前世の記憶を思い出した皇子だけど皇帝なんて興味ねえんで魔法陣学究めます

当意即妙

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学園生活をエンジョイする

面倒事は御免だ ※後半No Side※

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その後、オリヴァとダーヴィドの護衛のもと学園までやって来た。2人と別れて教室へと向かう道中、俺はいつもとはまた違った視線を受けているのを感じた。多分マティルダ嬢の話が広まっているのだろう。……面倒くさっ!

「あっ、殿下、おはようございます」

階段を登っていると、後ろから挨拶をされた。振り返るとユルヤナ将来有望が下からやって来ていた。俺は次の段に右足を乗せたまま上半身だけユルヤナの方を見る。

「おはようございます、ユルヤナ」

「……あの、大丈夫ですか?」

俺が微笑んで挨拶を返すと、ユルヤナは気遣わしげに尋ねて来た。多分、マティルダ嬢との噂についてだろう。俺は悩ましげに眉を顰めて文句を漏らした。

「ちょっと視線が面倒なだけで実害はないのですが……事実無根なことを噂されるのは良い気がしませんね」

「やはり、デマですか」

「勿論です。……私には他に、心に決めた人がいますから」

俺は気恥しさを感じつつも、ヴァイナモを思い浮かべて断言した。それを見てユルヤナはポカンとしたかと思えば、いきなりグルッと振り返った。視線の先にはユルヤナと仲良くしている同階級あたりのクラスメイト達の姿が。彼らは力強く頷くと、一目散にどこかへ行ってしまった。

俺はユルヤナ達の不可解な行動に首を傾げる。

「……どうしました?ユルヤナ」

「お気になさらず。直ぐに現状は回復しますよ」

まるで上司に良い報告をするかのような営業スマイルに、俺は末恐ろしさを感じて身震いした。俺が顔色を悪くしたのを察したユルヤナは直ぐにいつも通りの表情になって俺の身を案じる。

「殿下、大丈夫ですか?」

「……はい、いいえ、はい」

「……それ、どちらなんですか」

ユルヤナは俺の曖昧な返事にクスクスと笑いだした。俺は未だに先程の衝撃が尾を引いて動くことが出来ない。なんだろ。ユルヤナって凄く優秀なんだなあと思う反面、敵に回したくないって言うか、なんて言うか……裏で色々手を引いてそうで怖い。そして色々ヤバいことしてそう。敏腕秘書的な。

同級生の意外な一面に戦慄としていると、ユルヤナがふとあることに気づいた。

「あれ?殿下、虫に噛まれたのですか?首元に赤い跡が……」

俺はその言葉にビシッと固まって、努めて平然と首に手を当てた。

「えっ?そそ、そんなものがあるのですか?寝ている間にでも噛まれたのでしょうか……」

「意外ですね。宮殿には虫の1匹もいないって思ってました」

ユルヤナは俺の言葉を信じたようで、疑う素振りを見せずに話を続ける。よっ、良かった……。アレだよね。赤い跡って、昨日ヴァイナモにキスされたアレだよね。そんなのバレたら恥ずかしすぎて死んでしまう……!

俺がホッと胸を撫で下ろしていると、ユルヤナの背後から見慣れた人陰が見えた。

「えっ、エル皇子!おおおおおはようございます……!」

「おはようございます、エルネスティ皇子」

階段の下からテオドール魔法陣同志シーウェルト王子てめえは許さねえが挨拶して来たのだ。ユルヤナは俺に気を使ってスッと横に寄った。

「ああ、2人ともおはようござい……」

俺は挨拶をしながら、向き直すために次の段へと乗せていた足を戻そうとした、その時。

トンッと、何かが・・・俺の背中を押した気がした。


* * *


そこまで強い力ではなかった。でも俺は何の警戒もしてなかったから、それに抵抗することは出来なかった。無防備な俺はその力に従って前へと重心が動く。予想だにしなかった事態に驚く暇すらもないまま、俺の足は階段から離れた。

