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第二章 栢原実果
第十七話
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「あっ」
と、わたしは閃いて、思わず声を出してしまった。
スマートフォンで時間を確認する。微妙な時間だ。立ち上がって窓辺に寄り、薄暮を透かすカーテンを一気に開ける。中庭ではテニス部の部員たちがバラバラと昇降口に向かっていた。ダラダラ部活め。ちょっと早く終わりやがって。ダラダラ部活といえど、ずる休みがばれるのは嫌だ。
わたしは図書室をダッシュで出て、中庭を通らないルートで部室棟まで駆けた。テニス部はもう出払っているようで、部員に会ってしまう心配はなさそうだった。
卓球部の部室前数メートルのところに立って、扉から出ていく部員たちをじっくりと観察する。というか、暗くて目を凝らさないと顔の判別ができない。十人くらい見送ったあと、目当ての人物が現れた。
「田島くん」
なるべく威圧感を与えないように歩み寄り、適度な距離感で声をかける。
「栢原さん?」
田島が反応する。水族館でキリンにでも会ったみたいな顔をしている。田島と並んでいた二人の男子が半歩引き下がり、同じような表情でこちらを見ていた。よかった。二人とも特進科の生徒じゃない。
「祐斗が呼んでるから来てくれない?」
ちょっと強気に凄んでみた。ほかの二人は肩を寄せ合い、わたしを見ずに「どうぞどうぞ」という視線を田島に送っている。
「うん、わかった」
田島は明らかに戸惑いながらそう答えると。なぜか目くばせと会釈で友人に別れを告げた。わたしは振り向いてつかつかと速足に歩く。田島が半ば走るように追いついてきたのを確認して速度を緩める。後ろの二人との距離は十分とった。
「実は祐斗いないんだよね」
「えっ?」
「今日、いまから時間ある?」
「あるけど」
「家どっち? なに通学?」
「市内のほう。電車通学」
「じゃあ、いつも快急?」
「うん」
「今日は準急に乗ってくれる?」
田島は眉を寄せて、情けない表情でわたしを見てきた。怒ってるのか、ただ訝しんでるだけなのかはわからない。でも、怒ったり訝しんだりする顔がこうも情けなくてはわたしも脱力してしまう。
「適当な駅で降りて、どっかお店入ろ。学校の周りは明真の生徒多いから。ちょっと田島に相談があるんだけど、聞かれたくない話でもあるから」
田島相手だと、すらすらと強気にものが言える。自分の狡さに自分で辟易する。でも、わたしは田島にも責任があると思う。だって田島には、男子なのに、あのよくわからない、汗くさい威圧感がない。その代わり、得体のしれない気味悪さがある。髪型は小学生のときから変えてませんみたいな感じだし、制服だっていかにも母親に買ってもらいましたって感じだ。
いや、制服なんだから親に買ってもらってはいるんだけど、なんというか、微妙で繊細な着こなしってやつがあるんだよ。そんなことを強気で言えるほど、「フツー」なわたしは着こなしてないけどね。というか、やりすぎても調子に乗ってると思われるかもしれないし。
田島は顎に手を当てて、わたしの言葉に返事もせずうつむいた。その動作、きもいと思わないのかな。というか、なんか返事してよ。
「相談ってなに?」
田島は顔を上げ、わたしを見てそう聞いた。初めて、入学してから初めて目があった気がする。いつも祐斗と一緒にいるし、曲がりなりにも一年半同じクラスだから会話した記憶は確かにあるんだけど、どの記憶でも田島の顔はぼやけている。でも、いまの田島はくっきりとこちらを向いて喋っていて、少しだけ男子の威圧感がある。やればできるじゃん。
「祐斗のこと」
わたしはひそひそ声で、田島の肩あたりに口を寄せて言った。学校から駅までの道は暗くて、人の顔の判別はあんまりできないけど、でも、そのぶん、声はよく聞こえる気がする。いまも、前後の集団の話題まで耳に入ってきている。
「おれに?」
男子の一人称は「俺」だ。でも、田島が「俺」なんて使うとちょっと可笑しい。自分の中では絶対「僕」を使ってるタイプなのに。だから田島の「オレ」は、まだ「俺」になりきれてない「おれ」に聞こえる。
「そう、田島に。祐斗と仲いいじゃん」
「まぁ、そうだね」
田島の声から再び生気が消えた。
「仲良くないの?」
「まぁ、いいよ。普通に仲いい」
「ふぅん」
べつにそれ以上突っ込む気にもならなかったので、「ふぅん」で済ましておいた。駅までの道のりはあと少しだったけど、田島が自分から話さないので、わたしの方から部活とか趣味とかの話を振って場を繋ぐ。あんまり自分から話し出さないところは祐斗に似ているかもしれない。
