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乗り越えるべき壁

ダーヴィドの身の上

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その会議の翌朝、俺たちは早速ヴァルヴィオ子爵領から出発して、拠点となるヘルレヴィ旧男爵邸へ向かった。元々隣合っている領地であるため、そこに着くのには一日もかからなかった。もちろんこれまで同様、多少無理をしたからではあるが。

そして俺たちは着くや否や、作戦に向けての準備に取り掛かっていた。

「ダーヴィド殿、言われた通り、魔窟付近の土地の地形や高低差のより詳細な情報を計測してきたぞ。まあ魔窟付近と言いつつ、ほとんど魔窟には近づくことは出来なかったが」

「ええ、それで構いません。ありがとうございます」

俺が封印魔法陣の最終点検をしていると、視界の端でダーヴィドが帝国軍兵から大きめの紙を数枚受け取っているのが見えた。紙は恐らく帝国軍兵たちが大急ぎで作成した、地形図やらなんやらの資料であろう。帝国軍兵は戦争を目的として組織されているから、戦場の地形の把握と周知のために、地形図の書き方などを叩き込まれるのだ。ダーヴィドは今、作戦の二次被害を出来るだけ無くせるよう、効率がよく安全性の高い防御魔法陣の配置を考えているのだ。

「……ふむ。やっぱり現地に行ってみないと、実際の様子とかはわからないものだね。クスター、出番だよ。今から書き表していく計算式を、片っ端から計算していって」

「わかった」

ダーヴィドは帝国軍兵から受け取った資料とにらめっこしながら、白紙の紙にすらすらと何かを書いていく。視線は資料に集中しており書く手元は一切見ていない様子だった。ダーヴィドの隣にいるクスター甲冑電卓男はその書かれた内容を見ながら、次々と何かを書き足していく。それを見たダーヴィドが、資料に何か書き足す。そんな作業を繰り返していた。

……なんという流れ作業。職人技みたいだな。一体どんなことをしてるんだ?

俺は2人の作業内容が気になり、自分の作業の手を止めて2人の元へ向かうことにした。

「……うわぁ、えげつない計算式ばかりですね……」

「あっ、殿下!お疲れ様です!」

「……皇子殿下様、お疲れ様です」

俺が2人が色々と書き連ねている紙を覗き込んで思わず声を漏らすと、2人は手を止めて挨拶してくれた。ダーヴィドはいつもと変わらない笑顔だが、クスターは未だに俺の顔を見るとビクッと肩を揺らして縮こまってしまう。う~ん。もう宿屋の一件のことは気にしてないんだけどなあ。

「ああ、作業の手を止めてしまってすみません。あまりに綺麗な流れ作業をしていたので、つい気になって。……それにしても、このひたすら桁数の多い計算式で何がわかるのですか?」

「防御魔法陣や結界魔法陣の数には限りがありますから、より少ない数で魔窟を綺麗に囲み込められるように、魔法陣間の距離を計算しています」

「……へえ。ダーヴィドはこういう計算をするってわかっていたから、クスターを連れて来たいって言ってきたのですね」

「はい。私が計算機を使って計算するのでも良かったのですが、何分数が多いですし、クスターが暗算する方が速くて正確ですから」

ダーヴィドがニコッとクスターに笑いかけると、褒められて満更でもないのか、クスターは控えめにニヤッとした。ライラクスターの保護者が言うには、クスターは人見知りが激しいらしい。今までダーヴィドとはあまり関わる機会もなかっただろうから、人見知りが発動しているのだろう。

