24 / 40
第五章:恋心は芽生えているの?
第二十四話:悪戯兎の魔法
しおりを挟むギルドの掲示板で依頼書を眺めていると一つ気になる内容があった。それは【悪戯兎《シュレムラビー》の爪の採取】というものだ。
悪戯兎とは何だろうかとツバキがその依頼書を剥がして眺めていると、イザークに「どうした」と問われる。彼はツバキの持っている依頼書を覗いた。
「シュレムラビーか」
「私、知らないのよ。この魔物」
「悪戯兎は珍しい魔物なんだよ、ツバキさん」
話を聞いていたレオナルドが説明してくれた。彼の腕に抱きついて離れないレイチェルは悪戯兎のことを知っているようで、「面倒なやつですねぇ」と口元に手を添えている。
悪戯兎とはその名の通り悪戯好きの兎の魔物で、真っ黒でふわふわな毛に鋭い爪を持ち、目は赤い。耳はぴんっと立っていて警戒心が強く、逃げ足が速いという特性を持つ。
悪戯兎は魔法に近い不思議な力を使うことができる。例えば、物を自由に動かしたり、石をカエルに変えたりと些細なことができる。それを使って脅かしたりと人間を驚かせるのが好きな魔物なので悪戯兎と呼ばれていた。
悪戯兎の爪は煎じれば魔力の回復促進剤となるため需要のある素材だ。ただし、悪戯兎は警戒心が強いのでなかなか表に出てくることはない。出会った人間には悪戯をしてその逃げ足の速さで何処かへと行ってしまう。
説明を聞いてツバキは面倒くさいと言われる理由が何となくだが理解できた。悪戯もだが、捕まえにくさにもあるのだろうと。
「面倒そうではあるけれど、匂いさえあればロウが見つけられそうよねぇ」
「まぁ、匂いがあればワシが追えるけれども」
「素材なら残っているかもしれないから聞いてみたらどうだろうか?」
レオナルドの提案にそれもそうだなとツバキは思って受付へと依頼書を持っていく。老年の男は「あぁ、見本だけどあるよ」と言って、受付の奥へと向かうと箱を持ってきた。
そこには兎のものとは思えない鋭さを持つ爪が入っていた。少し太くて固そうなその爪をロウはふんふんと嗅ぐ。
「追えなくはないな」
「なら、受けましょうか?」
そう問うと三人は「問題はない」と頷いたので、ツバキはその依頼を受けることにした。
*
悪戯兎の目撃証言があった森へとついたツバキはロウに指示を出すと彼は匂いを嗅いで周囲を見渡した。どうやら匂いは森からするようで、ロウは嗅ぎながら森の奥へと入っていくのを四人はそれについていく。
鬱蒼と生い茂る木々のせいか薄暗く少しばかりじめっとしていた。鳥の囀りはするけれど姿は見えず、魔物の気配も感じないのでとても静かだ。
ロウは時折、きょろきょろと周囲を見ながら匂いを嗅いでいるので近くにいるのかもしれないなとツバキも見渡した。
「ここら辺なんですぅ~?」
「匂いは強くなっている」
「じゃあ、この辺かしらね」
ロウは「近い」と匂いを嗅ぎながら言うので四人は茂みなど探してみることにした。草木を分けて探してみるも、なかなか見つからない。
ツバキは黒くてふわふわしてるんだっけと聞いた話を頼りに茂みを覗き込んでみると毛玉が一つあった。
黒くてふわふわとした兎サイズの毛玉が丸まり、ぴこんと立つ耳にこれが悪戯兎ではないだろうか。そっとツバキは近寄って手を伸ばす。
「キュピーー!」
ツバキに気づいた悪戯兎は鳴き声を上げて飛び上がると脇をすり抜けていった。慌てて「そっちいったわ!」と声を出すと、三人が反応して飛び出してきた悪戯兎を捕まえようとする。
イザークやレオナルドの手をすり抜けながら悪戯兎は逃げ惑う。その素早さに翻弄されかけた時、レイチェルが思いっきり地面を蹴り上げて走った。
獲物を追う獣ような俊敏さでレイチェルは悪戯兎を捕らえると「捕ったー!」と毛玉を掲げる。
「キュピー! キュピー!」
「ちょっと! 暴れないでぇ~!」
レイチェルの腕の中でじたばたと暴れる悪戯兎にツバキは「爪を採取するだけだから」と近寄る。
爪さえ採取できればいいので悪戯兎を殺す必要はない。ツバキは獣用の爪切りを取り出して悪戯兎の前足を掴んだ、その時だった。
「キュピィィィィィっ!」
大きな鳴き声を上げたとともに悪戯兎の赤い瞳が光り、煙が立ち込めてツバキを襲う。慌てて避けようとすると、レイチェルの腕から抜け出した悪戯兎がツバキの頭を蹴飛ばした。
その勢いに倒れるとツバキを煙が覆うも束の間、風とともに掻き消えた。倒れた身体を起こして腰を押さえると、フニッと何かの感触がする。
これは何だろうかと見ると黒い猫のような尻尾が生えていた。えっとツバキが目を丸くさせてレイチェルたちの方を見ると三人はじっとツバキを凝視していた。
頭の方を見ているその視線に恐る恐るツバキは触れてみれば柔らかい毛の感触に驚いて手を引っ込めた。
「……これ、何」
「耳。猫耳ですねぇ~」
「え、なんで?」
「……恐らくは悪戯兎の不思議な力かと」
レオナルドに言われて悪戯兎の特性を思い出す、魔法に似た不思議な力が使えるのだったと。
それから自分の現状を理解した、猫耳と尻尾を生やした格好になっていることに。ツバキは頭を押さえながら「どうしよう」と呟く。
「悪戯兎の不思議な力は一日で効果が切れるから問題ないと思うけど……」
「嫌ならあの兎に戻してもらうしかないだろうのう」
レオナルドとロウの話を聞いてツバキは「恥ずかしいから戻したいのだけれど」と返した、この姿のまま一日我慢するのは辛いと。
「私、人間だから」
「似合ってますよぉ~」
「そういう問題ではないと思うの」
「でもぉ一人、言葉を失ってますよぉ~」
レイチェルの指をさす先にイザークがいて彼は口元を押さえながら動揺している。それはもう分かり易い様子にツバキは「大丈夫?」と声をかけた。
「イザーク?」
「その、な……」
「何?」
「素直にいえ、イザークよ」
「可愛らしくて動揺する」
イザークの発言にロウは呆れ、レオナルドは彼の頭を無言で叩いた。ツバキは余程、ツボにハマったのだろうなと彼の様子を眺める。
レオナルドに「そういう場合じゃないだろう!」と突っ込まれ、イザークは「仕方ないだろう!」と返した。
「可愛いと思ってしまったんだ! いや、可愛いんだ!」
「ツバキさんに関して壊れるのをやめてくれ! ツバキさんは困っているんだぞ、こんな姿になって!」
「そうね、困っているわ」
