25 / 76
第三章 田島歩
第二十五話
しおりを挟む
そして、そう思っていたのが僕だけではないようだと気づかされたのは、夏休みに入って間もなくのことだった。
僕にとって、この夏休みは充実という言葉以外で表現しようがないくらい楽しいものだった。弱小卓球部とはいえ、特訓で身体を鍛えていた僕は部内で頭角を現し始めていたし、弱小卓球部だからこそ、ほんの少しの努力で先輩たちにまで手が届きそうになっていた。今日も勝てる、明日も勝てると思うと、練習に行くのが楽しみで仕方がない。
もちろん、充実と呼ぶからには練習以外の時間も輝かしいものだった。
いや、むしろ、練習以外のなんでもない時間の使い方の輝きこそ、この夏休みを特別にしていたのだと思う。
週二日という取り決めだったダンスの練習はいつの間にか「できる限り毎日」になっていたし、野球部が甲子園に出場しても応援に駆り出されるようなことはなかったし、橋本くんの家に招待されたりもした。
やたらに豪華な邸宅で、リビングには量販店に売っていない家具が上品に配置されていて、庭は僕の部屋よりも広く、スーパーでは売っていないお菓子とジュースが提供された。
「この問題どう解くの? 無理じゃない?」
橋本くんの、これもまた豪奢な部屋にあぐらをかきながら僕がそう聞くと、
「いや、エックスの範囲が限定されてるのがポイントで……」
祐斗は鋭く削られた鉛筆で問題文をなぞりながら解説を始める。
夏休みの宿題でもしようか、という名目で来たので、とりあえず勉強をしていたわけである。とはいえ、
「美晃、強いな」
祐斗が苦々しい顔でコントローラーを握りしめながらそう言うと、
「というか、意外なほど田島が弱い」
橋本くんは勝ち誇った笑みで僕を見る。アクション系は苦手なのだ。
勉強がそう長く続くはずもなく、僕たちはテレビゲームに興じていた。
「祐斗と田島って、あんま仲良くなりそうなタイプじゃないよな」
橋本くんが高級なお菓子を口の中でもぐもぐさせながら、唐突に深刻な発言を行った。
ゲームをひと段落した僕たちは、なにをするでもない時間に突入していた。
「俺は最初から田島だなって思ってたよ」
祐斗はちびちびとしかお菓子を食べないけれど、自分の前にお菓子を寄せ、常に三個ほど確保している。
「理由は?」
「他のやつらって、なんか自分一人で生きてますって顔してるじゃん。なんでも自分でやってきましたみたいな」
僕は祐斗がどう答えるかとはらはらしていたけれど、さすがに頭の中でクエスチョンマークが優勢になった。
そんな僕と橋本くんの表情を見て、祐斗が淡々と続ける。
「でも、田島は親がそう言ったからってのに同意した。本当はそうなんだよ。親が自由を許すかどうかなのにな」
祐斗はお菓子の入った皿を神妙な顔で見つめている。それは大きな誤解だと僕は言いたかったけれど、こんなに真剣な祐斗の表情を見ると言いだせなかった。
橋本くんは冷然と、横目で僕を見つめている。
祐斗が誤解しているということと、僕がその誤解を解こうとしていないことを悟ったのかもしれない。でも、橋本くんもなにも言わなかった。
また明日、と約束して僕と祐斗は橋本くんの家を去った。
帰り道、僕はいままでになく気まずい思いをしたけれど、祐斗は普段と変わらない様子だった。
連日の夕立は鳴りを潜め、久々に顔を出した夏の夕陽があまりにも眩しかった。
僕にとって、この夏休みは充実という言葉以外で表現しようがないくらい楽しいものだった。弱小卓球部とはいえ、特訓で身体を鍛えていた僕は部内で頭角を現し始めていたし、弱小卓球部だからこそ、ほんの少しの努力で先輩たちにまで手が届きそうになっていた。今日も勝てる、明日も勝てると思うと、練習に行くのが楽しみで仕方がない。
もちろん、充実と呼ぶからには練習以外の時間も輝かしいものだった。
いや、むしろ、練習以外のなんでもない時間の使い方の輝きこそ、この夏休みを特別にしていたのだと思う。
週二日という取り決めだったダンスの練習はいつの間にか「できる限り毎日」になっていたし、野球部が甲子園に出場しても応援に駆り出されるようなことはなかったし、橋本くんの家に招待されたりもした。
やたらに豪華な邸宅で、リビングには量販店に売っていない家具が上品に配置されていて、庭は僕の部屋よりも広く、スーパーでは売っていないお菓子とジュースが提供された。
「この問題どう解くの? 無理じゃない?」
橋本くんの、これもまた豪奢な部屋にあぐらをかきながら僕がそう聞くと、
「いや、エックスの範囲が限定されてるのがポイントで……」
祐斗は鋭く削られた鉛筆で問題文をなぞりながら解説を始める。
夏休みの宿題でもしようか、という名目で来たので、とりあえず勉強をしていたわけである。とはいえ、
「美晃、強いな」
祐斗が苦々しい顔でコントローラーを握りしめながらそう言うと、
「というか、意外なほど田島が弱い」
橋本くんは勝ち誇った笑みで僕を見る。アクション系は苦手なのだ。
勉強がそう長く続くはずもなく、僕たちはテレビゲームに興じていた。
「祐斗と田島って、あんま仲良くなりそうなタイプじゃないよな」
橋本くんが高級なお菓子を口の中でもぐもぐさせながら、唐突に深刻な発言を行った。
ゲームをひと段落した僕たちは、なにをするでもない時間に突入していた。
「俺は最初から田島だなって思ってたよ」
祐斗はちびちびとしかお菓子を食べないけれど、自分の前にお菓子を寄せ、常に三個ほど確保している。
「理由は?」
「他のやつらって、なんか自分一人で生きてますって顔してるじゃん。なんでも自分でやってきましたみたいな」
僕は祐斗がどう答えるかとはらはらしていたけれど、さすがに頭の中でクエスチョンマークが優勢になった。
そんな僕と橋本くんの表情を見て、祐斗が淡々と続ける。
「でも、田島は親がそう言ったからってのに同意した。本当はそうなんだよ。親が自由を許すかどうかなのにな」
祐斗はお菓子の入った皿を神妙な顔で見つめている。それは大きな誤解だと僕は言いたかったけれど、こんなに真剣な祐斗の表情を見ると言いだせなかった。
橋本くんは冷然と、横目で僕を見つめている。
祐斗が誤解しているということと、僕がその誤解を解こうとしていないことを悟ったのかもしれない。でも、橋本くんもなにも言わなかった。
また明日、と約束して僕と祐斗は橋本くんの家を去った。
帰り道、僕はいままでになく気まずい思いをしたけれど、祐斗は普段と変わらない様子だった。
連日の夕立は鳴りを潜め、久々に顔を出した夏の夕陽があまりにも眩しかった。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。

切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる