シグマの日常

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ArcHive4

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 図書館司書のオネエ(おねいさんじゃないよオネエだよ、がっかりだよ)に注意を受けた後、俺と部長は隣同士、笑い転けていた彼女は俺の向かい側に座った。

 俺は左側の席で頭を下げる。ごち。
「すみませんでした、ご迷惑をお掛けして」
 笑っていた彼女は悪くない。悪いのは俺の横に座っている○ニスだ(猥褻物を想像したあなたは俺のナカーマ?)。

 罪悪感に苛まれ、深く謝ると彼女は、

「いやあ、あそこまでお腹痛くなったのは久しぶりだよ」

 あっけらかんとした表情でそう言い、

「ありがとね」

 ぱっと咲った。まるで満開のカルミアのように。まぶしい……っ!

 カルミア簡易データ。ツツジ科。白、淡紅、ピンク、濃紫の花色。別名、アメリカシャクナゲ・西洋シャクナゲ・花笠シャクナゲ。アメリカ先住民が木の根でスプーンを作ったことからスプーンの木とも。

 屈託ない笑顔に気圧され、言葉に詰まってしまい、
「い、いえ……」
 さらには疑問を浮かべてしまう。
 なぜか感謝された。で、キュンってなった。な、なに……? この気持ち。わたし、ドキドキしてる……。これが、恋……? だ、だめよだめだめダメよだめ。私には先生がいるんだもの! たとえあの人がふんわりショートボブボブで、いつもニコニコ這い寄ってきそうな元気いっぱいおにゃのこでも…………。あ、あんたのことなんか好きじゃないんだからねっ!

 内心荒ぶっていると、

「敬語はやめてよ、あたし一年だし」

 微笑とともに意外なお言葉が飛んできた。

「あ、そうなんですか、じゃなくてそうなんだ」
 なんとなく先輩かと思ってた。見た目だけは落ち着いて見えるから。ふんわりショートボヴ・ディランのおかげで。

 マーリーが「うん」と頷いたのを見て、初対面の習わしに従うことにした。

「俺、志津馬って言います。俺も一年です。よろしくお願いします」

「あたし、花崎って言います。あたしも一年です。よろしくお願いします。……ふふっ」

 なぜか笑われた。しかも含みのある笑い方で。

 え、えーっと……。

 どうやら余計なことを考えていたせいか、ぼろが出たらしい。ここはぼろだけに、ぼろでも当てて継当てとしたいところだが、当てる箇所がわからないし、当てたとしても、俺が持っているぼろで十分に繕えるのかもわからない。そんなわけで、俺は「え?」も言われぬ不安に襲われた。

「は、はは……」

「君、おもしろいね」

 また笑う。ぼくはすごくおもしろいです。

 なぜ俺の真似を? しかも笑われたよな。にっこにっこりー、ふふ、って。もしや何かの伏線ですか? ……って、あっ! 

「ご、ごめん、気づいたら敬語使ってた」
 自身の不調法に苦笑いしつつ、後頭部に手を当てて謝った。
 うちの学校、学年を見分ける違いとか意匠ないから、制服だけじゃあまりわかんないんだよなあ。でもそれだと見た目的に面白くないから、作者が『あとでマブラヴぐらいのエロティックユニフォームにトランスフォームさせよう」とかなんとか言ってた。

 ……俺としたことでなんて間抜け。いらんことばっか考え過ぎ。

「だね」

 またまた破顔一笑。こりゃ一本取られた! っておでこ叩くレベルで恥ずかしいが、花崎が満足そうだから俺も満足。チョコでバーでまじヘル(HELL)てぃ☆ 

「面目ない……」
 穴があったら頭から入りたい。ルパンダイブで。先輩っていう思い込みのせいだな、きっと。

 ちょっと熱を持った後ろ首に触れていると、

「ううん、面白かったし」

 腕を伸ばして手を膝に置き、肩を縮めて目尻を下げ口角を上げる。情報量多すぎアースホール。

「そ、そう……」
 俺、多分、微苦笑してる。
 変わった子だな。なんか、価値観や物の見方に一癖も二癖もありそうな感じ。……でもね。そんなことよりもね。今、俺が一番気になってるのは……。
 あんただよ。
 そう思い兀然としているベニスに顔を向けた(ひっかかった? デだよ、ごめんね)。

