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一.舞台の幕が上がる

3.幕が今、上がった

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 演劇部の部室は神夜咲高等学校敷地内にある、神夜咲記念講堂の多目的ホールだ。小ホールと大ホールの二室あり、大ホールは吹奏楽部がコンテストやパフォーマンスの練習の時に使用する。

 小ホールは大ホールの隣で鑑賞会や発表会などに使われるのだが、使用頻度から殆ど演劇部のものという認識が強い。本校舎から渡り廊下が繋がっているので、わざわざ靴を履き替える必要がないけれど、教室がある校舎からは遠かった。

 時久自身、授業でしか講堂に入ったことはない。この講堂は無駄に大きく造りが凝っている。モノクロテイストな外観は何処かお洒落を気取っていた。変に凝っているからなのか、生徒からも「金持ち私立高校の見栄」と揶揄されていたりする。

 そんな講堂に続く外廊下を歩く時久だが、あまりやる気がないようだ。運動部がグランドへと走っていく姿を横目に由香奈の話を聞いている。

「今回のミステリーものにしようって最初に言ってくれたの、中部陽菜乃さんなんだよね。それにわたしはミステリーもの大好きだったから乗っかったの! みんなの反応もよくて白鳥先輩も好反応だから決まったんだー」

 演劇には少し不向きかもしれないけれど、鍵を使うアイデアは良さそうということになって話を詰めていたらしい。葵が主に演目を決めるのだが、この時は最愛の人のために犯人を捜す女主人公役が似合うのではと言われて乗り気になったとか。

「主役取れるから許可だしたとか。分かりやすいね」
「まぁ……。でも、物語はわたしと先輩が中心になってほかの部員たちの意見も取り入れながらやってるから大丈夫だよ!」

 脚本には自信があるんだからと由香奈は、葵と同じように自信ありげだ。中休みに時久から指摘を受けているが、それでも良い作品になっていると胸を張っている。

 これはいろいろ突っ込んだら怒られるのではと時久は思った。軽く台本を読んだけれどまだ疑問点があったのだが、あまり指摘しすぎるのもよくないかもしれないと時久は言い過ぎないようにしようと決める。

「新入生が少なかったって言ってたけど、何人入ってくれたのー?」
「えっとね、一年生は三人ね、入ってくれたんだけど一人しか役者やってくれなくって」
「他の演劇部は何人?」
「二年生はわたしを入れて五人よ。三年生は部長を入れて六人なの。去年の三年生は十人いたんだけどねぇ」

 率先して役者をやってくれるのは由香奈と新入生を入れて六人なのだという。人数の関係で裏方の部員も役者になってもらうのだとか。

 裏方がいることで演技ができるので文句はないのだが、役者が少ないとできる演目が限られてしまう。そういった問題をこの演劇部は抱えているようだ。

「メインの役者は決めて、あとは交代で役を渡そうかって今、相談中なんだよ。でも、二人が演劇部に入ってくれたらなぁって、思ってたりしててさー」
「お断りします」
「なんでよー。天上院くんなら主役になれるよ!」
「嫌ですよ、面倒くさい」

 演技に興味があるのならば、主役になれるというのは喜ばしいことなのだろう。だが、時久は興味がないので目立つだけでなく、重要な役割でもある主役になるなど面倒だとしか思えなかった。

 時久が「他を当たってください」と返せば「いいじゃーん」と由香奈は口を尖らせる。それに動じる時久ではないので由香奈の勧誘を軽く受け流すと、講堂の扉の前で止まった。

「鍵って開いてるのー?」
「開いてるはずだよ、飛鷹。白鳥先輩が毎日一番乗りしてるから」

 そう言われて飛鷹は講堂のドアノブを掴んで押した。ぎしっときしむ音を鳴らしながら開いた扉を三人はくぐる。

 広いロビーには無駄に飾られた調度品が目立っていた。誰が描いたのかも分からない絵画や、花柄の壺に色鮮やかな花が生けられた花瓶は何処かただ置いた感がある。赤い絨毯の敷かれた室内に目を向けながら、金持ち私立高校の見栄と言われても仕方ないなと時久は納得してしまう。

