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第四章 権力者とおにぎり
第三十六話 美食家ジジイ達side 後編
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その膳に乗せられている水と物体を見たとき、一気に頭に血が上るのを感じた。小僧の言葉を完全に間に受けた訳ではないが、少しばかりの期待をしていたのは事実。しかし、それは完全に裏切られた。
正確には裏切られた所の話ではない。完璧にコケにされ馬鹿にされたのだ。これ以上の侮辱はないだろう。私は躊躇わなかった。権三郎とは長い付き合いがあり、その孫の顔見世の会ということで参加を決意したのだが、今後は付き合いを考えねばならないだろう。
いくら権三郎と良い仲だったとしても、ここまでのことをされて黙っている様では、とても今の立場に立っていられないからだ。そこまで決意をして場を辞そうと席を立つと、小僧に押し止められた。
「お待ちください」
「待てですと? この状況で?」
「はい。せっかくのご馳走なのです。せめて一口だけでも召し上がってください」
「ご…………? ふ、ふざけるのも大概――……!」
「まず水を一口飲んで頂き、口の中をリセットして頂きたく。そして皆様から見て、右のおにぎりから一口。もしも食べて頂けましたら、何をどうされても結構です。私は逃げも隠れも致しません。どんな咎でも罵倒でもお好きにして頂きましょう。それでも気に食わないとおっしゃるのなら古屋敷一族から追放して頂いても結構です」
「…………それで良いと? 覚悟がおありだと?」
「えぇ」
「…………ならば、致し方なしですねぇ」
そこまで言うからには何かあると思ったものの、そこまでの覚悟があるというなら従ってやっても良いかという気持ちが勝った。そして、至って普通の水を一口飲み、言われた通り右側からおにぎり? らしき物体を一口食した。
「うぐぐううう(こ、これは)…………!!!」
頭をガツンと殴られたと感じた。これは美味しさの暴力だ。思考が米の旨み一色に染め上がっていく感覚。
(こんなおにぎりがあるのか? あっていいのか? 存在してもいいとでもいうのだろうか? というか、これはそもそもおにぎりなのか?)
あまりに理解が及ばなすぎて疑問が頭を支配する中。体、胃袋、細胞の一つ一つに対してまでがこのおにぎりを求めてやまないと主張しているかの様だ。
噛めば噛むほど広がる味わいに幸福感に支配されていく。口の中でなくなるのがこの上なく惜しい癖に、噛んでこの幸せな気持ちを味わい続けたい気持ちで揺れながら味わっていた。
そんな余裕はなかったが、チラリと横目で偶然目に入った他の四人も似た様なものだ。一口くちにいれて呆然として虚空を眺めている者。ひたすら咀嚼している者。味わって幸福に浸る者。一口では足りないと貪ろうとする者。
塩味と米との相性が抜群かつ絶妙で筆舌尽くしがたい。食感も握り方も完璧に計算されている。間違いなく素晴らしい料理だ。この瞬間、我々はこの場に存在し料理を食せた事に対しての幸運さと、気に食わないがこの小僧にしてやられて完全に負けてしまったことを悟った。
しかし、今はそんなことは非常にどうでもよかった。そう、そんなことどころではない。今はこのおにぎりを食べることが最優先なのだから。そうして瞬く間に食べてしまい、苦悩している私を嘲笑う様に小僧が「皆様。そう落胆せずとも、もう一つありますよ」と促す。
(そうですねぇ。もう一つあったのですから、ここはもう一度味わえる楽しみを存分に……――)
そして、もう一つのおにぎりを口に運んだ瞬間。意識がふっとんだ。否、意識はあった。しかし、その瞬間、全神経が舌に集中したと言ったとしても過言ではなく、味覚がこれ以上美味しい物は地球上には存在しませんと叫んでいるかのようだった。
(そ、そんな馬鹿な…………最初に食べたおにぎり以上の代物が存在していたなんて…………到底信じられない。だが、間違いなくこれは現実。つまりは、存在してしまっているという意味であり…………ああああああああぁぁあああ! うますぎるぅぅううううううぅぅ)
至福。味わい深いなどという表現では生ぬるい。私は、おにぎりという料理を舐めていた。極めればここまでの究極の料理に進化するのである。たがが、塩おにぎり。しかし、されど塩おにぎりなのだ。
美味しくて当たり前だと日々、料理だの会食だと食べていたのが途端に色褪せる。本物の超一人流の美味しさとはこれなのだと思い知らされたのだ。脳みそに直接わからせられるのだ。
「皆様は、会食続きで胃が荒れたり重たくなっておられるご様子。量は控えめで胃に優しい料理をご用意いたしました」