 どうしてあなたは固まっているの? 石化したパーリィメンバーなの? セレブフレンドの家のパーリィでハッスルし過ぎて反動が来たパリピなの? 俺だけ喋ってる気まずさも少しは考えろよ。

「……ちょっと」
 花崎と話し始めてから、ピクリとも動かない部長の肘を小突く。

「……部長」
 呼びかける。しかし無言。花崎の顔を凝視し、まばたきもしていない。対する花崎は、「ん?」と小首を傾げて笑っている。なにこの状況。

「……おい」
 ………………。
 へんじがない。ただのおばかねのようだ。
 ホントどうなってんだこの人。空気は大気も大概にしろよ。俺ら二人が自己紹介したんだから、次は部長の番だろうに。キュアとかリカバーだとか詠唱しないといけないの? もうこれザラキか○スでよくね? 
 ったくめんどくさい。

 部長の耳に顔を近づけ、低い声で囁いた。
「……部長、黙ってください」
 と。
 と。
 と。
「それはいやだけども……」
 しょんぼり。
 俺はテーブルの下に滑り落ちた。しかしなんとか座り直し……。
 そ、そうですか……。まあ、あなた、さっきまで一言も喋ってなかったんですけどね。……それで、いやだけどもなんなのよ? 

「……次は部長の番でしょう?」
 お遊戯の時間に好き勝手走り回ってる幼稚園児じゃあるまいし、それくらいわかるだろ。という不平は飲み込んで、でっかい子供を諭すためにウルトラの父のような顔をする。

 しかし。

「よし、ではくじを」

「は?」
 こいつは何を以下省略(森永理科さんのタイダループウェイブウマー。田中あいみさんのメリハリ怠惰ループウェイブもうまー)。
 くじ? くじってなんだ。よくわからんがこれだけは言えるよ。どう考えてもその順番待ちじゃねえ。

 もしかして、頭からつま先まで丸々聞いてなかったの? ああそう。わかった。立ってなさい、廊下で。

「できたらギョクって書かれたヤツがいいな」

 気のせいかしらワクワクしているご様子。

「いやそれ王でしょう? てか王様ゲームじゃないですって」
 合コン会場じゃないからここ。それに玉は……。

「くくくく……」

 花崎は口を押さえて前のめりになっている。
 まずい。また部長にペースを持ってかれている。このままでは部長の思うつぼに。いや、部長の思い描くつぼなんてないな。部長だとつぼを粉砕してでも中の物を取り出しそうだし。……つぼか。ちなみに俺の思うつぼは、部長が大人しい部活と、『あれはいいものだ』と言われたつぼ。ダイヤモンド・パール・プラチナの中からどれを選ぶ? と言われ、ツボツボ、と答えるくらいはロマンにあふれているつぼだと思わないか? 

 くっっだらない妄想に時間を割いていたせいか、妄想も加速したらしい。

「じゃ、も、もしかして……その……ポッキー……?」

 モジモジ。

「違います」

 そ、それはまだ早くない……? とでも言うように恥じらっている。もう、一人で辛子入り逆ロシアンルーレットでもやればいいのに(狛枝がやってたやつ)。

「じゃあなに?」

 なにって……そんな合コンしたいのかあんた。じゃあはい、ナニ(最低)。

「ふひひひひひ」

 ふひひって……そんな笑い死にしたいのかあんた。じゃあはい、狒々。マントヒヒも。

 収拾がつく気が全くしないので、もう他の席に行って他人のふりでもしてようか。なんて考えが脳裏をよぎる。しかしそれは許されざることなのだろう。

「まさか!」

 考えていると、突如部長が立ち上がり、

「私が王様!?」

 驚き桃の木山椒の木!? と顔面が言う。

「ええ。おバカの王様です」
 力めて冷静に言葉を返した。
「うそ……!?」
 え、うそ、年末ジャンボ当たった……? それくらいは驚いている。そのせいか、肯定(否定)は耳を通り抜けたらしい。
 立ったままで、
「じゃあ! 一番と三番がその……ぶ、ぶちゅーっと!」

 司会進行役のような朗々とした声量が辺りに木霊した。慌てて、
「ボリューム! ボリューム落として! お願いだから!」
 周りの視線を感じ取り、唾を飛ばす勢いでお願いするが、

「ふひ、いひひひひひっ!」

 あんたのツボは浅いなホント! (←このモノローグがすごくいやらしく思えるのは俺だけ?)

