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三.演劇は終わりを告げる
18.その行為は許されない
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「あー、前島先生なら授業の準備があるからって理科準備室に行ったはずだよ」
職員室へと向かうと扉の傍に座っていた男性教諭が前島の居場所を教えてくれた。時久は先生に礼を言ってから職員室に出ると廊下で待っていた飛鷹に「理科準備室らしいです」と声をかける。
「こんな時でも授業の準備しないといけないって教師って大変だね……」
「顧問である演劇部の部員が死んでいても仕事は待ってくれないということです」
前島の様子を思い出してか、飛鷹は大変だなと彼に同情していた。彼だって部員たちの死にショックを受けているだろう。それでも、教師として授業は行わなければならない。
悲しむ暇など与えてくれないのだから、その気持ちは辛いものだろうことは想像ができると、廊下を歩きながら飛鷹は呟く。
人が死んだというのに時間というのはなんでもないように過ぎていく。そうして、そこにあったというのにいつの間にか空気になって人の記憶から薄れていくのだ。
理科準備室のある棟は人一人いない。放課後であるからだろうか、しんと静まっていて少しばかり不気味だった。
奥にある理科準備室の扉が僅かに開いているのを見て、誰かがいるのは確かだ。時久は扉に手をかけて「失礼します」と一言、断りを入れてから開けた。
そこには前島が立っていた――その首にはロープが括られている。天井に吊り下げられたロープに足場に使っている椅子。一瞬、何が行われているのか分からず思考が停止するも、すぐに時久は前島の元へと駆け寄った。
「前島先生、何をしようとしているのですか!」
「止めないでくれ!」
時久の大声にはっと我に返った飛鷹も慌てて前島の元へと向かい、彼の身体を抑える。
前島は首を吊ろうとしていた、自らの命を絶とうとしていたのだ。そんな現場を目撃して止めない人間はそういない。
時久は「落ち着いてください」と前島を説得するも、彼は「止めないでくれ!」と言って椅子を蹴飛ばそうとする。
「止めないでくれ! わたしなんて生きていてもしかたないんだ!」
「どうしてそんな考えに至るんですか!」
「生徒が、わたしが顧問をしていた部員が死んだんだ!」
前島の言葉に時久は彼も追い詰められていたのだろうと察する。それでも死なせるわけにはいかないので、死のうとする彼の首からロープを取った。 がくんと椅子から転げて前島はうずくまる。「死なせてくれ」と嘆きながら泣いているようだった。
「わたしは、わたしは三人も死に追いやってしまったんだ。滝川の自殺を止めれず、白鳥も半沢も誰かに殺されてしまった。きっと、わたしがもっと彼らを見てあげればよかったんだ……」
滝川未来の死はきっと演劇部にも関係があるはずだ、それを苦に自殺したに違いない。白鳥も、半沢も二人が揉めていることを知っていながら気づかぬふりをしていた。もっともっと彼らに向き合っていれば、死なせずにすんだのではないのか。前島は泣きながら言った、わたしのせいなのだと。
前島の心は美波と同じように不安定になっていた。一人が死に、また一人と立て続けに死んでいく。それが自分の顧問の部員なのだから。
気の弱い卑怯な自分のせいで、彼女たちを救えなかったのだとそう思い込んでいる。嗚咽を吐きながら泣く前島に飛鷹は声をかけられない。
「前島先生、だからといって死ぬのはよくないです」
時久は冷静だった。前島が死のうとした気持ちがわからないわけではないけれど、それは許されない。誰かが死ねば全てが解決するわけではないのだ。犯人を見つけて捕まえなければ終わることはない。
前島が死んだからと言って何になるというのか。三人を救えなかったからお詫びに死ぬなど、誰が納得するのか。時久ははっきりと彼に告げる、それはただ逃げているだけだと。
「先生が死んだからと言って三人の生徒が生き返るわけでも、救われるわけでもありません」
「し、しかし、わたしは……」
「後悔と反省をしているのであれば、これ以上悲しむ生徒を増やさないように支えてあげてください」
演劇部の部員だって仲間の死に悲しみ、ショックを受けている生徒もいるはずだ。そんな彼らを支えてあげられるのは誰か、顧問である貴方じゃないか。
両親だけでなく、周囲の助けがあって気持ちを持ち直す生徒も多いはずだ。だから、死ぬだなんてことをせず、生徒たちの心のケアをするべきだろうと時久は指摘する。
「先生。悲しむ生徒を、塞ぎこむ生徒をこれ以上増やすつもりですか?」
顧問である前島が死んだとなれば、さらに不安に感じて心を病む生徒は出てくることだろう。
前島は顔を上げて時久を見る。彼の瞳は揺るがず、強さを持っていた。それはまるで、今ここで逃げるのを許さないと言うようで。
「わたしは……また逃げようとしていた、ということか…」
やっと自分のしようとした行為を理解したのか、前島はぼろぼろと涙を零しながら誰に向かうでもなく「すまない」と謝った。
「前島先生。あたし、上手く言えないけどさ。先生だけが悪いとは思わないんだよ」
飛鷹は膝をつく前島の隣にしゃがみこむと、彼と目を合わせる。
「きっともっと何かできたのかもしれないっていうのはわかる。あたしは演劇部の部員じゃないから部活動の事はえないけどさ。先生が死んだからって何にも解決はしないんだよ」
後悔も反省もあるのならば次へと進むべきだ、死ぬ勇気があるならできるはずだと。
飛鷹は「あたしが演劇部の部員なら、先生が死んだらきっと悲しいと思うんだ」と震える声で言う。目の前で誰かが死のうとする瞬間を見て、怖かっただろうにそれでも自分の思ったことを彼女は伝えた。
