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乗り越えるべき壁
帝国と王国が平和的関係を結ぶには ※No Side※
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「第二王子とは言え、ただの留学生が過激な反帝国派を抑えられるのか?」
会議室がザワつく中、皇帝は悪役のような、それでいて好奇心旺盛な少年のような笑みでシーウェルトに問いかける。シーウェルトは見るからに猫被りな笑みを浮かべて答えた。
「ええ。出来ますとも。父上……ベイエル国王陛下が決定した内容を覆せる人などいないのですから」
「ふむ。ならおぬしの父親を説得出来るほどの材料を持っているのだな?」
「ええ。国王陛下は私情に惑わされず王国の利になる選択が出来るお方ですから」
「……ほう。おぬしがベイエル国王をそのように評価しているとはな」
皇帝は面白いものを見たと上機嫌で言う。皇帝は風の知らせでシーウェルトの心変わりを知っていたが、にわかに信じ難かったのだ。しかし今までなら見下していたベイエル国王を本心から褒めたことで、その話に信憑性が出てきたのだ。
「お恥ずかしい話、私は未熟で、国王陛下の優れた治世を理解出来ずにいたのです。国内のバランスをしっかりととって、穏やかな国政をする。それがどれだけ難しいことなのか、やっと理解出来たのです」
シーウェルトは今までベイエル国王を腰抜けだと思っていた。愚兄を廃嫡して自身を王太子にしないこと然り、帝国470年記念式典の後処理で帝国に低姿勢をとったこと然り。良く見る夢の意識に引っ張られて革新的な考えが強かったシーウェルトにとって、現状維持は後退と同義だと思っていたのだ。
しかしそれは間違いだと気づいた。戦乱の世を終えた今の世の中では、大きな改革を行うより、ゆったりとした変化をもたらす方が国が混乱せずに済むのだ。今代の国王の治世は一見現状維持のように見えるが、敵対国との緊張緩和したりなど、穏やかな国作りに尽力している。それは恐らく、シーウェルトには出来ないことだ。憑き物が落ちて気性が多少落ち着いた今のシーウェルトなら、正直に尊敬の意を抱けるのである。
閑話休題。
「……まあおぬしの心境の変化は兎も角、おぬしはどのようにベイエル国王を説得するつもりなのだ?」
「方法は何通りか考えておりますが、一番有力な方法はハーララ皇帝の許可が必要です。是非検討していただけないでしょうか」
「ふむ。まあ内容によるな。して、それはどのようなものだ?」
「はい。帝国と我が王国で魔法陣学の共同研究を結ぶ、というものです」
シーウェルトの言葉が予想外だったようで、皇帝は豆鉄砲で打たれたような表情を見せた。会議の参加者もヒソヒソと会話を始める。
「……魔法陣学、か」
「はい。我が王国では近年、魔法に長けている者が減少しており、魔法陣の需要が高まっています。今や魔法陣学の発展が我が王国の発展に直結していると言っても過言ではありません。その魔法陣学の分野で帝国と強く結び付くことが出来たなら、我が王国も帝国を攻め入ろうとは思わないでしょう」
「……ふむ。つまりおぬしは王国の生命線とも言える魔法陣学において、帝国に大きな借りを作ることで帝国相手に強く出られないようにしよう、と考えているのか」
「父上、シーウェルト王子が折角言葉を柔らかくしていたのに、身も蓋もない言い方してあげないでください」
エルネスティが苦笑いすると、皇帝はくつくつと笑い、シーウェルトは穏やかな笑みの裏側に青筋を立てた。どうやら皇帝はシーウェルトの神経を逆撫でして愉悦に浸っているようだ。枢長とエルネスティは内心「困ったお人だ」と考えをハモらせるのであった。
シーウェルトは咳払いをしてから話を続けた。