「は、花崎も、少しは我慢してくれ」
 そんなアルマジロみたいに丸くなって笑わんでも。

 などと途方に暮れていると、

「ち、違うのか……?」

 どうした弾みか落ち着いたらしい。バカの王が(命名、ヴァークァー・鞭銅鑼ドン。俺は月を背にした彼女を見た時に心を奪われたが、今、彼女を見ても、彼女が俺の心を持っているとは思えない。思えなくなった。それは悲しいことだろうか……。なんにせよ、俺の金髪ロリ好きの根源は彼女である)。

「違うって言ってるでしょう……」
 なにその、『私は……間違っていたのか……?』みたいな顔。そんなドラマ性ないからね今のやりとりに。

「はぁ……Re:Tired……」
 もうこの人に突っ込むの疲れてきた……。なんて言うと、よからぬ妄想を膨らませてしまうのが若人の常。――いかんいかんいかんいかん膨らむ膨らむ! ――いや、ペ二スの妄想がね!?

「ふひっ、ふひひひひひひひいちちちちちちちっ!」

 いやあ、こんなに口の広いツボは見たことがない。もはや甕〈かめ〉です。かめといえば俺の飼ってる亀だけどいかんいかんいかんいかん膨らむ膨らむ! いや、轆轤〈ろくろ〉の上の甕がね!?


 ――もうこの人に突っ込むの疲れてきた――
 結婚してからそう思っても取り返しがつくか。それが問題だ(揺槍〔ゆるやり〕のあの言葉はよくわかんないけど、この言葉は割とわかりやすぃー。『割と』の意味が分かる人は人生の闇を知ってるね)


「ではなんだ?」

 座り直したヴァークァーは腕を組みながら馬鹿げたことを訊いてくる。なんだってなによ。もしかして、本当に全部聞いてなかったの? こう、頭からお尻までまるっと? ああそう。わかった。立ってなさい、校門で。

「自己紹介ですよ」
 賺〈すか〉すように言うと、

「自己――それな!」

 ポン! と手を合わせる。どこ圏の人だあんた。

 呆れと疲れでがっくり項垂れていると、一呼吸置いてからすっと背筋を伸ばし、

「では改めて」

 そう言って顎を引き、表情を引き締めた。そして、

「私の名前は……」

 まず自分の名を言い、それから趣味趣向を一つ二つ挙げる。それによって人は人に親近感を持たせ、互いを知る契機〈きっかけ〉とする。自分の人間らしさという手札を開示するのだ。どちらかが譲らなければ、歩み寄ることはできないから。だから人はまず、名を明かす。名前というカードを。なら、ここで部長が切るカードは――、

「――君、うちの部に入らないか?」

 これしかない。

「ってちがうでしょおおおおおおおう!?」
 提示されたジョーカーに思わず喚いた。もはや情報開示ですらない。初段階をすっ飛ばしての交渉である。譲るどころか強引に飛び付いていって、自分の都合を押し付けようとしている。交際ニ年目の恋人同士みたいに。やだ百合? レズるの? ドディル?

 花崎はと言えば、笑いを自らの独擅場〈どくせんじょう〉とし、ブレーキのイカれた車が下り坂を突っ走るように感情の発露を暴走させている。

「あははははははは!」

 さなきだに疾い暴走車はニトロブースト全開である。

 情動のはけ口に〈バンバン〉されて、涙目な机。……お前は本当によくやってるよ。

 ――まずい! 
 反射的に振り向いた。すると……。
(やべっ!)
 案の定さっき注意してきたガタイのいいオネエに睨まれていた。(アンタたちぃ……!)という顔で指を咥えながらガンを飛ばしてきている。クネクネと捩り〈すじ〉捩《もじ》りを繰り返しながら。うぇっ。

「二人はさっきから大声を出し過ぎだな。いい加減追い出されるぞ?」

 ブリッジを中指で上げてクールに決める。やっぺマジ吹き出しそう。

「それを部長が言いますか」
 追い出される時はあんたも一緒だよ。きっとな。

「ぷくくくく……」

 元凶は部長だけど、君も少しは声を出さないよう努力してくれませんかね、ワラ崎さん。さっきから見てたけど、もう自重する気さえないんじゃないかと思えてきたよ、笑崎さん。もうこれからサキワラ(笑)って呼んじゃうよ? 笑ちゃん。

「それで、どうかな?」

 部長は花崎に対して水を向ける。うん、何がそれでかは全くわからないけど、何のことかはわかる。でも毛の先ほども下手に出る気がないのはどうかと思う。平の俺にはヒヤヒヤものなんでね。あと出たとこ勝負の交渉もやめてくれないかな?

