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三.演劇は終わりを告げる

15.はたしてそれは真実なのか

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 そのあからさま態度を見逃すわけもなく、東郷は「それ」と袖を隠した人物――裕二を指さす。

「平原裕二君、その手を退けてもらおうか」

 東郷の低い声に裕二は怯えた様子を見せて俯いた。黙って暫く袖を握っていたが、もう一度、「見せてくれ」と言われて観念したように手を退ける。

 裕二の袖にはボタンが一つ外れていた。それを見た岩谷が「お前か!」と詰め寄ると、彼は「俺じゃない!」と声を上げる。

「俺は半沢を殺してなんていない!」
「じゃあ、どうしてボタンがないんだ!」
「知らねぇよ! 今朝、ボタンが外れてんのに気づいたんだよ! 俺じゃねぇって!」

 裕二は必死に犯行を否認する。俺は何もやっていない、殺してもいないと。それでもボタンが取れているという状況証拠を否定することはできない。

 皆が皆、裕二を注視する。その視線に彼は焦りを見せながら「違う!」と声を張り上げた。

「俺じゃないんだって! どうして俺が二人を殺すんだよ!」
「色恋沙汰が原因だろう!」
「そんなことで殺さねぇよ! 俺は別にあいつらのことどうでもよかったし! 確かにちょっとうっぜぇなとは思ってたけど、殺すほどでもねぇよ!」

 岩谷の尋問に裕二は反論するけれど、疑いの目というのは向けられていた。それは刑事だけでなく、周囲の人間もだった。陽菜乃は怯えたように裕二から離れ、斗真は冷ややかな眼差しを向けている。由香奈は動揺し、前島教諭は言葉が出ないようだ。

 周囲の反応に苛立ったのか、裕二は近くにいた斗真に突っかかっていく。

「なんだよ、その目! 俺がやったって言いたいのかよ! 斗真、お前!」
「別に。平原先輩が恋愛トラブル持っていたのは部員全員が知ってましたし。まぁ、それだけで殺すのかといった感じですけどね」
「ふざけんな!」

 斗真の冷たい言葉に怒りを露わにしながら裕二は彼の胸倉を掴んだ。それを東郷が止めに入る、暴力はいけないと言いながら。

「状況証拠が出てしまった以上は話を聞かなきゃならないんだ」
「だから、俺じゃねぇって!」
「そう言われてもこちらも疑わなければならないから」

 必死に無実を主張するけれど、話を聞かなければならないのはしょうがないことだ。裕二がやっていないという証拠がないので、事情聴取は受けなくてはならない。

 それでもやってないと同行を拒否する裕二は助けを求めるように周囲を見遣る。そんな彼の瞳と時久は目が合ってしまった。あっと思ったのも束の間、裕二は時久のほうへと駆け寄ると縋りついてきた。

「お前、探偵なんだろ! 噂は聞いてるよ、頼むよ! 俺の無実を証明してくれよ!」
「そう言われましてもね……」

 無実を証明してあげようにも情報が少なすぎる。状況証拠がある分、不利に働いているので今から巻き返すには別の証拠、または彼以上の動機を見つけなければならない。

 今すぐに裕二の無実を晴らすというのは無理に等しかった。なので、「一先ずは大人しく事情聴取を受けた方が良いですよ」と時久は返した。

「このまま拒否するというのも印象が悪いです。貴方が無実だという主張は理解しましたが、現状ではそれを断言できるものがないんですよ」
「そ、そんな……」

 時久の言葉に裕二は崩れるようにしゃがみこむと泣きだす、「俺はやってないのに」と弱弱しく吐く。

 泣きぐずる裕二の肩を叩いて立ち上がらせると岩谷が彼を連れていくその背は縮こまっており何とも物悲しげだった。

「まだ、彼が犯人と決まったわけではないのでそこは誤解しないでください」
「じゃあ、すぐに帰されるのでしょうか?」
「今回は事情聴取だけです」

 東郷の言葉に前島は少し安心したように息をついた。それでもまだ、不安は拭いきれてはいないようで汗が噴き出している。

 陽菜乃は裕二が居なくなって落ち着きを取り戻したようで表情が柔らかくなっている。斗真は何ら変化はなく、冷めたままだ。彼らの様子を眺めながら時久は考えを巡らせる、裕二が本当に犯人なのだろうかと。

(何かが引っかかるんですよね……)

 何かが引っかかる。それが何だか分からなくてもやもやしていた。

(出来すぎている気がしなくもない)

 色恋沙汰が原因で二人を殺したというのはなくはないことだろう。これに関しては高校生だろうと関係なく、殺人を犯してしまう動機にはなる。

 とはいえ、綺麗な流れができている気がしなくもない。そう仕向けているような、違和感が拭えなかった。

 これは他殺だと知らせるような行為をした理由はなんだろうか。泣き縋りついたのは演技なのか、本心からか。最後の悪あがきといったふうには見えない。

「やっぱり解らない」
「何か思うことがあるようだね、時久君」
「まぁ、いろいろと」
「君の推理はいつ聞けるんだい?」

 その様子に何かを察してか東郷がそう聞けば、時久は「あと少しですかね」と返した。そう、あと少し。この違和感さえ拭えればきっと事件は解決へと導いてくれる。

「一先ず、彼の事情聴取をしてくるよ。何か分かったら連絡してくれ」
「わかりました」

 東郷は話をこれぐらいでと皆を小ホールから出した。外廊下を歩きながら時久は今までの情報を整理していると飛鷹に「大丈夫?」と声をかけられた。

「時久くん、大丈夫?」
「大丈夫かと問われると頭痛がしますね」

 考えすぎて頭が痛くなると時久はこめかみを押さえれば、飛鷹は「頭使うもんね」と納得したように返す。

「あと少しって言ってたけど、本当?」
「まぁ、確証はないのですが」
「平原くんが犯人じゃないの?」

 飛鷹の問いに時久肯定も否定もしない。その様子に彼女はまだわかっていないのだと思ったらしく、「すぐには判断できないもんね」と呟いていた。

「時久くんの関わる事件をちゃんと見たのってこれが初めてなんだけどさ。実際の事件ってミステリー小説みたいなものではないんだね」

 ミステリー小説を読むだけじゃ分からないことが伝わってきて、フィクションはフィクションだから良いのだと改めて実感した。誰かが身近で死ぬなどあってはならないのだ。恐怖を感じ、悲しみ、苦しくなるのだから。

「もしさ、別に犯人がいるなら捕まってほしい。あるいは自首してほしいな」

 そう言って真っ直ぐに向けてくる瞳は力強くて、時久ははぁと溜息を零した。

「私に期待しないでくださいよ、ただの高校生なんですから」
「それはそうだけどさ。時久くんって最後までやり通すじゃん」

 そう言われて解決に導けるのだろうかと時久は考える。ただ、勘が良いだけなのだ、自身は。それでも期待されているというのはひしひしと感じていて、今更ながら事件に関わるんじゃなかったと思わなくもない。

 それでも、関わってしまった以上は最後までやり通すと時久は決めていた。諦めてしまっては事件は解決しないのだから。

「やれるだけのことはやりますよ」

 だから、そうやって返すことしかできなかった。

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