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第五章 椎名匡貴
第四十五話
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一学期最後の席替えで中島の隣の席を得たのは富田で、二学期初日はその席をそのまま引きずっている。そのことも俺を苛々させたし、表彰ということがあったからか、富田が着席すると、中島が椅子を少し寄せて富田に話しかけた。
「おめでと」
「あぁ、ありがと」
「強いんだね」
「たいしたことないよ」
「でも、三位なんでしよ? 県で」
「うん。でも、一位二位には高校三年間で一度も勝てそうにないよ」
そこまでネガティブに言わなくても、と思うくらい暗い調子で富田は言って、中島がフォローに困っているところに、橋本が割って入った。
「いや、祐斗はすげぇよ」
「まだまだだよ」
「いやいや、中島さん聞いてくれ」
「聞く聞く」
橋本の大仰な動作を伴った「聞いてくれ」。中島は左右の膝を寄せ、そのうえに両手を置いて橋本を見上げる。こんな仕草が自然なのはあの二人だからだ。
「うちの県はバドミントンがあんまり盛んじゃないけど、それでも県下にスポーツ推薦で集めてる私立が二校ある。団体戦は毎年その二つが優勝準優勝だ。俺たちは公立の強豪校を含めた三番手グループで、毎年三位争いを繰り広げてる。今年の夏は三位決定戦で負けて四位だったから表彰なし。三年生達はそれで引退だ。そんでもって、個人戦はもっと厳しい。強豪校の奴らがバラバラで出てきて上位を独占するからな。うちなんかは上手くいってベストエイト。十六までに残れればたいしたもんだ。そこを祐斗は三位。推薦で入った強豪校の一年生に二回も勝った」
「でも準決勝で負けた」
富田と橋本のテンションの格差は大きい。
「祐斗に勝ったやつが優勝したじゃん」
「べつに準優勝の人に当たっても勝てなかったよ」
「そんなこと言うなって。来年は優勝しろよ」
いやぁ、どうかな。と、富田ははにかんで、すっと真剣な表情に戻る。
「美晃、お前こそ強くなれよ」
「そのつもりなんだけどなぁ」
「俺が優勝したいのは団体戦だから」
「個人戦より?」
「もちろん」
「なんでだよ」
「燃えるから」
「気持ちは分かる」
富田と橋本は、どこか誇らしげな表情で視線を交わす。話に入っていけてない中島がおずおずと口を開いた。
「三位だったらさ、上の大会いけないの?」
富田が目を細める。
「二位までなんだよ。団体戦も、個人戦も」
「そっか」
「だから、嬉しいより悔しいんだよ」
富田は中島から視線をそらした。窓の外を見る。せっかく中島と喋ってるのに、もったいないと思わないのだろうか。なんて考えているのが通じてしまったのかもしれない。富田はすぐに視線を中島に戻した。
「中島さん、テニス部だよね? 夏休みどうだったの?」
「うーん。一回戦負け」
中島さんは微笑みながら言って、そこにはあまり感慨もなさそうだった。橋本が渋い顔をしているのは、「テニス部だぜ、聞くなよ」と富田に言いたいのだろう。
「富田くんって、夏休みもやっぱりバドミントン漬けだったの?」
「そうだなぁ。いや……」
富田が橋本を見上げる。橋本はにやりと笑って、いつのまにかそこに立っていた田島に視線を投げる。田島はこくこくと頷いて富田に視線を返した。そして、富田は中島を正面から見据える。
「秘密だな」
「えー、教えてよ」
「ムリムリ」
「橋本くん、田島くん」
中島は二人に訴えかけたけど、二人とも含み笑いをしながら首を横に振った。
「おはよう、椎名くん」
その時突然、高濱が俺に話しかけてきた。
「えっ……高濱か」
「なに見てんの?」
「いや、えっと、県大会三位すげぇなと思って」
