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第四章 高濱弥生
第三十三話
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「なんでって、こんなもんでしょ」
机を挟んで向かい側に座る浅間くん。太い黒縁の眼鏡を外し、机の上に置いている。
男子バスケ部の浅間くん。バスケ部は男子も女子もあまり親しめる人がいなかったけど、浅間くんは少し違っていた。
真面目で、だけど暗いわけじゃない。夏に三年生が引退してから新部長になったそうだ。女子と喋ってるところはあんまり見たことがないけど、男子の中では「誰とでも喋れる」という感じの、中学校に上がってからはめっきり見なくなったタイプだった。
だからこそ、学級委員長を決める時に、「お前やれよ」と他の男子に小突かれていたのだろう。
「でも、このままだと文化祭滅茶苦茶だよ」
「まぁ、そうなるだろうね」
「浅間くん、なにも思わないの? ぐだぐだになったら恥ずかしいよ」
「高濱さん、小学校の先生みたいだね」
「どういうこと?」
「学校行事の出来不出来で俺たちが恥ずかしいと思ったり思わなかったりするなんて思ってるとこ。小学校の先生はポジショントークで言ってるだけなのかもしれないけど、高濱さんは本気でしょ?」
「それ、当り前じゃない? だって、明らかにクオリティが低いの見られるの嫌じゃん。わたし、他のクラスがそんなんでも恥ずかしいのに。去年の二組の合唱とか」
あまりに不揃いで、やる気のない姿に、見ているこっちが恥ずかしくなって、無表情で聞いている客さんたちが何を感じているのだろうと思うと、まるで自分が大きな失敗をしたみたいだった。
「高濱さんもそういうタイプなんだ」
「そういうタイプって?」
「他の人が失敗してるのを見ると恥ずかしく感じるタイプ。自分がちょっとでも関わってると思うと、もっと恥ずかしくなるタイプ」
「普通そうじゃない?」
「俺も、普通そうだと思ってたんだけどね。そうでもないみたいだよ」
視線はこちらに向いているけれども、焦点はわたしのはるか後方で結ばれているような浅間くん。
「おせっかいだったらごめんね、でも、きっとそうじゃないんだよ。『見てて恥ずかしくなるような失敗』とか、『誰かが怒られてるとこっちまで悪寒が走る』とか、そういう感覚を持たない人がほとんどなんだよ」
わたしは瞠目して浅間くんの話を聞いていた。断言できる、一回も瞬きなんかしなかった。
「ごめん、変こと言って。いまのは忘れて」
いつもの人懐っこい笑みになって頭を掻く浅間くん。わたしは大きくかぶりを振った。すると、浅間くんは、いつもは見せない、薄暮のような微笑みを浮かべた。
「ありがとう。高濱さんはそういう人じゃないかって、前から思ってたんだ。俺と同じタイプだ」
わたしはまだ、がつんと殴られたような衝撃を心に受けたまま、口をあんぐりと開けたまま、一言も喋れなかった。
でも、よく考えれば浅間くんが仄めかす通りだ。わたしはいつも、あんなに気恥ずかしく、あんなに悔しく感じているのに、誰ともそんな話をしたことがなかった。この感覚は、いまこの瞬間の浅間くんを除いて、誰一人とも共有を確かめたことがなかった。わたしにとって当たり前すぎて、あまりに自然に湧いてくる感情だったから、確かめようともしなかった。でも、状況証拠は揃っている。わたしは少数派なんだ。
「自分のクラスが文化祭でどうなろうと、特段なにも感じない。そういう人が現実にいるんだよ。そんなことより、部活やりたい、帰ってゲームやりたいって人が、多分大多数なんだ。俺もまだ、心のどっかでは信じきれないけど、でもそんなもんなんだ。俺も自分が少数派なんじゃないかってことが頭に浮かんだ時には自分の発想にびっくりしたけど、きっとそうなんだよ」
きっとそうなんだよ。静かに、けれども力強く浅間くんは結んだ。
わたしの心の中で、これまでずっと隠れていた自分がむくりと立ち上がった。現実に生きているわたしを見下ろす、もう一人の自分が生まれた瞬間だった。もう一人の自分は、生まれたばかりとは思えない明瞭な口調でわたしに語りかける。いままでずっと見てきたよ。空回りして恥ずかしくなかったの?
