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二.舞台に残された役者
7.被害者に抱いていた感情
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事件から一日が経った学校内は葵の事件で話が持ちきりだった。何処で知ったのか、殺人事件であるのだと生徒たちの間であれこれと話が膨らんでいる。
校門前では事件を嗅ぎつけたマスコミが待ち伏せをし、生徒たちに何か知らないかとインタビューをしていた。学校側も対応に追われているようで、生徒たちに「迂闊なことは言わないように」と緘口令が出されている。
それでも子供の口には戸が立てられず、マスコミに情報が流れてしまう。あることないこと広がった話は止められそうにはない。
緊急の全校集会を終えて昼休み、時久は騒がしい教室から由香奈と飛鷹を連れて出た。講堂へと繋がる外廊下を歩きながら時久は由香奈に話しを聞く。
「鍵は二つしかないのですね?」
「ないよ。あと、数年前に鍵を紛失してからは鍵の持ち出しのルールが決まめられたんだって」
誰が持ち出し、最後に持っていたのか分からなくなるのを防ぐために、顧問・部長・鍵閉め担当の三人だけが持ち出しできるという決まりとなったのだと由香奈は話す。
「今の鍵閉め担当は陽菜乃さん。彼女、しっかり者だから先生も他の部員たちも文句なしで決まったの」
「白鳥先輩が一人で昼休みに小ホールで練習していることを知っている人は?」
「演劇部の部員と前島先生ぐらい。白鳥先輩は邪魔されるの嫌いだから、部員以外の友達には内緒にしてるって言ってた」
葵は余程、邪魔されるのを嫌う人間のようだ。それならば呼び出したりせずに犯行に及ぶことができる。さらに講堂までの道筋は教室から遠く、人目に付きにくいので見つからずにたどり着くのは難しくない。
「時久くんは犯人は誰だと思ってるの?」
「まだ分かりませんよ、飛鷹」
飛鷹に「それだけで分かってしまうのならもう解決しているでしょう」と時久は答えるてからまた質問をする。
「白鳥先輩は少なからず反感を買う人だったのですか?」
「それは……」
由香奈は答えづらそうに俯く。それだけでそういうことがあったのだろうことは察することができた。時久が「警察の方には話しましたか?」と聞くと、うんと由香奈は頷いて口を開いた。
「白鳥先輩、自信家というか負けず嫌いというか。とにかく自分に自信がある人だったんだよね……」
葵は自分に自信があるゆえに他人を見下していたらしい。あれは駄目、これは違うと何かと文句をつけていた。配役決めの時も自分優位にしようとしたりと自分勝手な部分もあったのだという。
「自分に自信があるからなのか、気に入った男子とかに声かけたりとかしてさ。裕二くんのことも結構、贔屓してたんだよね。でも、滝川さんのほうが人気でちゃって……」
「自殺したという人ですか?」
由香奈は「その子」と頷くと、滝川未来のことを簡単にだが話してくれた。
未来は可愛らしい容姿だけでなく、演技がとても上手い生徒だった。明るく優しいだけじゃなく、気配りのできる子だっただけあり部員たちから人気が出るのはそう遅くはなかった。
それが気にいらなかったのか、葵は何かとつけて未来に文句をつけていたのだという。
「わたしや部員たちが見かけたのはそれぐらいなんだけど、彼女が自殺してから裏で先輩に何かされてたんじゃって噂になってたんだよね……」
未来は夏休みが明けてから暫くして不登校になってしまい、冬休みに亡くなったのだと由香奈は聞かされていた。
「わたしたちも何かできたのかなって今になって思うんだよ。でも、いつもと変わらない明るく元気な姿をみせてたからさ……」
由香奈は「言い訳だね、これ」と目を伏せた。もしかしたら異変に気付けたかもしれないという由香奈は後悔しているようだ。
「だからさ。白鳥先輩のこと恨んでるというか嫌いだと思っていた人って、いるんじゃないかなぁって……」
