24 / 29
四.役者は舞台で踊れない
23.こうして素人は舞台から降ろされた
しおりを挟む
「できますよね、中部陽菜乃さん」
名前を呼ばれてびくりと陽菜乃は肩を震わせる。けれど、その瞳を時久から逸らすことはなかった。
「事件当日に小道具置き場の鍵を持っていたのも、鍵を巡るミステリーものにしようと次回作を提案したのも貴女ですよね?」
時久の言葉に彼女は何も言わず黙ったままで、否定も肯定もしない様子は冷静に見えた。そうですよねと時久が由香奈を見遣れば、彼女は頷いてから「鍵を使ったミステリーにしようって言いだしたのは陽菜乃さんからだった」と証言した。
ミステリーものが良いのではないかと話題に出したのも、鍵を使ったものにしようと言ったのも彼女だと。由香奈に言われて陽菜乃はゆっくりと瞬きをする。
「この小道具の鍵は鍵屋を営む祖父が使わなくなったものだと提供してくれたものだと、貴女は言っていましたよね?」
そう指摘されて陽菜乃は顔を顰めた。それでも何も言わない彼女に時久は次に起こった半沢美波の殺害のことを話し始める。
美波は旧校舎と本校舎を繋ぐ渡り廊下の側の階段下で死亡していた。頭部と額を石の置物で殴られたうえで階段から突き飛ばされている。
「彼女は精神が不安定でしたが、自分が疑われていることを訂正することに固執してました。なので、〝もしかしら疑いを晴らせるかもしれない〟と誘えば、彼女なら誘導できたでしょう」
時久たちが前島と話をしているのを盗み聞きして、泣き叫びながらも主張していたのだから、自身の疑いを晴らしたいのは見て取れる。
殺されてしまった彼女はボタンを握り締めていた。それは裕二のブレザー制服のもので、それが決め手となり彼は連行されてしまう。
「貴女ですよね、最後に彼の制服に触れたのは」
朝練の時に裕二はブレザーを小ホールに忘れている。それを見つけて小道具置き場にあったハンガーラックにかけた、そう言ったのは陽菜乃本人だ。
「その僅かな時間ならボタンを取るのぐらい簡単ですね」
「でも、それ本人が気づいたらどうするんだよ」
斗真の指摘に「それも想定内だったのではないですか」と時久は指摘する。仮に気づかれようとも別の方法を使えばいいと。
「元々、平原さんを犯人に仕立て上げるために白鳥先輩の死体を工作したのですから」
「どういうこと?」
飛鷹の問いに時久は「気づかせたかったんですよ」と答える。
殺人であることを気づかせて、次に殺す美波と関連付けさせるために。白鳥葵と半沢美波は平原裕二を巡って争っていた。そこで裕二のものを美波が握っていれば、自然と関連付けてしまう。
多少、動機が弱くとも状況証拠が出ていれば事情を聞かねばならない。そうして犯人であるのではと周囲に思わせるためにやったことだと。
「まぁ、これもあくまで推測なので外れているかもしれませんけど。でも、平原さんが連行されたことは広まったでしょう?」
確かに学校では噂が広まっていた。あれやこれやと尾ひれがついていたが、もしかしたら犯人なのではと思った生徒は中にはいるだろう。平原裕二という人間に味方をする生徒たちはいなくなっていたのだ。
「例え、彼が捕まらなくとも信用を落とせればよかった。違いますか?」
皆が皆、陽菜乃に目を向ける。全ての視線を受けて彼女は目を細めると大笑という言葉が似合うように笑い始めた。けれど、時久は冷静だった。じっと陽菜乃を見つめていると、彼女はすっと表情を無くす。
「そうだけど?」
陽菜乃は否定も言い訳もせずに淡々とした声音で罪を認め、そのあまりの態度にしんと静まる。
「ど、どうして……そんなことをしたんだ、中部」
信じたくはないと言ったふうに問う前島に陽菜乃は冷ややかな眼差しを向ける。
陽菜乃はゆっくりと一歩、一歩、前に歩き出す。それを止めに入ろうとする岩谷を東郷は止めた、刺激を与えてはいけないと言うように。
さっと小道具置き場の入り口を封鎖されて、陽菜乃にはもう逃げ場はなかった。少し前に出てから彼女はまた笑う。
「どうしてって? どうしてって? あなたが言ってしまうの?」
ぎろりと睨むように見つめられて前島は押し黙る。
誰もが陽菜乃から目が離せない。動揺や困惑、警戒などさまざまな視線を受け止めながら陽菜乃は声を張り上げた。
「全部、全部、あいつらが悪いんだ!」
何もかも、あいつらが悪いと怒りを露わにする陽菜乃に時久は「間違っていたら申し訳ないですが」と前置きをしてから言う。
「犯行理由は滝川未来ではないですか?」
時久の言葉に前島はびくりと震え、裕二は目を瞬かせる。由香奈はまさかといったふうに口元を手で覆い、斗真は黙ったまま陽菜乃を見つめていた。
滝川未来の名前が出て陽菜乃は目を見開かせながら「気安く呼ぶな!」と怒鳴る。
「誰も未来の名を呼ぶな!」
