上 下
170 / 219
学園生活をエンジョイする

純粋な理由 ※No Side※

しおりを挟む
ある日、学園の昼休みにて。クラスメイトのアンティアに呼び出されたマティルダは、内心ガクブルと震えながらアンティアについて行っていた。マティルダには呼び出される理由が見当もつかず、ただ只管警戒するしかない。

人気のない場所まで来たアンティアは徐に立ち止まり、マティルダの方へ振り返った。マティルダは緊張で敏感になっているため、アンティアの行動ひとつひとつに肩をビクッとさせる。

怯えた様子のマティルダにアンティアは苦笑いを浮かべた。

「安心してくれ、マティルダ嬢。私は貴女に危害を加えるつもりはない」

安心させるような優しい声色にマティルダの強ばっていた肩の力が抜けた。普段の威圧的な雰囲気がなく、「こんな表情出来るんだ」と意外に思い、ついまじまじと見てしまう。アンティアは見つめられて照れるように顎を引いた。

「……なんだ、そんなまじまじと見て」

「いえ、いつも顰めっ面なイメージがあったので、柔和な笑みを浮かべられたのが意外でして」

「……まあ確かにそれは否定出来ないな。男の前では舐められないようメンチ切っている」

「なっ、舐められる……?」

アンティアから発せられた令嬢らしからぬ言葉にマティルダは思わず反芻してしまう。別に知らない言葉ではない、寧ろ男爵令嬢であるマティルダはよく「舐められないようにしないと」と自分自身を戒める。しかしそれは心の中だけの話であり、言葉にすることや、ましてや他人に言うことなどない。それが男勝りであるとは言え公爵令嬢身分が高い方の口から発せられるとは、思ってもみなかったのだ。

ちなみにここで『メンチ切る』の方に反応しなかったのは、ただ単にマティルダがその言葉を知らなかっただけである。

アンティアは険しい表情を浮かべて頷いた。

「私の父も母も兄も、私が女であるから騎士になどなれないと言うのだ。女は弱いから、と。しかし歴代の皇帝には女性の方……つまり女帝も存在したのだ。皇帝には強い者しかなれない。我々の君主ですら女性の強さを認めていると言うのに、臣下である我々が認めないのはおかしいだろう」

淡々としながらも、「忌々しい」と吐き捨てるように話し終えたアンティアは、マティルダの反応を待つように真っ直ぐ見据えた。

マティルダはアンティアの話を聞き、この人も自分と同じような待遇を受けて来たのだな、と少し親近感を抱いた。マティルダ自身、両親から自分の趣味家具作りを否定されて育った。自らを束縛していく家族に辟易し、反発する気持ちは良くわかる。

でも何故かアンティアの発言に「違う、そうじゃない」と思ってしまう。何が違うのか、それはマティルダ自身にもわからない。でもどこか、アンティアがちぐはぐなように見えて仕方ないのだ。何がそうさせているのか、マティルダは考えを巡らす。

「……あの、それで、今日私を呼び出してここに連れて来た理由は……?」

「ああ、そうだな。話が逸れてしまっていた。何、大したことではないのだが、殿下との噂について、真相が知りたくてな」

「……ああ、そういう……」

マティルダはどこまで話すか迷った。ここで自分が家具職人をしていることを話すのはリスクが高い。別にバレることに対して抵抗がある訳ではないのだが、意図せずバレてしまうのは心臓に悪い。自分のことを小心者で平凡な人間だと思っているマティルダはメンタル的な面での心配をしているようだが、彼女のことだ。少し取り乱したりはするだろうがすぐに持ち前の豪胆さで平常心を取り戻すだろう。

そう言った面に関して彼女は自己分析が甘い。……いや、目立たず平凡であろうとするが故に自分に普通を押し付けているのかもしれない。しかし残念かな。エルネスティ最近鳴りを潜めた変人から変わり者認定されている時点で彼女は普通ではない。

