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2.登校初日

7.ダイブルーム

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 午後の授業も特に問題なく終わり、放課後となった。

「あーー、終わったー。
 今日は真雪がいっぱい答えてくれたから、全然授業で当てられなくて良かったー」

 帰りのホームルームが終わると、榎崎さんが大きく伸びをして声を上げる。
 感謝されているのだが、大きな声で私の名前を言われて、ちょっと恥ずかしい。

「さーて、真雪。早速、バトろ。部活が始まるまでならダイブルーム使えると思うから、急ご!」
 そう言うと、榎崎さんは私の手を引いて教室を飛び出した。

「ちょっ、早い。はうわっ!」

 私の手を引っ張る榎崎さんの足が早く、私は足をもつれさせて前のめりに転ぶ。が、またふわりとした浮遊感。

「おっと、ごめん。強く引っ張りすぎた?」

 転びかけた私をまたしても榎崎さんが抱き止めていた。

「もう、朱音ちゃん。柊木さんは体が弱いんだからそんなに引っ張っちゃ危ない、よ、って」

 遅れて教室から顔を出した大鍬さんの顔が真っ赤に染まる。

「そんな、出会った初日から、積極的っ」

 両手で顔を覆うが、指の間からがっつりこちらを見ている。

 ってこの体勢って

 女の子同士が抱き合っているようにしか見えない、よね。

 そう思った瞬間、私の顔も沸騰する。

「はわわ……」

 私は言葉にならない声を上げると「い、いやそんなつもりじゃなくて」と榎崎さんが慌てて、私をちゃんと立たせてくれて謝る。

「そんなに急がなくても、ダイブルームの席は埋まらないよ」

「で、でもぉ」

「本当に朱音ちゃんはプレバトのことになると周りが見えないんだから…… だったら、私が柊木さんを連れて行くから、朱音ちゃんは先に行って3人分の席を確保しとく、ってのはどうかな?」

「お、おお! 美月って天才?! それ採用。じゃ、先行ってるねー」

 言葉を言い終わる前に、榎崎さんが駆け出した。「廊下を走るな」と先生に注意されながらも、榎崎さんの姿はあっという間に見えなくなった。

「もう、朱音ちゃんったら」

 やれやれと苦笑する大鍬さんを横目に私は呆然とするしかなかった。

「ごめんね。朱音ちゃんはブレバトの事になると周りが見えなくなっちゃうから。
 私がダイブルームまで案内するね」

 大鍬さんか柔らかく微笑むと、ゆっくりと歩き出した。

「あの。えっと、これから向かうのって……」

 大鍬さんの後ろを歩きながら、質問を投げかける。

「ああ、そうか。朱音ちゃんは勢いだけで連れ出しちゃったから、全然説明できてなかったもんね。歩きながら私が説明するね。
 あと、これ柊木さんの荷物。多分、私達はこのまま部活になるから、持ってきてあげた」

 そう言うと、大鍬さんは私の鞄を掲げてみせる。鞄に付けた熊のぬいぐるみが小さく揺れる。

「柊木さん体が弱いってことだから、持っていってあげるね。
 じゃあ、なにから説明しようか」

 大鍬さんは私の歩幅に合わせて歩く速度を緩めながら優しく語り出す。

「まずは、ダイブルームについてかな。
 Brave Battle Online。通称ブレバトはフルダイブ型のVR格闘ゲームだってことは知ってたんだっけ?」

「うん」

「なら話が早いね。この学校にはそのフルダイブ型のゲームをやる為の部屋があるんだ。
 カプセル型のゲーム専用機器が20あるルームね」
 人差し指を立てて説明する。


「と、そう言えば柊木さんはこの学校を選んだ理由って何?」
 大鍬さんは話題を変えて質問する。

「え、理由?
 う~ん、理由かぁ。実を言うと私はずっと入院してたから、他の学校のこととか知らなくて、なのでお父さんに決めてもらったんだ。
 家から近くて、設備も充実してるからってお父さんが言ってた気がするけど」

「やっぱりそうか。この学校のことあまり知らないんだね。じゃ、少しこの学校のこと説明するね。
 この学校がこんな田舎なのに施設が充実してる理由なんだけど、ブレバトが大きく関係してるんだ」