流石にこの状態のままではいたくはないというツバキの正直な気持ちにイザークは「すまない」と謝罪した。ツバキ自身は別に気にしてはいなかったので、「大丈夫よ」と返しておく。
解決するには一日このまま我慢するか、悪戯兎を探すしかない。ロウは匂いを嗅ぎで「まだ近くにいるぞ」と言う。ならば、急いで探そうとレオナルドはまだツバキを見つめるイザークの背を叩いた。
落ち着きを取り戻したイザークの様子に眉を寄せながらもロウは匂いを嗅いで逃げた悪戯兎の後を追った。
0
お気に入りに追加
306
あなたにおすすめの小説
闇黒の悪役令嬢は溺愛される
葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。
今は二度目の人生だ。
十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。
記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。
前世の仲間と、冒険の日々を送ろう!
婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。
だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!?
悪役令嬢、溺愛物語。
☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです
青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています
チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。
しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。
婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。
さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。
失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。
目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。
二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。
一方、義妹は仕事でミスばかり。
闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。
挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。
※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます!
※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。
猫に転生したらご主人様に溺愛されるようになりました
あべ鈴峰
恋愛
気がつけば 異世界転生。
どんな風に生まれ変わったのかと期待したのに なぜか猫に転生。 人間でなかったのは残念だが、それでも構わないと気持ちを切り替えて猫ライフを満喫しようとした。しかし、転生先は森の中、食べ物も満足に食べてず、寂しさと飢えでなげやりに なって居るところに 物音が。
「お前を愛するつもりはない」な仮面の騎士様と結婚しました~でも白い結婚のはずなのに溺愛してきます!~
卯月ミント
恋愛
「お前を愛するつもりはない」
絵を描くのが趣味の侯爵令嬢ソールーナは、仮面の英雄騎士リュクレスと結婚した。
だが初夜で「お前を愛するつもりはない」なんて言われてしまい……。
ソールーナだって好きでもないのにした結婚である。二人はお互いカタチだけの夫婦となろう、とその夜は取り決めたのだが。
なのに「キスしないと出られない部屋」に閉じ込められて!?
「目を閉じてくれるか?」「えっ?」「仮面とるから……」
書き溜めがある内は、1日1~話更新します
それ以降の更新は、ある程度書き溜めてからの投稿となります
*仮面の俺様ナルシスト騎士×絵描き熱中令嬢の溺愛ラブコメです。
*ゆるふわ異世界ファンタジー設定です。
*コメディ強めです。
*hotランキング14位行きました!お読みいただき&お気に入り登録していただきまして、本当にありがとうございます!
【完結】元お飾り聖女はなぜか腹黒宰相様に溺愛されています!?
雨宮羽那
恋愛
元社畜聖女×笑顔の腹黒宰相のラブストーリー。
◇◇◇◇
名も無きお飾り聖女だった私は、過労で倒れたその日、思い出した。
自分が前世、疲れきった新卒社会人・花菱桔梗(はなびし ききょう)という日本人女性だったことに。
運良く婚約者の王子から婚約破棄を告げられたので、前世の教訓を活かし私は逃げることに決めました!
なのに、宰相閣下から求婚されて!? 何故か甘やかされているんですけど、何か裏があったりしますか!?
◇◇◇◇
お気に入り登録、エールありがとうございます♡
※ざまぁはゆっくりじわじわと進行します。
※「小説家になろう」「エブリスタ」様にも掲載しております(アルファポリス先行)。
※この作品はフィクションです。特定の政治思想を肯定または否定するものではありません(_ _*))
【完結】愛を知らない伯爵令嬢は執着激重王太子の愛を一身に受ける。
扇 レンナ
恋愛
スパダリ系執着王太子×愛を知らない純情令嬢――婚約破棄から始まる、極上の恋
伯爵令嬢テレジアは小さな頃から両親に《次期公爵閣下の婚約者》という価値しか見出してもらえなかった。
それでもその利用価値に縋っていたテレジアだが、努力も虚しく婚約破棄を突きつけられる。
途方に暮れるテレジアを助けたのは、留学中だったはずの王太子ラインヴァルト。彼は何故かテレジアに「好きだ」と告げて、熱烈に愛してくれる。
その真意が、テレジアにはわからなくて……。
*hotランキング 最高68位ありがとうございます♡
▼掲載先→ベリーズカフェ、エブリスタ、アルファポリス
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる