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第六章 宮沢瑞姫
第五十五話
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それでも、わたしにとって実果と過ごす図書室の時間はかけがえのないものだ。誰かと心を半分でも共有できていると思えるような会話なんて、そうそうない。
そもそも、学校で実のある時間を過ごせている時間なんて、まるでない。自分でも驚くほど、自分は孤独な人間で、惨めな人生を送っている。誰かと二人組になって、とか、適当に班つくって、なんて言葉が怖いのは、もう当たり前。その言葉がきこえた途端、いや、その言葉がやって来る予感がした瞬間から、わたしは青ざめて、びくびくと周囲を見回している。
ほんの時々、何か用事があって誰かに話しかけに行くときは、まず頭の中で一生懸命に会話をシミュレートして、なるべく自然に近づく歩き方まで思い描いて、想像の中のわたしをトレースするように、一歩一歩近づいていく。そのあいだも、わたしの勇気は引っこみかけて、でも、用事を済まさなければ後でもっと酷いことになるぞと心に鞭を打って、なんとか足を進ませる。
用事を済まさないリスクと話しかける勇気を起こす疲労がいつも天秤にかかっている。
誰とも喋りたくないけど、誰かに話しかけて欲しい。一人でいると、寂しさに背中がそわそわして、何かを探しているふりをしながら振り向いて、楽しく喋っているクラスメイトを眺めて、話を振ってくれないかな、なんて妄想する。相手の方では、わたしがクラスにいることさえ知らないかもしれないのに。
そんなわたしにも、クラスで一人だけ、いつも昼食を一緒に食べる女子がいる。同じバドミントン部の篠原麻衣子。一応、マイと呼んでいる。マイと気が合うか、話が弾むかと言うと、そうでもない。でも、余りものの二人だから仕方がない。友達なのか、と聞かれれば、口では友達だと答えるけど、彼女を友達だってことにすると、友達って何だろうと考えてしまう。
教室の反対側で、何の遠慮もなくふざけあうクラスメイト。本当はあんな関係を、友達って呼ぶんじゃないかな。
とはいえ、本物だろうと偽物だろうと、マイと助け合って生きてきたおかげで、二年生になっても学校の時間をやりすごすことができていた。クラス替えでも離れ離れにならなかったのは奇跡だった。
でも、そんなごまかしが毎日通用するわけじゃなくて、嫌になるくらい孤独に痛めつけられる日がついにやってきた。
それはちょうど一週間前の出来事で、わたしはいつも通り少し遅めに教室に入った。
既に賑やかになっている教室では、わたし一人生徒が増えたくらいで誰も見向きはしない。喧騒の背景になって、わたしは自分の席に着く。
教室を見渡して、違和感を覚えて、いつもの位置にマイがいないことをわたしは発見した。
マイがわたしより遅れてくることは稀だったけれど、あるにはあった。わたしはわざとゆっくり時間をかけながら教科書をカバンから取り出し、一度机の中にしまった筆箱をもう一回出したりして過ごしていた。
そんなときに限って、時計の針の回りは極端に遅い。わたしの動きと同じように、秒針もわざとのろのろ進んでわたしを嘲笑っている。
ようやくチャイムの二分前になって、わたしの脳裡に嫌な予感がうごめきだした。少しずつ血の気が引いていくのが分かって、それなのに、腋や背中から汗が噴き出て、肌をつたっていく感触が気持ち悪い。
秒針の回りは馬鹿みたいに速くなる。あっさりとチャイムが鳴って、先生が入ってきて、風邪でマイが休む旨を告げた。わたしはもう一度、今日の時間割を脳内で確認する。体育なし、美術なし、理科の実験もなし。少しだけ冷静さを取り戻す。
座学が四つ続くだけの午前。この日は幸運にも、教室移動さえなかった。
十分間の休み時間をやりすごすのは意外に簡単で、ゆっくりと片付けや準備をしたり、寝たふりをしておけば何事もなく過ぎていく。他人の話し声がいつもより響くけれども、今日だけだと思えば耐えられた。
問題は昼休みだった。四限終了の鐘が鳴り、クラスメイト達は机を寄せ合ってお弁当を広げたり、連れたって食堂へ向かっていく。わたしは数十秒待ち、人の移動が最高潮を迎えたタイミングを見計らってお弁当を片手に教室を出た。
誰も見ていないはず。そもそも、自分が一緒に昼食を摂る相手でもない人間に見向きするような状況ではないはずだ。それでも、背中に視線を感じたし、誰かが「今日は一緒に食べる相手がいないんだ」と心の中で呟いたはずだと思ってしまう。
いつだって独りなのは分かってる。でも、独りだってことを晒すのは惨めだ。
わたしはお弁当を抱えたまま、特別教室棟へと歩いていった。渡り廊下で、本校舎へ帰ってくる三年生の群れとすれ違う。バドミントン部の先輩がいませんようにと願いながら、窓のほうを向いて顔を隠し、足早に渡り廊下を進んだ。
特別教室棟に到着すると、わたしはその階にある教室の扉に片っ端から手をかけていった。
