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二章……聖女と共に

第12話:聖女カロリーネの護衛

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 陽がだいぶ昇り、あと数刻もすれば夕暮れになる頃にクラウスはブリュンヒルトを教会へと送っていた。一人で行かせてまた過激派に絡まれてはと思ってのことだった。

 教会の前で別れようとしていた時だ、扉が開かれてカロリーネと数人の兵が出てきた。彼女はブリュンヒルトを見て眉を寄せたがクラウスに気づくとにやりと笑む。


「あら、丁度いいわ。えーっとクラウスさんだったかしら? ちょっとお仕事受けてくれないかしら?」

「仕事?」


 カロリーネは「えぇ、お仕事よ」と頷く


「クリーラの都にほど近い場所に森があるのだけれど、そこで呪物を飲み込で暴れるファイヤサーペントがいるっていう情報がきましたの」


 呪われている魔物を浄化するために聖女であるカロリーネが向かうことになったらしい。

 カロリーネは「まぁ、戦いもできるわたくしだから任されて当然なのだけれど」と口元に手を添えて言う。ブリュンヒルトはぎゅっと縮こまった。

 兵たちがいるけれど人では多いほうがいいからと言われたが、他の冒険者に頼むことではいけないのかとクラウスの疑問に、カロリーネが「アナタは呪いに耐性があるでしょう」と答えた。

 戦闘で呪物の影響を受けない可能性はなくはないのだ。浄化にも時間がかかるのでその間に何かあってもおかしくはない。

 カロリーネの説明にクラウスは考えるように顎に手を当てた。

 教主の言うことが正しいのであれば、自身は呪いに対する守りの加護があることになる。そうならば、彼女の言う通り適任ではあるだろうとそこまで考えてわかったと頷いた。


「ただし、依頼料はしっかり払ってくれ」
「勿論」
「あ、あの!」


 二人の会話にブリュンヒルトが割って入れば、ぽカロリーネは不機嫌そうに彼女を見ていた。その様子に気に入らない相手なのだろうなとクラウスは感じる。


「私も、行きます!」
「はぁ? アナタがいても役に立てないでしょう」
「私だって聖女です!」


 ブリュンヒルトは「カロリーネほどの戦闘能力はないけれど、浄化の手助けはできる」と前に出る。

 浄化の手助けと聞いてカロリーネは苦々しくブリュンヒルトを見た。何か言いたいけれど、言葉が出ないように唇を少し噛んで。


「……勝手になされば?」


 カロリーネはそれだけ言って兵士を連れて歩いていく。ブリュンヒルトが「はいっ!」と大きく返事をして追いかけるように走ってく姿にクラウスは気になることがあったものの、彼女らの後に着いていくことにした。

          ***

 陽が傾きはじめているからか、遠くの空は薄っすらと茜色に染まっていた。生い茂る木々たちによって仄暗い森は夜になれば、さらに視界が悪くなるだろう。

 動物たちの鳴き声がしない。まるで何かから逃げるように、隠れるように、怯えるように。風の音しかしない。

 ざらり、ざらりと草を踏みしめて地を這う音がする。黒いオーラを放ちながら、金の瞳をぎらつかせて、それは咆哮した。

 赤い赤い鱗に蛇のような胴体、鋭い牙からは唾液が垂れ、長い舌が見え隠れしている。長い身体を持ち上げてファイアサーペントが威嚇するように鳴いていた。

 空気を震わせる声は耳に痛い。けれど、そんなことを考える隙すら見せずにファイアサーペントは牙を向く。


「いくわよっ!」


 カロリーネの合図と共に兵士たちが彼女を守るように位置につく。ブリュンヒルトは彼女から少し離れてロッドを構えていた。

 呪物の影響か、黒いオーラに何人かの兵士が嗚咽を吐く。

 カロリーネは水色の魔法石の装飾がされたロッドを掲げ、向かってくるレッドサーペントに魔法を放つ。水が宙を舞い、レッドサーペントの身体を巻き込んだ。渦の中に閉じ込められ、悲鳴を上げている。

 すかさず、カロリーネが浄化の姿勢に入った。ブリュンヒルトもそれに続くように紫の魔法石の装飾がされたロッドを掲げる。


「月よ、聖なる光を――」
「彼の神よ、癒し、清め――」


 二人の詠唱が響き、ロッドが淡く光って周囲をを照らす。黒いオーラが逃げるように揺れてファイアサーペントが悶え苦しむ。

 ヴァァァっと唸り声を上げると水の渦が弾け、ファイアサーペントが自由になってその長い胴体を鞭のようにしならせた。

 二人の兵士が避けきれずに吹き飛ばされ木に身体を打ち付けた。倒れる彼らを他所に鞭のような胴体が襲う。

 カロリーネは詠唱を中断させてロッドを振るった。水泡が周囲を浮遊し、一斉に割れると身体を包むように爆破してファイアサーペントが地面を打つ。

 動きを封じようとするカロリーネにファイアサーペントは胴体をしならせた。ぶんっと迫るそれに彼女は飛ぶ。

 傍に居たブリュンヒルトが巻き込まれそうになるのをクラウスが音もなく駆け、その尾を跳ね返した。そのまま胴体を足場にしてファイアサーペントの眼に短刀を向ける。


「ヴァァァェレァァエェっ!」


 斬り裂かれた片目から赤黒い血が吹き出る。ファイアサーペントは悲痛な声で鳴きながらばんばんと身体を地面に打ち付けた。


 すると、黒いオーラが溢れ出す。辺りを包むように霧のように覆った。

 兵士たちが苦しみながら倒れていく。喉元を押さえ、地面を転がりもがいている呪いの瘴気に当てられているようだ。

 カロリーネとブリュンヒルトは聖女であるからなのか、呪いの影響を受けておらずそれはクラウスもだった。

 黒いオーラが霧のようになって視界を悪くしている。クラウスは目を凝らし、ファイアサーペントの動きを注視する。

 水が舞った、カロリーネが再び拘束に動いたのだ。渦を巻いてファイアサーペントへと向かうが避けられてしまう。

 ファイヤサーペントがぐるんと頭を回す。


「後ろに飛べ、カロリーネっ!」


 クラウスの叫びにカロリーネは慌てて後ろに飛び退く瞬間、ファイアサーペントの牙が地面をえぐった。もしあの場に立っていたら、カロリーネはぶるりと肩を震えさせた。

 ファイアサーペントが頭を上げる隙にクラウスが二刀の短刀で斬りかかるも、鱗を裂くが相手を怯ませるだけだった。

 鱗が装甲の代わりを担っていて、深い傷を与えることができない。瘴気はますます濃くなっていき、視界の悪さも相まってか思うように攻撃ができなかった。

(燃やす……いや、加減を間違えれば森が焼ける……)

 クラウスは指輪を見遣る。まだ不安の残る指輪の力の用途をはっきりとしないうちに使うのは危険だ。二刀の短刀を握り直し、襲い来る胴体を避けた。

 首だ。頭と胴体の繋ぎ目、そこを狙えればとクラウスはファイアサーペントに刀を入れながら思考する。

 斬り裂く、突き刺す、いや、喉元をえぐり斬る。そのためには燃やすのではない、刃で焼き切る、これならば――クラウスは構えた。


「悪しき穢れを絶ち、今、聖光をっ」


 光が溢れ、星が降り注ぐように輝きが散る。ブリュンヒルトのロッドが真っ直ぐにファイアサーペントを捉えていた。

 ブリュンヒルトは止めることなく今まで詠唱をしていた、その浄化の力が放たれる。

 ファイアサーペントが悲鳴を上げると周囲を覆っていた黒い霧が晴れ、身体を纏っていたオーラが消えた。

 呪いの力が失われてファイアサーペントが意識を浮上させる一瞬の隙。気配を、音を消してクラウスが背後を取った。

 意識するように二刀の短刀に力を籠める、刃を包むような炎をイメージして。指輪がそれに反応し、深紅の宝石が鈍く光った。

 二刀の刃に熱が溢れて炎が纏うとクラウスはファイアサーペントの喉元を捕らえた。声なき悲鳴が上がり、大量の血が噴き零れて胴体が地面に倒れた。

 ファイアサーペントは動かず、死んでいることを物語っている。はぁっと息を吸ってクラウスは短刀を鞘におさめると、指輪がまた鈍く光ってファイアサーペントから溢れる精気を吸収した。

 それは黒いオーラとなって目視することができるので、吸い込まれる様を暫く眺めてクラウスは視線をブリュンヒルトへと移す。

 ブリュンヒルトは安堵した表情を浮かべていた。ファイアサーペントが死んだことを確認してから、倒れている兵士たちに声をかけている。

 カロリーネは自身が浄化できなかったことが悔しいのか唇を噛んでいた、ブリュンヒルトを睨みながら。けれど、口には出さずに彼女は暫くそうしてから傍で倒れていた兵士の傷を癒すように手をかざした。

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