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第三章:地位や名声よりも愛を選ぶ

第十五話:イザークは元騎士だった

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 山間の村、ジュレールにはすっかりと日が出た頃に到着した。田畑が広がる畦道を通りながらたどり着いた村は長閑で落ち着いている雰囲気で、遠くの方では家畜の声をしている。

 村へと入る前に畑で作業をしていた老女にツバキが声をかけて診療所の場所を聞く。老女は村に入ってからすぐ側にあることを教えてくれたので、お礼を言って村へと入ると小さな看板が出ている建物を見つける。

 診療所と記された看板を見てツバキはゆっくりとドアを開けるとからんからんと鈴が鳴った。

 室内は簡素でこじんまりとした待合席の奥に別の部屋がある。日の光が入ってきているので明るいが、物静かな雰囲気で少し寂しさを感じた。


「患者さんですか?」


 ツバキと同じ歳ぐらいの看護師らしい女が慌てて部屋の奥から出てくる。ツバキとイザークの姿に「村の方ではないですよね?」と見つめてきたので、ツバキが「配達依頼で来ました」と小箱を差し出した。

 箱を受け取った看護師が中身を確認して、あっと声を溢すとすぐに奥の部屋へと入って行ってしまった。何か間違っていただろうかとツバキとイザークは顔を見合わせる。

 少ししてくたびれたような男を連れて看護師がやってきた。彼がこの診療所の医師をやっているようで、「助かりました」と頭を下げてきた。


「ちょうど、切れたところだったので助かります。ここはなかなか薬が届かないもので……」

「いえ、間に合ってよかったです」


 こんなに早く来るなら次からはギルドに頼もうと医者は安堵の様子を見せていた。


「今、ギルドの人たちがボアコの駆除で来ていて……。怪我とかしたらこっちに来るようになっていたので、ひやひやしてましたよ」


 どうやら二人が村に到着するよりも少し早く他のメンバーが別の依頼で来ていたようだ。先に着いたということは夜通しで来たのか、二人よりも町を出るのが早かったのだろう。

 ツバキは話を聞いて手伝ったほうが良いのだろうかと考えながら依頼書にサインをお願いすると、医者はそうだったとペンを紙に走らせる。サインを確認してからツバキは二人に「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げてからイザークと共に診療所を出た。


「挨拶とかしたほうがいいのかしら?」
「依頼の邪魔をするべきではないと俺は思うが」
「それもそうよね……」
「イザークっ!」


 ツバキが返事を返すその声を遮るように大声が響き、驚いて振り返ればそこには一人の男が立っていた。

 襟足の長い金の髪を流し、白い鎧に身を包む青年は騎士のようでその場に浮いて見えた。青年はイザークの前まで駆け寄ってくるとその青い瞳を鋭くさせる。


「レオナルド」


 イザークがぽつりと呟く、彼はこの青年のことを知っているようだった。レオナルドと呼ばれた青年はその美形な顔を怒ったように顰めながら、「今まで何処で何をしていた!」と怒鳴る。


「いきなり、王直属の騎士団から退団したと聞いたぞ!」
「……その通りだ。俺は騎士団をやめたんだ」


 イザークの返事にレオナルドは「何故だ!」と声を荒げる、お前は素晴らしい功績を上げてきただろうと。

 二人の会話にツバキはイザークが本当に騎士だったのだなと知る。やめたとは言っているけれど、元は騎士だったので、あの立ち回りや知識に納得がいった。


「お前は何故、ここに」
「何故だって? 僕はお前を連れ戻しに来たんだ!」


 イザークは優秀な騎士だ。その魔力と力は強く、魔物を狩る上でも戦いの上でも敵うものはそういない。そんな逸材をやめさせるなど許されない。レオナルドは言う、お前の力は騎士団に必要だと。

 けれど、イザークは眉を寄せるだけでそれに答えはしなかった。それが否定であることをレオナルドは察したようで、「何故だ!」とまた声を上げる。


「俺はもう比べられるのも、期待されるのも、非難されるもの嫌なんだ」


 周囲は力を比べ、竜人の力に期待をし、そのあまりある力に危険だと非難する。竜人だからと影口を叩かれて、警戒されるそんな日々に嫌気がさしたとイザークは思い出したのか、苦々しく話す。

 あまり、思い出したくないことなのだろうなとその様子にツバキは感じた。それでも、レオナルドは「周囲など気にする必要はない!」と返す、言いたい奴には言わせてやばいいと。