そういう人間だったのだから何かしら他人から恨まれたり、嫌悪を抱かれているかもしれない。話を聞いてそういった感情が引き金になった可能性もあるなと時久は考える。
外廊下を渡り、講堂までやってくると入り口の前には生徒が二人、立っていた。テープの張られた扉から顔を覗かせているのは裕二と斗真だ。
「何をしているのですか?」
「うわっ! って、なんだよお前らかよ」
「裕二くんと斗真くん、何してるの?」
由香奈に聞かれた裕二は「ブレザーを取りに来たんだよ」と不機嫌そうに返す。
「昨日の朝練の時に脱いだままホールに忘れてきてたんだよ。部活動時間に取りに行くつもりだったのに事件があってよ」
「それでずっと夏服だったの?」
「仕方ないだろうがよ。で、取りに来たらなんか入れなさそうにしてるし。どうすっかなって」
少し前まで警察官がいたのだが、いなくなったので入るなら今がチャンスだと思って覗いていたのだと裕二は話す。
「そしたら、斗真が来たからよ」
「僕は舞台装置が心配なんだ」
昨日の捜査で警察の人間にあちこち調べられいたのを見て、装置に不具合が出ていないか不安になったのだと苛立った様子を斗真は見せている。
それに飛鷹が「白鳥先輩が死んだのに、機材の心配なの!」と声を上げた。斗真はじろりと飛鷹を見て「それが?」と不機嫌そうに返す。
「何か悪いですか? 白鳥先輩が死んでしまったのは事実だけど、僕には関係ないじゃないか」
きっぱりと言い切る斗真の様子に葵が殺されたことも、犯人が潜んでいるかもしれないことも自分には関係ないと思っているように感じた。
斗真は「犯人には捕まってほしいとは思うけど」と冷静だ。本当になんとも思っていないのか、それとも割り切っているのかもしれない。
「沢渡くんって冷たいね」
「どう思われようと別に気にしないよ。僕はただ、機材が心配なんだ」
由香奈の信じられないといった瞳を気にもとめずに斗真は「入るならさっさと入りましょうよ」とテープを潜ろうとする。
「こらっ! 勝手に入ったらいけないぞ!」
「あ、恭一郎さん」
わっと大きな声がして全員が慌てて振り返ると、東郷が警察官と一緒に立っていた。彼も事件現場を確認しにきたようだ。
「時久君は来るだろうと思ったが、他の子たちは何しに?」
「それはですね……」
時久が裕二たちから聞いた訳を話すと、東郷はうんと首を傾げる。
「ブレザー制服なんて現場にはなかったと思うが……」
「はぁ? あるはずだって!」
「だが、現場報告からは何も聞いていないんだ」
東郷の言葉に裕二は動揺したように目を泳がせる。そんな彼など他所に斗真は「機材に変な事してませんか」と詰め寄った。
「機材はデリケートなんです。変に扱って壊れたらどうしてくれるんですか」
「それは問題ないと思う。こちらも丁寧に扱っているつもりで……」
「信じられないんだよ」
ぎろりと東郷を見遣る斗真の瞳は疑いの光を見せている。これには東郷も困ったのか、苦笑いするしかない。
「皆さん、どうしたんですかー?」
そんなやり取りをしていると声をかけられた。声の主である陽菜乃が不思議そうに時久たちを見ている。
「中部さんはどうして此処に?」
「えっと、平原くんの制服を返そうと思ってきたの」
どうやらブレザー制服が何処にあるのかを陽菜乃は知っているようだ。鍵を持っている彼女は「でも中には入れないんですかね?」と困ったように東郷に問う。
「平原くんの制服、講堂の中にある小道具置き場……えっと、倉庫にあるんですよ」
小道具置き場は演劇部で使う舞台の小道具や衣装が仕舞われている倉庫だ。陽菜乃は昨日の朝練の時に裕二が制服を忘れているのに気づいて、失くさないように倉庫のハンガーラックにかけておいたのだと話す。
「ほら、わたし衣装と小道具担当だからさ。他の子が扱うよりかは安心してくれるかなって」
「マジかよ! 中部、助かるー! 失くしたら親に叱られるところだったぜ」
「あの、刑事さん。荒らしたりはしないので制服だけでも取りに行くのってだめでしょうか?」