 大鍬さんの言葉を受けて、私は頭に疑問符を浮かべた。
 だって学校とゲームってあまり関係あるって思えないから。

「7年前に世界的な疫病が流行った時があるでしょ?
 三密が推奨されて、外出や集団スポーツが自粛されたあの時」

 ずっと入院生活だった私にはあまりピンとこなかったけど、そう言えば一時期に病院内の設備が厳重になって面会が制限されたときがあったな、と思い出す。

「一年以上経っても流行が治らなくて、経済、観光もスポーツ業界も大打撃を受けたその時に、日本政府が起死回生の経済対策として打ち出されたのがVR推進計画だったの。
 国は多くの補助金を出して、国中のゲーム会社に、会社の垣根を超えて一つのVR体感ゲームを作り上げるように命じたの。

 そして出来上がったのがBrave Battle Onlineね。

 でも、まだ当時フルダイブ型のゲームってなかったから、なかなか広がらなかったのよね。

 なので、そのゲームを流行らせるための起爆剤として行われたのがBrave Battle Online 全国高校生グランプリ。高校生ユーザが多かった事に目をつけた国の推進委員会が、全ての高校を対象にとんでもない額の賞金が賭けられた全国大会が開催したの。

 そしてその第一回大会の優勝校が、なんとここ! 神里高校だったってワケ」

 大鍬さんは両手を広げて嬉しそうに語る。

「その大会の賞金は学校を対象に支払われるものだったから、その賞金で学校設備やVRのための機材が充実されたの。

 まぁ、第二回大会からは徹底マークされていて全然成績を残せていないんだけど、それでも第一回大会の優勝校として、憧れてこの学校を選ぶ人が多いんのよ。

 実を言うと私も朱音ちゃんも、第一回のブレバト全高グランプリを見て、憧れてこの学校を選んだんだ」

 嬉しそうに三つ編みを揺らして微笑む。

 その様子を見て、本当にこの学校に憧れて入学したのだなと感じる。

「この先がダイブルームだよ」

 大鍬さんの説明を聞いている間に目的地に到着した。
 大きな渡り廊下を渡ったから、ここは共有棟だ。この学校は珍しく男子と女子でクラスが分かれていて、教室の入っている棟も分かれているのだ。共学の学校にしては珍しい造りになってるとお母さんに言われたのを思い出す。

「じゃーん。ここがうちの学校の自慢。ダイブルームだよ」

 効果音とともに大鍬さんが、部屋の扉を開ける。

 そこに広がっていたのは清潔感のある広い部屋であった。

 教室の三倍くらいの空間の中心には大型サーバが鎮座しており、それを囲うようにカプセル型の白い筐体が円状に並んでいた。

 そして壁際には換気のできる大きな窓と、部屋の空気を清浄化して循環させるための空調機器が配置されている。

 なんとなく病院を連想させる清潔な部屋を目の前に私の口から「おお……」と感嘆の声が漏れた。

「美月、こっちこっち。早くやろう」

 私たちの姿を見つけた榎崎さんが、嬉しそうに手を振っている。

「ほんとブレバト好きだね、朱音ちゃんは……」

 そう言葉を漏らす大鍬さんの後を追って、榎崎さんと合流する。

「このタッチパネルで「開く」を選択すると、カプセルが開いて中に入れるよ」

 急かす榎崎さんを落ち着かせて、大鍬さんが施設の使用方法を説明してくれた。

 カプセルが開くと中は、リクライニングシートと、奥に収納スペースがあるのみのシンプルな作りだった。

「中は土足禁止だから、靴は脱いで奥の収納に入れる感じね。鞄もそこに入れてね」

 大鍬さんは説明をしながら、持っていてくれた私の鞄を手渡してくれた。
 私はお礼を言って鞄を受け取ると、靴を脱いでカプセル内に入った。
 なかの床は予想以上にフカフカで、危うく転びそうになった。あぶない、あぶない。

「扉を閉めたら施錠処理を忘れずにね。扉の内側にもタッチパネルがあるからそれで設定できるよ」

 その言葉に頷いて返す。

「サーバはこの学校の名前がついたサーバを選択してね。初回のログイン時は広いロビーに出るからそこで待ってて。すぐ私たちもダイブして合流するから」

 そう言って、大鍬さんはカプセルの扉を閉めた。

 私は扉を施錠すると、収納に鞄と靴をしまって、リクライニングシートに座る。
 程よい柔らかさのシートに体を預けて、端末に収納されていたバイザーを展開して『Brave Battle Online』を起動する。

 バイザー越しに展開された仮想画面から「スタート(フルダイブ)」を選択する。

 身体が画面に吸い込まれるようなフルダイブ独特の感覚に包まれ、ゲームの中に入り込む。

『ようこそ、Brave Battle Onlineの世界へ!

