青春の幕間

河瀬みどり

文字の大きさ
上 下
18 / 76
第二章 栢原実果

第十八話

しおりを挟む
準急に乗って、わたしの家の最寄り駅で降りて、駅前のドーナツ店に入る。わたしはドーナツ二個とカフェオレを、田島はドーナツ一個とコーヒーをトレイに乗せて対面の席に座った。背中を丸め、なめるように値札を見て一番安い商品を注文する田島はやっぱりかっこ悪かった。好みで選べよ、ドーナツくらい。

「で、相談なんだけどさ」

そう言いながら、わたしは左右に視線を走らせ、万が一にも知り合いがいないことを確認する。

「うん」

ずずず、と田島がコーヒーを飲みながら言う。コップの縁を両手で、掴むというよりつまみながら持ち上げている。熱すぎるの苦手なら、冷めるまで待ちなよ。

「祐斗に振られた」

うっ、という声を喉の奥から出しつつ、田島が口をきゅっと閉じた。ややあってごくんと飲み込む。噴き出さなかったのは偉いぞ。

「マジで?」

マジで、自体は使い込まれた表現で、声色はちゃんと「マジで」になってるんだけど、やっぱり田島が言うとちょっと可笑しい。なんというか、顔が追いついてない。どことなく幼さがあって、剃り残したひげがちょぼんと出ている。

「マジで」
「なんで?」
「親父がクビになったから、だってさ」

田島の目に光が宿って、もう一回、あの考え込む仕草になる。顎に手を当てて、今度はうつむかずに横に視線を送っている。視線の先はトイレの扉だけど。

「うーん」

そのままの姿勢で目を細め、田島は唸った。

「なにが、『うーん』なの?」
「いや、なんでもない。祐斗、それ以外になんか言ってた?」

光が増している。言葉に意志が乗っている。ちょっと理屈っぽい感じが鼻につくけど、なにか考えがあるみたいだ。

「えっとねぇ」

わたしは祐斗との会話を思い出しながら一部始終を打ち明けた。そのまま言うと惨め過ぎるので、ちょっとずつプライドが傷つかないほうに寄せて話す。

「祐斗がなぁ」

長い話のあと、田島はコーヒーの水面を見つめながら呟いた。田島が祐斗のことを「祐斗」呼ぶのも、ちょっと気になる。調子乗ってる似非やんちゃ男子たちも祐斗のことは「富田」って呼ぶから、田島は「富田くん」くらいで十分なのだ。といっても、わたしは「祐斗」から脱落するんだけど。来週からなんて呼べばいいんだろう。

「わたし、本当はなんで振られたんだと思う?」

田島は目を細め、カップを持ち上げてずじゅりとコーヒーを飲んだ。五月だというのにのにささくれだっている唇が少し濡れる。

「祐斗が言った通りの理由だと思うよ。栢原さんに迷惑かけたくないからだと思う」
「わたしは祐斗の彼女でいたいのに? 彼女はいたほうがよくない?」
「そういうの、祐斗はよく分かんないんだよ。そういう打算はしないタイプだし。栢原さんと違って」

わたしはむっときた。打算。それは事実だけど、田島に言われたくない。なんで田島が美晃くんと祐斗のグループにいられるのか分かんないけど、田島は明らかに甘い汁を吸っている。本当に、どうやったらそんだけ祐斗に気に入られるんだろう。