「……まぁ、上着を取るぐらいなら」
東郷はそれぐらいならばと許可を出した。だだし、彼も一緒に着いていくという条件の下で。
東郷を先頭に講堂に入ると陽菜乃は「こっちです」と歩き出した。大ホールの隣の通路へと向かい、いくつかある部屋の一つの前で立ち止まる。奥まったところに演劇部が使っている倉庫はあった。
慣れた手つきで鍵を開けて室内に入る陽菜乃の後ろから時久は倉庫の中を覗いた。小道具置き場というだけあり、物が雑多に置かれているのが目につく。
木や草の絵が描かれた張りぼて、テーブルや椅子にティーカップなどの小道具。室内の隅にあるハンガーラックにはいくつもの衣装がかけられている。
陽菜乃は迷うことなくハンガーラックのところまでいくと、ハンガーにかかっていた制服を手にした。紺色のブレザーはこの学校の制服で間違いない。
「はい、平原くん」
「サンキュー。いやぁ、助かった」
陽菜乃から受け取った裕二は安堵したふうに息をつく。彼女から「忘れないようにね」と注意されて笑っていた。
「用事はこれで終わったかな? じゃあ、関係のない子は出ていって……」
「まだ機材を確認していない」
東郷の言葉を遮って斗真が苛立ちを隠すことなく言う。東郷が「こちらも丁寧に扱ったから」と言うのが、信用していないらしく自分の目で確認したいのだと言って聞かない。
「しかしな……」
「恭一郎さん、彼に少し確認したいことがあるので機材を見せてはどうでしょうか?」
時久がそう言うと東郷は「まぁ、確認だけなら」と仕方なく許可を出した。
「時久君と君、えっと沢渡斗真君以外は戻りなさい。用事は終わっただろう」
「警部―、あたしは時久くんと一緒にいまーす」
「飛鷹ちゃんね……。何もしないように」
「はーい」
手を上げて飛鷹が返事をすれば、東郷は「のんきだなぁ」と少しばかり気が抜ていた。
「皇さん。此処まで連れてきてしまいましたが、もう大丈夫なので教室に戻っていてください」
「わかったよ、天上院くん」
由香奈は「じゃあ、あとで」と言って裕二たちと共に教室へと戻っていった。
三人が講堂から出ていくと東郷は小ホールの扉を開く。事件があった舞台は何事もなかったかのように静かだ。
「開いてますね」
「あぁ、今朝に捜査をするからと開けたままにしてもらっていたんだ」
東郷と話しながら小ホールに入ると、斗真は真っ先に舞台裏へと駆けていった。舞台裏は機材がいくつも置かれており、薄暗く狭い。何がどの舞台装置のものなのか、見ただけでは判断できなかった。
斗真はいくつかの機材の電源を入れて動くか調べていた。ライトが点くか、緞帳が下りるかと丁寧に確認していく。
「沢渡さん」
「なんですか。今、忙しいんだ」
「昇降バトンの操作ってできますか?」
時久の問いに斗真は「できるけど」と答えて舞台裏の隅へと移動する。ボタンを操作するとバトンがゆっくりと舞台に下りてきた。
それを眺めながら時久は「これって早く巻き上げることってできますか?」とさらに質問した。
「少しだけならできるけど」
「では、吊下荷量は?」
「この電動昇降バトンは六十キロまでなら吊り下げられる」
「遠隔操作できるリモコンは一つで?」
「そうだよ。今は警察の人に押収されてるから此処にないけど」
斗真は「失くさないでちゃんと返してくださいよね」とじとりと東郷を見遣る。その信用していないといった瞳に東郷は「大丈夫だから」と返すしかない。
大丈夫だと言われてもまだ疑っているようで、ぶつぶつと文句を垂れながら機材を操作していた。余程、裏方としての仕事に熱心なようだ。高校の部活動にしては熱意がありすぎるような気もするが、彼の職人気質なところがでているのかもしれない。
そんな斗真の様子を観察しながら時久は彼に「何か変な事などには気づきませんでしたか?」と問う。
「変な事?」
「えぇ。白鳥先輩の様子だったり、他の部活動生の行動だったり」
「別に。何も変わってないと思うけど」
「朝練の時は皆さん参加を?」
