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四.役者は舞台で踊れない

25.愛しき彼女の遺言

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 未来はいつものように葵と美波の嫌味と嫌がらせに堪えていた。誰かに助けを求めればよかったのかもしれないが、それが無駄であることを理解している。

 誰もが関わりたくないと避けられている二人だ。教師ですら敵に回したくないと言っているのだから、そんな相手から助けてくれる人は周囲にいないだろう。

 自分が我慢すればいいだけだ。嫌味を言われても、嫌がらせを受けても。そうやって毎日毎日、我慢していた。もしかしたら飽きてしまうかもしれないと淡い期待を抱きながらずっと。

 そうやって今日も何とか堪えて帰ろうとした時だった。

『滝川さん、ちょっといいかしら?』

 葵に呼ばれた。振り返れば美波も一緒に居てまだ何かあるのかと身構える。

『ちょっと話したいことがあるのよ』
『着いてきて』

 二人の圧に拒否権はないのだと理解して、未来は大人しく着いていったのだという。

 旧校舎の裏に連れていかれた未来はその時に気づいた、何かされると。振り返ったと同時に美波に羽交い絞めにされて葵はスマートフォンを構えながら未来のブラウスを掴んで思いっきり引っ張った。

 ぶちっという音を鳴らしてブラウスのボタンが飛ぶ。キャミソールが見えて葵は舌打ちした。

『隠してるんじゃないわよ』

 キャミソールを上げれば露わになる下着。未来は抵抗をするも、美波に「暴れんな」と言われて強く掴まれる。
葵はパシャパシャとスマートフォンで写真を取りながら笑っていた。

 ひとしきり撮った後に未来は解放される。

『これ、ばらまかれたくなかったらわたしたちの言うこと、ちゃんと聞きなさいね』

 そう言って二人は未来を置いていった。


『その写真、ばらまかれたの!』
『分かんない……でも、平原くんは見てたみたい……』

 未来は涙を流しながら話す。なんとか学校に来て部室になっている小ホールに入ろうとした時だ。

『うっわ、お前らやってんなー』
『良いもの見れたでしょ』
『眼福だわー』
『滝川、泣いててさー』

 けらけらと笑う声。あの写真を二人が裕二に見せているのだと知って、小ホールに入らずに家に帰ったのだと未来は泣き出してしまった。

『わたし、何かしたのかな? どうしてこんな目に合わなきゃいけないの?』

 未来は泣きながら陽菜乃に縋りついた。わんわんと泣く彼女の姿を見て、陽菜乃は言い知れぬ怒りの感情を抱いた。

 白鳥葵、半沢美波、平原裕二、彼らに対してのこの怒りと憎しみ。震えるほどのこの感情に陽菜乃自身も驚くほど。

『未来は何もしてないよ。全部、そう全部あいつらが悪いんだ』

 陽菜乃は未来を優しく抱きしめた。頭を撫でながら「何も悪くはないんだよ」と囁けば、未来は「どうしてこんな目に合うの」と嗚咽を吐く。本当にそうだ、どうして彼女がこんな目に合うのだ。

『わたしね、もう笑えないの……』

 どんな時だって笑えたというのに今はもうもう笑うことすらできない。顔が引きつってしまって表情が作れないのだと嘆く。

『こんなんじゃ、こんなんじゃ女優になんてなれないよ……』

 夢だった。大舞台で演技をしたかった。女優として観客を感動させるような存在になりたかったというのに。

 表情が作れないのでは演技は出来ない、何をやっても上手くいかなかった。これは未来を絶望の淵に落とすほどのことだ、夢が叶わないのだから。ずっとずっと憧れて、夢として追いかけてきたというのに簡単にそれをぶち壊された。これを嘆かずに、怒りを抱かずにいられるか。未来は言う、許さないと。

『許さない、許さない。あいつらをわたしは許さない!』

 全てを奪っていった三人を許さないと未来は呻るように吐く。目は血走っていて、ぎりぎりと歯を鳴らす。

 恨みと憎しみだった。彼女が露わにしたその感情を陽菜乃は抱きしめた。そうだ、あいつらは憎い存在だ。怒っていい、恨んでいいと。

 陽菜乃が抱いた感情は三人への憎しみと怒り、そして未来への愛情だった。愛しい愛しい彼女をこんな目に合わせた人間を許さない。同じように苦痛を合わせてやりたいと。

『未来、わたしがいるよ』

 わたしが傍にいるよ、陽菜乃は誓うように伝えれば未来は黙って頷いた。ぎゅっとしがみついて離れない彼女を陽菜乃は抱きしめ続けた。


 それから一ヶ月後、年明けとともに滝川未来は自殺した。陽菜乃を残して。

 未来が死んだと知って何もかも失った消失感に囚われた。もう彼女に会えないのだ、あの温かさに触れられないのかという悲しくて、悲しくて。

 遺書には親への感謝と謝罪のみが綴られていた。未来はもう耐え切れなかったのだろうと頭では理解できても信じたくなかった。

 わたしがずっとずっと傍に居るのに、わたしだけはアナタの味方なのに。愛していたのはわたしだけだったのだろうか、考えれば考えるほどに悲しくて。

 ある日、手紙が届いた。差出人が分からない手紙だったけれど、それが未来であるのはすぐに分かった。

【陽菜乃へ
 ごめんね、陽菜乃。わたしはやっぱりもう無理だ。もう駄目なんだ。
 でも、陽菜乃が傍に居てくれて、わたしの話を聞いてくれて嬉しかった。
 ありがとう、陽菜乃。わたしはいつも陽菜乃に助けられていたね。
 応援してくれて、一緒に泣いてくれて。そんな優しさに甘えていたね、ごめん。
 わたしはあいつらを許さない、復讐してやりたい。でも、そんな勇気も力もわたしにはもうないんだ。
 憎い、憎いよ。わたしから夢を奪ったあいつらが。
 もう憎しむのも、悲しむのも疲れた。こんなことで死ぬなんて他人からすれば、馬鹿馬鹿しいと、それぐらいでと思うかもしれないけれど、わたしにはもう無理なんだ。
 ごめんね、陽菜乃。弱いわたしで。
 アナタと出逢えてよかった。
 さよなら、私の愛した親友】

 あぁ、なんてこどだろうか。溢れ出る涙に混じって沸き起こる怒りと憎しみ。

 どうして未来が謝るのか、彼女は何も悪くないじゃないか。
 どうして未来が死ななければいけないのだろうか、彼女が何をしたというのだ。

 何も悪くない、何もしていない。ただ、夢に向かって前に進んでいただけだ。その想いは一途で純粋なもので、輝いていた。

『あぁ、憎いらしい』


 憎くて憎くてしかたない、この怒りを恨みをどう晴らしてくれようか。陽菜乃の心はすさんでいた時に彼女に復讐を誓わせる出来事が起こった。
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