「話しかけに行けばいいじゃん」
「べつに、俺が話しかけても意味ないから」
「……仲悪いの?」
高濱がいつもより顔を寄せて聞いてくる。といっても、高濱はいつも少し離れて話しかけてくるから、これでちょっと近いという程度だ。
「そういうんじゃないけどさ」
「ふぅん。なんか、椎名くんたちと橋本くんたちって気が合いそうなのに」
なんにもわかってねぇな。
「そうでもないよ」
「そうでもないんだ。男子は分かんないな。ごめんね、変なこと聞いて。でも、聞けると思ったから」
高濱は半歩後退していつもの位置取りに戻る。
こういうところ、高濱はすごいと思う。仕切るキャラをここまで押し通せるのは、もちろん特進科の雰囲気もあるんだろうけど、必要なところではずけずけ聞いたり、逆に繊細なところは配慮したりっていうのができているからだ。典型的な委員長風なのに、そうじゃないところもある。
「話、それだけ?」
「ううん。むしろ本題は文化祭のことなんだけど」
「あぁ、これからの準備とか?」
「そうそう」
文化祭の準備は俺たちが中心となって進めていた。珍しいことに、橋本も従順に作業をするだけで、口や手をだしたりすることはほとんどなかった。
もちろん、面白くて器用で、なんでもできるやつに違いなかったけど、夏休みのあいだも、富田、田島と三人で隅に座り、黙々と手を動かしていた。
そして、最低限の日数と時間だけ参加してすぐ教室を去っていった。
「放課後やるんだろ?」
「でも、みんな部活あるだろうし」
「そんなの、ちょいちょいサボるだろ。文化祭なんだし。人数いないとできないぞ」
「そうだけど、でも、部活頑張ってる人たちに迷惑だから」
「それでクオリティ下がったら意味なくない? 文化祭力入れる学校だし、みんな覚悟してるだろ。テニス部は部内でも休む予定共有して練習回してるくらいだし」
「テニス部はいいかもしれないけど……」
高濱は富田や橋本、中島が喋っているあたりを見やる。
「バド部に配慮ってこと?」
「うん、バド部とかに配慮」
高濱は橋本たちを見たまま頷いた。
「おめでと」
「あぁ、ありがと」
「強いんだね」
「たいしたことないよ」
「でも、三位なんでしよ? 県で」
「うん。でも、一位二位には高校三年間で一度も勝てそうにないよ」
そこまでネガティブに言わなくても、と思うくらい暗い調子で富田は言って、中島がフォローに困っているところに、橋本が割って入った。
「いや、祐斗はすげぇよ」
「まだまだだよ」
「いやいや、中島さん聞いてくれ」
「聞く聞く」
橋本の大仰な動作を伴った「聞いてくれ」。中島は左右の膝を寄せ、そのうえに両手を置いて橋本を見上げる。こんな仕草が自然なのはあの二人だからだ。
「うちの県はバドミントンがあんまり盛んじゃないけど、それでも県下にスポーツ推薦で集めてる私立が二校ある。団体戦は毎年その二つが優勝準優勝だ。俺たちは公立の強豪校を含めた三番手グループで、毎年三位争いを繰り広げてる。今年の夏は三位決定戦で負けて四位だったから表彰なし。三年生達はそれで引退だ。そんでもって、個人戦はもっと厳しい。強豪校の奴らがバラバラで出てきて上位を独占するからな。うちなんかは上手くいってベストエイト。十六までに残れればたいしたもんだ。そこを祐斗は三位。推薦で入った強豪校の一年生に二回も勝った」
「でも準決勝で負けた」
富田と橋本のテンションの格差は大きい。
「祐斗に勝ったやつが優勝したじゃん」
「べつに準優勝の人に当たっても勝てなかったよ」
「そんなこと言うなって。来年は優勝しろよ」
いやぁ、どうかな。と、富田ははにかんで、すっと真剣な表情に戻る。
「美晃、お前こそ強くなれよ」
「そのつもりなんだけどなぁ」
「俺が優勝したいのは団体戦だから」