「してたよ。鍵だって白鳥先輩が開け閉めしてたし。これといって変わった様子なんてなかった」
斗真は一通り確認し終えたようで、ずっと機材に向けていた目を時久に向ける。
「白鳥先輩、自分勝手なところがあったから誰かに恨まれていてもおかしくないけどね」
さらりと話す斗真は思い浮かぶ人物がいるようだ。そう感じた時久が「思い当たる人は?」と問うと、「部員とか?」と返される。
「部員の中で恨んでるっていうか嫌ってる人は多いよ。あの人、自分の思うようにいかないと怒鳴ったりしてたし。後輩には特に先輩という立場を利用してあれこれ指示出してたから」
それぐらいで殺人を犯すかは知らないけど何かしら思うことがあった生徒はいると、斗真は隠すこともなく答える。さらに「僕だってあの先輩嫌いだったし」と何でもないように言ってのけた。
「僕みたいな生徒はいたんじゃないかな。知らないけど」
「そうですか。素直に話してくれますね」
「刑事さんの前で隠すほうが疑われるだろ。隠さないよ」
斗真の返しに「確かに」と時久は頷く。東郷も話を聞きながら彼を観察していたようでその目線は鋭い。
「沢渡くんは滝川さんっていう人のことは知らないんだよね?」
「滝川? あぁ、亡くなった先輩ですよね。話には聞いてますよ。僕の入学する前に自殺したっていうのは」
飛鷹の質問に斗真はそんな人の話を聞いたなといったふうに答える。滝川未来という生徒のことはあまり知らないようだ。
「何を苦にして自殺したのかはしりませんけど。まぁ、部活動とかでなんかあったんじゃないですかね。もう機材の確認もできましたから教室に戻っていいですか?」
確認は終わったからと小ホールを出ようとする斗真を時久は呼び止める。何と面倒げにしている彼に「最後に一つ」と時久は問う。
「昇降バトンの操作は演劇部の部員全員が扱えるものですか?」
「使えるよ。部員以外だと一部の先生とか。顧問の前島先生も使える」
「そうですか。ありがとうございます、もう大丈夫です」
斗真は態度を変えることなく、冷静で落ち着いていた。質問に答えると何を言うでもなくさっさと小ホールを出ていってしまう。淡々と答えているのを見て、本当に事件に興味がないように感じ取れた。
校門前では事件を嗅ぎつけたマスコミが待ち伏せをし、生徒たちに何か知らないかとインタビューをしていた。学校側も対応に追われているようで、生徒たちに「迂闊なことは言わないように」と緘口令が出されている。
それでも子供の口には戸が立てられず、マスコミに情報が流れてしまう。あることないこと広がった話は止められそうにはない。
緊急の全校集会を終えて昼休み、時久は騒がしい教室から由香奈と飛鷹を連れて出た。講堂へと繋がる外廊下を歩きながら時久は由香奈に話しを聞く。
「鍵は二つしかないのですね?」
「ないよ。あと、数年前に鍵を紛失してからは鍵の持ち出しのルールが決まめられたんだって」
誰が持ち出し、最後に持っていたのか分からなくなるのを防ぐために、顧問・部長・鍵閉め担当の三人だけが持ち出しできるという決まりとなったのだと由香奈は話す。
「今の鍵閉め担当は陽菜乃さん。彼女、しっかり者だから先生も他の部員たちも文句なしで決まったの」
「白鳥先輩が一人で昼休みに小ホールで練習していることを知っている人は?」
「演劇部の部員と前島先生ぐらい。白鳥先輩は邪魔されるの嫌いだから、部員以外の友達には内緒にしてるって言ってた」
葵は余程、邪魔されるのを嫌う人間のようだ。それならば呼び出したりせずに犯行に及ぶことができる。さらに講堂までの道筋は教室から遠く、人目に付きにくいので見つからずにたどり着くのは難しくない。
「時久くんは犯人は誰だと思ってるの?」
「まだ分かりませんよ、飛鷹」
飛鷹に「それだけで分かってしまうのならもう解決しているでしょう」と時久は答えるてからまた質問をする。
「白鳥先輩は少なからず反感を買う人だったのですか?」
「それは……」
由香奈は答えづらそうに俯く。それだけでそういうことがあったのだろうことは察することができた。時久が「警察の方には話しましたか?」と聞くと、うんと由香奈は頷いて口を開いた。
