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第二章 栢原実果
第九話
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昼休みが始まった瞬間、「ちょっと先輩に呼び出されてるから」と言って、祐斗が教室から去っていった。礼が終わった直後の、教室の雰囲気が授業から休み時間へと切り替わる瞬間に祐斗は出ていったから、教室の人間全員がその言葉に反応し、なにがあったんだろうという表情で祐斗の後姿を見送った。
変に目立つとか、ちょっと空気読めないとか、そういうことを気にしないのが祐斗だった。美晃くんもそうだけど、美晃くんはわざとそうしているみたいなところがあって、祐斗は天然というか、それが自然体という感じ。
何でもできるクラスの人気者が、たまたまオタクだったみたいなのが美晃くんで、当然、そんな人は地味な男子グループでは収まりきらない。勉強も運動もできるけど、流行とか人間関係にあんまり関心なさそうなのが祐斗で、どこのグループにも自分からは属そうとはしなかった。
そんな二人が惹かれ合った場所は全員が一目置く聖域みたいになっている。田島がなんでその聖域に入ってるのかは分からないけど、そこには男子の不思議な事情があるのかもしれない。
そんな三人組を「発見」して、わたしはすごく狙い目なんじゃないかと思った。
特に祐斗だ。彼女がいるなんて話は聞いたことなかったけれど、全然悪くなくて、むしろ、ちょっとかっこいい。そんな人は空気を読まなくたって、かえって様になるから、恥ずかしくもない。「フツー」グループのわたしからしたら、相当上等な部類だ。祐斗みたいな不思議ちゃんと気が合うかどうかは分かんないけど、でも、それでもいい。あくまで打算で付き合うんだから、祐斗に合わせるくらい、祐斗とその他男子との差を考えればどうってことはない。
「実果ちゃん、これ忘れてたよ」
いつもの四人でお弁当を食べているところに、高濱さんが印刷された楽譜を差し出してきた。インターネットに載っていた、数年前の流行曲がリコーダーアレンジされた楽譜。別のことに思考が飛んでいたせいで、ついうっかりしていたみたいだ。
「ごめん、ありがとう」
「どうもー」
軽く手をあげ、高濱さんが元のグループへと戻っていく。自分たちより上だな、と思うグループの人たちに話しかけられたとき、こちらの空気は少し固まってしまう。でも、彼ら彼女らはそんなのお構いなしに話しかけてきたりする。遠慮なく下の名前をちゃん付けにしてきたりする。
「音楽の授業、一緒だから」
わたしはそう言って、高濱さんは「普通に」親切にしてくれただけなんだと場をとりなす。裕子が箸を止め、身を乗り出し気味にわたしへと顔を向けた。
「これ、演奏するの?」
「リコーダーでだけどね。曲も楽器も自由に決めて演奏しろっていうのが最後の実技テストだから。すっごい面倒だけど」
「一人で?」
すっごい面倒だけど、に被せ気味で裕子は訊いてきた。
「ううん。高濱さんとか、普通科の人とかと一緒に」
「そっかぁ」
裕子がため息交じりに言い、意味ありげにうつむいてわたしから視線を逸らす。その様子を見て麻里奈が身を乗り出し、瞳を爛々と輝かせながら、「高濱さんに何かあるの?」と問いかける。麻里奈はこういうわざとらしい挙動や表情をよくするけど、変人キャラを装い続けるためではないかとわたしは勘ぐってしまう。
「実はさぁ」
裕子はゆっくりと頭を持ち上げ、怪談でもするかのように全員を見渡した。裕子は結構言うことが辛辣で、陰口もするタイプだ。いかにも陰口っぽく陰口を言うので、わたしはときどき笑いそうになる。
「わたし、高濱さんと同じ中学校だったんだけどさ」