お前らが呼んでいい名前じゃないと陽菜乃は怒りを露わにした。それだけで犯行理由が滝川未来に関連することであるのだというのは誰もが分かることだ。
「あいつらが殺したのよ!」
「しかし、滝川は自殺で……」
「そうね! 自殺よ! でも死に追いやったのはあいつらよ!」
陽菜乃は憎々しげに裕二を見つめているその視線を浴びて彼は恐怖で一歩、下がってしまう。
「君は知っているのか、滝川が死んだ理由を……」
「えぇ、知っているわ。だって彼女はわたしにだけは全てを話してくれたもの」
未来が人前で遺書を残したとしても本当のことを書かないことは分かっていたと陽菜乃は少しばかり瞳を揺らす。本当の遺書を持っているのはわたしだけ。陽菜乃はまた笑う、それはなんとも悲しげなものだった。
「教えてくれ、どうして……」
「あんたも悪いのよ! 何が、何が教えてくれよ! 今更、後悔しても遅いのよ!」
もう全てが遅すぎる。今更、彼女のこと気にするだなんて吐き気がする。陽菜乃は睨みながら吐く、ふざけるなと。
「何も話してはくれないのですか?」
時久の冷静な言葉に陽菜乃は「何? 知りたいの?」と苛立ったように返す。
「少なくとも、前島先生は知っていてもよいのではないですか? 彼にも関係があるのでしょう?」
「……そうね、そうだわ。あんたも悪いのだから死ぬまで苦しんでもらわなきゃいけないんだったわ」
陽菜乃はそうよと頷いてから「未来からの遺言を教えてあげるわ」と語り出した。
名前を呼ばれてびくりと陽菜乃は肩を震わせる。けれど、その瞳を時久から逸らすことはなかった。
「事件当日に小道具置き場の鍵を持っていたのも、鍵を巡るミステリーものにしようと次回作を提案したのも貴女ですよね?」
時久の言葉に彼女は何も言わず黙ったままで、否定も肯定もしない様子は冷静に見えた。そうですよねと時久が由香奈を見遣れば、彼女は頷いてから「鍵を使ったミステリーにしようって言いだしたのは陽菜乃さんからだった」と証言した。
ミステリーものが良いのではないかと話題に出したのも、鍵を使ったものにしようと言ったのも彼女だと。由香奈に言われて陽菜乃はゆっくりと瞬きをする。
「この小道具の鍵は鍵屋を営む祖父が使わなくなったものだと提供してくれたものだと、貴女は言っていましたよね?」
そう指摘されて陽菜乃は顔を顰めた。それでも何も言わない彼女に時久は次に起こった半沢美波の殺害のことを話し始める。
美波は旧校舎と本校舎を繋ぐ渡り廊下の側の階段下で死亡していた。頭部と額を石の置物で殴られたうえで階段から突き飛ばされている。
「彼女は精神が不安定でしたが、自分が疑われていることを訂正することに固執してました。なので、〝もしかしら疑いを晴らせるかもしれない〟と誘えば、彼女なら誘導できたでしょう」
時久たちが前島と話をしているのを盗み聞きして、泣き叫びながらも主張していたのだから、自身の疑いを晴らしたいのは見て取れる。
殺されてしまった彼女はボタンを握り締めていた。それは裕二のブレザー制服のもので、それが決め手となり彼は連行されてしまう。
「貴女ですよね、最後に彼の制服に触れたのは」
朝練の時に裕二はブレザーを小ホールに忘れている。それを見つけて小道具置き場にあったハンガーラックにかけた、そう言ったのは陽菜乃本人だ。
「その僅かな時間ならボタンを取るのぐらい簡単ですね」
「でも、それ本人が気づいたらどうするんだよ」
斗真の指摘に「それも想定内だったのではないですか」と時久は指摘する。仮に気づかれようとも別の方法を使えばいいと。
「元々、平原さんを犯人に仕立て上げるために白鳥先輩の死体を工作したのですから」
「どういうこと?」
飛鷹の問いに時久は「気づかせたかったんですよ」と答える。
殺人であることを気づかせて、次に殺す美波と関連付けさせるために。白鳥葵と半沢美波は平原裕二を巡って争っていた。そこで裕二のものを美波が握っていれば、自然と関連付けてしまう。
多少、動機が弱くとも状況証拠が出ていれば事情を聞かねばならない。そうして犯人であるのではと周囲に思わせるためにやったことだと。
「まぁ、これもあくまで推測なので外れているかもしれませんけど。でも、平原さんが連行されたことは広まったでしょう?」
確かに学校では噂が広まっていた。あれやこれやと尾ひれがついていたが、もしかしたら犯人なのではと思った生徒は中にはいるだろう。平原裕二という人間に味方をする生徒たちはいなくなっていたのだ。
「例え、彼が捕まらなくとも信用を落とせればよかった。違いますか?」
皆が皆、陽菜乃に目を向ける。全ての視線を受けて彼女は目を細めると大笑という言葉が似合うように笑い始めた。けれど、時久は冷静だった。じっと陽菜乃を見つめていると、彼女はすっと表情を無くす。
