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乗り越えるべき壁

多分これは、エピローグ的なもの 【後編】

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「____以上が定時会議の報告だ」

そんなことをぼんやりと考えているとヴァイナモは報告を終え、資料を俺に渡してくれた。こうやって文章にまとめてあるのに律儀に口頭でも説明してくれる所が、ヴァイナモの真面目さが出てて良い所だ。その気遣いが助かっているのだから、やはりヴァイナモは優秀である。

「うん、ありがとうヴァイ。他に何か報告事項はある?」

「そうだな。魔窟跡地の復興作業について現場からの要望を預かっているんだが、今見るか?」

「うん。丁度仕事も一段落着いたからね」

 ヴァイナモは小さなメモを一枚、俺に渡して来た。俺はそれを受け取り、内容を確認する。

これも予想外の出来事だったのだが、魔窟に停滞していた魔力は、アウクスティの魔力と一緒に魔法陣に封印された。それによって魔窟の魔力の循環は正常化したが、何十年も放置された土地だったため、土地は荒廃しきっていた。土にあるはずの栄養素が全部抜けきっていたため植物も植えられず、地盤が緩いため建物も建てられない。何にも出来ない広大な土地が残ってしまったのだ。ヘルレヴィ子爵位についてからずっと復興に着手してきたが、やっと植物が植えられるほどに肥えた土地に戻すことが出来た。と言ってもまだ植林段階であるため、これからどうなるかはわからないが。

ちなみに現場作業要員としては孤児院出身などの働き口の見つかりにくい人々を雇ったり、後はブローム商会アムレアン王国の奴隷商会が新たに始めた人材派遣事業から人員を派遣して貰ったりしている。前者は主にロヴィーサ嬢盲目シスターからの斡旋だ。ロヴィーサ嬢は成人したことで正式にシスターとして働くことになり、パルヴィアイネン公爵家実家とは縁を切ったそうだ。母親とは今も連絡を取り合っているようだが、どうしても父親や兄弟への不信感が拭えなかったらしい。家族として分かり合えなかったのは悲しいけど、シスターとして伸び伸びと奉仕活動をするロヴィーサ嬢を見てると、それで良かったとも思う。

「……成程、植物に水をやる魔法陣道具が今の台数だと足りないのか。ランティア商会の方で用意するよう指示しとくね」

「わかった。現場にはそのように伝えておく」

「うん。よろしくね」

俺がニコッと笑うと、ヴァイナモもつられて目を細めた。領主補佐として色んな所に遣いに出して申し訳ないなと思う反面、俺に指示されて嬉しそうにしているヴァイナモを見ると形容し難い満足感を覚える。ヴァイナモは俺のものだ、なんてチープなことを思ってしまうぐらいには、ヴァイナモが俺に向ける視線は優しくて、甘い。その目を向けられる俺は特別で、幸福者だ。

そんな実感ににやけそうになる頬を何とか引き締めて、俺はヴァイナモに手紙を二通差し出した。

「そうだ。手が空いたらで良いんだけど、これらの手紙を出してきてくれないかな?」

「わかった。……っと、カレルヴォ義兄さんへの手紙とヴァルヴィオ伯爵への手紙か。義兄さんへの手紙って珍しいな」

「うん。なんかエドヴァルド兄上が俺に伯爵位与えるんだって息巻いてるらしくて。さすがにこれ以上の優遇は他の貴族との軋轢になるから、落ち着いて欲しいんだけどね」

「何だかんだ陛下は兄弟想いな方だからな。ブレーキ役の義兄さんの出番って訳か」

「そうそう。ついでにユスティーナ義姉上の懐妊祝い何が良いかも聞こうかなって。自分で決めようと思ったけど、やっぱり本人達から欲しい物を聞くのが一番かなって」

俺は帝都に住む家族のことを思い起こして、フッと笑みが溢れた。

父上前皇帝は一連の後処理を終え、母上の最期処刑を見届けた後、国を混乱させた責任をとって退位した。そして次の皇帝に選ばれたのがエドヴァルド兄上第一皇子である。まあ順当だ。俺もカレルヴォ兄上第三皇子も事実上帝位継承権を放棄していたし、アウクスティは意識不明、サラフィーナ姉上やアルットゥリ兄上第二皇子は「自分は皇帝になれる器じゃない」と公言したため、言い方はアレだが消去法でエドヴァルド兄上しか残らなかった。正確に言えば一応エヴェリーナ姉上は残っていたが、当然のように忘れられていた。でも一度話した時に思ったけど、エヴェリーナ姉上も帝位には興味なさそうだったため、わざと忘れられたままにしてたのだろう。

そんなこんなでエドヴァルド兄上は皇帝に即位し、妻は皇后一人だというのに既に4人も子供がいるという子宝に恵まれた。歴代の皇帝ならもう少し子供を残すために皇妃を迎え入れるが、そこはエドヴァルド兄上なりの信条があるようで妻も子供もこれ以上増やす予定はないらしい。現状でも第一皇子第一子第一皇女第二子がとても優秀なのは風の噂で耳にしているため、将来的な不安もないんだろうと推測する。

そしてエドヴァルド兄上が即位して落ち着いた頃、カレルヴォ兄上はめでたくユスティーナ義姉上破壊神淑女と結婚した。長らく不妊に悩まされていたが、この度念願の第一子を妊娠したとのことで、夫婦揃って浮かれまくっているらしい。「ユスティーナは俺が守る!」と今から産休を取ろうとするカレルヴォ兄上を「将軍がそんな長く休まれたら困ります!」と部下が必死に引き止めたと耳にした。それでも勤務時間を大幅に減らして、母子と一緒にいられる時間をとれるように配慮はしてもらってるらしいが。

「……ブレーキと言えば、産後ハイになってたイキシアをマティルダ夫人は無事制御出来たのかな……」

「……ライラ曰く同僚総出で宥め透かして何とか落ち着かせたらしい」

「……まあ、何とも無かったのなら良かったけど……」

俺はマティルダ夫人家具職人夫人に妊娠祝いを渡しに行った時のことを思い出し、遠い目をした。

イキシア盲目奴隷騎士はアウクスティの一件での貢献を認められ、奴隷から解放されて平民になることを許された。アムレアン王国イキシアの故郷には犯罪奴隷を解放する法が無いため異例中の異例ではあるが、それほどまでに第四皇子第六皇子アウクスティの命を救った功績はデカかったのいう訳だ。実際、イキシアがいなかったら作戦が失敗していたかもしれないため、妥当な扱いではあると思う。

そして晴れて平民の身分を手に入れたイキシアはその足でマティルダ夫人に求婚し、マティルダ夫人も二つ返事で了承した。2人はその日のうちに婚約し、マティルダ夫人が成人して学園を卒業するのを待って結婚した。今は2人ともランティア商会で魔法陣家具開発部門のリーダーとして働いている。家具担当のマティルダ夫人に魔法陣担当のイキシアと、良いコンビネーションを見せてくれており、俺としてもとても助かっていた。

ここ数ヶ月はマティルダ夫人が産休をとっており、この間無事に第二子を出産した。それはとてもめでたいことなのだが、我が子の可愛さにイキシアが暴走してしまっており、マティルダ夫人を含め周囲は頭を抱えていた。「誰一人として妻子に近づけさせねぇ!」と誰彼構わず周囲を威嚇しまくっており、出産祝いに来た友人や部下を困らせているのだ。これは第一子の時も同様だったため、俺達はこの暴走を「産後ハイ」と呼んでいる。2回目にもなると流石に周りもイキシアの扱いを心得たようで、迅速に対応してくれたようだ。良かった。

俺が呆れながらも安堵していると、ヴァイナモは言いにくそうに口を開いた。

「……それが、暴れ回った日が丁度ベイエル王国から魔法陣研究者が来てた日らしく、危うく彼らに怪我を負わせる所だったらしい」

「……何やってんのイキシア……テルとウェルにお詫びの手紙を書かないと」

「丁度ベイエル国王もお忍びで来てたらしく、イキシアの奇行を見て豪快に笑っていらしたらしいから、まあ問題はないんじゃないかとは思うが」

「いやそもそも一国の王がホイホイ国境を越えて来ないでよ……アルットゥリ兄上もウェルの手綱しっかり握ってて……」

「まあお2人の仲が良いとは言え、アルットゥリ殿下は帝国大使の立場だからな。手網を握ってはさすがに王国側が黙っていない」

「はは……冗談だよ……」

俺は死んだ魚のような目をして、乾いた笑いを零すしかなかった。

ウェルことシーウェルト元第二王子とアルットゥリ兄上の説得の甲斐もあり、ベイエル王国と帝国は無事魔法陣研究の共同関係を結ぶことが出来た。今は定期的に双方の研究者が使節団を組み、帝国と王国を行き来するようになっている。大体ベイエル王国の研究者が来る時はテルことテオドール魔法陣同志が使節団長を務めているため、テルは今でも魔法陣を熱く語り合える親友だ。

そしてこの共同関係締結に貢献したウェルは国内で支持を集め、国王が病気で退位する際には当時の王太子第一王子を断罪し、廃嫡処分にして自らが国王となった。国王として類稀なる才能を遺憾無く発揮しているらしいが、お忍びで魔法陣研究使節団に紛れて帝国に遊びに来るぐらいには自由奔放で困った国王でもある。まあ周りの人々が優秀であるからこそ出来る所業であるため、ベイエル王国の未来は明るいと前向きに捉えるべきなのかもしれないが。