机を挟んで向かい側に座る浅間くん。太い黒縁の眼鏡を外し、机の上に置いている。
男子バスケ部の浅間くん。バスケ部は男子も女子もあまり親しめる人がいなかったけど、浅間くんは少し違っていた。
真面目で、だけど暗いわけじゃない。夏に三年生が引退してから新部長になったそうだ。女子と喋ってるところはあんまり見たことがないけど、男子の中では「誰とでも喋れる」という感じの、中学校に上がってからはめっきり見なくなったタイプだった。
だからこそ、学級委員長を決める時に、「お前やれよ」と他の男子に小突かれていたのだろう。
「でも、このままだと文化祭滅茶苦茶だよ」
「まぁ、そうなるだろうね」
「浅間くん、なにも思わないの? ぐだぐだになったら恥ずかしいよ」
「高濱さん、小学校の先生みたいだね」
「どういうこと?」
「学校行事の出来不出来で俺たちが恥ずかしいと思ったり思わなかったりするなんて思ってるとこ。小学校の先生はポジショントークで言ってるだけなのかもしれないけど、高濱さんは本気でしょ?」
「それ、当り前じゃない? だって、明らかにクオリティが低いの見られるの嫌じゃん。わたし、他のクラスがそんなんでも恥ずかしいのに。去年の二組の合唱とか」
あまりに不揃いで、やる気のない姿に、見ているこっちが恥ずかしくなって、無表情で聞いている客さんたちが何を感じているのだろうと思うと、まるで自分が大きな失敗をしたみたいだった。
「高濱さんもそういうタイプなんだ」
「そういうタイプって?」
「他の人が失敗してるのを見ると恥ずかしく感じるタイプ。自分がちょっとでも関わってると思うと、もっと恥ずかしくなるタイプ」
「普通そうじゃない?」
「俺も、普通そうだと思ってたんだけどね。そうでもないみたいだよ」
視線はこちらに向いているけれども、焦点はわたしのはるか後方で結ばれているような浅間くん。
「おせっかいだったらごめんね、でも、きっとそうじゃないんだよ。『見てて恥ずかしくなるような失敗』とか、『誰かが怒られてるとこっちまで悪寒が走る』とか、そういう感覚を持たない人がほとんどなんだよ」
わたしは瞠目して浅間くんの話を聞いていた。断言できる、一回も瞬きなんかしなかった。
「ごめん、変こと言って。いまのは忘れて」
いつもの人懐っこい笑みになって頭を掻く浅間くん。わたしは大きくかぶりを振った。すると、浅間くんは、いつもは見せない、薄暮のような微笑みを浮かべた。
「ありがとう。高濱さんはそういう人じゃないかって、前から思ってたんだ。俺と同じタイプだ」
わたしはまだ、がつんと殴られたような衝撃を心に受けたまま、口をあんぐりと開けたまま、一言も喋れなかった。
でも、よく考えれば浅間くんが仄めかす通りだ。わたしはいつも、あんなに気恥ずかしく、あんなに悔しく感じているのに、誰ともそんな話をしたことがなかった。この感覚は、いまこの瞬間の浅間くんを除いて、誰一人とも共有を確かめたことがなかった。わたしにとって当たり前すぎて、あまりに自然に湧いてくる感情だったから、確かめようともしなかった。でも、状況証拠は揃っている。わたしは少数派なんだ。
「自分のクラスが文化祭でどうなろうと、特段なにも感じない。そういう人が現実にいるんだよ。そんなことより、部活やりたい、帰ってゲームやりたいって人が、多分大多数なんだ。俺もまだ、心のどっかでは信じきれないけど、でもそんなもんなんだ。俺も自分が少数派なんじゃないかってことが頭に浮かんだ時には自分の発想にびっくりしたけど、きっとそうなんだよ」
きっとそうなんだよ。静かに、けれども力強く浅間くんは結んだ。
わたしの心の中で、これまでずっと隠れていた自分がむくりと立ち上がった。現実に生きているわたしを見下ろす、もう一人の自分が生まれた瞬間だった。もう一人の自分は、生まれたばかりとは思えない明瞭な口調でわたしに語りかける。いままでずっと見てきたよ。空回りして恥ずかしくなかったの?
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