『僕の家』(ホラー)

田中マーブル(まーぶる)

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1章:鬼ごっこ

本編 17 お味は

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 何事もなかったように夜を迎えた。
 外は永遠の夜に閉ざされたまま。時計だけが時間の経過を伝えてくれる。この時計が差している六時が朝なのか夜なのかは分からないが。
 仁美は夕食を用意していた。
 野菜を刻む音。
 カレーの匂い。
 ご飯が炊けた事を知らせる電子音。
 まるで普通のカップルのようだ。
 ここが異界でなければ、どこにでもいるような普通のカップル。

 何も映らないブラウン管のテレビをバックに俺は席に着く。
 並べられるカレーのお皿。
 生野菜が無造作に乗せられただけのサラダが中央に鎮座する。

「美味しいね」

 仁美が微笑む。

「ああ」

 俺は黙々と目の前の料理を口に運ぶ。

「どうしたの?」

「何が?」

「だって、全然美味しそうに食べてくれないんだもの」

「美味しいよ」

「気持ちがこもってない」

 仁美が頬を膨らませる。

「ごめん。ちょっと考え事を」

「何を考えてたの?」

「この料理の食材」

「普通に冷蔵庫にあったやつだよ」

「何で冷蔵庫に入ってるんだ?」

「冷蔵庫だからに決まってるじゃない」

「そうじゃなくて、『誰が』『どうやって』冷蔵庫に食材を補充してるんだろうって事」

「知らないわよ。入ってたから使った。それだけよ。だって、食べなきゃ私たちは生き延びられないんだもの。だから、どんな物であれ、食べられる物なら調理するし、あなたにも食べさせる」

「まあ、俺も食べてるし、料理そのものに文句があるわけじゃないんだが」

「何?」

「俺たちをこの家に閉じ込めたやつは何がしたいのかな、って、さ」

「それこそ、私に分かるわけないわ。本人にでも聞いてみるしかないわよ」

「本人? 俺たちを閉じ込めたヤツを知ってるのか?」

「知らないわよ。知ってたら出してもらうように言ってるって」

 そう言って仁美は俺をじっと見る。

 吸い込まれそうな程、彼女の瞳は深い憂いを纏っていた。

「そ、それもそうだな」

 俺はそう返した。
 彼女が何か知ってるように感じてはいたが、今は踏み込んではいけない気がした。

 最後の一口をスプーンに取る。

 カレーの香りが食欲を刺激してくる。

「おかわり、しようかな」

 自然とそう口にしていた。

「ちょっと待ってて。すぐ用意するから」

 空になった皿を手に仁美は席を立つ。

 おかわりを待つ間、何故だか急に疲れてきた。変に気を張ってたからかもしれない。飯を食べて満たされて、少し気が弛んだ所で疲れが出てしまったのだろう。
 きっとそうだ。それだけの事だ。
 おかわりを食べたら少し横になろう。
 俺は水を飲もうとグラスに手を伸ばした。そして、記憶はここで途切れた。
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