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1.プロローグ
2.退院
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おおおおおおおお!!!!
歓声が上がる。
不可視化状態で観戦していた観客たちが、バトルが終わった私の周りに集まって来る。
「Snowちゃん、すごい。あのBearに勝っちゃうなんて」
「私、感動しました」
「やっと師匠超えだな」
「すげぇ、すげぇバトルを俺は見たよ」
皆が口々に賛辞の言葉を掛けてくれる。中には感動で涙を流している人もいる。
ちなみに『Snow』は私のプレイヤーネームである。
本名の『柊木 真雪』から一文字とって付けた名前である。
「まさか、この俺が敗北するとはな」
そんなギャラリーを書き分けて、師匠が近づいてくる。
いまは、筋肉隆々の熊ではなく、二頭身の可愛い熊の姿である。
仮想世界で2種類見た目を変更できるうちのマスコットモードの姿である。
周りの皆もマスコットモードの姿なので、私も現在のノーマルモードの姿から、マスコットモードの「雪の妖精」姿に変更する。
「師匠。手合わせありがとうございます。
最後の試合なので手心を加えていただいた部分があるかもしれませんが、とても良い試合でした」
「ふん。手加減などしていない。本気で戦って負けたんだ。誇っていい。
真陰熊流の免許皆伝だ。流派を名乗ることを許そう。
手を出せ」
師匠の言葉に、私は右手を前に差し出す。
すると、師匠も手を翳し、その手から光の球が私の差し出した右手に吸い込まれた。
ピロリン
システム音と共に『bearより、アイテムが譲渡されました。「くまくまスーツ」がSnowのアイテムストレイジに追加されました』とメッセージアイコンが表示された。
「餞別だ。
ここを卒業しても、精進を怠らぬように」
「はい!」
師匠は珍しく笑顔を見せる。
「おめでとう、Snowちゃん」
「「おめでとう」」
バチパチパチ……
誰からともなく拍手が起こる。
「Snowちゃん。卒業おめでとう!」
「「「おめでとう」」」
ギャラリーの皆からもう一度祝福の言葉が贈られる。
私の頬に、涙が浮かんでこぼれた。
「みんな、今までありがとうございました」
みんなに感謝の言葉を述べて、私はVRゲーム『Brave Battle Online-Trial-』からログアウトした。
★
私はゲームをログアウトすると、目元のバイザーをスライドさせ耳掛け型の端末の中にそれを収納した。
「これで、ここにダイブするのは最後か。なんか、ちょっと寂しいな……」
独り言を呟く。
ここは病院のベッドの上。
色白で細い自らの手を見てこれまでを振り返る。
私は15年間、生まれてからずっとこの白い部屋で過ごしてきた。
先天的な病気で、筋肉が付きにくく、付けてもすぐに衰えてしまう難病を患っていたため、ベッドの上から動くことも出来なかったからだ。
けど、生まれた時は難病と言われていた病気も科学の進歩とともに治せる病気となり、1年前に受けた手術で遂に病気を克服したのだ。
それから大変だったリハビリを経て、ついに今日、退院することとなった。
病気のため身体を動かす方法が分からなかった私は、それを覚えるため、この病院で導入されている仮想空間ダイブ型ゲームで初期リハビリを行った。
そこで出会ったのがbear師匠だ。
それまで、リハビリ用の教材かと思っていた仮想世界が実はオープンワールドの対戦格闘ゲームなのだと教えてくれたのも師匠で、戦いに勝つための修行と称して身体の動かし方を教えてくれたのも師匠だった。
仮想世界での修行の成果か分からないが、3年はかかると言われたリハビリが1年で終了できたのだ。
最近は朝食後のこの時間に師匠へバトルを挑むのが風物詩となっていて、みんな私のことを一生懸命応援してくれるようになっていた。
それも今日でお終い。
午前10時になったらお父さんとお母さんが迎えに来てくれて、ついに退院……ううん、みんなの言葉でいうところの「卒業」になるのだ。
部屋の時計に目をやる。
あとちょっと。
期待に胸を膨らませながら、あと少しの時間を少しでも筋力をつけるため手を開閉する握力強化の運動をしてその時を待った。
バン!