そう、以前ダーヴィドが俺に話を持ってきた今回の作戦に連れて来たい人物とは、クスターのことだった。俺はクスターの名前を聞いた時、その意図がわからなくて首を傾げた。ダーヴィドは「現地で膨大な数の計算をする必要があるから、計算の得意な人材が欲しい」と説明したが、そもそも何故計算をする必要があるのか理解出来なかった。まあ最終判断をするのは父上皇帝であったから、その旨を書面にして父上に報告すると、割とあっさり認められた。あんなにアルットゥリ兄上第二皇子に対して「必要以上の人材を現地に派遣できるかボケェ!(意訳)」って言ってたのにね。ちょっと拍子抜けした。まあクスターは成人男性でガタイも良いし、いざと言う時に自分の身は自分で守れるだろうけど。

「……ならこの計算が終われば、早速現地に向かって魔法陣を配置していくのですね?」

「ああ、いえ!まだ魔法陣一つに対して必要な魔力量から必要となる総魔力量を計算して、必要な派遣人数を出したり、いつ頃魔法陣の交換を行うべきか割り出したりもしますよ」

「ええ……?そこまでしなくても、帝国軍兵はかなりの人数いますので、人手に困ることはありませんし、そこまでやりくりしなければいけないほど魔法陣の数も少なくないですよ?」

「備えあれば憂いなし、と学者根性が融合した結果ですよ!」

ダーヴィドは良い笑顔でそう言った。ダーヴィドって恋バナ大好き人間って印象が強いけど、やっぱり帝国学院まで進学して研究してただけあって、ちょっと研究者気質な所があるみたい。魔法学とか魔力学の知識も豊富だし。……ここまで来ると、なんでダーヴィドは研究者にならずに騎士になったのか、不思議だな。

俺はふと感じた疑問を、何の気なしにダーヴィドに聞いてみることにした。

「……ダーヴィドって帝国学院にまで進学したのに、何故そのまま研究者にならずに、全く関係のない分野である騎士の道を選んだのですか?」

「……あ~、えっと……。一時期、私も学者の道を進もうと考えていたのですが、そのことを聞くと婚約者が『学者なんて金食い虫で恥ずかしいから辞めて』と言い出しまして……。それで婚約者が、給料の良い騎士になりなさいって、勝手に入団募集に応募してしまって、手を抜いたはずなのに何故か入団試験にも合格してしまって、そのまま……」

「……えっ?ダーヴィド、婚約者がいるのですか?初耳です」

俺はぱちくりと目を見開いた。ダーヴィドから婚約者の話を聞いた事などなかったから、てっきりフリーかと思ってたのだ。俺の驚いた反応に、ダーヴィドは気まずそうに頬をかいた。

「……まあ、一応……。政略結婚ですし、向こうは年老いて自分の相手をしてくれる男が寄って来なくなったから、その代わりに、って感じですし……。未だに婚約者止まりなのも、残ってる数少ない言い寄ってくる男性との関係を正当化するためだったりしますし……」

ダーヴィドは苦笑いして言いにくそうにそう話した。何かダーヴィドも色々複雑な立ち位置にいるんだな……。もしかしてこれ、あまり聞かれたくなかった話なんじゃ……?

「……すみません。そんなデリケートな話をさせてしまって」

「あっ!別に良いですよ!今では私も、騎士になって良かったと思ってますし!何せ騎士団では日々色んな色恋沙汰が起きてますから!それを間近で見られるなんて、最高じゃないですか!」

俺が申し訳なくしていると、ダーヴィドは明るい様子でフォローしてくれた。その言葉は本心で言っているように感じた。いつものダーヴィドの様子から、騎士として生きることを十分に楽しんでいることは明らかであるからだ。だから騎士になったことを後悔している訳ではないのは、確かだろう。

でも少しその表情に影が見え、俺はちくりと胸を痛める。恐らく婚約者の存在が、ダーヴィドに影を落としているのだろう。何とかしてあげたいけど、赤の他人が口出しして良い話でもない。そもそも皇族が一個人の婚約に口出しするのは、社交界のパワーバランス的にも良くない。この話を俺が聞いても、俺がダーヴィドにしてあげられることは、何もないのだ。

そう思うと、どうしようもないやるせなさが、俺の胸に重くのしかかるのであった。
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