「打算じゃないし、ショックだったよ」

わたしは柄になく唇を尖らせて言ってみる。

「おれもショックだよ」

憮然とした表情の田島。

「なにが?」
「まだそのこと、祐斗に言われてないから」
「彼女振ったってこと?」

首を横に振る田島。

「親父が失業して、生活が苦しいってこと」
「わたしには言ってくれたよ」

ちょっとだけ優越感を覚えつつそう口に出してしまった自分が癪に障る。なんで田島と争ってるんだよ。

「それは振るためでしょ」

田島が憎たらしく笑う。歯の隙間にドーナツの粉がねちょっとなって挟まってる。

「ねぇ、田島。祐斗のことどれくらい知ってる?」

イエス、ノーのクエスチョンじゃないのに、田島はもう一度首を横に振った。

「なんも知らない。いまだに祐斗のことは分からないんだ。うすうすそういう家庭なんじゃないかとは思ってたけど」
「そういう家庭?」
「あんまり普通じゃないっていうか、貧乏っていうか。だから、父親の失業もすんなり受け入れながら涼しい顔して学校来てるんだと思うんだけどね」
「そうなの?」
「栢原さん気づいてると思ってたんだけど。なんかそういうの敏感そうだし」

言われてみればそうかもしれないとは思う。

でもさ、そうだとは思わないじゃん。運動部の男子の私服なんていつも同じでもそんなもんだって言うし、確かに遠足のときとか男子はみんなそんな感じだし。お小遣いだってそんなにないから高校生のデートなんてそもそもお金かけないし。瑞姫が言ってた、ユニフォームとかラケットの話だって、こだわってるだけだと思うじゃん。だって祐斗はバドミントン強いんでしょ? 強い人が頑なにそうするってことは、それはそういうことなんだよ、きっと。

わたしがふてくされた表情をしていると、田島は急におたおたとし始める。

「ごめん、栢原さん」
「いいよべつに。田島のほうが祐斗と一緒にいるのは事実だしさ。でもさ、男子からしたら普通なの? なんというか、父親がクビになったから彼女振るってことは」

田島は表情を曇らせる。目が卑屈な動きをする。

「親父がクビになったことないからわかんないけど、おれなら自分から振ったりはしないかな」
「じゃあなんで祐斗はわたしのこと振るの?」
「多分、特別なんだよ。感覚が違う。祐斗は別のところで戦ってるんだよ。いつもそうだ」

田島はわたしの方ではなく、トイレの扉のほうを見ている。わたしはドーナツの最後の欠片を口に入れ、もぐもぐさせながら田島に言ってやった。

「田島、彼女いたことあんの?」

顎を引いて、せわしなく動く瞳に卑屈さが増していく。露骨だな。

「ないよ」

かすれるように、呟くように、田島は言った。

「帰ろっか。今日はありがと」

田島は無言でうなずいた。

ドーナツ店を出て、田島は駅へ、わたしは自宅へと向かう。

祐斗と別れたことなんてすぐにばれるだろう。来週のことを思うと、足取りが重い。わたしはこんなに大事な勝負を戦っているのに、話題が彼女のことになるとちょっと自慢げになる祐斗を、戦友だとさえ思っていたのに。祐斗は一体、何と戦っているんだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

夏の出来事

ケンナンバワン
青春
幼馴染の三人が夏休みに美由のおばあさんの家に行き観光をする。花火を見た帰りにバケトンと呼ばれるトンネルを通る。その時車内灯が点滅して美由が驚く。その時は何事もなく過ぎるが夏休みが終わり二学期が始まっても美由が来ない。美由は自宅に帰ってから金縛りにあうようになっていた。その原因と名をす方法を探して三人は奔走する。

ライオン転校生

散々人
青春
ライオン頭の転校生がやって来た! 力も頭の中身もライオンのトンデモ高校生が、学園で大暴れ。 ライオン転校生のハチャメチャぶりに周りもてんやわんやのギャグ小説!

【実話】友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
青春
とあるオッサンの青春実話です

バレー部入部物語〜それぞれの断髪

S.H.L
青春
バレーボール強豪校に入学した女の子たちの断髪物語

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

伝える前に振られてしまった私の恋

メカ喜楽直人
恋愛
母に連れられて行った王妃様とのお茶会の席を、ひとり抜け出したアーリーンは、幼馴染みと友人たちが歓談する場に出くわす。 そこで、ひとりの令息が婚約をしたのだと話し出した。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...