 フルダイブについての説明を受けますか?
      yes/skip』

 目の前に文字が浮かぶ。

 私は少し考えた後、skipを選択する。トライアル版で少し経験してるし、榎崎さん達と待ち合わせしてるから飛ばしてもいいかな、と思ったのだ。

『接続するサーバを選択してください。』

 続いてサーバの選択。これは大鍬さんに言われた通り「Kamisato h.c local」を選択する。

 すると、光が溢れ、目の前にゲームの世界が広がった。

 そこはお洒落なテーブルと椅子が並んだカフェみたいな場所だった。

 病院でダイブした頃は草原や湖など屋外のフィールドがほとんどだったので、屋内の施設はちょっと新鮮に感じた。

 疎らに居るアバター達は皆んなマスコットモードで、テーブルを囲んで談笑している。
 その中の一組がカップルらしく、手を繋いで親しそうに話をしていた。

 私もいつか彼氏とかできるのかな?

 すっと病院で過ごしていたため色恋沙汰とは全く縁が無かったのだが、遠目で見たカップルが自分だったらと想像して脳内がオーバーヒートして顔が熱くなった。

「そんなこと考えてる場合じゃないよね」

 頭を振って妄想の世界から意識を戻し、見た目をマスコットモードに変更する。


「真雪ちゃん、お待たせー」

 すると、後ろから声がかけられた。この声は榎崎さんだ。

 振り返ると、髪の色が赤くなっているけど、トレードマークのサイドテールが揺れるマスコットモードのキャラクターが立っていた。

 その横にいるのは大鍬さんかな?
 現実と同じく同じく三つ編みが揺れる、鎧を身に纏った女戦士風のマスコットキャラが立っていた。

「榎崎さんと、大鍬さん、かな?」

 恐る恐る確認すると、サイドテールのキャラクターはニカリと笑ってサムズアップで答えた。

「私はそのまんまアカネだけど。美月の方はプレイヤー名がルナだから分からなかったかな」

「Snowちゃん。こっちの世界ではルナです。よろしくね」

 大鍬さん(こっちの世界ではルナさん)がにっこり笑う。

「それじゃ、ますフレンド登録ね」

 言うが早いか、視界の端に新着情報が現れる。
 指でクリックするとメッセージが表示される。

 『ルナ』さんより友達申請が届きました。
 友達登録しますか?
   Yes/No

 もちろん、すぐさまYesを選択する。

「あー、美月、ずるーい。私が最初の友達になろうと思ったのにー」

 頰を膨らませながら榎崎さんからも遅れて友達申請が届いた。私はその申請についてもすぐに承認した。

「これで、こっちの世界でも友達だね!」

 その榎崎さんの言葉に、私の頬が緩む。

 友達

 ずっと憧れてた存在。どうやって作ったらいいか分からなかったけど

「ずっと病院生活で、友達の作り方とか、分からなかったんだけど、私、もう友達になれたのかな?」

 恐る恐る聞いてみる。

「何言ってんの。私達、もう友達じゃん」

 即答。

 榎崎さんにとっては何気ない言葉かもしれないけど、私、ちょっと泣きそうになった。

「時間がないし、とりあえずスキル決めも兼ねてトレーニングスペースに行こう」

 嬉しそうに飛び跳ねてアカネがロビースペースの端にあるカウンターへ歩き出した。

「えっ、と」

「もうまた説明なしで突っ走るんだから」

 戸惑う私と、ため息をつくルナ。

「ごめんね。私が説明するから、とりあえずアカネを追おう」

 ルナが手を差し伸べる。

 私は頷いてその手を取ると、ルナは私の手を引いてアカネを追いかけた。

「各種のクエストとかフィールドへの移動はロビー端のカウンターで出来るの。
 で、今回はSnowがまだスキルを決められてないから、その選定も踏まえて練習場であるトレーニングスペースへ行こうってことらしい。
 トレーニングスペースはダメージ判定がなくて、攻撃してこない擬似アバターが一体いるだけだから初心者でも安心して入れる場所だよ。だから、Snowも安心して入って大丈夫だよ」

 移動しながらルナが簡単に説明してくれた。

 その言葉の中にも私の知らない単語があったけど、とりあえすは転ばないように気をつけながらアカネの後を追った。

「トレーニングスペース、空いてたよ。
 それじゃ、私がリーダーでパーティー組んで移動するでいいかな?」

 追いつくとアカネがまたしても飛び跳ねて(喜びを表現するマスコットモードキャラの基本アクション)パーティー申請を送ってきた。

 ルナは苦笑して頷くと、私に視線を送ってきた。
 私はその視線に笑顔を返して、承認ボタンを押す。

「んじゃ、トレーニングスペース、行ってみよー!」

 アカネが拳を振り上げると、視界が明転して別の場所へと転移した。
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