アルットゥリ兄上は王国へ赴いた際に王国に興味を持ち、帰国後に王国に住みたいと言い出した。皇族が他国に移住するなど前代未聞であるため父上前皇帝は頭を抱えたが、あまりにアルットゥリ兄上が真剣だったこともあり、帝国大使として王国に派遣することで手を打った。アルットゥリ兄上とウェルは「国王と他国の大使って立場関係忘れてない?」ってツッコミたくなるほど親密だが、それが帝国と王国の友好関係の象徴にもなっているため誰も何も言わない。エドヴァルド兄上なんかは「良いぞもっとやれ」的なスタンスで放任してる。どこでそんな仲良くなったんだって疑問だが、アルットゥリ兄上の屈託のない笑顔を見たら全てどうでも良い気持ちなる。皇帝になるべく争った仲ではあるが、結局は俺もアルットゥリ兄上も、皇帝になれるような器じゃなかったのだろう。今の環境を見ると、しみじみそう思う。

「……報告するべきことも全部報告したし、俺はこれから手紙を出してくる。その足で他の用事も済ませるから、夕食頃にまた迎えに来るな」

「うん。わかった。お願いね」

ヴァイナモは俺の頬にキスを落とすと、颯爽と書斎を後にした。サラッとこんなキザなことをするヴァイナモに、俺は恥ずかしいやら嬉しいやら。俺はキスされた頬に触れながら、ニヤけるのを必死に堪えていた。

するとほぼ入れ違いにまたドアがノックされた。いつものだろうと気づいた俺は気を引き締め直し、入室の許可を出した。扉の前の人物は恭しく中に入ってくる。

「……お疲れ様、アウクスティ。植物学研究は順調に進んでる?」

「……はい、エルネスティ様。お陰様で」

「そんな堅苦しくしないでよ。昔みたいに兄上って呼んで良いっていつも言ってるのに」

「……いえ、平民の私には恐れ多いことです」

入ってきたのは平民服を土で汚し、荒れた手を弄りながら目を伏せるアウクスティ同母弟であった。

アウクスティには過失が無いとは言え、帝国を危険に晒したことは看過出来ず、帝位継承権の剥奪と皇族家からの追放が言い渡された。今は家名も何も持たないただの「アウクスティ」であり、立場的には家に属さない孤児と同等である。結婚して家庭を持てば他の平民のように苗字を持つことは出来るが、アウクスティ自身は結婚する気はないらしい。

俺としては皇族家を追放されて戸籍上は他人となったとしても血の繋がった家族だし、アウクスティには幸せになって欲しい。だからアウクスティをうちで雇って植物学の研究をしてもらい、その技術を魔窟復興に役立ててもらっている。アウクスティが学びたがっていた植物学を通して、夢を実現して欲しいと思っているのだ。

でもアウクスティは俺に遠慮してか、自分が幸せになることを良しとしない。生きていくために雇われてはいるが、ボーナスは辞退されるし、他に興味があることがあれば自由に研究して良いし資金は出すと言っているが、復興事業に関する研究しかしてくれない。兄と呼んでくれと言っても頑なに呼んでくれないし、俺に向かって笑ってくれない。植物の前では幸せそうな笑みを浮かべているのは見かけたことがあるから、俺の前では意識して笑わないようにしているのだろう。

アウクスティの魔力を封印するのと引き換えに俺の右手は犠牲になったため、アウクスティが俺に負い目を感じてしまうのも無理はない。俺としては魔法さえあれば不自由なく生活出来るから別に気にしなくて良いって思っているが、やはりアウクスティは気にしてしまうらしい。アウクスティ自身には胸元から左肩にかけて封印魔法陣の刻印が残ったものの、身体的な不自由さが全くないことも影響しているのだろう。自分は五体満足なのに、自分を助けてくれたは右手が使い物にならなくなった。アウクスティの罪悪感は計り知れない。

でも、だからこそ俺は関係回復は諦めたりなんてしない。

「……アウクスティ、植物学研究は楽しい?」

「……っ!……はい、とても」

俺の問いかけにアウクスティは控えめに笑った。遠慮がちだが心から笑っていると伝わってくるその穏やかな表情に、俺も思わず笑みが零れる。

いつかアウクスティが自分自身を許して俺を兄と呼んでくれる日が来るまで。

俺は兄としてアウクスティを大切にするだけだ。

「……じゃあ、聞かせてくれる?アウクスティが好きな物を」

俺の言い回しに少し戸惑いながらも、アウクスティはいつもの様に研究状況を報告してくれる。その楽しそうな表情に、俺も幸せな気持ちになる。やはり弟には笑っていて欲しいし、幸せでいて欲しいものだ。

大きな国の小さな領地の片隅で。

俺は小さな幸せをひとつひとつ丁寧に集めながら、穏やかな毎日を生きるのであった。
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