「これは帝国側が断っても何の損害はありませんが、同意することは必ずや帝国の利になるでしょう。帝国ではエルネスティ皇子が主導となって二重魔法陣や日常生活に役立つ魔法陣研究が進んでいますし、膨大な人員と資金が投入出来ます。しかし帝国の歴史は浅く、帝国建国以前の魔法陣研究資料は尽く焼き払われて消失してしまっているため、一から研究を始めなければならないことが多々あるでしょう。その点王国は歴史も長いため魔法陣学の資料が沢山あります。王国に足りないのは人手と資金。つまり、王国の豊富な知識と帝国の頑丈な研究基盤があれば、もっと魔法陣学は発展し、人々の生活が良くなると思うのです」
「……ふっ。帝国の混乱に乗じて、一見王国の首を差し出すように見せかけて、王国の国力を高める提案をしてくるとは、随分と狡猾だな」
「……王族として、我が王国のことを第一に考えなければならない身でありますので。それに首を差し出していることには変わりないので、それくらいの策略は許して欲しいものですね」
「ふっ。違いない」
皇帝は軽口を叩きながらも真剣な眼差しでシーウェルトの話を聞き、暫く考え込んだ。そしてその後エルネスティの方を向き、話しかけた。
「……ふむ。エルネスティ、お前はどう思う」
「私としてはどちらでも。国レベルで共同研究しなくても、学園で知り合った留学生と個人的なやり取りはする予定なので、知識は仕入れられるかと。まあその彼が魔法陣学を離れてしまったら困りますが」
「その者の名は?」
「テオドール・リュド・レーメルです」
「ああ、その者ならほぼ確実に魔法陣学の道から外れることはないだろうな」
皇帝が即座にそう言ったので、エルネスティとシーウェルトと目を見開く。何故大国の皇帝が隣国の留学生の名前とその人柄を知っているのか。不自然でしかない。
だがエルネスティは直ぐに「まあ父上だからな」と答えになっていない答えを導き出して一人納得した。目の前の皇帝が予測不可能であることは、自らの体験から明らかである。考えるだけ無駄だということだ。
一方皇帝は先程のエルネスティの発言を思い返し、感慨にふけっていた。エルネスティは平然とした態度で「どちらでも良い」と言ってのけたが、皇帝だけが感じ取れる微かな態度の変化によって、本心では王国と共同研究体制を築きたいのだろうと言うことを感じ取っていた。魔法陣研究狂いのエルネスティが、帝国の体裁のために本音をぐっと堪えてくれた。皇帝はエルネスティが魔法陣研究より帝国を……いや、皇帝を優先してくれていることを嬉しく思った。普段は手のかかる息子だが、そんな一面が、愛おしくて仕方ない。
ならそんな愛おしい息子のためにも、息子の最大限の譲歩を存分に活かしてやろうではないか。
未だシーウェルトは困惑したままだが、皇帝は話を進めた。
「つまり我が帝国としては共同研究が無くても支障がないが、王国としては喉から手が出るほど欲しい繋がり、ということか……ふむ。しかしだな、普段であればベイエル王国側からそういった打診があったとしても、我は応じない。『ベイエル王国が攻め入って来るのを恐れてその提案を呑んだ』と誤解され、侮られては困るからな。その点に関してはどう考える?」
「そのためにこの場をお借りして私からハーララ皇帝にご提案しております。余程の不都合がない限り、私はそちら側に話を合わせるつもりです。例えば、皇帝は『王国の戦力など恐るるに足らず』と私の提案を突っぱねたが、信頼する臣下から共同研究の利点と、王国との関係の平和的解決を訴えられたため、それも一理あると判断し合意した、などと言っていただいても構いません」
「それでしたら、私が共同研究の利点を訴えたことにしていただいて構いません。この場では、私が一番魔法陣学に精通していますから」
「なら平和的解決は私が直訴したことにしましょう。皇帝陛下により良い選択を促すことも、枢密省の役目でございます」
エルネスティはシーウェルトの言葉を受けて、迷わずそう提案した。彼は彼なりに皇帝という立場の難しさを理解しているのだ。そしてそれに続いて、ずっと皇帝の傍で気配を消して話を聞いていた枢長も、エルネスティに便乗する。彼の言う通り、枢密省は皇帝のご意見番であるが、決して皇帝を全肯定するための存在ではない。皇帝による治世をより良いものにするため、時には苦言を呈する。枢密省、特に枢長にはいついかなる時にも皇帝に直訴出来るという特権があるのだ。
皇帝は彼らの言葉を受けて少しの間考え込み、やがてひとつの決断を下した。