と、わたしは閃いて、思わず声を出してしまった。
スマートフォンで時間を確認する。微妙な時間だ。立ち上がって窓辺に寄り、薄暮を透かすカーテンを一気に開ける。中庭ではテニス部の部員たちがバラバラと昇降口に向かっていた。ダラダラ部活め。ちょっと早く終わりやがって。ダラダラ部活といえど、ずる休みがばれるのは嫌だ。
わたしは図書室をダッシュで出て、中庭を通らないルートで部室棟まで駆けた。テニス部はもう出払っているようで、部員に会ってしまう心配はなさそうだった。
卓球部の部室前数メートルのところに立って、扉から出ていく部員たちをじっくりと観察する。というか、暗くて目を凝らさないと顔の判別ができない。十人くらい見送ったあと、目当ての人物が現れた。
「田島くん」
なるべく威圧感を与えないように歩み寄り、適度な距離感で声をかける。
「栢原さん?」
田島が反応する。水族館でキリンにでも会ったみたいな顔をしている。田島と並んでいた二人の男子が半歩引き下がり、同じような表情でこちらを見ていた。よかった。二人とも特進科の生徒じゃない。
「祐斗が呼んでるから来てくれない?」
ちょっと強気に凄んでみた。ほかの二人は肩を寄せ合い、わたしを見ずに「どうぞどうぞ」という視線を田島に送っている。
「うん、わかった」
田島は明らかに戸惑いながらそう答えると。なぜか目くばせと会釈で友人に別れを告げた。わたしは振り向いてつかつかと速足に歩く。田島が半ば走るように追いついてきたのを確認して速度を緩める。後ろの二人との距離は十分とった。
「実は祐斗いないんだよね」
「えっ?」
「今日、いまから時間ある?」
「あるけど」
「家どっち? なに通学?」
「市内のほう。電車通学」
「じゃあ、いつも快急?」
「うん」
「今日は準急に乗ってくれる?」
田島は眉を寄せて、情けない表情でわたしを見てきた。怒ってるのか、ただ訝しんでるだけなのかはわからない。でも、怒ったり訝しんだりする顔がこうも情けなくてはわたしも脱力してしまう。
「適当な駅で降りて、どっかお店入ろ。学校の周りは明真の生徒多いから。ちょっと田島に相談があるんだけど、聞かれたくない話でもあるから」
田島相手だと、すらすらと強気にものが言える。自分の狡さに自分で辟易する。でも、わたしは田島にも責任があると思う。だって田島には、男子なのに、あのよくわからない、汗くさい威圧感がない。その代わり、得体のしれない気味悪さがある。髪型は小学生のときから変えてませんみたいな感じだし、制服だっていかにも母親に買ってもらいましたって感じだ。
いや、制服なんだから親に買ってもらってはいるんだけど、なんというか、微妙で繊細な着こなしってやつがあるんだよ。そんなことを強気で言えるほど、「フツー」なわたしは着こなしてないけどね。というか、やりすぎても調子に乗ってると思われるかもしれないし。
田島は顎に手を当てて、わたしの言葉に返事もせずうつむいた。その動作、きもいと思わないのかな。というか、なんか返事してよ。
「相談ってなに?」
田島は顔を上げ、わたしを見てそう聞いた。初めて、入学してから初めて目があった気がする。いつも祐斗と一緒にいるし、曲がりなりにも一年半同じクラスだから会話した記憶は確かにあるんだけど、どの記憶でも田島の顔はぼやけている。でも、いまの田島はくっきりとこちらを向いて喋っていて、少しだけ男子の威圧感がある。やればできるじゃん。
「祐斗のこと」
わたしはひそひそ声で、田島の肩あたりに口を寄せて言った。学校から駅までの道は暗くて、人の顔の判別はあんまりできないけど、でも、そのぶん、声はよく聞こえる気がする。いまも、前後の集団の話題まで耳に入ってきている。
「おれに?」
男子の一人称は「俺」だ。でも、田島が「俺」なんて使うとちょっと可笑しい。自分の中では絶対「僕」を使ってるタイプなのに。だから田島の「オレ」は、まだ「俺」になりきれてない「おれ」に聞こえる。
「そう、田島に。祐斗と仲いいじゃん」
「まぁ、そうだね」
田島の声から再び生気が消えた。
「仲良くないの?」
「まぁ、いいよ。普通に仲いい」
「ふぅん」
べつにそれ以上突っ込む気にもならなかったので、「ふぅん」で済ましておいた。駅までの道のりはあと少しだったけど、田島が自分から話さないので、わたしの方から部活とか趣味とかの話を振って場を繋ぐ。あんまり自分から話し出さないところは祐斗に似ているかもしれない。
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