「真雪! 迎えに来たよ」
扉が開く音にビックリして振り返ると、お父さんが駆け寄ってきて私に抱きついて来た。
「こらっ、あなた! 病院は静かにですよ」
お母さんが、お父さんを叱り付けるが
「仕方ないだろ。この時を、この時をどれだけ待ち望んだことか。真雪。真雪。本当に元気になって良かった。良かったよぉぉ……」
お父さんは、私に頬擦りしながら泣いていた。
「まったくもう、あなたったら……」
お母さんも涙を浮かべていた。
「真雪ちゃん。よくがんばったね。まだ一人で歩くのは危ないので、車までは車椅子で行こうな」
主治医であるお医者さんが車椅子を運んできた。
「ほら、真雪。手を貸すぞ」
お父さんが手を差し出すが、それを首を横に振って断る。
お父さんは「えっ」と不安そうな顔をしたが、私は笑顔で答える。
「お父さん、見てて。私、一人で出来るから」
そう言うと、私は布団から足を出して、ゆっくりと床に足をつけると、まだぎこちないけれども、一人で立って数歩歩いて車椅子に座った。
「す、すごい。あの真雪が一人で歩いて……」
不安げに見ていたお父さんも、私が車椅子に座ると感動で涙を零した。
「では、私が押しますね」
涙を流し続けるお父さんの代わりに、お母さんが車椅子の背後に着く。
「真雪ちゃん。退院、おめでとう」
お世話になったナースのお姉さんが花束を渡してくれる。
「「「真雪ちゃん、退院おめでとう」」」
部屋から廊下に出ると医者やナース、よく顔を合わせる患者さんが総出で見送ってくれた。
エレベーターを使い、待合室を進んでいた時、ふとある患者さんに目が止まる。
「お母さん。ちょっと止まってもらっていい?」
「あら、どうしたの?」
お母さんが車椅子を止める。
「どうしても、お礼を言いたい人がいるの。だから、ちょっと待っててね」
そう言うと、私はゆっくりと車椅子から立ち上がる。
みんなが私を注目している。
それでも構わず、ゆっくりと歩く。
先程、目についた患者さんの元へ。
その患者さんは全身を包帯で包まれ、所々はギプスで固められた、異様な雰囲気を纏った男性であった。
車椅子に座り、その後ろには引率のものと思われる黒尽くめの男の人が佇んでいた。
私がその患者さんの前まで歩いて近づくと、包帯の患者さんにギロリと睨まれてしまった。
「お嬢さん、何か用ですか?」
代わりに後ろの黒尽くめの男が問いかけてきた。
サングラスに黒マスクと、その男の人の表情は伺えなかったけど、口調はとても穏やかであった。
包帯の男は興味を失ったのか、「ふん」と鼻を鳴らして目を閉じてしまった。
「用はこちらの方に」
そう答えて、包帯の患者さんに視線を向ける。
「師匠、ですよね?」
「……」
問いかけるが、包帯の男は答えない。ただ、少し反応を見せ、目蓋を開いて視線をこちらに向けた。
しかし、この一瞬で確信する。
やはり師匠だ。
自分の身体が動かなかった分、他人の動きの機微を見抜くことは得意なのだ。
目の動き、言葉を掛けたときのものぐさな身体の反応。それは間違いなく師匠のものであった。
私は深々と頭を下げる。
「師匠。分からないかもしれませんが、私『Snow』です。色々とお世話になりました!」
想いを伝える。
相手からの言葉はなかったが、それでもいい。
顔を上げると、踵を返して家族の元に戻ろうとする。
「待て」
背中に声をかけられ振り返る。
「こっちの世界でも、餞別をやろう」
男は包帯の巻かれた震える手を動かし、懐から何かを取り出した。
それは掌サイズのぬいぐるみ。チャンピオンベルトを巻いた愛らしい熊のぬいぐるみであった。
「おい、それって」
後ろの黒尽くめの男が驚きの声を上げる。
「これくらいしか、やれるもんがないからな」
包帯の男はそう言うと、ぬいぐるみを口元に持っていき音声入力で所持者の解除と譲渡の命令を呟く。
最近のおもちゃには小型端末が内蔵されていて、持ち主が誰か登録することができるのだ。
包帯の男は、全身の怪我のせいか、震える手で熊のぬいぐるみを差し出す。
私はそのぬいぐるみを受け取ると、もう一度頭を下げて礼を言う。
「どんな困難があろうと強くあれ。俺の最高の弟子『Snow』」
力強い言葉をかけられ、私は顔を上げると「はい!」と答えた。
