新訳:桃太郎

護武 倫太郎

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 昔々、あるところに桃太郎という青年がおりました。桃太郎は幼いころから正義感にあふれており、悪事を決して許さない性格でした。
 ある日、桃太郎が日課である木剣の素振りを終えておじいさんとおばあさんが待つ家に帰ると、二人が深刻な様子で顔を突き合わせていました。
「どうかしたのですか、おじいさん、おばあさん」
「桃太郎か、実は大変なことになったのじゃ」
 おじいさんは顔面を蒼白にして、脂汗をかきながら話し始めました。
「村から少し行った山を越えると、神の島があるじゃろ」
 桃太郎は小さいころから、神の島のことを聞かされていました。神の島は、文字通り神様が住む神聖な島で、決してむやみに近づいてはいけないと昔から教えられてきました。
「実はそこに、最近になって鬼が住み着いたそうなんじゃ」
 神が住む聖域に足を踏み入れたどころか、住み着くなんてとんでもないことです。桃太郎はふつふつと怒りが込み上げてきました。
「鬼はきっと、この周辺の村から金品や食料を奪っていくに違いないわ」
 おばあさんは、これから先のことを考えると不安で不安で仕方がない様子です。
 桃太郎は、愛するおじいさんとおばあさんの悲しい顔は見たくありませんでした。
「分かりました。僕が鬼を退治してきましょう」
 桃太郎は幼いころから優れた剣の才能がありました。さらに正義の心が彼を突き動かしたのです。桃太郎は、おばあさんから旅のお供にと貰ったきび団子を懐にしまい、意気揚々と鬼退治の旅に出ました。


 鬼の総大将の息子であるブライは島を出ると、あてもなく歩いていました。右手に棍棒を手にし、辺りを見渡しながら歩いていると自身が空腹であることに気づいてしまいました。
「腹がすいた」
 思わず口に出してしまうと、あれよあれよというまに、異様な空腹感に襲われました。
 鬼は人間以上に食欲が旺盛な生き物です。一度空腹を感じた以上は何かを口にしなくては収まりません。
「何か食べ物はないのか、何か……」
 この飢えを満たせそうなものはないか、血眼になって食料を探していると、鶏が目に入りました。
 おそらく人の村で食用として育てられていた家畜でしょう。何羽もの鶏が、決して逃げ出さないようにと柵に覆われた土地に押し込められていました。
「新鮮な鶏だ。ええい、喰ってしまえ」
 ブライは柵を蹴り倒して侵入すると、棍棒を鶏の群れに向かって振り下ろしました。生きたままの鶏も新鮮でおいしいのですが、食べにくいのが難点です。死んでしまえば暴れることもないのでゆっくり味わえます。また、死んだ直後なら味も新鮮なままです。
 ブライはよほどお腹がすいていたのでしょう。何羽もの鶏に次々と棍棒を振り下ろします。
 鬼は羽毛を口にすることはありません。無造作に引きちぎられた羽が真っ赤に染め上げられ、辺り一面を彩ります。
 鶏のつぶれたような声が、村のはずれにひっそりと響き渡りました。


 桃太郎は旅の途中で犬、雉、猿の3匹の仲間と出会い、共に鬼退治の旅に出ることとなりました。
 3匹の仲間は皆空腹で倒れていましたが、桃太郎からきび団子を貰い元気になりました。3匹は桃太郎に並々ならぬ恩義を感じ、共に旅に出ることを誓ったのです。
 一人と3匹は険しい山を越え、ついに海へとたどり着きました。鬼が住み着く『神の島』が目前へと迫っていました。
「くんくん、桃太郎様。やっぱり海の近くに来ると潮の香りが濃くなるんですね」
 犬の最大の武器は嗅覚です。自身の武器を誇示するかのように犬はつぶやきます。
「おいおい、犬はすぐにそうやって良い恰好をしようとする。桃太郎様、ここまで海に近ければ儂でもわかりますぞ」
 猿はいつだってお調子者です。犬猿の仲ともいうようにしょっちゅう口喧嘩をしています。
「はっはっは、お二人は本当に仲がよろしいですね」
 雉は優雅に羽ばたきながら、文字通り一歩引いた立ち位置で仲間と接していました。しかし、それは決して仲間として気を置いていないわけではないのでした。
「仲良くなんかないよ」
「仲良くなんてありませんぞ」
 犬と猿の息がぴったりな様子に、桃太郎と雉は思わず笑みがこぼれました。
「さあ、犬さん、猿さん、雉さん。この海を渡れば、倒すべき鬼たちはすぐそこです。覚悟はできていますか?」
 3匹のお供の瞳は、わざわざ口に出すまでもなく覚悟が燃えていました。桃太郎もそれを感じたのか、あえて聞き返すことはありませんでした。
 船を借りて、島に上陸したら、そこはもう戦場です。桃太郎一行は戦場に向けて再び歩み始めました。


 ブライは、昔から光り輝くものが大好きでした。金銀財宝の眩しい輝きに魅せられていたのです。しかし、同時に誰かからそれを奪うのは悪いことであると自覚していました。
 ブライが幼いころ、父親である鬼の総大将が大切にしていた宝石が無性に欲しくてたまりませんでした。そこで、父親にばれないようにこっそり懐にしまい、自分のものにしようとしましたが、すぐにばれてしまったのでした。当然、父親からは強烈に怒られました。
「おうおう、金目の物を全て置いていきな」
 あの頃のことを思い出していると、突然現れた5人組の野盗に道をふさがれ、金品を奪われそうになりました。
「まずはその頭巾に隠れた面でも拝ませてもらおうか……ひっ」
しかし、野盗は襲った相手が鬼であったことに気づき、恐れおののきました。
「ええい、相手が鬼だろうとこっちの方が数は上だ。やっちまえ」
 野盗は自らを鼓舞するかのように威勢の良い声をあげ、ブライに襲い掛かります。野盗の手には、彼らに似つかわしくない立派な刀が雑に握られています。
 野盗の刀がブライめがけて振り下ろされた刹那、ブライは持ち前の瞬発力と反射神経でそれを躱し、勢いのままに棍棒を野盗の頭に振り下ろしました。
 頭がつぶれた野党がおそらく頭領だったのでしょう。統率が乱れた集団ほどもろく崩れやすいものはありません。ブライはほんの一瞬のうちに野盗の集団を壊滅させてしまいました。
「……人を殺めてしまった」
 ブライは家畜以外の命を殺めたのは初めてでした。反射的に棍棒を振り下ろしたときの、意思を感じさせる声が脳裏にこびりついて剥がれません。最高に最低な気分でした。
 野盗の懐には、どこかで奪ってきたであろう金品が大量にしまってありました。それを奪うことに一抹の罪悪感がありました。しかし、これも元は盗品。それに、これから生きていくうえでも、奴を見つけるためにも金目のものは必要になります。ブライが金品を他者から盗むのはこれが二度目です。
「あのときとは違い、俺を叱り飛ばす者はいないのだな……」
 ブライは野盗の懐から大量の金品を奪い取ると、目的を果たすために歩き出しました。
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