「白鳥先輩、自信家というか負けず嫌いというか。とにかく自分に自信がある人だったんだよね……」
葵は自分に自信があるゆえに他人を見下していたらしい。あれは駄目、これは違うと何かと文句をつけていた。配役決めの時も自分優位にしようとしたりと自分勝手な部分もあったのだという。
「自分に自信があるからなのか、気に入った男子とかに声かけたりとかしてさ。裕二くんのことも結構、贔屓してたんだよね。でも、滝川さんのほうが人気でちゃって……」
「自殺したという人ですか?」
由香奈は「その子」と頷くと、滝川未来のことを簡単にだが話してくれた。
未来は可愛らしい容姿だけでなく、演技がとても上手い生徒だった。明るく優しいだけじゃなく、気配りのできる子だっただけあり部員たちから人気が出るのはそう遅くはなかった。
それが気にいらなかったのか、葵は何かとつけて未来に文句をつけていたのだという。
「わたしや部員たちが見かけたのはそれぐらいなんだけど、彼女が自殺してから裏で先輩に何かされてたんじゃって噂になってたんだよね……」
未来は夏休みが明けてから暫くして不登校になってしまい、冬休みに亡くなったのだと由香奈は聞かされていた。
「わたしたちも何かできたのかなって今になって思うんだよ。でも、いつもと変わらない明るく元気な姿をみせてたからさ……」
由香奈は「言い訳だね、これ」と目を伏せた。もしかしたら異変に気付けたかもしれないという由香奈は後悔しているようだ。
「だからさ。白鳥先輩のこと恨んでるというか嫌いだと思っていた人って、いるんじゃないかなぁって……」
そういう人間だったのだから何かしら他人から恨まれたり、嫌悪を抱かれているかもしれない。話を聞いてそういった感情が引き金になった可能性もあるなと時久は考える。
外廊下を渡り、講堂までやってくると入り口の前には生徒が二人、立っていた。テープの張られた扉から顔を覗かせているのは裕二と斗真だ。
「何をしているのですか?」
「うわっ! って、なんだよお前らかよ」
「裕二くんと斗真くん、何してるの?」
由香奈に聞かれた裕二は「ブレザーを取りに来たんだよ」と不機嫌そうに返す。
「昨日の朝練の時に脱いだままホールに忘れてきてたんだよ。部活動時間に取りに行くつもりだったのに事件があってよ」
「それでずっと夏服だったの?」
「仕方ないだろうがよ。で、取りに来たらなんか入れなさそうにしてるし。どうすっかなって」
少し前まで警察官がいたのだが、いなくなったので入るなら今がチャンスだと思って覗いていたのだと裕二は話す。
「そしたら、斗真が来たからよ」
「僕は舞台装置が心配なんだ」
昨日の捜査で警察の人間にあちこち調べられいたのを見て、装置に不具合が出ていないか不安になったのだと苛立った様子を斗真は見せている。
それに飛鷹が「白鳥先輩が死んだのに、機材の心配なの!」と声を上げた。斗真はじろりと飛鷹を見て「それが?」と不機嫌そうに返す。
「何か悪いですか? 白鳥先輩が死んでしまったのは事実だけど、僕には関係ないじゃないか」
きっぱりと言い切る斗真の様子に葵が殺されたことも、犯人が潜んでいるかもしれないことも自分には関係ないと思っているように感じた。
斗真は「犯人には捕まってほしいとは思うけど」と冷静だ。本当になんとも思っていないのか、それとも割り切っているのかもしれない。
「沢渡くんって冷たいね」
「どう思われようと別に気にしないよ。僕はただ、機材が心配なんだ」
由香奈の信じられないといった瞳を気にもとめずに斗真は「入るならさっさと入りましょうよ」とテープを潜ろうとする。
「こらっ! 勝手に入ったらいけないぞ!」
「あ、恭一郎さん」
わっと大きな声がして全員が慌てて振り返ると、東郷が警察官と一緒に立っていた。彼も事件現場を確認しにきたようだ。
「時久君は来るだろうと思ったが、他の子たちは何しに?」
「それはですね……」