そして実際、彼女は今まさに豪胆さを発揮しようとしていた。

「私と殿下は仕事仲間と言いますか、職人と依頼主と言う関係にあります。私は家具職人をしていますので」

「……家具職人、だと?」

アンティアはピクッと眉を動かした。想像以上に低い声を掛けられたが、マティルダはなんとか震えを抑え、毅然とした態度を続ける。何か気分を害することを言っただろうか、とマティルダはハラハラしたが、この不安は杞憂に終わった。

アンティアはみるみる表情を明るくさせ、グッとマティルダの手を握った。マティルダは目をぱちくりとさせる。

「素晴らしいな!家具職人とは普通、男がなる職業だとされているが、君は女性で若く、しかも爵位を持つ家の出だ!そうだな!職業選択に性別も年齢も家柄も関係ない!君の志は素晴らしく革新的だ!私も騎士を目指していてな!見習わなくては!」

嬉しそうに熱弁するアンティアに、マティルダはついて行けなかった。突然のことであることは勿論、自分とアンティアには認識の齟齬があることに気づいたからだ。そしてそれは、先程の違和感の答えでもあった。

「……すみません、アンティア様。私にはそのような崇高な志はございません。私にあるのは『家具を作りたい』と言う欲求だけです。それを褒められても、私は嬉しくありませんし、そんな風に褒められるためにしている訳でもありません。貴女も騎士になりたいのであって、男女平等を説くために目指している訳ではないはずです。それと同じですよ」

マティルダにとってそれだけは譲れないことだった。自分の仕事の動機は単純な感情であるため、そんな他所から与えられた豪勢な衣装を着せられても困るし、何より職人としてのプライドが許さない。ひたむきな向上心にそんな下世話な理由をつけられたくない。

アンティアは目を見開いて固まってしまっていた。マティルダは失礼なことを言ってしまったことに気づき、顔を青くする。

「あっ、す、すみません。生意気なことを言ってしまって……」

「……男女平等を説くためではない、か……そうだな、その通りだ」

アンティアはそう呟くと、悲しそうな表情を見せて顔を伏せてしまった。その弱々しい表情にマティルダは言葉を失う。

「……すまない。無神経なことを言ってしまったな。それと、ありがとう。危うく私も本来の動機を見失う所だった」

「あっ、いえ……本来の動機?」

顔を上げたアンティアが無理して笑っているように見えて、マティルダは上手く言葉が出なかった。アンティアはそのことを気にせず、マティルダの問いかけに答える。

「私に剣術とその楽しさを教えてくれた伯父のような、立派な騎士になりたい。そう思っていたはずなのに、家族に反対されて意固地になっていたようだ」

「ああ、なるほど……」

「だから、ありがとう。……その、厚かましいことだとは承知だが、もし良かったら偶に私の話に付き合ってもらえないだろうか?また私が道を誤りかけたら、君が引き止めて欲しい」

そんな大層なことはしてないし、出来ないって!

マティルダはそう叫びそうになったがグッと堪える。アンティアは真剣なのだ。無碍にするべきではない、と思ったからだ。

それに、アンティアのこの寂しそうな表情を見て、断れる訳がない。マティルダは観念した。

「……わかりました。よろしくお願いします、アンティア様」

それを聞いて満面の笑みを浮かべたアンティアを見て、マティルダはこの判断は正解だったな、と胸を撫で下ろすのであった。




* * * * * * * * *




2022/03/31
タイトルに「※No Side※」を付け加えました。
しおりを挟む
感想 179

あなたにおすすめの小説

【第2部開始】悪役令息ですが、家族のため精一杯生きているので邪魔しないでください~僕の執事は僕にだけイケすぎたオジイです~

ちくわぱん
BL
【第2部開始 更新は少々ゆっくりです】ハルトライアは前世を思い出した。自分が物語の当て馬兼悪役で、王子と婚約するがのちに魔王になって結局王子と物語の主役に殺される未来を。死にたくないから婚約を回避しようと王子から逃げようとするが、なぜか好かれてしまう。とにかく悪役にならぬように魔法も武術も頑張って、自分のそばにいてくれる執事とメイドを守るんだ!と奮闘する日々。そんな毎日の中、困難は色々振ってくる。やはり当て馬として死ぬしかないのかと苦しみながらも少しずつ味方を増やし成長していくハルトライア。そして執事のカシルもまた、ハルトライアを守ろうと陰ながら行動する。そんな二人の努力と愛の記録。両片思い。じれじれ展開ですが、ハピエン。