「あっ!!」

「殿下っ!?」

テオドールとユルヤナの慌てた声が耳に届いたが、俺の頭は真っ白だった。だけど幸い、俺の身体はその緊急事態に無意識下で対応してくれた。

俺は咄嗟に風魔法を発動させて自分の身体を浮かす。そしてそっと、身体に負担がかからないように階段の下へと着地した。

「殿下!お怪我は!?」

「えと、えっと……だだっ、大丈夫ですか!?」

ユルヤナが慌てて階段を駆け下りて来て、俺の身体をくまなく確認し始める。テオドールは目に涙を浮かべて慌てふためいていた。俺はそんな2人に段々落ち着きを取り戻し、冷静に先程の出来事を振り返ってみることにした。

「えっと……向き直そうとしたら、何かに背中を押された気がして……」

「えっ?殿下の後ろには誰もいなかったはずですが……」

「そそ、それは僕も同意見です……!誰もいませんでした……!」

「……ですよね。私も人の気配は感じられなかったので」

俺は先程まで俺がいた場所を睨みつけるように見つめる。あの一瞬、俺が感じたのは……。

「……まあ気のせいと言う可能性もあります。昨日は一睡も出来なかったので、疲れが取れきれてなくて足が縺れてしまったのかもしれません」

「……それなら、良いのですが」

「おお、お怪我はないのですね?」

「はい。魔法で身体を浮かせたので」

「なら、良かったです……」

テオドールは俺のが無事だったことに心から安堵している様子で息を吐いた。ユルヤナは釈然としていないようで、難しい表情をしたままだ。俺が気にしないでと伝えるためににっこりと微笑むと、表情を正して頷いた。

……面倒なことは御免だからね。あまり大事にはしたくない。

俺が辺りを見渡すと、今まで傍観していたシーウェルト王子と目が合った。俺が微笑を向けると、シーウェルト王子は一瞬目を丸くしたが、直ぐに微笑みを返して来た。


* * *


男爵令嬢のマティルダ・スヴィ・トゥオメラは朝から針のむしろだった。

事の発端は彼女の友人妄想癖の塊が、ありもしないことを騒ぎ立てたことだった。そこから根も葉もない噂がどんどん付け加えられ、今や彼女は『第四皇子に言い寄る悪女』と言う汚名を着せられている。彼女の心情は事実無根なことに腹を立てる以前に、第四皇子に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

これを2年間耐えなければいけないのか。

彼女はこれからの学園生活を思うと辟易した。耐えることには慣れている。だけど面倒なことには変わらない。

まあそれが、自分の選んだ道であるから。

彼女はそう腹をくくった。やりたいことをするためなら、多少の犠牲は甘んじて受け入れよう。そう割り切ったのだ。

しかしそんな彼女の決心を他所に、周囲からの不躾な視線が嘘のように消えていった。

何が起きたか彼女はわからない。だけど確実に周りからの目が、侮蔑を孕んだものから同情的なものに変わっていた。

何かの拍子に誤解が解けたのだろうか。もしかしたら殿下が。でも殿下は何もしないと言っていたはず。あっでも殿下って案外天然な所があるみたいだし、意図せずそんな結果になったのかも。

どちらにせよ、あの視線に耐えずに済むなら万々歳だし、気にしても無駄か。

彼女はそう自分の中で結論付けた。そう言った図太い部分が彼女の長所であり、彼女を変わり者たらしめることに彼女自身は気づいていない。

彼女は上機嫌になり、今にも鼻歌を歌い出しそうな気分で次の授業の準備をしていた。だがしかし、彼女の気苦労はここで終わってはくれなかった。

「……マティルダ嬢。少し話がある」

クラスメイトの男勝りな公爵令嬢から唐突に直接呼び出しをくらい、半泣きになるのを我慢した彼女を誰か褒めてやって欲しい。
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