「お前には分からんだろうな、レオナルド。竜人だからと意識されてしまうことへの辛さを」

「それは……。でも、騎士団にいればお前の将来は約束されてっ」

「すまないが、出世には興味がない。それに俺は国のためには戦わないと決めたんだ」


 そう言ってイザークはツバキの方を見た。彼の隣に女いることに気づいてか、レオナルドが目を瞬かせる。


「ツバキのために俺は戦うと決めたんだ、すまない」
「……は?」


 イザークの言葉にレオナルドは固まる、口をわなわなとさせながらツバキを凝視していた。その何とも衝撃的だと言いたげな瞳を向けられてツバキは困ったように苦笑する。


「待ってくれ! どんな女の誘惑にも負けなかったお前がか!」

「その言い方はやめてくれ。あとそういった女性とツバキを比べてもらっては困る。ツバキはそうじゃない」

「誘惑されていないというのか!」
「ツバキを尻軽と一緒にするなよ、小僧」


 レオナルドの発言に狼サイズのロウが唸る。彼は人語を発したことに驚いたが、すぐに聖獣と気づいたようだ。どういうことだと説明を求めていた。ツバキは軽くだが、ロウのことを話すも怪しげに見つめ返されてしまう。

 それはロウとツバキの関係を話していないからだろう。ツバキは死に戻ったことを誰にも話してはいない。あまり人には話したくないことなので、できれば言わないでおきたい。それを感じ取ってか、イザークが「ツバキのことはいいだろう」と話しに入る。


「騙されているかもしれないだろ!」
「聖獣がいるというのにか! それに身もしらぬ男をわざわざ助けるというのか、お前は!」


 イザークの反論にレオナルドが眉を寄せる。これは仕方ないなとツバキが彼と出会ったきっかけを話した。無茶な旅をした結果、治癒力が追いつかずに傷を負って倒れていたことを。

 看病したら懐かれてしまったのだというのをツバキから聞いて、レオナルドは何とも言い難い表情を見せた。ツバキはイザークの命の恩人であるのだ。もし、彼女が見捨てていれば、彼がどうなっていたを考えてレオナルドは「なるほど」と納得する。

 それでもやはり思うことはあるらしく、レオナルドは「彼女の何処がいいというんだ」と問う。


「竜人だからと比べたりせず、普通に接してくれるところだ」
「それは……」

「心配してくれる気遣いも、優しさも好きだな。あとツバキは見た目から愛らしいだろう。少し背は低いところがまた愛らしく……」

「イザークちょっと待ってくれ、落ち着いてくれ」


 それはそれは早口に語り始めたイザークにレオナルドは慌てて止めると彼は「なんだ」と眉を寄せた。ここからが彼女の良さを話す時だぞと言いたげに。


「本当にイザークか?」
「イザークだが?」
「昔のお前はそんなふうに女に愛らしいなんて言わなかったぞ……」
「ツバキは愛らしいが?」
「イザーク、そうじゃないわ、そうじゃ」


 これには流石にツバキが突っ込んだ。聞いていて恥ずかしくなってきたのもあるが、これ以上はレオナルドを困惑させてはいけないと思ったのだ。彼の衝撃を受けている表情は見ていて可哀想になってくる。

 何せ、彼から見たイザークというのは女っ気などなく、優秀な騎士なのだ。それが今では一人の女を愛らしいといい、彼女のために戦うと言っているのだ。信じられないだろうし、ショックは大きいだろう。


「その、大丈夫?」
「……衝撃が強すぎる」
「駄目だろう、この小僧は」


 あまりのことに痛む頭を押さえるレオナルドに何がおかしいのだとイザークは不思議そうにしていた。貴方の変わりように驚いているんですよと言いたかったけれど、言ったとしても理解できないだろうなとツバキは口に出すのをやめる。


「そこの人!」


 声をかけられて振り返ると軽鎧の男が仲間だろう男の肩を抱えてやってきた。焦った様子だったのでツバキが「どうかしたの?」と駆け寄れば、「カプロスが出た!」と声を上げる。


「ボアコの駆除をしていたら、カプロスが出たんだ。山から降りてきたんだと思うが大物でな! おれらパーティーメンバーで今、対応してるだが丁度いい。あんたらも手伝ってくれないか!」


 軽鎧の男は頼むと頭を下げる様子にツバキはそれは大変だとイザークを見た。彼は少しばかり眉を寄せていたが、村に被害が出るのも良くないだろうと判断してか「わかった」と頷いた。


「レオナルド、俺たちはギルドメンバーの加勢をする。話は後に……」
「お前たちだけ行って何もしないといのはよくないだろう! 僕も手伝うさ」

 魔物退治などいくらでも経験はあると言うレオナルドにイザークはその自信は何だと言いだけに見つめるも、急いだほうがいいだろうと「行こうか」とツバキに声をかけた。

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