「何する部なの?」

 首を傾げて逆に訊いてきた。……そうですよね。それがやっぱり気になりますよね。それがですね、何するっていうか、特に何もしないといいますか、そういうふざけた部なんですよ、これが。
 と投げやりを投げてギネス世界記録保持者になったような気持ちでいると、投げたやりはアメリカが開発した対戦車ミサイルになり、イギリスの地対空ミサイルに変わり、気象観測用ロケットに変化して宇宙に上がり、Uターンして大気圏突入後、まっすぐ戻ってきながら蜻蛉切に変化して俺の胸に突き刺さった。空っぽの心臓は打ち震え、これにて、俺の手元には重い槍が返ってきたのであった。めでたしめでたし。――頭痛にジャベリン♪ 

「駄弁る部だ」

 ふんぞり返る。ほらね、ふざけてる。あ、今、思ったけど、駅弁と駄弁るって漢字似てんなー。おもしろー。ウェヒヒヒヒヒ。

「せめて談話って言いましょうよ……」
 混々とふざけ続ける部長に呆れ果てながらそう言うと、

「駄弁り殺す部だ」

 そっくり返る。

「どんな部だ……」
 もはや呆れを通り越して諦観の境地に至りかける。しかしそれでも俺はめげない。めげない。めげないったらめげない。めげないめげないれめげとん。めげ…………………………め(が剥)げそう(涙目)……。

 ははあ、そういうこと。つまり言葉のデッドボールですね、わかります。ドゴォッとか、ボグゥッって減り込んで粉砕骨折するようなデッドボールは怖いよねえ。ってそんな部は御免だ!

「ふうん。じゃ、入部する。ていうかさせてください」

 花崎は姿勢を正してお願いしてきた。またですか。また即決ですか。軽いなあー。今日、出会う女子はみんな尻がr――じゃなくて足軽みたいだなあ。それか鉄砲隊かなあ。……あんたもそう思わないかい、大将。

「ではよろしく。入部届の提出を忘れないでくれ」

 承諾の意を込めて手を差し出す。よろしくも何も、あんた名前すら明かしてないだろ。カフワの時も自己紹介すらしてないし。
 (カフワってのは最初に出てきたコーヒー店だよ。作者も何年かぶりに添削してたら何だっけ? ってなったって。……はぁ。誰かいい名前考えてくれない?)

「はい、よろしくお願いします」

 そう言って握手し、花崎は頭を少し下げた。

 二人が手を離し、数拍の沈黙が流れた時、

「あたし、もう帰りますね。じゃ、また!」

 いきなり帰る宣言をしたかと思うと、鞄を提げて立ち上がり、「えっ」と言う間に歩いて行ってしまう。
 途中、回れ右をして手を振ってきたので、慌ててそれに返したのだが……。
 ちょっといい……? 今、恐ろしいものの片鱗を見た気がするんだけど、気のせい? 気のせいだよね? 爆笑大魔神だけじゃなく、マイペースだなんて、嘘だよね? ねえ! 嘘だと言ってよバナサキィ! 

 言い知れぬ不安に苛まれていたら、世紀末を感じさせる気配が漂い始め……、

「ふぇひひひ。カモですね、兄貴」

 突如としてゲスが現れた。

 ゲスはニタァと下卑た笑いを湛え、むかつきを禁じ得ない浅ましい視線を送ってきながら揉み手をしている。やべえなあ。このゲスだけでも手に負えないってのに、あと二人、空気読め子ちゃんが増えたりしたら…………。空気が空気になるな。で、最後には空気しか残らないんだ。空気が半分になったら、酸素欠乏症になっちゃう。最初は脈拍が増え、頭痛がして、むかつきがする。次にめまいがし始め、意識不明、昏睡状態、と症状が重くなる。うわあ、大変だあ。そんなだったら、家帰って寝た方がマシかなあ?
 てかいい加減そのゲス顔やめてくんないかな。世紀末漫画に出てくるスキンヘッドじゃないんだから。

「とりあえずその噛ませ犬みたいな顔やめてもらえますか? さっきより桁外れに見苦しいんで」


 女の子には謝罪をして、サーティワンのアイスで恩赦を受けました。
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