「個人戦より?」
「もちろん」
「なんでだよ」
「燃えるから」
「気持ちは分かる」
富田と橋本は、どこか誇らしげな表情で視線を交わす。話に入っていけてない中島がおずおずと口を開いた。
「三位だったらさ、上の大会いけないの?」
富田が目を細める。
「二位までなんだよ。団体戦も、個人戦も」
「そっか」
「だから、嬉しいより悔しいんだよ」
富田は中島から視線をそらした。窓の外を見る。せっかく中島と喋ってるのに、もったいないと思わないのだろうか。なんて考えているのが通じてしまったのかもしれない。富田はすぐに視線を中島に戻した。
「中島さん、テニス部だよね? 夏休みどうだったの?」
「うーん。一回戦負け」
中島さんは微笑みながら言って、そこにはあまり感慨もなさそうだった。橋本が渋い顔をしているのは、「テニス部だぜ、聞くなよ」と富田に言いたいのだろう。
「富田くんって、夏休みもやっぱりバドミントン漬けだったの?」
「そうだなぁ。いや……」
富田が橋本を見上げる。橋本はにやりと笑って、いつのまにかそこに立っていた田島に視線を投げる。田島はこくこくと頷いて富田に視線を返した。そして、富田は中島を正面から見据える。
「秘密だな」
「えー、教えてよ」
「ムリムリ」
「橋本くん、田島くん」
中島は二人に訴えかけたけど、二人とも含み笑いをしながら首を横に振った。
「おはよう、椎名くん」
その時突然、高濱が俺に話しかけてきた。
「えっ……高濱か」
「なに見てんの?」
「いや、えっと、県大会三位すげぇなと思って」
「話しかけに行けばいいじゃん」
「べつに、俺が話しかけても意味ないから」
「……仲悪いの?」
高濱がいつもより顔を寄せて聞いてくる。といっても、高濱はいつも少し離れて話しかけてくるから、これでちょっと近いという程度だ。
「そういうんじゃないけどさ」
「ふぅん。なんか、椎名くんたちと橋本くんたちって気が合いそうなのに」
なんにもわかってねぇな。
「そうでもないよ」
「そうでもないんだ。男子は分かんないな。ごめんね、変なこと聞いて。でも、聞けると思ったから」
高濱は半歩後退していつもの位置取りに戻る。
こういうところ、高濱はすごいと思う。仕切るキャラをここまで押し通せるのは、もちろん特進科の雰囲気もあるんだろうけど、必要なところではずけずけ聞いたり、逆に繊細なところは配慮したりっていうのができているからだ。典型的な委員長風なのに、そうじゃないところもある。
「話、それだけ?」
「ううん。むしろ本題は文化祭のことなんだけど」
「あぁ、これからの準備とか?」
「そうそう」
文化祭の準備は俺たちが中心となって進めていた。珍しいことに、橋本も従順に作業をするだけで、口や手をだしたりすることはほとんどなかった。
もちろん、面白くて器用で、なんでもできるやつに違いなかったけど、夏休みのあいだも、富田、田島と三人で隅に座り、黙々と手を動かしていた。
そして、最低限の日数と時間だけ参加してすぐ教室を去っていった。
「放課後やるんだろ?」
「でも、みんな部活あるだろうし」
「そんなの、ちょいちょいサボるだろ。文化祭なんだし。人数いないとできないぞ」
「そうだけど、でも、部活頑張ってる人たちに迷惑だから」
「それでクオリティ下がったら意味なくない? 文化祭力入れる学校だし、みんな覚悟してるだろ。テニス部は部内でも休む予定共有して練習回してるくらいだし」
「テニス部はいいかもしれないけど……」
高濱は富田や橋本、中島が喋っているあたりを見やる。
「バド部に配慮ってこと?」
「うん、バド部とかに配慮」
高濱は橋本たちを見たまま頷いた。
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