「そうだけど?」
陽菜乃は否定も言い訳もせずに淡々とした声音で罪を認め、そのあまりの態度にしんと静まる。
「ど、どうして……そんなことをしたんだ、中部」
信じたくはないと言ったふうに問う前島に陽菜乃は冷ややかな眼差しを向ける。
陽菜乃はゆっくりと一歩、一歩、前に歩き出す。それを止めに入ろうとする岩谷を東郷は止めた、刺激を与えてはいけないと言うように。
さっと小道具置き場の入り口を封鎖されて、陽菜乃にはもう逃げ場はなかった。少し前に出てから彼女はまた笑う。
「どうしてって? どうしてって? あなたが言ってしまうの?」
ぎろりと睨むように見つめられて前島は押し黙る。
誰もが陽菜乃から目が離せない。動揺や困惑、警戒などさまざまな視線を受け止めながら陽菜乃は声を張り上げた。
「全部、全部、あいつらが悪いんだ!」
何もかも、あいつらが悪いと怒りを露わにする陽菜乃に時久は「間違っていたら申し訳ないですが」と前置きをしてから言う。
「犯行理由は滝川未来ではないですか?」
時久の言葉に前島はびくりと震え、裕二は目を瞬かせる。由香奈はまさかといったふうに口元を手で覆い、斗真は黙ったまま陽菜乃を見つめていた。
滝川未来の名前が出て陽菜乃は目を見開かせながら「気安く呼ぶな!」と怒鳴る。
「誰も未来の名を呼ぶな!」
お前らが呼んでいい名前じゃないと陽菜乃は怒りを露わにした。それだけで犯行理由が滝川未来に関連することであるのだというのは誰もが分かることだ。
「あいつらが殺したのよ!」
「しかし、滝川は自殺で……」
「そうね! 自殺よ! でも死に追いやったのはあいつらよ!」
陽菜乃は憎々しげに裕二を見つめているその視線を浴びて彼は恐怖で一歩、下がってしまう。
「君は知っているのか、滝川が死んだ理由を……」
「えぇ、知っているわ。だって彼女はわたしにだけは全てを話してくれたもの」
未来が人前で遺書を残したとしても本当のことを書かないことは分かっていたと陽菜乃は少しばかり瞳を揺らす。本当の遺書を持っているのはわたしだけ。陽菜乃はまた笑う、それはなんとも悲しげなものだった。
「教えてくれ、どうして……」
「あんたも悪いのよ! 何が、何が教えてくれよ! 今更、後悔しても遅いのよ!」
もう全てが遅すぎる。今更、彼女のこと気にするだなんて吐き気がする。陽菜乃は睨みながら吐く、ふざけるなと。
「何も話してはくれないのですか?」
時久の冷静な言葉に陽菜乃は「何? 知りたいの?」と苛立ったように返す。
「少なくとも、前島先生は知っていてもよいのではないですか? 彼にも関係があるのでしょう?」
「……そうね、そうだわ。あんたも悪いのだから死ぬまで苦しんでもらわなきゃいけないんだったわ」
陽菜乃はそうよと頷いてから「未来からの遺言を教えてあげるわ」と語り出した。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭

セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

魔法使いが死んだ夜
ねこしゃけ日和
ミステリー
一時は科学に押されて存在感が低下した魔法だが、昨今の技術革新により再び脚光を浴びることになった。
そんな中、ネルコ王国の王が六人の優秀な魔法使いを招待する。彼らは国に貢献されるアイテムを所持していた。
晩餐会の前日。招かれた古城で六人の内最も有名な魔法使い、シモンが部屋の外で死体として発見される。
死んだシモンの部屋はドアも窓も鍵が閉められており、その鍵は室内にあった。
この謎を解くため、国は不老不死と呼ばれる魔法使い、シャロンが呼ばれた。


九竜家の秘密
しまおか
ミステリー
【第6回ホラー・ミステリー小説大賞・奨励賞受賞作品】資産家の九竜久宗六十歳が何者かに滅多刺しで殺された。現場はある会社の旧事務所。入室する為に必要なカードキーを持つ三人が容疑者として浮上。その内アリバイが曖昧な女性も三郷を、障害者で特殊能力を持つ強面な県警刑事課の松ヶ根とチャラキャラを演じる所轄刑事の吉良が事情聴取を行う。三郷は五十一歳だがアラサーに見紛う異形の主。さらに訳ありの才女で言葉巧みに何かを隠す彼女に吉良達は翻弄される。密室とも呼ぶべき場所で殺されたこと等から捜査は難航。多額の遺産を相続する人物達やカードキーを持つ人物による共犯が疑われる。やがて次期社長に就任した五十八歳の敏子夫人が海外から戻らないまま、久宗の葬儀が行われた。そうして徐々に九竜家における秘密が明らかになり、松ヶ根達は真実に辿り着く。だがその結末は意外なものだった。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる