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第五章:恋心は芽生えているの?

第二十六話:探していないことを祈る

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「とりあえず、爪を採取しましょうか?」
「それもそうですねぇ。ワタシが持ちますよぉ~」


 レイチェルが抱き抱えようとすると、それを拒絶するように悪戯兎がツバキにしがみつく。嫌だ嫌だと言うように鳴いていた。

 ロウが「爪を切るだけだろう」と宥めようとするのだが悪戯兎は鳴いていた。ツバキは「私が持ってるわ」と爪切りをレイチェルに渡した。それでも悪戯兎は暴れる。

 これには困ったなとツバキが悩ましげに見つめれば、レイチェルが「これならどうだ!」と腰につけていたポーチから人参を取り出した。人参を見た悪戯兎の目の色が変わる。


「やはり、人参好きでしたねぇ!」
「知っていたのかい?」
「えぇ。話には聞いていましたのよぉ、レオナルド様」


 悪戯兎は人参が大の好物らしく、人参を食べている間は大人しいのでその隙に爪を切ると良いと。最初に見つけた時には人参を出す前に悪戯をされてしまったのだとレイチェルは話した。


「えーっと、ワタシが人参をあげるんでぇ、イザークさん爪切ってくださぁい」

「俺か」
「僕は不器用だぞ」


 レオナルドは「指まで切りそうで怖い」と言うので、イザークが切ることになった。レイチェルが人参を悪戯兎に食べさせている間にイザークは前足を掴んで爪を見る。

 兎に似つかわしくない太く鋭い爪は程々に伸びていた。一つ一つ丁寧に爪を切り、それをレオナルドに渡す。渡された爪は小箱に入れて、保管した。


「切り終わったぞ」


 人参を食べ終える頃には綺麗に爪が切られていた。これで素材集めの依頼は完了だ。ツバキは「ごめんなさいね」と悪戯兎を撫でてから地面に下ろした。

 悪戯兎は鼻をひくひくさせながら暫くツバキとレイチェル足元をウロウロしていたけれど、ぴょんっと跳ねて茂みの奥へと入っていった。


「やっと終わった」
「なんというかぁ、ツバキさん災難でしたねぇ~」
「可愛いものが見れた(大変だったな)」
「本音が出てるぞ、イザークよ」
「イザーク、お前ってやつは……」


 素だったのだようでイザークは口元を押さえる。レオナルドがなんとも渋い表情を見せていた。騎士団時代はこんなことはなかったので、まだ受け入れるのにだいぶ時間を要しているようだ。


「さぁさぁ、帰りましょう~」
「そうね、帰りましょう」


 まだ何か言いたげなレオナルドの腕に抱きついてレイチェルは引っ張っていく。彼は「そんなに引っ付かなくてもいいだろう」と言っているが無視されていた。

 そんな二人に着いて行こうとツバキが隣に立つイザークを見遣る。彼はなんとも羨ましげに彼らを見めていた。そんな様子にツバキがふむと少し考えてから手を差し伸べる。


「イザーク、行きましょうか?」
「っ! あ、あぁ」


 差し伸べられた手をイザークは握るので、ツバキは嬉しそうにしている彼に小さく笑った。


「ツバキ?」
「なんでもないわ、行きましょう」


 ツバキはイザークの手を引いて歩き出した。最初は不思議そうにしていた彼も、手を繋げていることが嬉しいのか目元を下げて優しく笑んでいる。そんな顔がツバキは可愛いと思った。

          ***

「ワタシは! レオナルド様のことがもっと知りたい!」


 依頼を済ませて次のことを相談するためにツバキたちの部屋を訪れていたレオナルドとイザークが、いきなり声を上げたレイチェルを見る。

 レイチェルはレオナルドに抱きつきながら尻尾をブンブンと振っていた。彼女の隣に座るレオナルドは「突然、どうしたんだ」と聞き返した。


「レオナルド様のことが知りたいのですぅ」
「僕のことと言っても大したことはないぞ」
「好きな人のことは色々と知りたいんですよぉ~」


 例えば、好きなものだったり、嫌いなものだったり些細なことでもいい。レイチェルは「ご家族のこととかでもいいのです!」と言う。


「ご兄弟とかいらっしゃいます?」
「いないな」
「イザークさんはいませんのぉ?」
「俺もいないが」


 ふむふむとレイチェルは頷いてからツバキの方を見た。その視線にこれは私も言うのかとツバキは察する。


「ちなみにワタクシはいませーん! さぁ! ツバキさん!」
「……私は、兄が二人いるわね」


 レイチェルの押しに負けてツバキは答えた。別に兄妹のことを話すのは嫌ではない、婚約者の話がしたくないだけだ。

 ツバキに兄が二人いるのを聞いて、レイチェルはほうっと目を輝かせた。なんで、興味を持ったのだと突っ込みそうになる言葉をツバキは飲み込む。


「レオナルドさんのことが知りたかったのではないの?」
「そうなんですけどねぇ。ワタシ、兄妹いないんで興味あるんですよぉ」


 にこにこと興味津々といった表情を見せるレイチェルにツバキは「そう」としか返すことができない。なんの面白みもないと思うけどなと思いながら、「何が聞きたいのかしら?」と問う。


「どんな方です?」

「長男の兄はお仕事で忙しい方だから滅多に会うことはなかったわね。次男の兄は……あの方、難しいのよ」


 次男の兄は後継ではないので自由に生きてきていた。父の手伝いをしてはいたけれど、婚約者を選ぶこともなく彼を縛るものはなかった。父もそんな次男に何かいうわけでもなく、自由にやらせている。

 優しいところもあるけれど、状況を見極めてどちらにつく方がいいのかを瞬時に判断するため、たとえ身内でも味方をするかは状況による。滅多に怒ることはないので気は長い方だ。

 次男の兄への印象というのはなんとも自由な人だ。妹であっても状況を見て味方もせずに見捨てた人なので少しばかりの恐怖もあった。とは言わずに、次男の兄の話をする。


「兄妹仲ってもしかしてあまりよくない?」

「良くないというよりはあまり関わらなかったというべきかしら? 年も五歳と七歳差だし、次男の兄としかまともに話したことないの」


 七歳差の兄がいるという発言にイザークがうっと呻く。自身とツバキも七歳差だからだろう。それを察してか、レオナルドが「落ち着け」と彼の肩を叩いていた。


「好き嫌いとか苦手とかそういった感情は?」

「長男の兄に関しては全然会わないから他人みたいな感じだけれど、次男の兄に対してはその、少し苦手かしら」


 彼のそういったばっさりと切り捨てられる性格というのは苦手だった。

 死に戻る前、父に追い出された時の兄は状況を判断して、父側についた。それは間違いではないだろう。あの場で最も権力を持っているのは紛れもない父なのだから、彼側につくのが当然だ。それに関しては仕方ないと思っているが、苦手な意識は変わらなかった。


「何か参考になったかしら?」

「そうですねぇ。仲良し兄弟の話を結構聞いていたので、そういったところもあるんだなぁって知れましたぁ」


 よく喧嘩すると言いつつ仲が良かったりする話を聞いていたので、ツバキの話にそんなところもあるんだなとレイチェルは思ったようだ。


「イザークさんと同い年のお兄様がいらっしゃるってことは……。イザークさん、お兄様方に何か言われません?」

「……どうかしら。長男の兄は分からないけれど、次男の兄は何か言うかもしれないわね」


 次男の兄はツバキの婚約者が決まった時、彼女にだけ言ったのだ。

『あの方でいいんですか。私は気に入りませんが』

 と、冷静に無表情で。なので、イザークのことも何かしら言ってくる可能性があった。そもそも出会いが出会いなので、色々と言われるだろうと思っている。

 できれば、会いたくはない人だ。ツバキはもう会うことはないだろうと思っているけれど、何かの間違いでイシュターヤを訪れていたらと考えるだけで頭が痛くなる。


「まぁ、会うことはないでしょうし……」
「会ったら会ったで色々と言われそうですしねぇ~」
「自覚がある分、何も言い返せない」
「だから、自重しろと言ってるんだ」


 イザークのなんとも言い難い渋面にレオナルドが呆れる。ロウはツバキを見てきているので、彼女の兄のことを軽くだが知っている。探しにきたら面倒だろうなと予想できているようで、「できれば避けたいな」と呟いていた。

 ツバキもそれは思っているので、できれば探していないことを祈っている。何事もありませんようにと。

(父上は出て行った人間を追うような人ではないから大丈夫だと思うのだけれど……)

 兄たちもきっと大して気にしていないはずだ。そうツバキは思うながら、レイチェルの次の質問へと意識を移した。

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