けれども、鍵が開いている教室など一つもない。一つ上の階にある図書室は開いているだろうけど、開いているということは、既に当番の図書委員たちが来ているということだ。そこに一人弁当を抱えて入室し、隅の席で食べようものなら。わたしは彼らの視線と表情に耐えられないだろう。
そもそも、学校で実のある時間を過ごせている時間なんて、まるでない。自分でも驚くほど、自分は孤独な人間で、惨めな人生を送っている。誰かと二人組になって、とか、適当に班つくって、なんて言葉が怖いのは、もう当たり前。その言葉がきこえた途端、いや、その言葉がやって来る予感がした瞬間から、わたしは青ざめて、びくびくと周囲を見回している。
ほんの時々、何か用事があって誰かに話しかけに行くときは、まず頭の中で一生懸命に会話をシミュレートして、なるべく自然に近づく歩き方まで思い描いて、想像の中のわたしをトレースするように、一歩一歩近づいていく。そのあいだも、わたしの勇気は引っこみかけて、でも、用事を済まさなければ後でもっと酷いことになるぞと心に鞭を打って、なんとか足を進ませる。
用事を済まさないリスクと話しかける勇気を起こす疲労がいつも天秤にかかっている。
誰とも喋りたくないけど、誰かに話しかけて欲しい。一人でいると、寂しさに背中がそわそわして、何かを探しているふりをしながら振り向いて、楽しく喋っているクラスメイトを眺めて、話を振ってくれないかな、なんて妄想する。相手の方では、わたしがクラスにいることさえ知らないかもしれないのに。
そんなわたしにも、クラスで一人だけ、いつも昼食を一緒に食べる女子がいる。同じバドミントン部の篠原麻衣子。一応、マイと呼んでいる。マイと気が合うか、話が弾むかと言うと、そうでもない。でも、余りものの二人だから仕方がない。友達なのか、と聞かれれば、口では友達だと答えるけど、彼女を友達だってことにすると、友達って何だろうと考えてしまう。
教室の反対側で、何の遠慮もなくふざけあうクラスメイト。本当はあんな関係を、友達って呼ぶんじゃないかな。
とはいえ、本物だろうと偽物だろうと、マイと助け合って生きてきたおかげで、二年生になっても学校の時間をやりすごすことができていた。クラス替えでも離れ離れにならなかったのは奇跡だった。
でも、そんなごまかしが毎日通用するわけじゃなくて、嫌になるくらい孤独に痛めつけられる日がついにやってきた。
それはちょうど一週間前の出来事で、わたしはいつも通り少し遅めに教室に入った。
既に賑やかになっている教室では、わたし一人生徒が増えたくらいで誰も見向きはしない。喧騒の背景になって、わたしは自分の席に着く。
教室を見渡して、違和感を覚えて、いつもの位置にマイがいないことをわたしは発見した。
マイがわたしより遅れてくることは稀だったけれど、あるにはあった。わたしはわざとゆっくり時間をかけながら教科書をカバンから取り出し、一度机の中にしまった筆箱をもう一回出したりして過ごしていた。
そんなときに限って、時計の針の回りは極端に遅い。わたしの動きと同じように、秒針もわざとのろのろ進んでわたしを嘲笑っている。
ようやくチャイムの二分前になって、わたしの脳裡に嫌な予感がうごめきだした。少しずつ血の気が引いていくのが分かって、それなのに、腋や背中から汗が噴き出て、肌をつたっていく感触が気持ち悪い。
秒針の回りは馬鹿みたいに速くなる。あっさりとチャイムが鳴って、先生が入ってきて、風邪でマイが休む旨を告げた。わたしはもう一度、今日の時間割を脳内で確認する。体育なし、美術なし、理科の実験もなし。少しだけ冷静さを取り戻す。
座学が四つ続くだけの午前。この日は幸運にも、教室移動さえなかった。
十分間の休み時間をやりすごすのは意外に簡単で、ゆっくりと片付けや準備をしたり、寝たふりをしておけば何事もなく過ぎていく。他人の話し声がいつもより響くけれども、今日だけだと思えば耐えられた。
問題は昼休みだった。四限終了の鐘が鳴り、クラスメイト達は机を寄せ合ってお弁当を広げたり、連れたって食堂へ向かっていく。わたしは数十秒待ち、人の移動が最高潮を迎えたタイミングを見計らってお弁当を片手に教室を出た。
誰も見ていないはず。そもそも、自分が一緒に昼食を摂る相手でもない人間に見向きするような状況ではないはずだ。それでも、背中に視線を感じたし、誰かが「今日は一緒に食べる相手がいないんだ」と心の中で呟いたはずだと思ってしまう。
いつだって独りなのは分かってる。でも、独りだってことを晒すのは惨めだ。
わたしはお弁当を抱えたまま、特別教室棟へと歩いていった。渡り廊下で、本校舎へ帰ってくる三年生の群れとすれ違う。バドミントン部の先輩がいませんようにと願いながら、窓のほうを向いて顔を隠し、足早に渡り廊下を進んだ。
特別教室棟に到着すると、わたしはその階にある教室の扉に片っ端から手をかけていった。
けれども、鍵が開いている教室など一つもない。一つ上の階にある図書室は開いているだろうけど、開いているということは、既に当番の図書委員たちが来ているということだ。そこに一人弁当を抱えて入室し、隅の席で食べようものなら。わたしは彼らの視線と表情に耐えられないだろう。
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