時久が裕二たちから聞いた訳を話すと、東郷はうんと首を傾げる。
「ブレザー制服なんて現場にはなかったと思うが……」
「はぁ? あるはずだって!」
「だが、現場報告からは何も聞いていないんだ」
東郷の言葉に裕二は動揺したように目を泳がせる。そんな彼など他所に斗真は「機材に変な事してませんか」と詰め寄った。
「機材はデリケートなんです。変に扱って壊れたらどうしてくれるんですか」
「それは問題ないと思う。こちらも丁寧に扱っているつもりで……」
「信じられないんだよ」
ぎろりと東郷を見遣る斗真の瞳は疑いの光を見せている。これには東郷も困ったのか、苦笑いするしかない。
「皆さん、どうしたんですかー?」
そんなやり取りをしていると声をかけられた。声の主である陽菜乃が不思議そうに時久たちを見ている。
「中部さんはどうして此処に?」
「えっと、平原くんの制服を返そうと思ってきたの」
どうやらブレザー制服が何処にあるのかを陽菜乃は知っているようだ。鍵を持っている彼女は「でも中には入れないんですかね?」と困ったように東郷に問う。
「平原くんの制服、講堂の中にある小道具置き場……えっと、倉庫にあるんですよ」
小道具置き場は演劇部で使う舞台の小道具や衣装が仕舞われている倉庫だ。陽菜乃は昨日の朝練の時に裕二が制服を忘れているのに気づいて、失くさないように倉庫のハンガーラックにかけておいたのだと話す。
「ほら、わたし衣装と小道具担当だからさ。他の子が扱うよりかは安心してくれるかなって」
「マジかよ! 中部、助かるー! 失くしたら親に叱られるところだったぜ」
「あの、刑事さん。荒らしたりはしないので制服だけでも取りに行くのってだめでしょうか?」
「……まぁ、上着を取るぐらいなら」
東郷はそれぐらいならばと許可を出した。だだし、彼も一緒に着いていくという条件の下で。
東郷を先頭に講堂に入ると陽菜乃は「こっちです」と歩き出した。大ホールの隣の通路へと向かい、いくつかある部屋の一つの前で立ち止まる。奥まったところに演劇部が使っている倉庫はあった。
慣れた手つきで鍵を開けて室内に入る陽菜乃の後ろから時久は倉庫の中を覗いた。小道具置き場というだけあり、物が雑多に置かれているのが目につく。
木や草の絵が描かれた張りぼて、テーブルや椅子にティーカップなどの小道具。室内の隅にあるハンガーラックにはいくつもの衣装がかけられている。
陽菜乃は迷うことなくハンガーラックのところまでいくと、ハンガーにかかっていた制服を手にした。紺色のブレザーはこの学校の制服で間違いない。
「はい、平原くん」
「サンキュー。いやぁ、助かった」
陽菜乃から受け取った裕二は安堵したふうに息をつく。彼女から「忘れないようにね」と注意されて笑っていた。
「用事はこれで終わったかな? じゃあ、関係のない子は出ていって……」
「まだ機材を確認していない」
東郷の言葉を遮って斗真が苛立ちを隠すことなく言う。東郷が「こちらも丁寧に扱ったから」と言うのが、信用していないらしく自分の目で確認したいのだと言って聞かない。
「しかしな……」
「恭一郎さん、彼に少し確認したいことがあるので機材を見せてはどうでしょうか?」
時久がそう言うと東郷は「まぁ、確認だけなら」と仕方なく許可を出した。
「時久君と君、えっと沢渡斗真君以外は戻りなさい。用事は終わっただろう」
「警部―、あたしは時久くんと一緒にいまーす」
「飛鷹ちゃんね……。何もしないように」
「はーい」
手を上げて飛鷹が返事をすれば、東郷は「のんきだなぁ」と少しばかり気が抜ていた。
「皇さん。此処まで連れてきてしまいましたが、もう大丈夫なので教室に戻っていてください」
「わかったよ、天上院くん」
由香奈は「じゃあ、あとで」と言って裕二たちと共に教室へと戻っていった。
三人が講堂から出ていくと東郷は小ホールの扉を開く。事件があった舞台は何事もなかったかのように静かだ。
「開いてますね」
「あぁ、今朝に捜査をするからと開けたままにしてもらっていたんだ」
