。

俺はサーブの構えに入り、相手の表情を観察した。まだ二―〇なのに、力の差を感じたときの、怯えた顔をしている。二週間前から試合をすることは決まっていたのに、どうして対策さえしてこないのだろう。

策があるうちは、あんな瞳にはならない。もしかしたら片桐先輩も、バドミントンとは別の場所で辛い思いをしているのかもしれない。

三点目、四点目と連続して入って、相手が一点取って、すぐに俺が取り返した。得点は五―一。二十一点獲った方がセットを獲れるから、序盤の四点差はかなり大きい。

俺のミスが出て、相手に一点。そのあとこちらが二点獲った。七―二。俺は再びサーブに入る。相手を見て、シャトルを見て、もう一度相手を見て、もう一度シャトルを見た。

副島先輩との熱戦を、文字通り演じて。俺の高校バドミントン生活は終わる。頭の中で、こんな偉そうにバドミントンのことを考えたって、それは水泡に帰す運命にある。無駄なのだ。

いま、目の前の片桐先輩が考えているであろう付け焼き刃の戦術ほどに無駄なのだ。

いや、片桐先輩の考えより、俺のバドミントンに対する想いや考えのほうが無駄の度合いは大きい。この試合での経験、思考を次に活かそうと、片桐先輩は行動するかもしれない。大学でもバドミントンを続けるのならば、いま苦しい中で片桐先輩が考えていることは、将来、片桐先輩の役に立つかもしれない。

けれども、俺にはもうその機会がない。アルバイトをしようという決意は揺るがないだろう。大学に入学できても、働きながら通うことになるのは目に見えている。バドミントンを続けて、バドミントンのために身を滅ぼしたら、それはバドミントンに失礼だ。
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