 由香奈の後ろを着いていくと、小ホールの扉の前には三人の生徒が先に来ていた。明るい金髪が目立つ演劇部の部員であろう一人の少年は、まだ衣替えではないというのに制服のブレザーを着ていなかった。

「おっせぇ。早く上着回収してぇのに」
「それ忘れたあんたが悪いやん」

 男子生徒と女子生徒がぶつぶつと文句を垂れているのを見て、由香奈が「どうしたの?」と声をかける。

「何してるの、裕二くんと美波さんに……沢渡くん」

 由香奈が不思議そうに問えば、生徒たちが振り返る。裕二と呼ばれた少年はウルフカットに揃えられた金髪を弄りながら、「どうしたじゃねぇよ」と返す。

「小ホールの鍵が開いてねぇの」
「え? いつも部長が一番乗りで来て開けてるじゃん」
「そうでしょ? 講堂の入り口は開いてたからうちもそう思ってたんやけど、開いてないんよ」

 話に入るように美波が答える。ショートヘアーに切り揃えられた黒髪がボーイッシュさを際立たせている彼女は、「どないしたんやろ」と珍しげにしていた。

「えー、どうしたんだろうね。何かあったのかなぁ」
「部長は別にどうでもいい。僕は舞台装置の調子を早くみたいんだけど」
「沢渡くん、ほんっとぶれないね……」
「斗真、それ白鳥先輩にキレられるぜ」

 少しばかり苛立ったように見える斗真に裕二が笑う。それでも態度を変えることなく、彼は腕を組んで足を軽く揺すっていた。

 温度差が違って見える彼の様子を窺っていた時久と飛鷹に由香奈はひそひそと声を潜める。

「沢渡くん、お父さんが舞台演劇の裏方やってるの。その血を継いでるのか、結構細かくって……」

 斗真は裏方の仕事に力を入れているようで機材の使い方など、荒く扱えばえらく怒られるのだとか。彼が入ってからは小道具の管理まで指示されるのだという。

「毎日、舞台装置とかの点検するのよ」
「あー、だから苛立っているのですか」

 毎日の日課である作業ができないというのが苛立ちの原因のようだ。裏方の役割を真剣に勤めている証ではあるけれど、周囲から見れば少しばかり神経質に見えるかもしれないなと時久は感じた。

 斗真は苛立ちがつのっているのか、がしがしと頭を掻いている。癖っ毛なのかところどころ跳ねているのだが気にしている様子はない。

「どうかしたんですかー?」

 元気のよい声がして振り返ると女子生徒が走ってきた。少し乱れた長めの赤毛を掻き上げて持っていた鍵を振って見せる。

「先生の授業が長引いちゃって借りてくるのが遅くなりました。まぁ、部長が一番乗りでしょうけどって、あれ?」

 皆の様子に少女は首を傾げる。いつもならばすでに小ホールに入っているはずだからだろう。そんな彼女に美波が「部長、まだ来てないの」と話す。

「小ホール開いてないから困ってたのよ。陽菜乃、あんた鍵閉め担当だから待ってたの」
「え! そうだったんですか! おっかしいなぁ。部長が遅れる時はいつもわたしに連絡くるのに……」
「中部先輩、そんなこといいからさっさと開けてください」
「ま、待ってね沢渡くん」

 斗真に急かされて陽菜乃は慌てて小ホールの鍵を開ける。

 開かれた扉の向こう、薄ら暗い室内に一か所だけライトが点いていた。客席の奥、舞台にスポットライトが照らされている。なんだろうかと皆がそのライトに目を向けて固まった。

