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十章……イタズラ小悪魔と幸運兎

第53話:逃げた魔物を追いかけて

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 メーメル族の村はマルリダからそう離れていない場所にあった。森の傍でひっそりと暮らしているようで村人たちはクラウスたちを物珍しげに見ている。あまり、人も立ち寄らないのはそれだけで分かることだった。

 ギルドに依頼したことがなかったのかとクラウスが何気なく聞けば、滅多に依頼はしないのだと返された。森の傍とはいえこの森は広くないことと、危険性のある魔物がいないので村が被害を受けることはそうないからなのだという。

 ただ、インプは時たまにやってくるのでその悪戯のせいでギルドに依頼をすることがあるらしい。今回は兎探しもあってただのインプ討伐は違っていることから、村長が頼み込んでくれと言われたのだと。


「どうして、アナタが選ばれたんですか?」
「じゃんけんに負けて……」
「あぁ、なるほど……」


 村長が行けばいいのではと思ったが、依頼内容と報酬が合っていないのでどうにか頼み込むのに女性を使ったのだ。それはある意味では正しい判断ではあるのだが、危険性も伴っているというのは分かっているのだろうかと思わなくもない。

 ギルド内ということもあってギルド側がどうにかしてくれると思ってのことかもしれないなとクラウスは思いながら、インプに襲われた飼育小屋を覗く。

 見るも無残なとまではいかないものの、かなり荒らされていた。柵は壊され、敷き藁は散らばり、エサ皿などもあちこちに散乱している。片付けと修繕はまだできておらず、逃げ出した兎たちは一時的に別の小屋に避難させているのだという。


「獣臭いな」
「魔物の匂いは分かるか?」
「分からなくもない」


 嗅覚の鋭いスノーウェル族のシグルドは臭いを嗅ぎ分けることができたようで、「近くで臭う」と答えた。インプは近くにいるようでシグルドが周囲を見渡して探していると、彼は鞭のような剣を構えて狙いをつけたように振るう。

 剣は真っ直ぐに小屋の隅、がらくたが置かれた場所へと向けらると何かが飛び出してきた。幼児ほどの背丈なそれは歪な顔をこわばらせながら飼育小屋を走り抜けようとする。シグルドが再び鞭のような剣を振るうがかわされてしまう。

 フィリベルトが掴めようとすればそのすばしっこさからするりと腕から抜けていき、飼育小屋の扉付近まで走っていく。クラウスが止めに入ろうとしたのを察してか、その魔物はメーメル族の女の足元を抜ける。


「ひぎゃぁっ!」


 それに驚いたメーメル族の女がクラウスに抱き着いてきたことで、動きが遅れてしまい魔物はそのまま逃げてしまった。


「はっや! すばしっこいどこか、あれ!」
「インプはすばしっこいところぐらいだからな、できることが」


 アロイの言葉にフィリベルトが答えれば、「面倒くせぇ魔物」と言葉が返ってきた。すばしっこい魔物は狙いが定まり難いので面倒な相手になる。獣を狙う方がまだいいほうだとアロイは言った。


「ひぃぃ、も、もういませんか! いませんか!」
「逃げだしたから落ち着いてくれ……」


 メーメル族の女はクラウスの腕に抱き着いたままパニックになっている。それを落ち着かせようとクラウスは声をかけていた。彼女はまだ不安なのか、周囲を見渡しながらぎゅうぎゅうと腕に抱き着いている。

 もう大丈夫だというのだが警戒しているようだった。そろそろ離れてほしいとクラウスが言おうとして、視線を感じた。振り向けば、じとりと見つめてくるブリュンヒルトと目が合う。彼女の少しばかり不機嫌そうな瞳にクラウスは困惑した。


「どうした、ヒルデ?」
「別に何でもないですけどー」


 何でもないような言い方ではないのだがという突っ込みをしたかったが、ブリュンヒルトの反応が拗ねたようなものだったのでやめておく。何かしてしまっただろうかとクラウスが考えようとして、ルールエがぬっと顔を出した。


「お姉ちゃん、もう大丈夫だよ。だから、クラウスお兄ちゃんをそろそろ解放してほしいんだけど?」


 ルールエが「これじゃあ何もできないよ」と言えば、メーメル族の女ははっと我に返ったようにクラウスから離れた。彼女は「す、すみません!」と 何度も頭を下げている。


「その、びっくりすると訳変わらなくなって……」
「メーメル族は驚かしなどに弱いからな」


 シグルドは「あれは仕方ない」と言う。メーメル族は突然の物音や驚かしなどに非常に弱く、パニック状態になってしまう。そんな特性を持つのでインプが飛び出してきたことに驚かないわけがなく、パニックに陥ってしまったのだ。

 訓練すれば落ち着いていられるがそう簡単に特性というのは治らないので、多少は慌ててしまうらしい。

 すみませんと謝るメーメル族の女にクラウスは「気にしてはいないから」と返すが、彼女は自分のせいで逃がしたのだと気づいたようで頭を下げ続けていた。そこまで謝る必要なないとフィリベルトもアロイも宥めてやっと落ち着きを取り戻したように大人しくなる。


「とりあえず、追いかけよう。森のほうへと逃げただろうから、兎もついでに探せる」
「よろしくお願いします……」


 しょんぼりと俯くメーメル族の女に「気にしなくていいから」ともう一度、声をかけてからクラウスたちは逃げていったインプを追いかけることにした。

 飼育小屋から出るとシグルドが「こっちだな」と先頭に立って歩き始める。その背についていく中、ふとクラウスがブリュンヒルトを見れば彼女はむーっとした表情をしていた。


「ヒルデ、どうした?」
「別に何でもないですー」
「そうは見えないのだが……」
「これは私の気持ちのせいですから、クラウスさんは気にしないでください」


 ブリュンヒルトは「クラウスさんが下心全くないのは態度で分かるので」と言う。何のことだろうかとクラウスは首を傾げるも、「気にしないでください」と言われてしまったので考えるのを止めた。

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