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第五章:恋心は芽生えているの?

第二十四話:悪戯兎の魔法

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 ギルドの掲示板で依頼書を眺めていると一つ気になる内容があった。それは【悪戯兎《シュレムラビー》の爪の採取】というものだ。

 悪戯兎とは何だろうかとツバキがその依頼書を剥がして眺めていると、イザークに「どうした」と問われる。彼はツバキの持っている依頼書を覗いた。


「シュレムラビーか」
「私、知らないのよ。この魔物」
「悪戯兎は珍しい魔物なんだよ、ツバキさん」


 話を聞いていたレオナルドが説明してくれた。彼の腕に抱きついて離れないレイチェルは悪戯兎のことを知っているようで、「面倒なやつですねぇ」と口元に手を添えている。

 悪戯兎とはその名の通り悪戯好きの兎の魔物で、真っ黒でふわふわな毛に鋭い爪を持ち、目は赤い。耳はぴんっと立っていて警戒心が強く、逃げ足が速いという特性を持つ。

 悪戯兎は魔法に近い不思議な力を使うことができる。例えば、物を自由に動かしたり、石をカエルに変えたりと些細なことができる。それを使って脅かしたりと人間を驚かせるのが好きな魔物なので悪戯兎と呼ばれていた。

 悪戯兎の爪は煎じれば魔力の回復促進剤となるため需要のある素材だ。ただし、悪戯兎は警戒心が強いのでなかなか表に出てくることはない。出会った人間には悪戯をしてその逃げ足の速さで何処かへと行ってしまう。

 説明を聞いてツバキは面倒くさいと言われる理由が何となくだが理解できた。悪戯もだが、捕まえにくさにもあるのだろうと。


「面倒そうではあるけれど、匂いさえあればロウが見つけられそうよねぇ」
「まぁ、匂いがあればワシが追えるけれども」
「素材なら残っているかもしれないから聞いてみたらどうだろうか?」


 レオナルドの提案にそれもそうだなとツバキは思って受付へと依頼書を持っていく。老年の男は「あぁ、見本だけどあるよ」と言って、受付の奥へと向かうと箱を持ってきた。

 そこには兎のものとは思えない鋭さを持つ爪が入っていた。少し太くて固そうなその爪をロウはふんふんと嗅ぐ。


「追えなくはないな」
「なら、受けましょうか?」


 そう問うと三人は「問題はない」と頷いたので、ツバキはその依頼を受けることにした。

          *

 悪戯兎の目撃証言があった森へとついたツバキはロウに指示を出すと彼は匂いを嗅いで周囲を見渡した。どうやら匂いは森からするようで、ロウは嗅ぎながら森の奥へと入っていくのを四人はそれについていく。

 鬱蒼と生い茂る木々のせいか薄暗く少しばかりじめっとしていた。鳥の囀りはするけれど姿は見えず、魔物の気配も感じないのでとても静かだ。

 ロウは時折、きょろきょろと周囲を見ながら匂いを嗅いでいるので近くにいるのかもしれないなとツバキも見渡した。


「ここら辺なんですぅ~?」
「匂いは強くなっている」
「じゃあ、この辺かしらね」


 ロウは「近い」と匂いを嗅ぎながら言うので四人は茂みなど探してみることにした。草木を分けて探してみるも、なかなか見つからない。

 ツバキは黒くてふわふわしてるんだっけと聞いた話を頼りに茂みを覗き込んでみると毛玉が一つあった。

 黒くてふわふわとした兎サイズの毛玉が丸まり、ぴこんと立つ耳にこれが悪戯兎ではないだろうか。そっとツバキは近寄って手を伸ばす。


「キュピーー!」


 ツバキに気づいた悪戯兎は鳴き声を上げて飛び上がると脇をすり抜けていった。慌てて「そっちいったわ!」と声を出すと、三人が反応して飛び出してきた悪戯兎を捕まえようとする。

 イザークやレオナルドの手をすり抜けながら悪戯兎は逃げ惑う。その素早さに翻弄されかけた時、レイチェルが思いっきり地面を蹴り上げて走った。

 獲物を追う獣ような俊敏さでレイチェルは悪戯兎を捕らえると「捕ったー!」と毛玉を掲げる。


「キュピー! キュピー!」
「ちょっと! 暴れないでぇ~!」


 レイチェルの腕の中でじたばたと暴れる悪戯兎にツバキは「爪を採取するだけだから」と近寄る。

 爪さえ採取できればいいので悪戯兎を殺す必要はない。ツバキは獣用の爪切りを取り出して悪戯兎の前足を掴んだ、その時だった。


「キュピィィィィィっ!」


 大きな鳴き声を上げたとともに悪戯兎の赤い瞳が光り、煙が立ち込めてツバキを襲う。慌てて避けようとすると、レイチェルの腕から抜け出した悪戯兎がツバキの頭を蹴飛ばした。

 その勢いに倒れるとツバキを煙が覆うも束の間、風とともに掻き消えた。倒れた身体を起こして腰を押さえると、フニッと何かの感触がする。

 これは何だろうかと見ると黒い猫のような尻尾が生えていた。えっとツバキが目を丸くさせてレイチェルたちの方を見ると三人はじっとツバキを凝視していた。

 頭の方を見ているその視線に恐る恐るツバキは触れてみれば柔らかい毛の感触に驚いて手を引っ込めた。


「……これ、何」
「耳。猫耳ですねぇ~」
「え、なんで?」
「……恐らくは悪戯兎の不思議な力かと」


 レオナルドに言われて悪戯兎の特性を思い出す、魔法に似た不思議な力が使えるのだったと。

 それから自分の現状を理解した、猫耳と尻尾を生やした格好になっていることに。ツバキは頭を押さえながら「どうしよう」と呟く。


「悪戯兎の不思議な力は一日で効果が切れるから問題ないと思うけど……」

「嫌ならあの兎に戻してもらうしかないだろうのう」


 レオナルドとロウの話を聞いてツバキは「恥ずかしいから戻したいのだけれど」と返した、この姿のまま一日我慢するのは辛いと。


「私、人間だから」
「似合ってますよぉ~」
「そういう問題ではないと思うの」
「でもぉ一人、言葉を失ってますよぉ~」


 レイチェルの指をさす先にイザークがいて彼は口元を押さえながら動揺している。それはもう分かり易い様子にツバキは「大丈夫?」と声をかけた。


「イザーク?」
「その、な……」
「何?」
「素直にいえ、イザークよ」
「可愛らしくて動揺する」


 イザークの発言にロウは呆れ、レオナルドは彼の頭を無言で叩いた。ツバキは余程、ツボにハマったのだろうなと彼の様子を眺める。

 レオナルドに「そういう場合じゃないだろう!」と突っ込まれ、イザークは「仕方ないだろう!」と返した。


「可愛いと思ってしまったんだ! いや、可愛いんだ!」

「ツバキさんに関して壊れるのをやめてくれ! ツバキさんは困っているんだぞ、こんな姿になって!」

「そうね、困っているわ」


 流石にこの状態のままではいたくはないというツバキの正直な気持ちにイザークは「すまない」と謝罪した。ツバキ自身は別に気にしてはいなかったので、「大丈夫よ」と返しておく。

 解決するには一日このまま我慢するか、悪戯兎を探すしかない。ロウは匂いを嗅ぎで「まだ近くにいるぞ」と言う。ならば、急いで探そうとレオナルドはまだツバキを見つめるイザークの背を叩いた。

 落ち着きを取り戻したイザークの様子に眉を寄せながらもロウは匂いを嗅いで逃げた悪戯兎の後を追った。

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