「……うむ。それで両国間の諍いがなくなり、帝国の弱みにもならぬのであれば、良いだろう。その提案を呑み、研究協定を結ぶ代わりに不可侵条約を結ぶことベイエル王国側から打診されたら、それに応じることにしよう」
「ありがとうございます。必ずや平和的解決が出来るよう、尽力します」
「まあ王国に和平の気がなかったり、国力をつけて帝国を裏切るつもりであるなら、こちらとしても全力で潰すだけだ」
皇帝のその言葉にシーウェルトは息を飲んだ。世間話をするようなノリに反する凍てつくかの如き威圧感に、思わず圧倒されてしまったのだ。これが大国を率いる皇帝というものか。確かに父上も低姿勢になるはずだ、とシーウェルトは同情の念を抱いた。シーウェルトは自分自身が指導者に相応しい資質を持っていると自負していた。しかし目の前の皇帝には敵わない、己などひよっこ同然だ、と認めざるを得ないほどのオーラが皇帝にはあった。
シーウェルトは打ちのめされながらも話を続けた。
「……肝に銘じておきます。それとよろしければ、帝国側がこの案に肯定的であると信用してもらえるよう、帝国の重鎮のどなたかを同伴させていただけると有難いのですが」
「ふむ。確かにおぬしだけではただの絵空事を言っていると思われても仕方ないな。それなら、アルットゥリを長とした使節団をそちらに送ろう。我の提案を伝えるという名目でな」
「っ!?私が、ですか?」
皇帝は迷うことなくアルットゥリを指名したが、アルットゥリは予想外のことで目を丸くした。皇帝は険しい表情とは裏腹に子供を諭すような声色で理由を述べた。
「お前は帝国に引きこもっているからな。実習も兼ねて行って来い。なあに、心配するな。交渉は全てシーウェルト王子がしてくれる。お前はただ帝国側の提案である証拠として、その場にいれば良いだけの話だ」
「……ですが、それは私の役割では……」
「いいや、お前の役割だ。何せ我が指名しているのだからな」
「……わかりました」
有無を言わさない威圧にアルットゥリは負け、弱弱しく頷いた。その表情は絶望したかのような、生気のないものとなっていたが、皇帝は一瞥するだけで何も言わない。
そんな微妙な空気が流れる中、会議はまとめに入っていくのであった。
会議室がザワつく中、皇帝は悪役のような、それでいて好奇心旺盛な少年のような笑みでシーウェルトに問いかける。シーウェルトは見るからに猫被りな笑みを浮かべて答えた。
「ええ。出来ますとも。父上……ベイエル国王陛下が決定した内容を覆せる人などいないのですから」
「ふむ。ならおぬしの父親を説得出来るほどの材料を持っているのだな?」
「ええ。国王陛下は私情に惑わされず王国の利になる選択が出来るお方ですから」
「……ほう。おぬしがベイエル国王をそのように評価しているとはな」
皇帝は面白いものを見たと上機嫌で言う。皇帝は風の知らせでシーウェルトの心変わりを知っていたが、にわかに信じ難かったのだ。しかし今までなら見下していたベイエル国王を本心から褒めたことで、その話に信憑性が出てきたのだ。
「お恥ずかしい話、私は未熟で、国王陛下の優れた治世を理解出来ずにいたのです。国内のバランスをしっかりととって、穏やかな国政をする。それがどれだけ難しいことなのか、やっと理解出来たのです」
シーウェルトは今までベイエル国王を腰抜けだと思っていた。愚兄を廃嫡して自身を王太子にしないこと然り、帝国470年記念式典の後処理で帝国に低姿勢をとったこと然り。良く見る夢の意識に引っ張られて革新的な考えが強かったシーウェルトにとって、現状維持は後退と同義だと思っていたのだ。
しかしそれは間違いだと気づいた。戦乱の世を終えた今の世の中では、大きな改革を行うより、ゆったりとした変化をもたらす方が国が混乱せずに済むのだ。今代の国王の治世は一見現状維持のように見えるが、敵対国との緊張緩和したりなど、穏やかな国作りに尽力している。それは恐らく、シーウェルトには出来ないことだ。憑き物が落ちて気性が多少落ち着いた今のシーウェルトなら、正直に尊敬の意を抱けるのである。
閑話休題。