「え、あれ……」

 ぽつりと由香奈が呟く。

 ライトに照らされていたのは一人の女子生徒だった。天井からロープが垂れ下がり胴体がぶらりぶらりと揺れている。まるで操り人形のように吊るされて。

 ぶらり、ぶらりと静かに、物悲しく。

 そこだけ何処か現実味がなく、まるで不確かな現象を味わっているかのようだった。

「白鳥、先輩……」

 脳が〝彼女〟を認識した時、美波の言葉に全員が不確かな現象の海から飛び出す。

「いやぁぁぁあぁっ!」

 陽菜乃の叫び声と共に時久は舞台へと駆けだした。吊るされているのは間違いなく白鳥葵だ。

 時久は舞台へと上がると彼女の顔を確認する。半開きの眼に精気は無く、誰の目から見ても死んでいるのは明白だ。天井を見上げれば、照明の他にいくつかの舞台装置が見えた。

「あ、昇降バトンだ」

 そう口にしたのは斗真だった。時久の後を追いかけてきた彼は天井を指差して言う。

「演劇の小道具なんかを吊り下げるバトンなんですよ、あれ」

 演劇の小道具を吊り下げるもので、吊り位置などをワイヤーで巻き取って調整するのだという。そのバトンにロープは巻き付いているようだった。

「遠隔で操作できるやつなんだ。生徒でも簡単に使えるやつで……」
「……白鳥先輩も使い方は知ってると」

 時久の問いに斗真は頷く、演劇部の部長である彼女が使えないはずはないと。

「何、どうし……きゃーーっ!」
「いやぁぁーっ!」

 部活動をするためにやってきた他の演劇部員たちが入ってくる。葵の姿を見ると女子生徒たちは悲鳴を上げた。このまま騒ぎになってはいけないと、時久は「警察に連絡を!」と叫ぶ。

「誰か、先生に言って警察を呼んできてください! 急いで!」
「わ、わかった!」

 時久の指示に由香奈が走っていく。崩れ落ち動揺している陽菜乃の側で美波が口元を抑えなが固まっている。何が起こってるのか理解できないように裕二は立ち尽くしていた。

 ざわざわと他の演劇部員たちが騒ぎ出す中、時久は吊るされている葵をじっと観察していた。

「と、とりあえず降ろした方が……」
「警察が来るまではこのままで」
「でも、これ自殺じゃ」
「違いますよ、多分」

 斗真の問いに時久は冷静に返すと周囲を見渡した。葵の遺体の傍には鍵が落ちており、それ以外に特に目立ったものはなくがらんとしている。サスペンションライトは葵を照らすようにして点灯しているが、他の照明は点いていなかった。

 さらに遺体を観察すると、彼女の手には何か握られていた。手のひらサイズの〝何か〟が隙間からわずかに見える。それが何なのか分からず、時久は指をさす。


「あれ、何か分かりますか?」
「え……。ちょっとよく見えないけど……昇降バトンのリモコンか、もしかして?」

 小型のもので手のひらサイズではあるものの、僅かに見えた形を見て斗真は答えた。それを聞いてふむと時久は顎に手をやると、すっと目を細めて何かを考えるように葵を見つめる。

「今、警察の人と救急車が来るって!」
「いったい何があったんだ……白鳥っ!」

 由香奈に連れられてやってきた老けた男性教諭は目を見開く。あまりの衝撃に言葉が出ないといったふうに口を開いては閉じを繰り返していた。

「い、急いで降ろしてっ……」
「駄目ですよ、先生。もう死んでいます。あと、現場を荒らしてはいけません」
「そ、そんな……」

 やっとのことで出た言葉も時久に止められてしまう。葵の死を突きつけられてか、また口を迷わせていた。

「前島先生、どうしよう……」

 そんな前島教諭に美波が問えば、彼は口元を覆いながら俯くだけだ。

 皆、葵の死体を眺めるしかなく、なんと言葉にすればいいのかと小ホール内にいる生徒たちは黙ってしまう。一方、小ホールの外では葵の死に動揺した部員たちが泣き騒いでいる。騒ぎを聞きつけてか他の生徒もやってきているようだ。

 時久は葵のある一点をずっと見ていた。遠目からでも彼にはそれが何か認識できているようで、「どうしてこうしたのか」と考えるように呟く。

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