「……すまない」
前島はそんな飛鷹を見てもう一度、謝った。
職員室へと向かうと扉の傍に座っていた男性教諭が前島の居場所を教えてくれた。時久は先生に礼を言ってから職員室に出ると廊下で待っていた飛鷹に「理科準備室らしいです」と声をかける。
「こんな時でも授業の準備しないといけないって教師って大変だね……」
「顧問である演劇部の部員が死んでいても仕事は待ってくれないということです」
前島の様子を思い出してか、飛鷹は大変だなと彼に同情していた。彼だって部員たちの死にショックを受けているだろう。それでも、教師として授業は行わなければならない。
悲しむ暇など与えてくれないのだから、その気持ちは辛いものだろうことは想像ができると、廊下を歩きながら飛鷹は呟く。
人が死んだというのに時間というのはなんでもないように過ぎていく。そうして、そこにあったというのにいつの間にか空気になって人の記憶から薄れていくのだ。
理科準備室のある棟は人一人いない。放課後であるからだろうか、しんと静まっていて少しばかり不気味だった。
奥にある理科準備室の扉が僅かに開いているのを見て、誰かがいるのは確かだ。時久は扉に手をかけて「失礼します」と一言、断りを入れてから開けた。
そこには前島が立っていた――その首にはロープが括られている。天井に吊り下げられたロープに足場に使っている椅子。一瞬、何が行われているのか分からず思考が停止するも、すぐに時久は前島の元へと駆け寄った。
「前島先生、何をしようとしているのですか!」
「止めないでくれ!」
時久の大声にはっと我に返った飛鷹も慌てて前島の元へと向かい、彼の身体を抑える。
前島は首を吊ろうとしていた、自らの命を絶とうとしていたのだ。そんな現場を目撃して止めない人間はそういない。
時久は「落ち着いてください」と前島を説得するも、彼は「止めないでくれ!」と言って椅子を蹴飛ばそうとする。
「止めないでくれ! わたしなんて生きていてもしかたないんだ!」
「どうしてそんな考えに至るんですか!」
「生徒が、わたしが顧問をしていた部員が死んだんだ!」
前島の言葉に時久は彼も追い詰められていたのだろうと察する。それでも死なせるわけにはいかないので、死のうとする彼の首からロープを取った。 がくんと椅子から転げて前島はうずくまる。「死なせてくれ」と嘆きながら泣いているようだった。
「わたしは、わたしは三人も死に追いやってしまったんだ。滝川の自殺を止めれず、白鳥も半沢も誰かに殺されてしまった。きっと、わたしがもっと彼らを見てあげればよかったんだ……」
滝川未来の死はきっと演劇部にも関係があるはずだ、それを苦に自殺したに違いない。白鳥も、半沢も二人が揉めていることを知っていながら気づかぬふりをしていた。もっともっと彼らに向き合っていれば、死なせずにすんだのではないのか。前島は泣きながら言った、わたしのせいなのだと。
前島の心は美波と同じように不安定になっていた。一人が死に、また一人と立て続けに死んでいく。それが自分の顧問の部員なのだから。
気の弱い卑怯な自分のせいで、彼女たちを救えなかったのだとそう思い込んでいる。嗚咽を吐きながら泣く前島に飛鷹は声をかけられない。
「前島先生、だからといって死ぬのはよくないです」
時久は冷静だった。前島が死のうとした気持ちがわからないわけではないけれど、それは許されない。誰かが死ねば全てが解決するわけではないのだ。犯人を見つけて捕まえなければ終わることはない。
前島が死んだからと言って何になるというのか。三人を救えなかったからお詫びに死ぬなど、誰が納得するのか。時久ははっきりと彼に告げる、それはただ逃げているだけだと。
「先生が死んだからと言って三人の生徒が生き返るわけでも、救われるわけでもありません」
「し、しかし、わたしは……」
「後悔と反省をしているのであれば、これ以上悲しむ生徒を増やさないように支えてあげてください」
演劇部の部員だって仲間の死に悲しみ、ショックを受けている生徒もいるはずだ。そんな彼らを支えてあげられるのは誰か、顧問である貴方じゃないか。
両親だけでなく、周囲の助けがあって気持ちを持ち直す生徒も多いはずだ。だから、死ぬだなんてことをせず、生徒たちの心のケアをするべきだろうと時久は指摘する。
「先生。悲しむ生徒を、塞ぎこむ生徒をこれ以上増やすつもりですか?」
顧問である前島が死んだとなれば、さらに不安に感じて心を病む生徒は出てくることだろう。
前島は顔を上げて時久を見る。彼の瞳は揺るがず、強さを持っていた。それはまるで、今ここで逃げるのを許さないと言うようで。
「わたしは……また逃げようとしていた、ということか…」
やっと自分のしようとした行為を理解したのか、前島はぼろぼろと涙を零しながら誰に向かうでもなく「すまない」と謝った。
「前島先生。あたし、上手く言えないけどさ。先生だけが悪いとは思わないんだよ」
飛鷹は膝をつく前島の隣にしゃがみこむと、彼と目を合わせる。
「きっともっと何かできたのかもしれないっていうのはわかる。あたしは演劇部の部員じゃないから部活動の事はえないけどさ。先生が死んだからって何にも解決はしないんだよ」
後悔も反省もあるのならば次へと進むべきだ、死ぬ勇気があるならできるはずだと。
飛鷹は「あたしが演劇部の部員なら、先生が死んだらきっと悲しいと思うんだ」と震える声で言う。目の前で誰かが死のうとする瞬間を見て、怖かっただろうにそれでも自分の思ったことを彼女は伝えた。
「……すまない」
前島はそんな飛鷹を見てもう一度、謝った。
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