前世の記憶を思い出した皇子だけど皇帝なんて興味ねえんで魔法陣学究めます

当意即妙

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学園生活をエンジョイする

お互いの呼び方

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「……あの、少し寄り道して行きませんか?」

近衛騎士団訓練所からの帰り道、ヴァイナモが突然そんな提案をして来た。俺は珍しいこともあるんだな、と思いつつ了承し、俺たちは宮殿内の薔薇園までやって来た。

薔薇園は綺麗に整備されており、様々な品種や色の薔薇が咲き誇っていた。

「うわあ!綺麗ですね!」

「ここは帝国きっての庭師が手入れしているので、いつ来ても綺麗らしいです」

「……らしい、ですか」

「ダーヴィド先輩情報です」

俺はダーヴィドの名前にクスッと笑った。ダーヴィド恋バナ大好き乙女脳らしい情報だ。……もしかして、ヴァイナモが俺をここに誘う恋人らしいことをするように仕組んでくれたのかな。下世話なような、有難いような……。

「……おかしいですね。私は13年間もこの宮殿で暮らして来たはずなのに、薔薇園がこんなに綺麗なことを知りませんでした」

「この場所はエルネスティ様の生活圏から離れていますので、わざわざ来ようとしないと来ない場所ですし、仕方ないことだと思いますよ」

「……それもそうですね」

俺たちは薔薇園内をゆっくり散歩しながら雑談に花を咲かせていく。流石帝国宮殿にある薔薇園ってだけあって、めちゃくちゃ広大だ。日も陰って来ているし、今日だけじゃ見て周りきれないかな?

「……そう言えば、学園にもこんな感じの庭園がありました。ここより規模は小さいですが」

「……学園にそんなもの必要なのでしょうか」

「私が授業サボった時には大活躍でしたよ」

「えっ……?エルネスティ様、授業をサボったのですか……?」

「あっ」

俺は慌てて自分の口を塞いだが、手遅れなのはわかりきっていた。やってしまった。ヴァイナモに心配かけさせないようにって、内緒にするつもりだったのに。

俺はヴァイナモの視線から逃れるように顔を逸らした。しかしヴァイナモは屈んで俺の顔を覗き込んで来る。

「……エルネスティ様のことですから、単にサボりたかったのではないとわかっています。何かあったのですか?」

……これは誤魔化せないなあ。

俺は観念して入学翌日の出来事の話をした。全て聞き終えたヴァイナモは心配しているのか怒っているのかわからない微妙な表情を浮かべる。

「……それからはクラスの方とは上手くいっているのですか?」

「はい。まだぎこちないですが、少しずつ打ち解けています」

「それなら良いのですが……もっと俺を頼ってくれても……」

俺は苦笑いするしかなかった。その日のうちに解決したことだし、少しずつ改善されて来ているから、本気で相談する必要はなかった。本当にどうしようもない時には遠慮なく頼ってるし、全部をヴァイナモに依存してたら駄目人間になっちゃう。その辺の匙加減はきちんとしているつもりだ。

……でもそれだと、ヴァイナモを不安にさせてしまうのかな。

俺はヴァイナモの左手を両手で包み込み、俺の額につけた。

「……そんな浮かない表情をしないでください。今回の件は本当に大丈夫ですし、私はヴァイナモのことをちゃんと頼りにしています」

「……はい。わかっています。エルネスティ様は俺のことを信頼してくださっていることも、本当に助けが必要なら俺のことを頼ってくださることも、何でもかんでも俺を頼らないといけないほど弱い方ではないことも、わかっています。わかっていますが……俺はご存じの通り朴念仁で気が利かないので、心配になってしまうのです。見落としてないか、エルネスティ様を不安な気持ちにさせていないか」

ヴァイナモは心細そうに俺の手の中にある左手を握り締めた。……真面目なのは良いことだけど、もう少しだけ肩の力を抜いて欲しいな。俺のことでそんな風に神経を尖らせてしまうのは、俺の本望でもないし。

ヴァイナモのために何をすれば良いんだろ。安心出来るようなこと……?