皮肉とも事実とも取れる小僧の言葉なんてとても頭に入る余裕など微塵もなかったのだ。五人とも交流などそっちのけでおにぎりを食し、食後の余韻に浸るのであった。
正確には裏切られた所の話ではない。完璧にコケにされ馬鹿にされたのだ。これ以上の侮辱はないだろう。私は躊躇わなかった。権三郎とは長い付き合いがあり、その孫の顔見世の会ということで参加を決意したのだが、今後は付き合いを考えねばならないだろう。
いくら権三郎と良い仲だったとしても、ここまでのことをされて黙っている様では、とても今の立場に立っていられないからだ。そこまで決意をして場を辞そうと席を立つと、小僧に押し止められた。
「お待ちください」
「待てですと? この状況で?」
「はい。せっかくのご馳走なのです。せめて一口だけでも召し上がってください」
「ご…………? ふ、ふざけるのも大概――……!」
「まず水を一口飲んで頂き、口の中をリセットして頂きたく。そして皆様から見て、右のおにぎりから一口。もしも食べて頂けましたら、何をどうされても結構です。私は逃げも隠れも致しません。どんな咎でも罵倒でもお好きにして頂きましょう。それでも気に食わないとおっしゃるのなら古屋敷一族から追放して頂いても結構です」
「…………それで良いと? 覚悟がおありだと?」
「えぇ」
「…………ならば、致し方なしですねぇ」
そこまで言うからには何かあると思ったものの、そこまでの覚悟があるというなら従ってやっても良いかという気持ちが勝った。そして、至って普通の水を一口飲み、言われた通り右側からおにぎり? らしき物体を一口食した。
「うぐぐううう(こ、これは)…………!!!」
頭をガツンと殴られたと感じた。これは美味しさの暴力だ。思考が米の旨み一色に染め上がっていく感覚。
(こんなおにぎりがあるのか? あっていいのか? 存在してもいいとでもいうのだろうか? というか、これはそもそもおにぎりなのか?)
あまりに理解が及ばなすぎて疑問が頭を支配する中。体、胃袋、細胞の一つ一つに対してまでがこのおにぎりを求めてやまないと主張しているかの様だ。
噛めば噛むほど広がる味わいに幸福感に支配されていく。口の中でなくなるのがこの上なく惜しい癖に、噛んでこの幸せな気持ちを味わい続けたい気持ちで揺れながら味わっていた。
そんな余裕はなかったが、チラリと横目で偶然目に入った他の四人も似た様なものだ。一口くちにいれて呆然として虚空を眺めている者。ひたすら咀嚼している者。味わって幸福に浸る者。一口では足りないと貪ろうとする者。
塩味と米との相性が抜群かつ絶妙で筆舌尽くしがたい。食感も握り方も完璧に計算されている。間違いなく素晴らしい料理だ。この瞬間、我々はこの場に存在し料理を食せた事に対しての幸運さと、気に食わないがこの小僧にしてやられて完全に負けてしまったことを悟った。
しかし、今はそんなことは非常にどうでもよかった。そう、そんなことどころではない。今はこのおにぎりを食べることが最優先なのだから。そうして瞬く間に食べてしまい、苦悩している私を嘲笑う様に小僧が「皆様。そう落胆せずとも、もう一つありますよ」と促す。
(そうですねぇ。もう一つあったのですから、ここはもう一度味わえる楽しみを存分に……――)
そして、もう一つのおにぎりを口に運んだ瞬間。意識がふっとんだ。否、意識はあった。しかし、その瞬間、全神経が舌に集中したと言ったとしても過言ではなく、味覚がこれ以上美味しい物は地球上には存在しませんと叫んでいるかのようだった。
(そ、そんな馬鹿な…………最初に食べたおにぎり以上の代物が存在していたなんて…………到底信じられない。だが、間違いなくこれは現実。つまりは、存在してしまっているという意味であり…………ああああああああぁぁあああ! うますぎるぅぅううううううぅぅ)
至福。味わい深いなどという表現では生ぬるい。私は、おにぎりという料理を舐めていた。極めればここまでの究極の料理に進化するのである。たがが、塩おにぎり。しかし、されど塩おにぎりなのだ。
美味しくて当たり前だと日々、料理だの会食だと食べていたのが途端に色褪せる。本物の超一人流の美味しさとはこれなのだと思い知らされたのだ。脳みそに直接わからせられるのだ。
「皆様は、会食続きで胃が荒れたり重たくなっておられるご様子。量は控えめで胃に優しい料理をご用意いたしました」
皮肉とも事実とも取れる小僧の言葉なんてとても頭に入る余裕など微塵もなかったのだ。五人とも交流などそっちのけでおにぎりを食し、食後の余韻に浸るのであった。
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