優しい庭師の見る夢は

エウラ
BL
植物好きの青年が不治の病を得て若くして亡くなり、気付けば異世界に転生していた。 かつて管理者が住んでいた森の奥の小さなロッジで15歳くらいの体で目覚めた樹希(いつき)は、前世の知識と森の精霊達の協力で森の木々や花の世話をしながら一人暮らしを満喫していくのだが・・・。 ※主人公総受けではありません。 精霊達は単なる家族・友人・保護者的な位置づけです。お互いがそういう認識です。 基本的にほのぼのした話になると思います。 息抜きです。不定期更新。 ※タグには入れてませんが、女性もいます。 魔法や魔法薬で同性同士でも子供が出来るというふんわり設定。 ※10万字いっても終わらないので、一応、長編に切り替えます。 お付き合い下さいませ。

結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、転生特典(執事)と旅に出たい

オオトリ
BL
とある教会で、今日一組の若い男女が結婚式を挙げようとしていた。 今、まさに新郎新婦が手を取り合おうとしたその時――― 「ちょっと待ったー!」 乱入者の声が響き渡った。 これは、とある事情で異世界転生した主人公が、結婚式当日に「ちょっと待った」されたので、 白米を求めて 俺TUEEEEせずに、執事TUEEEEな旅に出たい そんなお話 ※主人公は当初女性と婚約しています(タイトルの通り) ※主人公ではない部分で、男女の恋愛がお話に絡んでくることがあります ※BLは読むことも初心者の作者の初作品なので、タグ付けなど必要があれば教えてください ※完結しておりますが、今後番外編及び小話、続編をいずれ追加して参りたいと思っています ※小説家になろうさんでも同時公開中

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

マリオネットが、糸を断つ時。

せんぷう
BL
 異世界に転生したが、かなり不遇な第二の人生待ったなし。  オレの前世は地球は日本国、先進国の裕福な場所に産まれたおかげで何不自由なく育った。確かその終わりは何かの事故だった気がするが、よく覚えていない。若くして死んだはずが……気付けばそこはビックリ、異世界だった。  第二生は前世とは正反対。魔法というとんでもない歴史によって構築され、貧富の差がアホみたいに激しい世界。オレを産んだせいで母は体調を崩して亡くなったらしくその後は孤児院にいたが、あまりに酷い暮らしに嫌気がさして逃亡。スラムで前世では絶対やらなかったような悪さもしながら、なんとか生きていた。  そんな暮らしの終わりは、とある富裕層らしき連中の騒ぎに関わってしまったこと。不敬罪でとっ捕まらないために背を向けて逃げ出したオレに、彼はこう叫んだ。 『待て、そこの下民っ!! そうだ、そこの少し小綺麗な黒い容姿の、お前だお前!』  金髪縦ロールにド派手な紫色の服。装飾品をジャラジャラと身に付け、靴なんて全然汚れてないし擦り減ってもいない。まさにお貴族様……そう、貴族やら王族がこの世界にも存在した。 『貴様のような虫ケラ、本来なら僕に背を向けるなどと斬首ものだ。しかし、僕は寛大だ!!  許す。喜べ、貴様を今日から王族である僕の傍に置いてやろう!』  そいつはバカだった。しかし、なんと王族でもあった。  王族という権力を振り翳し、盾にするヤバい奴。嫌味ったらしい口調に人をすぐにバカにする。気に入らない奴は全員斬首。 『ぼ、僕に向かってなんたる失礼な態度っ……!! 今すぐ首をっ』 『殿下ったら大変です、向こうで殿下のお好きな竜種が飛んでいた気がします。すぐに外に出て見に行きませんとー』 『なにっ!? 本当か、タタラ! こうしては居られぬ、すぐに連れて行け!』  しかし、オレは彼に拾われた。  どんなに嫌な奴でも、どんなに周りに嫌われていっても、彼はどうしようもない恩人だった。だからせめて多少の恩を返してから逃げ出そうと思っていたのに、事態はどんどん最悪な展開を迎えて行く。  気に入らなければ即断罪。意中の騎士に全く好かれずよく暴走するバカ王子。果ては王都にまで及ぶ危険。命の危機など日常的に!  しかし、一緒にいればいるほど惹かれてしまう気持ちは……ただの忠誠心なのか?  スラム出身、第十一王子の守護魔導師。  これは運命によってもたらされた出会い。唯一の魔法を駆使しながら、タタラは今日も今日とてワガママ王子の手綱を引きながら平凡な生活に焦がれている。 ※BL作品 恋愛要素は前半皆無。戦闘描写等多数。健全すぎる、健全すぎて怪しいけどこれはBLです。 .

