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3話
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暗澹たる気持ちで入学した薬科大学も始まれば、大学生になったんだという実感から少しずつ楽しくなっていった。
それにはやはり彼の存在が大きかったように思う。
吉田保。
私と同じように医学部浪人したものの、受験に失敗しこの大学に入学してきた彼は、ちっともそのことを恥じてないようで、医者でも薬剤師でも金が稼げればええねん、と笑い飛ばして最初から自己紹介するような男だった。
私はあっという間に彼に恋をした。
その笑顔に、私という地味目でかつどちらかというと太めで自信のない女にも向けてくれる優しさに、彼の自信たっぷりの態度に。
自分でも驚くほど積極的に保にアピールした。メールをし、街がわからないからと休日の買い物に誘い、家具を組み立てて欲しいと言って家に呼んだ。
保はいつも気さくに付き合ってくれ、こちらが少し驚くほどにメールもくれた。
そのうち家に帰るのが面倒だからと言って家に泊まっていくようになったが、手は出してこない紳士的な態度にも私はうっとりとしていた。
保のことを少しおかしいと最初に感じたのは、出会って2ヶ月ほどたった時、買い物から家に帰る途中のことだった。
くだらないおしゃべりだったはずだ。少なくとも何を話していたかは記憶には残っていない。
そのおしゃべりの途中で保が珍しく言葉を噛んだ。それが可愛くて、私としては軽い気持ちでからかうと、保は予想に反してむっつりと黙り込み、家に着いても、泊まっている間も、一言も口をきかなかったのだ。
最初はただ拗ねているだけだろうと思ったが、何時間経っても口をきかない保が怖くなって、私は何度も謝ったがそれでも返事はなかった。
保が口を聞いたのは次の日の朝になってからで、昨日のことが嘘のようにケロリとしていて私は拍子抜けしたのだった。
あの時保の異常性に気がついていたら。
あそこで恋心が冷めていたら。
今でも時々そう思う。
それができていたらきっと私は、壊れずに済んでいたはずだ。
けれど結局たまたま機嫌があの日は悪かっただけだと自分を納得させ、私の恋は続いた。
そして驚いたことに、その恋は実ったのだ。それも5年も続くことになった。
『お前は逃げるのが得意なだけの、ただのクズだ』
忌々しい声がまた聞こえる。
保の得意げな笑顔が浮かぶ。
いけない。
呼吸を整えなければ。
自分が今いる場所を確かめて安心するために、そっと目を開けた。
大丈夫。ここは私と佑くんのお家だ。
安心な、安全な、小さな小さなお城。
佑くんのことを考えよう。
私をすくい上げてくれた、神様のような佑くんのことを。
外からはまだマスコミの人達の喧騒が響いていた。
それにはやはり彼の存在が大きかったように思う。
吉田保。
私と同じように医学部浪人したものの、受験に失敗しこの大学に入学してきた彼は、ちっともそのことを恥じてないようで、医者でも薬剤師でも金が稼げればええねん、と笑い飛ばして最初から自己紹介するような男だった。
私はあっという間に彼に恋をした。
その笑顔に、私という地味目でかつどちらかというと太めで自信のない女にも向けてくれる優しさに、彼の自信たっぷりの態度に。
自分でも驚くほど積極的に保にアピールした。メールをし、街がわからないからと休日の買い物に誘い、家具を組み立てて欲しいと言って家に呼んだ。
保はいつも気さくに付き合ってくれ、こちらが少し驚くほどにメールもくれた。
そのうち家に帰るのが面倒だからと言って家に泊まっていくようになったが、手は出してこない紳士的な態度にも私はうっとりとしていた。
保のことを少しおかしいと最初に感じたのは、出会って2ヶ月ほどたった時、買い物から家に帰る途中のことだった。
くだらないおしゃべりだったはずだ。少なくとも何を話していたかは記憶には残っていない。
そのおしゃべりの途中で保が珍しく言葉を噛んだ。それが可愛くて、私としては軽い気持ちでからかうと、保は予想に反してむっつりと黙り込み、家に着いても、泊まっている間も、一言も口をきかなかったのだ。
最初はただ拗ねているだけだろうと思ったが、何時間経っても口をきかない保が怖くなって、私は何度も謝ったがそれでも返事はなかった。
保が口を聞いたのは次の日の朝になってからで、昨日のことが嘘のようにケロリとしていて私は拍子抜けしたのだった。
あの時保の異常性に気がついていたら。
あそこで恋心が冷めていたら。
今でも時々そう思う。
それができていたらきっと私は、壊れずに済んでいたはずだ。
けれど結局たまたま機嫌があの日は悪かっただけだと自分を納得させ、私の恋は続いた。
そして驚いたことに、その恋は実ったのだ。それも5年も続くことになった。
『お前は逃げるのが得意なだけの、ただのクズだ』
忌々しい声がまた聞こえる。
保の得意げな笑顔が浮かぶ。
いけない。
呼吸を整えなければ。
自分が今いる場所を確かめて安心するために、そっと目を開けた。
大丈夫。ここは私と佑くんのお家だ。
安心な、安全な、小さな小さなお城。
佑くんのことを考えよう。
私をすくい上げてくれた、神様のような佑くんのことを。
外からはまだマスコミの人達の喧騒が響いていた。
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