「……まあおぬしの心境の変化は兎も角、おぬしはどのようにベイエル国王を説得するつもりなのだ?」
「方法は何通りか考えておりますが、一番有力な方法はハーララ皇帝の許可が必要です。是非検討していただけないでしょうか」
「ふむ。まあ内容によるな。して、それはどのようなものだ?」
「はい。帝国と我が王国で魔法陣学の共同研究を結ぶ、というものです」
シーウェルトの言葉が予想外だったようで、皇帝は豆鉄砲で打たれたような表情を見せた。会議の参加者もヒソヒソと会話を始める。
「……魔法陣学、か」
「はい。我が王国では近年、魔法に長けている者が減少しており、魔法陣の需要が高まっています。今や魔法陣学の発展が我が王国の発展に直結していると言っても過言ではありません。その魔法陣学の分野で帝国と強く結び付くことが出来たなら、我が王国も帝国を攻め入ろうとは思わないでしょう」
「……ふむ。つまりおぬしは王国の生命線とも言える魔法陣学において、帝国に大きな借りを作ることで帝国相手に強く出られないようにしよう、と考えているのか」
「父上、シーウェルト王子が折角言葉を柔らかくしていたのに、身も蓋もない言い方してあげないでください」
エルネスティが苦笑いすると、皇帝はくつくつと笑い、シーウェルトは穏やかな笑みの裏側に青筋を立てた。どうやら皇帝はシーウェルトの神経を逆撫でして愉悦に浸っているようだ。枢長とエルネスティは内心「困ったお人だ」と考えをハモらせるのであった。
シーウェルトは咳払いをしてから話を続けた。
「これは帝国側が断っても何の損害はありませんが、同意することは必ずや帝国の利になるでしょう。帝国ではエルネスティ皇子が主導となって二重魔法陣や日常生活に役立つ魔法陣研究が進んでいますし、膨大な人員と資金が投入出来ます。しかし帝国の歴史は浅く、帝国建国以前の魔法陣研究資料は尽く焼き払われて消失してしまっているため、一から研究を始めなければならないことが多々あるでしょう。その点王国は歴史も長いため魔法陣学の資料が沢山あります。王国に足りないのは人手と資金。つまり、王国の豊富な知識と帝国の頑丈な研究基盤があれば、もっと魔法陣学は発展し、人々の生活が良くなると思うのです」
「……ふっ。帝国の混乱に乗じて、一見王国の首を差し出すように見せかけて、王国の国力を高める提案をしてくるとは、随分と狡猾だな」
「……王族として、我が王国のことを第一に考えなければならない身でありますので。それに首を差し出していることには変わりないので、それくらいの策略は許して欲しいものですね」
「ふっ。違いない」
皇帝は軽口を叩きながらも真剣な眼差しでシーウェルトの話を聞き、暫く考え込んだ。そしてその後エルネスティの方を向き、話しかけた。
「……ふむ。エルネスティ、お前はどう思う」
「私としてはどちらでも。国レベルで共同研究しなくても、学園で知り合った留学生と個人的なやり取りはする予定なので、知識は仕入れられるかと。まあその彼が魔法陣学を離れてしまったら困りますが」
「その者の名は?」
「テオドール・リュド・レーメルです」
「ああ、その者ならほぼ確実に魔法陣学の道から外れることはないだろうな」
皇帝が即座にそう言ったので、エルネスティとシーウェルトと目を見開く。何故大国の皇帝が隣国の留学生の名前とその人柄を知っているのか。不自然でしかない。
だがエルネスティは直ぐに「まあ父上だからな」と答えになっていない答えを導き出して一人納得した。目の前の皇帝が予測不可能であることは、自らの体験から明らかである。考えるだけ無駄だということだ。
一方皇帝は先程のエルネスティの発言を思い返し、感慨にふけっていた。エルネスティは平然とした態度で「どちらでも良い」と言ってのけたが、皇帝だけが感じ取れる微かな態度の変化によって、本心では王国と共同研究体制を築きたいのだろうと言うことを感じ取っていた。魔法陣研究狂いのエルネスティが、帝国の体裁のために本音をぐっと堪えてくれた。皇帝はエルネスティが魔法陣研究より帝国を……いや、皇帝を優先してくれていることを嬉しく思った。普段は手のかかる息子だが、そんな一面が、愛おしくて仕方ない。