私はそのまま家族の元に戻ると、お母さんは私がぬいぐるみをもらったことに気づき、車椅子に座する包帯の男に頭を下げて謝意を伝える。
包帯の男はそれには応えず、代わりに黒尽くめの男が手をヒラヒラと振って応えた。
こうして、私は皆に見届けられて、ずっと入院していた病院を退院したのであった。
歓声が上がる。
不可視化状態で観戦していた観客たちが、バトルが終わった私の周りに集まって来る。
「Snowちゃん、すごい。あのBearに勝っちゃうなんて」
「私、感動しました」
「やっと師匠超えだな」
「すげぇ、すげぇバトルを俺は見たよ」
皆が口々に賛辞の言葉を掛けてくれる。中には感動で涙を流している人もいる。
ちなみに『Snow』は私のプレイヤーネームである。
本名の『柊木 真雪』から一文字とって付けた名前である。
「まさか、この俺が敗北するとはな」
そんなギャラリーを書き分けて、師匠が近づいてくる。
いまは、筋肉隆々の熊ではなく、二頭身の可愛い熊の姿である。
仮想世界で2種類見た目を変更できるうちのマスコットモードの姿である。
周りの皆もマスコットモードの姿なので、私も現在のノーマルモードの姿から、マスコットモードの「雪の妖精」姿に変更する。
「師匠。手合わせありがとうございます。
最後の試合なので手心を加えていただいた部分があるかもしれませんが、とても良い試合でした」
「ふん。手加減などしていない。本気で戦って負けたんだ。誇っていい。
真陰熊流の免許皆伝だ。流派を名乗ることを許そう。
手を出せ」
師匠の言葉に、私は右手を前に差し出す。
すると、師匠も手を翳し、その手から光の球が私の差し出した右手に吸い込まれた。
ピロリン
システム音と共に『bearより、アイテムが譲渡されました。「くまくまスーツ」がSnowのアイテムストレイジに追加されました』とメッセージアイコンが表示された。
「餞別だ。
ここを卒業しても、精進を怠らぬように」
「はい!」
師匠は珍しく笑顔を見せる。
「おめでとう、Snowちゃん」
「「おめでとう」」
バチパチパチ……
誰からともなく拍手が起こる。
「Snowちゃん。卒業おめでとう!」
「「「おめでとう」」」
ギャラリーの皆からもう一度祝福の言葉が贈られる。
私の頬に、涙が浮かんでこぼれた。
「みんな、今までありがとうございました」
みんなに感謝の言葉を述べて、私はVRゲーム『Brave Battle Online-Trial-』からログアウトした。
★
私はゲームをログアウトすると、目元のバイザーをスライドさせ耳掛け型の端末の中にそれを収納した。
「これで、ここにダイブするのは最後か。なんか、ちょっと寂しいな……」
独り言を呟く。
ここは病院のベッドの上。
色白で細い自らの手を見てこれまでを振り返る。
私は15年間、生まれてからずっとこの白い部屋で過ごしてきた。
先天的な病気で、筋肉が付きにくく、付けてもすぐに衰えてしまう難病を患っていたため、ベッドの上から動くことも出来なかったからだ。
けど、生まれた時は難病と言われていた病気も科学の進歩とともに治せる病気となり、1年前に受けた手術で遂に病気を克服したのだ。
それから大変だったリハビリを経て、ついに今日、退院することとなった。
病気のため身体を動かす方法が分からなかった私は、それを覚えるため、この病院で導入されている仮想空間ダイブ型ゲームで初期リハビリを行った。
そこで出会ったのがbear師匠だ。
それまで、リハビリ用の教材かと思っていた仮想世界が実はオープンワールドの対戦格闘ゲームなのだと教えてくれたのも師匠で、戦いに勝つための修行と称して身体の動かし方を教えてくれたのも師匠だった。
仮想世界での修行の成果か分からないが、3年はかかると言われたリハビリが1年で終了できたのだ。
最近は朝食後のこの時間に師匠へバトルを挑むのが風物詩となっていて、みんな私のことを一生懸命応援してくれるようになっていた。
それも今日でお終い。
午前10時になったらお父さんとお母さんが迎えに来てくれて、ついに退院……ううん、みんなの言葉でいうところの「卒業」になるのだ。
部屋の時計に目をやる。
あとちょっと。
期待に胸を膨らませながら、あと少しの時間を少しでも筋力をつけるため手を開閉する握力強化の運動をしてその時を待った。
バン!