それは初耳だった。二人がそんな感じで話しているところなど見たこともない。
「高濱さん、中学のときあんまり好かれてなかったんだよね。なんかすごく仕切りたがるというか、そうじゃない?」
裕子は目線で露骨に同意を求めてくる。
「そういう面もあるかもねぇ」
わたしはとりあえず曖昧な答えをしておく。
「でも、それで結構助かってない? 副委員長兼体育委員なんてやってくれるの高濱さんしかいないし」
麻里奈が目をぱちくりとさせながら言い、「そうじゃない?」と真奈美の旗色を伺う。
「まぁ、この前の合唱大会も頑張ってくれてたし」
真奈美もおずおずと高濱派に回った。裕子の少しふてくされたような表情。
「特進科って、ほんとにマジメだよね」
裕子が負け惜しみのように、吐き捨てるように言って、場の空気が凍る。
わたしは苦笑を浮かべながら、所在なく箸を動かした。お弁当の、最後の残りかすのようなおかずをつまんで口に入れる。小さく口を動かしながら、裕子が高濱さんたちのグループに入っていけない理由がなんとなく分かった気がした。中学校では、裕子が主流派で、高濱さんはちょっと空回り気味だったのかもしれない。
でも、お気の毒さま。特進科は「マジメ」だ。本当に頭のいい学校は、逆に校則とかもなくてずいぶん和気藹々とやっているらしいけど、残念、明真学園高校特進科は半端に頭がいい連中の集まりなのだ。偏差値で表せば中の上と上の下のあいだくらい。マジメな様子見の中では、声の大きい人が勝つものだ。
わたしは横目で、高濱さんを盗み見る。同じく運動系の部活に所属する、運動神経の良いクラスメイトたちと楽しそうに喋る高濱さん。
おめでとう高濱さん。なんだかよくわからないけど、中学校のときは苦労したみたいだね。でも、わたし思うよ。一生懸命な人が報われるのって、悪くない。でも、なんでだろう。わたしは祐斗にあれだけ一生懸命だったのに。もしかしたら、神様は下心を見抜いていたのかもしれない。
本鈴が鳴る寸前のタイミングで祐斗が戻ってきて、昼休みは終わった。保留、保留なんだ。保留の答えはまだ聞いてない。祐斗を繋ぎとめるチャンスはまだあるはず。
変に目立つとか、ちょっと空気読めないとか、そういうことを気にしないのが祐斗だった。美晃くんもそうだけど、美晃くんはわざとそうしているみたいなところがあって、祐斗は天然というか、それが自然体という感じ。
何でもできるクラスの人気者が、たまたまオタクだったみたいなのが美晃くんで、当然、そんな人は地味な男子グループでは収まりきらない。勉強も運動もできるけど、流行とか人間関係にあんまり関心なさそうなのが祐斗で、どこのグループにも自分からは属そうとはしなかった。
そんな二人が惹かれ合った場所は全員が一目置く聖域みたいになっている。田島がなんでその聖域に入ってるのかは分からないけど、そこには男子の不思議な事情があるのかもしれない。
そんな三人組を「発見」して、わたしはすごく狙い目なんじゃないかと思った。
特に祐斗だ。彼女がいるなんて話は聞いたことなかったけれど、全然悪くなくて、むしろ、ちょっとかっこいい。そんな人は空気を読まなくたって、かえって様になるから、恥ずかしくもない。「フツー」グループのわたしからしたら、相当上等な部類だ。祐斗みたいな不思議ちゃんと気が合うかどうかは分かんないけど、でも、それでもいい。あくまで打算で付き合うんだから、祐斗に合わせるくらい、祐斗とその他男子との差を考えればどうってことはない。
「実果ちゃん、これ忘れてたよ」
いつもの四人でお弁当を食べているところに、高濱さんが印刷された楽譜を差し出してきた。インターネットに載っていた、数年前の流行曲がリコーダーアレンジされた楽譜。別のことに思考が飛んでいたせいで、ついうっかりしていたみたいだ。
