天上院時久の推理~役者は舞台で踊れるか~

巴雪夜

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一.舞台の幕が上がる

5.したくもない推理をしなければならない

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 時久が講堂のロビーで東郷を待っていると「なんであたしを疑うのさ!」と声がした。声がしたほうを見遣れば、飛鷹が東郷の部下である岩谷に突っかかっている。ぎっと睨む彼女の表情に何かあったのは見て取れた。

「どうしたのですか、飛鷹」
「時久くん、聞いてよ! この刑事さん、あたしを疑うんだよ!」

 指をさしながら信じられないと怒りを露わにする飛鷹を宥めながら時久は、「どうしてですか?」と岩谷に話を聞く。

「彼女が白鳥葵と口論しているのを演劇部の部員が見かけていたんだよ」

 昼休みが始まってすぐ、食堂前の階段付近で二人が口論しているのを見たという証言がでていた。それに時久が「本当ですか?」と飛鷹に問えば、彼女は「それはそうだけど」と口籠る。

「なんで言い争っていたのですか?」
「飲み物買いに食堂行こうとしたら、白鳥先輩に会って……。あの人、あたしに『天上院くんに近寄るのやめたら?』って言ってきたんだもん」

 白鳥と出くわした飛鷹は彼女から「貴女は天上院くんに相応しくないわよ」といきなり言われたのだという。さらに、自分のほうが良いに決まっていると挑発してきたらしく、それに飛鷹はつい言い返してしまったのだ。

「ただの幼馴染ってだけで、別にあたしは時久くんと付き合ってるわけでもないのにさ。そんな気もないし、勘違いされただけでもむっとするのにさ。他人からそんなこと言われたらちょっとイラッとするじゃん。ただ、それだけだよ! てか、今日会ったばかりの殆ど初対面な先輩を、そんな口論だけで殺すほど短気じゃないんだけど、あたし!」

 飛鷹の主張に岩谷は「わからないだろ」と返す。今時、何がきっかけで殺人に手を染めるか分からないと。

 会って数分の人と口論して殴り殺した、怪我を負わせたなどよくある話だ。それが学生間で起こらない保証はどこにもない。岩谷は「全ての可能性は疑うものだよ」と何処か得意げな様子だ。彼の態度に時久は不快に感じながらも、言い返すことはしなかった。

 彼の言う通り、突発的な殺人がないわけではないのだ。かっとなってやってしまった、酒の勢いでなど理由は様々あって無い話ではない。けれど、飛鷹がそんなことをするとは時久には思えなかった。

 飛鷹を見れば眉を下げて泣きそうに目を潤ませている。

「飛鷹ではないでしょうね」
「何故だい? 友達だから分かるとかは聞き入れられないが?」
「計画的に感じるからですよ」

 白鳥葵の殺人は計画的なものに見えた。首を絞めてからロープが縛られた昇降バトンのワイヤーを巻き上げて吊るす。遠隔操作するリモコンを握らせて自殺のように見せる行為はまるで考えられているように感じる。

「白鳥先輩の殺人は元々、計画していたのではないでしょうか」
「それは突発的でもできるだろう。舞台装置なんて生徒でも扱えるんだから……」
「えぇ。でも、〝かもしれない〟というのは同じではないですか?」

 岩谷の考えも、時久の考えもまだ仮説であり、証拠というものはない。確証があるわけではないのは二人の意見に言えることだ。

「岩谷刑事が言うことも、私が言うこともまだ〝そうかもしれない〟というだけです。疑うのは仕事ですから仕方ないですが、証拠もないのに決めつけるのは如何なものかと?」

 決めつけというのは真実を曇らせる。そればかりに気を配ってしまい、答えから遠ざけてしまうものだと時久に指摘されて岩谷は不服そうにする。

「分かったような口を……」
「君の考えは計画殺人か、時久君」

 会話に入ってきた東郷に時久は目を細めて「えぇ」と頷いた。

「突発的なもので此処まですぐに考えられるでしょうか?」
「確か、死亡推定時刻は十二時から十三時の間だな」
「その間、私と飛鷹は教室で昼食をとっていたんですよ」

 時久と飛鷹は教室で昼食を取っていた。飛鷹が飲み物を買いにいった食堂への往復はかかったとしても十五分足らず。食堂は講堂の正反対の場所にあり、犯行を起こしてから戻ってくることは難しい。