「……ハグでもします?」

「えっ?なっ、何でですか?」

「ハグには癒し効果があるので、ヴァイナモの心配も吹き飛ばしてくれるかな、と……」

俺は両腕を開いて抱き着く構えをとった。前世のどっかで聞いたことがあるんだよな、人肌は人を安心させるって。学園に通ってる間はどうしてもヴァイナモといる時間が減ってしまうから、こう言う形で不足分を補って……って何恥ずいこと言ってんだ自分!?

ふと我に帰ってヴァイナモを見上げると、困った顔をしてオロオロとしていた。あ゛っ。やらかしたやらかした。今、俺めちゃくちゃ恥ずかしいこと言ってるな!?

「……なあんて、冗談ですよ。あははは……」

俺は腕を下ろして顔を逸らした。やばい。さっきの俺、絶対に頭おかしかった。考えすぎて変な方向行ってしまった。いきなりハグとか何やねん。自分で自分の思考回路にびっくりだわ。

「……エルネスティ様、失礼します」

自己嫌悪に陥っていると、ヴァイナモから神妙な声色でそう言われた。俺が反射でヴァイナモの方を向くと、すぐ目の前には近衛騎士団の制服があった。そして間もなく、俺は逞しい腕に包まれ、抱き寄せられた。俺は一瞬、思考が停止する。

「……あっ、うえっ?ヴァイナモ……?」

「……ああ、確かに。凄く安心出来ますね……」

「ひゃっ!?」

溶けてしまいそうな優しい声が耳元で囁かれ、俺は思わず変な声を出して身を捩った。はっ……恥ずかしい……。

「……エルネスティ様。俺はどうやら自分が思っている以上に欲深い人間だったようです。エルネスティ様は俺のことを好いてくださっているのに、もっと、もっとと欲張ってしまいます」

「ヴァイナモ……?」

「エルネスティ様。どうか2人きりの時だけでも、俺にエルネスティ様を愛称で呼ぶ許可をくださいませんか?」

俺が驚いて顔を上げると、ヴァイナモは照れくさそうにはにかんでいた。

「先日、馬車の中で呼び方についてエルネスティ様に指摘され、気になったのでダーヴィド先輩に相談してみたのです。するとダーヴィド先輩に『それは愛称で呼んで欲しいアピールでしょ!』と怒られてしまって……」

「ああ……」

俺は先日ポロッと出てしまった言葉を思い出して、手で顔を覆った。何でヴァイナモは気づかなくて、話を聞いただけのダーヴィドにバレバレなんだよ!第三者に自分の発言を解説されるとか、恥ずかしいんだけど……!?

「……ヴァイナモの馬鹿」

俺はムッとなってポカポカとヴァイナモを叩いた。ヴァイナモは困り顔で俺の拳を甘んじて受け止める。

「すみません、エルネスティ様……いえ、エル。こんな唐変木な俺でも、側にいることを許してくれますか?」

ヴァイナモは耳元でそう呼ぶと、俺の頬に軽く触れるぐらいのキスを落とした。ぐう……。何だよイケメンしか似合わないことしやがって!イケメンだからサマになってんだよ!でも絆されないちゃうからな!?

「……当たり前ですよ。貴方は私の婚約者なのですから。……ヴァイ」

ヴァイが息を飲む音がしたので、俺は顔をヴァイの胸に埋めた。すぐに何かアクションがあると思っていたが、中々ヴァイは動かない。俺はだんだん心配になった。

……ちょっと弄れた言い方だったかな。素直に『愛してる』って伝えた方が良かったかな。

俺がチラッと見上げると、ヴァイは顔を真っ赤にして固まっていた。俺と目が合うとハッとなって、愛おしそうに俺の頭を撫でてくれた。……伝わったのかな?なら……良かった。

俺はそれから暫く、ヴァイの腕の中で幸福を感じていた。
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