ならそんな愛おしい息子のためにも、息子の最大限の譲歩を存分に活かしてやろうではないか。
未だシーウェルトは困惑したままだが、皇帝は話を進めた。
「つまり我が帝国としては共同研究が無くても支障がないが、王国としては喉から手が出るほど欲しい繋がり、ということか……ふむ。しかしだな、普段であればベイエル王国側からそういった打診があったとしても、我は応じない。『ベイエル王国が攻め入って来るのを恐れてその提案を呑んだ』と誤解され、侮られては困るからな。その点に関してはどう考える?」
「そのためにこの場をお借りして私からハーララ皇帝にご提案しております。余程の不都合がない限り、私はそちら側に話を合わせるつもりです。例えば、皇帝は『王国の戦力など恐るるに足らず』と私の提案を突っぱねたが、信頼する臣下から共同研究の利点と、王国との関係の平和的解決を訴えられたため、それも一理あると判断し合意した、などと言っていただいても構いません」
「それでしたら、私が共同研究の利点を訴えたことにしていただいて構いません。この場では、私が一番魔法陣学に精通していますから」
「なら平和的解決は私が直訴したことにしましょう。皇帝陛下により良い選択を促すことも、枢密省の役目でございます」
エルネスティはシーウェルトの言葉を受けて、迷わずそう提案した。彼は彼なりに皇帝という立場の難しさを理解しているのだ。そしてそれに続いて、ずっと皇帝の傍で気配を消して話を聞いていた枢長も、エルネスティに便乗する。彼の言う通り、枢密省は皇帝のご意見番であるが、決して皇帝を全肯定するための存在ではない。皇帝による治世をより良いものにするため、時には苦言を呈する。枢密省、特に枢長にはいついかなる時にも皇帝に直訴出来るという特権があるのだ。
皇帝は彼らの言葉を受けて少しの間考え込み、やがてひとつの決断を下した。
「……うむ。それで両国間の諍いがなくなり、帝国の弱みにもならぬのであれば、良いだろう。その提案を呑み、研究協定を結ぶ代わりに不可侵条約を結ぶことベイエル王国側から打診されたら、それに応じることにしよう」
「ありがとうございます。必ずや平和的解決が出来るよう、尽力します」
「まあ王国に和平の気がなかったり、国力をつけて帝国を裏切るつもりであるなら、こちらとしても全力で潰すだけだ」
皇帝のその言葉にシーウェルトは息を飲んだ。世間話をするようなノリに反する凍てつくかの如き威圧感に、思わず圧倒されてしまったのだ。これが大国を率いる皇帝というものか。確かに父上も低姿勢になるはずだ、とシーウェルトは同情の念を抱いた。シーウェルトは自分自身が指導者に相応しい資質を持っていると自負していた。しかし目の前の皇帝には敵わない、己などひよっこ同然だ、と認めざるを得ないほどのオーラが皇帝にはあった。
シーウェルトは打ちのめされながらも話を続けた。
「……肝に銘じておきます。それとよろしければ、帝国側がこの案に肯定的であると信用してもらえるよう、帝国の重鎮のどなたかを同伴させていただけると有難いのですが」
「ふむ。確かにおぬしだけではただの絵空事を言っていると思われても仕方ないな。それなら、アルットゥリを長とした使節団をそちらに送ろう。我の提案を伝えるという名目でな」
「っ!?私が、ですか?」
皇帝は迷うことなくアルットゥリを指名したが、アルットゥリは予想外のことで目を丸くした。皇帝は険しい表情とは裏腹に子供を諭すような声色で理由を述べた。
「お前は帝国に引きこもっているからな。実習も兼ねて行って来い。なあに、心配するな。交渉は全てシーウェルト王子がしてくれる。お前はただ帝国側の提案である証拠として、その場にいれば良いだけの話だ」
「……ですが、それは私の役割では……」
「いいや、お前の役割だ。何せ我が指名しているのだからな」
「……わかりました」
有無を言わさない威圧にアルットゥリは負け、弱弱しく頷いた。その表情は絶望したかのような、生気のないものとなっていたが、皇帝は一瞥するだけで何も言わない。
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