青春の幕間

河瀬みどり

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第六章 宮沢瑞姫

第六十二話

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「俺は違うんだよ。もう後には引けない。小学三年生からバドミントンやってて、中学一年のときには間違いなく一番強かった。でも、他のやつらがメキメキ実力つけてきて、中学校でも三年生のときには一番じゃなかった。高校に入って、もっと色んなやつらが入ってきて、『史上最強世代』なんて言われて、その中で頑張ったつもりだったけど、足搔いただけだった。上が引退しても、秋も冬も俺は補欠だったから、これが最後のチャンスなんだ」
「また、大学でもやればいいじゃないですか」
「いまここで負けたら、俺は大学で続けられないと思う」
「なんでですか?」
「小学生の息子がさ、大会で賞を獲ってきたらどう思う?」
「親がってことですか?」
「そう」
「嬉しいんじゃないですか?」
「うん。嬉しいんだよ。自分たちで薦めてやらせた競技なら余計に。子育ての『腕前』に酔っちゃうんじゃないかな。それに、子供のほうも嬉しいんだよ。みんな手放しで褒めてくれる。なんとなくこの競技が好きなんじゃないかと思えてくる。自慢する快感に囚われる。親にはいつもバドミントンの話ばっかりしてた気がする」
「いまはバドミントンの話、しないんですか?」

副島先輩はゆっくりと、一度だけ首を横に振った。

「するんだよ。それが問題なんだ。親の手前、友達の手前、キャラクターは変えられない。分かりやすさと一貫性は、真実よりも、本当の気持ちよりも大事だから。もう後には引けない。高校に入って、入賞できなくなってからずっと苦しかった。活躍もできないのに好きだと言い張るには、嘘まではいかなくても、ごまかしがたくさん必要だから。もう高校三年生の、最後の機会だ。『努力が報われたね』の瞬間が来ないと、自分も相手も上辺だけの会話は辛いから」
「八百長で勝っても、それは上辺ですよ」
「自分にとってはね。でも、話し相手にとっては真実だから。結果が出なくても、頑張り続けて、最後に報われた。それでいい。だから好き。それは説得力がある」
「先輩、バドミントン好きですか?」
「もう好きじゃない。最初から好きじゃなかったのかも」

先輩のコーヒーからは、いつのまにか湯気が消えていた。
わたしは先輩にかける言葉が見つからず、先輩はぬるくなったコーヒーに口をつけ、カップを置いて薄笑いを浮かべた。

「結局、喋っちゃったね。なんでこんなことしたのか」
「ありがとうございます。すみませんでした」

わたしは恐縮して、目も合わせずにそう言った。

「なんの話だったっけ?」
「……どうやって、富田くんがこの話に乗ってくると確信したかって話です。富田くんの父親がコンビニ店員だってことまで聞きました」
「そうだったね」

わたしと副島先輩のあいだには沈黙が落ちて、カフェスペースのささやきが再び、さざ波のように迫ってきた。わたしはしばらく飲んでいなかったコーヒーを飲んでみた。さっきよりはずっと甘い。ろくにかき混ぜなかったから、糖分が沈殿していたようだ。

わたしと同時に、もう一度コーヒーを啜った副島先輩。副島先輩は本当に少しずつしかコーヒーを飲まない。やはり同時にカップを置いて、副島先輩が口を開く。

「十年近く前だよ。俺の家まで土下座しに来た。俺の親父は、いま橋の近くのコンビニで働いてるあの人を『富田クン』って呼んでた。富田の父親は子供の名前まで出してめいっぱい食い下がってたけど、それでもダメだった。あの時、俺の親父と富田の父親がなにを喋ってたか、小学校も高学年になった頃から分かってきた。横領だよ。富田の父親が俺の親父の会社の金を横領して、クビになったんだ。大きくはないけど、小さくもない会社だ。懇願するためにわざわざ住所を辿って来たんだ。それを足蹴にしたのは俺の親父で、富田の父親が悪いのか、俺の親父が悪いのか、俺には未だにわからない。中学生のとき気づいたのは、あのときの景気はずいぶん悪かったってことかな。体よくリストラしたのかもしれないし、業績と比例して機嫌も悪かったら、情けの心もなくなってたのかもしれない。もちろん、横領した人がクビになることは純粋に正しくて、ただ正しいことが行われただけなのかもしれない」

副島先輩は決して早口で喋ってるわけじゃない。それどころか、途中で小休止を挟みながら、ゆっくりと話した。けれども、わたしは何も言い挟むことはできない。なんと言えばいいのかわからない。

「親父が富田の父親をクビにしてからしばらくして、近くのコンビニで働いてることに気づいた。なんでそんなとこを選んだのか、俺には理解できない、恥を知らない馬鹿なのか、あてつけのつもりなのか」
「富田くんも嫌でしょうね」
「だろうな」

そっけなくそう言って、副島先輩は短く息を吐いた。

「富田が断らないだろうなって思った理由はこんなところだよ」
「話してくださってありがとうございます」
「誰にも言うなよ」
「もちろんです」

わたしが声を張ると、副島先輩はにやっと笑った。
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