青春の幕間

河瀬みどり

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第三章 田島歩

第二十五話

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そして、そう思っていたのが僕だけではないようだと気づかされたのは、夏休みに入って間もなくのことだった。

僕にとって、この夏休みは充実という言葉以外で表現しようがないくらい楽しいものだった。弱小卓球部とはいえ、特訓で身体を鍛えていた僕は部内で頭角を現し始めていたし、弱小卓球部だからこそ、ほんの少しの努力で先輩たちにまで手が届きそうになっていた。今日も勝てる、明日も勝てると思うと、練習に行くのが楽しみで仕方がない。

もちろん、充実と呼ぶからには練習以外の時間も輝かしいものだった。

いや、むしろ、練習以外のなんでもない時間の使い方の輝きこそ、この夏休みを特別にしていたのだと思う。

週二日という取り決めだったダンスの練習はいつの間にか「できる限り毎日」になっていたし、野球部が甲子園に出場しても応援に駆り出されるようなことはなかったし、橋本くんの家に招待されたりもした。

やたらに豪華な邸宅で、リビングには量販店に売っていない家具が上品に配置されていて、庭は僕の部屋よりも広く、スーパーでは売っていないお菓子とジュースが提供された。

「この問題どう解くの? 無理じゃない?」

橋本くんの、これもまた豪奢な部屋にあぐらをかきながら僕がそう聞くと、

「いや、エックスの範囲が限定されてるのがポイントで……」

祐斗は鋭く削られた鉛筆で問題文をなぞりながら解説を始める。
夏休みの宿題でもしようか、という名目で来たので、とりあえず勉強をしていたわけである。とはいえ、

「美晃、強いな」

祐斗が苦々しい顔でコントローラーを握りしめながらそう言うと、

「というか、意外なほど田島が弱い」

橋本くんは勝ち誇った笑みで僕を見る。アクション系は苦手なのだ。
勉強がそう長く続くはずもなく、僕たちはテレビゲームに興じていた。

「祐斗と田島って、あんま仲良くなりそうなタイプじゃないよな」

橋本くんが高級なお菓子を口の中でもぐもぐさせながら、唐突に深刻な発言を行った。

ゲームをひと段落した僕たちは、なにをするでもない時間に突入していた。

「俺は最初から田島だなって思ってたよ」

祐斗はちびちびとしかお菓子を食べないけれど、自分の前にお菓子を寄せ、常に三個ほど確保している。

「理由は?」
「他のやつらって、なんか自分一人で生きてますって顔してるじゃん。なんでも自分でやってきましたみたいな」

僕は祐斗がどう答えるかとはらはらしていたけれど、さすがに頭の中でクエスチョンマークが優勢になった。

そんな僕と橋本くんの表情を見て、祐斗が淡々と続ける。

「でも、田島は親がそう言ったからってのに同意した。本当はそうなんだよ。親が自由を許すかどうかなのにな」

祐斗はお菓子の入った皿を神妙な顔で見つめている。それは大きな誤解だと僕は言いたかったけれど、こんなに真剣な祐斗の表情を見ると言いだせなかった。

橋本くんは冷然と、横目で僕を見つめている。

祐斗が誤解しているということと、僕がその誤解を解こうとしていないことを悟ったのかもしれない。でも、橋本くんもなにも言わなかった。

また明日、と約束して僕と祐斗は橋本くんの家を去った。

帰り道、僕はいままでになく気まずい思いをしたけれど、祐斗は普段と変わらない様子だった。

連日の夕立は鳴りを潜め、久々に顔を出した夏の夕陽があまりにも眩しかった。
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