「真雪! 迎えに来たよ」
扉が開く音にビックリして振り返ると、お父さんが駆け寄ってきて私に抱きついて来た。
「こらっ、あなた! 病院は静かにですよ」
お母さんが、お父さんを叱り付けるが
「仕方ないだろ。この時を、この時をどれだけ待ち望んだことか。真雪。真雪。本当に元気になって良かった。良かったよぉぉ……」
お父さんは、私に頬擦りしながら泣いていた。
「まったくもう、あなたったら……」
お母さんも涙を浮かべていた。
「真雪ちゃん。よくがんばったね。まだ一人で歩くのは危ないので、車までは車椅子で行こうな」
主治医であるお医者さんが車椅子を運んできた。
「ほら、真雪。手を貸すぞ」
お父さんが手を差し出すが、それを首を横に振って断る。
お父さんは「えっ」と不安そうな顔をしたが、私は笑顔で答える。
「お父さん、見てて。私、一人で出来るから」
そう言うと、私は布団から足を出して、ゆっくりと床に足をつけると、まだぎこちないけれども、一人で立って数歩歩いて車椅子に座った。
「す、すごい。あの真雪が一人で歩いて……」
不安げに見ていたお父さんも、私が車椅子に座ると感動で涙を零した。
「では、私が押しますね」
涙を流し続けるお父さんの代わりに、お母さんが車椅子の背後に着く。
「真雪ちゃん。退院、おめでとう」
お世話になったナースのお姉さんが花束を渡してくれる。
「「「真雪ちゃん、退院おめでとう」」」
部屋から廊下に出ると医者やナース、よく顔を合わせる患者さんが総出で見送ってくれた。
エレベーターを使い、待合室を進んでいた時、ふとある患者さんに目が止まる。
「お母さん。ちょっと止まってもらっていい?」
「あら、どうしたの?」
お母さんが車椅子を止める。
「どうしても、お礼を言いたい人がいるの。だから、ちょっと待っててね」
そう言うと、私はゆっくりと車椅子から立ち上がる。
みんなが私を注目している。
それでも構わず、ゆっくりと歩く。
先程、目についた患者さんの元へ。
その患者さんは全身を包帯で包まれ、所々はギプスで固められた、異様な雰囲気を纏った男性であった。
車椅子に座り、その後ろには引率のものと思われる黒尽くめの男の人が佇んでいた。
私がその患者さんの前まで歩いて近づくと、包帯の患者さんにギロリと睨まれてしまった。
「お嬢さん、何か用ですか?」
代わりに後ろの黒尽くめの男が問いかけてきた。
サングラスに黒マスクと、その男の人の表情は伺えなかったけど、口調はとても穏やかであった。
包帯の男は興味を失ったのか、「ふん」と鼻を鳴らして目を閉じてしまった。
「用はこちらの方に」
そう答えて、包帯の患者さんに視線を向ける。
「師匠、ですよね?」
「……」
問いかけるが、包帯の男は答えない。ただ、少し反応を見せ、目蓋を開いて視線をこちらに向けた。
しかし、この一瞬で確信する。
やはり師匠だ。
自分の身体が動かなかった分、他人の動きの機微を見抜くことは得意なのだ。
目の動き、言葉を掛けたときのものぐさな身体の反応。それは間違いなく師匠のものであった。
私は深々と頭を下げる。
「師匠。分からないかもしれませんが、私『Snow』です。色々とお世話になりました!」
想いを伝える。
相手からの言葉はなかったが、それでもいい。
顔を上げると、踵を返して家族の元に戻ろうとする。
「待て」
背中に声をかけられ振り返る。
「こっちの世界でも、餞別をやろう」
男は包帯の巻かれた震える手を動かし、懐から何かを取り出した。
それは掌サイズのぬいぐるみ。チャンピオンベルトを巻いた愛らしい熊のぬいぐるみであった。
「おい、それって」
後ろの黒尽くめの男が驚きの声を上げる。
「これくらいしか、やれるもんがないからな」
包帯の男はそう言うと、ぬいぐるみを口元に持っていき音声入力で所持者の解除と譲渡の命令を呟く。
最近のおもちゃには小型端末が内蔵されていて、持ち主が誰か登録することができるのだ。
包帯の男は、全身の怪我のせいか、震える手で熊のぬいぐるみを差し出す。
私はそのぬいぐるみを受け取ると、もう一度頭を下げて礼を言う。
「どんな困難があろうと強くあれ。俺の最高の弟子『Snow』」
力強い言葉をかけられ、私は顔を上げると「はい!」と答えた。
私はそのまま家族の元に戻ると、お母さんは私がぬいぐるみをもらったことに気づき、車椅子に座する包帯の男に頭を下げて謝意を伝える。
包帯の男はそれには応えず、代わりに黒尽くめの男が手をヒラヒラと振って応えた。
こうして、私は皆に見届けられて、ずっと入院していた病院を退院したのであった。
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