「ごめん、ありがとう」
「どうもー」
軽く手をあげ、高濱さんが元のグループへと戻っていく。自分たちより上だな、と思うグループの人たちに話しかけられたとき、こちらの空気は少し固まってしまう。でも、彼ら彼女らはそんなのお構いなしに話しかけてきたりする。遠慮なく下の名前をちゃん付けにしてきたりする。
「音楽の授業、一緒だから」
わたしはそう言って、高濱さんは「普通に」親切にしてくれただけなんだと場をとりなす。裕子が箸を止め、身を乗り出し気味にわたしへと顔を向けた。
「これ、演奏するの?」
「リコーダーでだけどね。曲も楽器も自由に決めて演奏しろっていうのが最後の実技テストだから。すっごい面倒だけど」
「一人で?」
すっごい面倒だけど、に被せ気味で裕子は訊いてきた。
「ううん。高濱さんとか、普通科の人とかと一緒に」
「そっかぁ」
裕子がため息交じりに言い、意味ありげにうつむいてわたしから視線を逸らす。その様子を見て麻里奈が身を乗り出し、瞳を爛々と輝かせながら、「高濱さんに何かあるの?」と問いかける。麻里奈はこういうわざとらしい挙動や表情をよくするけど、変人キャラを装い続けるためではないかとわたしは勘ぐってしまう。
「実はさぁ」
裕子はゆっくりと頭を持ち上げ、怪談でもするかのように全員を見渡した。裕子は結構言うことが辛辣で、陰口もするタイプだ。いかにも陰口っぽく陰口を言うので、わたしはときどき笑いそうになる。
「わたし、高濱さんと同じ中学校だったんだけどさ」
それは初耳だった。二人がそんな感じで話しているところなど見たこともない。
「高濱さん、中学のときあんまり好かれてなかったんだよね。なんかすごく仕切りたがるというか、そうじゃない?」
裕子は目線で露骨に同意を求めてくる。
「そういう面もあるかもねぇ」
わたしはとりあえず曖昧な答えをしておく。
「でも、それで結構助かってない? 副委員長兼体育委員なんてやってくれるの高濱さんしかいないし」
麻里奈が目をぱちくりとさせながら言い、「そうじゃない?」と真奈美の旗色を伺う。
「まぁ、この前の合唱大会も頑張ってくれてたし」
真奈美もおずおずと高濱派に回った。裕子の少しふてくされたような表情。
「特進科って、ほんとにマジメだよね」
裕子が負け惜しみのように、吐き捨てるように言って、場の空気が凍る。
わたしは苦笑を浮かべながら、所在なく箸を動かした。お弁当の、最後の残りかすのようなおかずをつまんで口に入れる。小さく口を動かしながら、裕子が高濱さんたちのグループに入っていけない理由がなんとなく分かった気がした。中学校では、裕子が主流派で、高濱さんはちょっと空回り気味だったのかもしれない。
でも、お気の毒さま。特進科は「マジメ」だ。本当に頭のいい学校は、逆に校則とかもなくてずいぶん和気藹々とやっているらしいけど、残念、明真学園高校特進科は半端に頭がいい連中の集まりなのだ。偏差値で表せば中の上と上の下のあいだくらい。マジメな様子見の中では、声の大きい人が勝つものだ。
わたしは横目で、高濱さんを盗み見る。同じく運動系の部活に所属する、運動神経の良いクラスメイトたちと楽しそうに喋る高濱さん。
おめでとう高濱さん。なんだかよくわからないけど、中学校のときは苦労したみたいだね。でも、わたし思うよ。一生懸命な人が報われるのって、悪くない。でも、なんでだろう。わたしは祐斗にあれだけ一生懸命だったのに。もしかしたら、神様は下心を見抜いていたのかもしれない。
本鈴が鳴る寸前のタイミングで祐斗が戻ってきて、昼休みは終わった。保留、保留なんだ。保留の答えはまだ聞いてない。祐斗を繋ぎとめるチャンスはまだあるはず。
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