「と、言うわけで時間的にも難しいかと。私と飛鷹のアリバイはクラスメイトが証言してくれると思いますし」

 時久の説明に「そうですか」と返す岩谷に東郷が、「疑うのが悪いとは言わないが」と彼の肩を叩く。

「ちゃんと調べてからでないと疑ってはいけない」
「そ、そうですけど……」
「飛鷹ちゃんすまないね。これも仕事から許してほしい。で、時久君はどう考える?」

 意見を促されて時久は片眉を下げる。何処か嫌そうである様子に東郷は「そんな顔しないでくれ」と笑った。

「君は貴重な協力者なんだから意見を聞くのは当然だろう?」
「勝手に協力者にしないでくださいよ。そのせいで高校生探偵なんて噂されて困っているのですから」
「しかし、飛鷹ちゃんの疑いが完璧に解けたわけじゃないが?」

 たった十五分足らずでも犯行を成立させるトリックがあるかもしれないだろうと言われて、時久は「またそう言う」と少し不機嫌そうに東郷を見る。

 可能性を考えてそれを一つずつ潰していくのも刑事の仕事だと東郷は言うけれど、無茶なこともあると時久は思った。

 思ったけれど、東郷が「それで?」と問うものだから何を言っても無駄なことなのは分かる。時久は「分かりましたよ」と結われた髪が乱れるのも気にせずに頭を乱暴に掻いた。

「まず、第一に舞台装置のことを知っている必要があります。性別は分かりませんね。首を絞めて相手が気絶しただけだとしても、ロープを巻き上げてしまえば死にますから。男でも女でも犯行は可能かと」

 昇降バトンは複雑な操作の必要がなく、リモコンで簡単にできるのは斗真が証言していた。ならば、犯行に性別は関係ない。やろうと思えば誰でも行えるはずだ。

「真っ先に疑われるのは演劇部の部員ではないでしょうか。彼らなら舞台装置には慣れているでしょうから」
「そうだな。こっちもまずそこから捜査をしている」
「現状で分かるのはこれぐらいですよ。ただ……」
「ただ?」

 時久はそっと顎に手を当てながら呟く。

「不出来だなと」

 不出来。時久はそう感じた。今時、絞殺痕を見逃すような警察はいない。自殺に見せかけるにしても、もう少しやり方はあっただろうと。計画的に見えるけれど、不出来だと感じた時久は「犯人は何を考えているのでしょうかね」と首を傾げた。

「君の考えはわかった。何か他に気になることができたら言ってくれ」
「協力させる気ですか。仕方ないですね、分かりましたよ」

 諦めきった声音に東郷は「これも事件解決のためだ」と返す。何が事件解決のためだと言い返してやりたかったけれど、こうなったら諦めるしかないので溜息を吐くに止めた。

「一先ず、話は聞いたから今日はもう帰っていい。また話を聞くことになるが、その時はよろしく頼む」
「分かりました」

 東郷は「じゃあ、気を付けて」と声をかけて岩谷と共に小ホールへと戻っていく。その背を見送って時久は飛鷹に目を向けた。彼女が落ち込んでいるように肩を落としていたので、「どうしたのですか」と時久が声をかければ、「あたしのせいだもん」と返された。

「時久くんがまた警察に協力するきっかけになっちゃった」

 どうやら、自分のせいで警察に協力することになったことを、迷惑かけてしまったと思っているようだ。

「別に気にしてませんよ」
「でも……」
「こうやって協力者になってしまう実績を作ってしまったのは私自身のせいです」

 とある事件を解決に導いてしまった。それからいくつかの事件にも協力してしまい、警察から協力者として認識される。過程はどうあれ、こうなるようになってしまったのは己自身の行動のせいなのだ。

 時久は「飛鷹のせいではないですよ」と、安心させるように微笑む。

「どうせ、飛鷹や私が第一発見者になっていなくてもこの学校で起こった事件です。通っている私にお呼びがかからないとは限らないでしょう?」

 同じ学校に通っているのだから、協力を頼まれないとは限らないのだ。飛鷹が疑われなくともこうなることになっていたかもしれないち言われて、飛鷹はむーっとしながらも「そうかもしれないけど」と呟く。

「だから気にしないでくださいよ。危険なことはしませんから」

 ねっと時久が安心させるように相槌を打てば、飛鷹はまだ納得はしていないようだったけれど、うんと頷いた。

「さぁ、帰りましょう。飛鷹も疲れたでしょうから家でゆっくり休んでください」
「わかった」

 疲れていたのは本当のようで、飛鷹は「早く帰って休みたい」と愚痴っている。そんな彼女とともに時久は講堂を出た。
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