東郷と話しながら小ホールに入ると、斗真は真っ先に舞台裏へと駆けていった。舞台裏は機材がいくつも置かれており、薄暗く狭い。何がどの舞台装置のものなのか、見ただけでは判断できなかった。
斗真はいくつかの機材の電源を入れて動くか調べていた。ライトが点くか、緞帳が下りるかと丁寧に確認していく。
「沢渡さん」
「なんですか。今、忙しいんだ」
「昇降バトンの操作ってできますか?」
時久の問いに斗真は「できるけど」と答えて舞台裏の隅へと移動する。ボタンを操作するとバトンがゆっくりと舞台に下りてきた。
それを眺めながら時久は「これって早く巻き上げることってできますか?」とさらに質問した。
「少しだけならできるけど」
「では、吊下荷量は?」
「この電動昇降バトンは六十キロまでなら吊り下げられる」
「遠隔操作できるリモコンは一つで?」
「そうだよ。今は警察の人に押収されてるから此処にないけど」
斗真は「失くさないでちゃんと返してくださいよね」とじとりと東郷を見遣る。その信用していないといった瞳に東郷は「大丈夫だから」と返すしかない。
大丈夫だと言われてもまだ疑っているようで、ぶつぶつと文句を垂れながら機材を操作していた。余程、裏方としての仕事に熱心なようだ。高校の部活動にしては熱意がありすぎるような気もするが、彼の職人気質なところがでているのかもしれない。
そんな斗真の様子を観察しながら時久は彼に「何か変な事などには気づきませんでしたか?」と問う。
「変な事?」
「えぇ。白鳥先輩の様子だったり、他の部活動生の行動だったり」
「別に。何も変わってないと思うけど」
「朝練の時は皆さん参加を?」
「してたよ。鍵だって白鳥先輩が開け閉めしてたし。これといって変わった様子なんてなかった」
斗真は一通り確認し終えたようで、ずっと機材に向けていた目を時久に向ける。
「白鳥先輩、自分勝手なところがあったから誰かに恨まれていてもおかしくないけどね」
さらりと話す斗真は思い浮かぶ人物がいるようだ。そう感じた時久が「思い当たる人は?」と問うと、「部員とか?」と返される。
「部員の中で恨んでるっていうか嫌ってる人は多いよ。あの人、自分の思うようにいかないと怒鳴ったりしてたし。後輩には特に先輩という立場を利用してあれこれ指示出してたから」
それぐらいで殺人を犯すかは知らないけど何かしら思うことがあった生徒はいると、斗真は隠すこともなく答える。さらに「僕だってあの先輩嫌いだったし」と何でもないように言ってのけた。
「僕みたいな生徒はいたんじゃないかな。知らないけど」
「そうですか。素直に話してくれますね」
「刑事さんの前で隠すほうが疑われるだろ。隠さないよ」
斗真の返しに「確かに」と時久は頷く。東郷も話を聞きながら彼を観察していたようでその目線は鋭い。
「沢渡くんは滝川さんっていう人のことは知らないんだよね?」
「滝川? あぁ、亡くなった先輩ですよね。話には聞いてますよ。僕の入学する前に自殺したっていうのは」
飛鷹の質問に斗真はそんな人の話を聞いたなといったふうに答える。滝川未来という生徒のことはあまり知らないようだ。
「何を苦にして自殺したのかはしりませんけど。まぁ、部活動とかでなんかあったんじゃないですかね。もう機材の確認もできましたから教室に戻っていいですか?」
確認は終わったからと小ホールを出ようとする斗真を時久は呼び止める。何と面倒げにしている彼に「最後に一つ」と時久は問う。
「昇降バトンの操作は演劇部の部員全員が扱えるものですか?」
「使えるよ。部員以外だと一部の先生とか。顧問の前島先生も使える」
「そうですか。ありがとうございます、もう大丈夫です」
斗真は態度を変えることなく、冷静で落ち着いていた。質問に答えると何を言うでもなくさっさと小ホールを出ていってしまう。淡々と答えているのを見て、本当に事件に興味がないように感じ取れた。
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