買われた悪役令息は攻略対象に異常なくらい愛でられてます

瑳来
BL
元は純日本人の俺は不慮な事故にあい死んでしまった。そんな俺の第2の人生は死ぬ前に姉がやっていた乙女ゲームの悪役令息だった。悪役令息の役割を全うしていた俺はついに天罰がくらい捕らえられて人身売買のオークションに出品されていた。 そこで俺を落札したのは俺を破滅へと追い込んだ王家の第1王子でありゲームの攻略対象だった。 そんな落ちぶれた俺と俺を買った何考えてるかわかんない王子との生活がはじまった。

攻略対象者やメインキャラクター達がモブの僕に構うせいでゲーム主人公(ユーザー)達から目の敵にされています。

BL
───…ログインしました。 無機質な音声と共に目を開けると、未知なる世界… 否、何度も見たことがある乙女ゲームの世界にいた。 そもそも何故こうなったのか…。経緯は人工頭脳とそのテクノロジー技術を使った仮想現実アトラクション体感型MMORPGのV Rゲームを開発し、ユーザーに提供していたのだけど、ある日バグが起きる───。それも、ウィルスに侵されバグが起きた人工頭脳により、ゲームのユーザーが現実世界に戻れなくなった。否、人質となってしまい、会社の命運と彼らの解放を掛けてゲームを作りストーリーと設定、筋書きを熟知している僕が中からバグを見つけ対応することになったけど… ゲームさながら主人公を楽しんでもらってるユーザーたちに変に見つかって騒がれるのも面倒だからと、ゲーム案内人を使って、モブの配役に着いたはずが・・・ 『これはなかなか… 面白い方ですね。正直、悪魔が勇者とか神子とか聖女とかを狙うだなんてベタすぎてつまらないと思っていましたが、案外、貴方のほうが楽しめそうですね』 「は…!?いや、待って待って!!僕、モブだからッッそれ、主人公とかヒロインの役目!!」 本来、主人公や聖女、ヒロインを襲撃するはずの上級悪魔が… なぜに、モブの僕に構う!?そこは絡まないでくださいっっ!! 『……また、お一人なんですか?』 なぜ、人間族を毛嫌いしているエルフ族の先代魔王様と会うんですかね…!? 『ハァ、子供が… 無茶をしないでください』 なぜ、隠しキャラのあなたが目の前にいるんですか!!!っていうか、こう見えて既に成人してるんですがッ! 「…ちょっと待って!!なんか、おかしい!主人公たちはあっっち!!!僕、モブなんで…!!」 ただでさえ、コミュ症で人と関わりたくないのに、バグを見つけてサクッと直す否、倒したら終わりだと思ってたのに… 自分でも気づかないうちにメインキャラクターたちに囲われ、ユーザー否、主人公たちからは睨まれ… 「僕、モブなんだけど」 ん゙ん゙ッ!?……あれ?もしかして、バレてる!?待って待って!!!ちょっ、と…待ってッ!?僕、モブ!!主人公あっち!!! ───だけど、これはまだ… ほんの序の口に過ぎなかった。

普通の学生だった僕に男しかいない世界は無理です。帰らせて。

かーにゅ
BL
「君は死にました」 「…はい?」 「死にました。テンプレのトラックばーんで死にました」 「…てんぷれ」 「てことで転生させます」 「どこも『てことで』じゃないと思います。…誰ですか」 BLは軽い…と思います。というかあんまりわかんないので年齢制限のどこまで攻めるか…。

処理中です...