前世の記憶を思い出した皇子だけど皇帝なんて興味ねえんで魔法陣学究めます

当意即妙

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学園生活をエンジョイする

彼の名前

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サルメライネン伯爵領から帰還した次の日、父上に言われて犯罪奴隷の受け取りをした。犯罪奴隷ってのは、俺に向かって魔法を暴発してしまったアムレアン王国騎士のことね。そう言や買うって決めてたや。すっかり忘れてた。でも取引日を帰還の翌日にしなくても良いんじゃない?旅路で疲れてんだよ??

そんなことをぶつくさ思いながらもアムレアン王国からの使者と正式な取引を行った。使者は若い男性で、礼儀作法が少しぎこちなかったから、新人役人かな。アムレアン王国は過度な実力主義だから、従属魔法が使えるってだけで王国の使者として遣わせられるようになることも可能だろうし。

でも最後の『この度は本商会をご利用いただき、誠にありがとうございました』って言葉には驚いた。俺はずっと王国の役人だと思っていたけど、どこかの商会の職員が来てたとは。でも誰だったんだろう?王家と皇族の取引の仲介人になれる商会なんて。

俺は気になったので、その道のプロに聞いてみることにした。

「それは多分ブローム商会の商会長だと思われます……!」

「ブローム商会、ですか?」

「はい……!アムレアン王国では労働奴隷を売るのにはとても厳しい基準がありまして……!ブローム商会は王国で唯一、その基準を満たして国公認で労働奴隷商売を行っています……!そこの商会長はスラム出身なのですが、優れた従属魔法が前商会長の目に止まり、怒涛の勢いで商会長まで上り詰めたと聞きました……!」

ペッテリ天使崇拝は犯罪奴隷用の衣服を見繕いながらそう答えた。

実は今日犯罪奴隷の引き取りを行うと聞き、ペッテリ衣装職人を緊急招集したのだ。奴隷だからちゃんとした服は着てないだろうと思ったからね。ペッテリは俺の突然の依頼に飛んで来てくれた。本当に有能だ。でも天使推しが関わったらネジがぶっ飛ぶからなあ人のことは言えない

「ブローム商会の『労働力を売る』と言う発想には興味があるが、奴隷商売は帝国で禁じられているから関わることが出来ない、と父が以前言ってました……!」

「労働力を売る、ですか……」

俺は前世の派遣会社を思い浮かべた。あれは売ると言うより貸し出すみたいなものだったけど、似たようなものかな。確かに制度を整えれば良い商売になりそうだ。

「もしかしたら近い将来、それが実現するかもしれませんよ。私に向かって『またのご利用をお待ちしております』とわざと言っていましたので」

「……?ああ……!そう言うことですか……!父にブローム商会の動向を注視しておくように伝えておきますね……!」

ペッテリは一瞬キョトンとするが、すぐに真意を察して表情を明るくした。彼は近い将来、俺でもブローム商会を利用出来るような商売を始めるつもりなのだろう。それは前々から計画していたのか、あの時突発的に思いついたのかは定かではない。だがあの決意に満ちた顔を見れば、きっとそれは実現すると確信出来る。

「それにしても凄いですね……。奴隷の状態が凄く良いです……。王国騎士にしては少し痩せてしまってますが、至って健康体です……。きっと清潔な場所できちんと三食取らせて、適度な運動をさせていたのでしょうね……。高品質の奴隷を提供する……。やはり父が目をつける商会なだけあります……!」

ペッテリはぺたぺたと犯罪奴隷を触りながらそんなことを言う。労働奴隷は健康体であることがなりよりも大事だ。労働力になってもらう必要があるからね。この人は犯罪奴隷だが、俺が使い道に困らないように、普通の人間と遜色ない生活をさせていたのだろう。流石、王国も認める奴隷商会だ。

てかあの商会長はサラッと言ったけど、隷属魔法って多分、後天性適正魔法属性だよね。倫理的に問題がありそうな魔法だし。まあ商会長はそのことを知らないようだったから、適当にそれっぽいこと言って話を合わせたけど。

それに従属魔法にしても、常に自分の魔力を相手に流し込まないといけないから、複数人にかけるなんて普通出来ないんだけどな。てか奴隷の主人を自分以外の他人に設定するのも、他人の魔力に干渉する必要があるから激ムズなはずなんだけど。少なくとも俺は出来ない。それを涼しい顔でするなんて、商会長地味にめちゃくちゃ凄い人じゃん!?

「よし、この服ならピッタリだと思いますが、どうですか……?」

俺がそんなことを考えていると、ペッテリは犯罪奴隷にそう尋ねた。彼は黒のフォーマルな服に身を包んでいた。どこか軍服っぽいデザインをしているのは、多分彼が元騎士だったことを考慮してのチョイスだろう。

彼は惚けたように服を見ていた。そしてすぐに何かを言おうと口をもごもごさせるが、微かに掠れたような声しか出せなかった。

「あれ……?喋れないのですか……?」

「どうやら犯罪奴隷落ちしてから一言も喋ってなかったようで、声が出なくなっているようなのです。今アスモに喉に効く薬を調合してもらっているので、それで治れば良いのですが……」

「それまでの意思疎通はどうするのですか……?筆談ですか……?」

「どうやら彼は文字も書けないみたいで。ですからジェスチャーで頑張ってもらうしかありません」

彼は申し訳なさそうに眉を下げた。アムレアン王国ではまだ平民の識字率がそこまで高くないと以前聞いたことがあるので、多分彼も平民だったのだろう。幸いアムレアン王国とハーララ帝国の公用語は同じだから、俺たちの言葉はわかるんだけど。

彼は肘を曲げたり屈んでみたりを繰り返して、服の着心地を確認した。そしてペッテリに不器用な笑顔で頷いた。多分問題ないのだろう。

ペッテリは満足気に頷いた後、ふとこんな疑問を口にした。

「……そう言えば彼の名前は何ですか……?」

「……それもわからないのです」

俺は彼の名前知らない。知る手段がないからだ。俺は彼を覗き込んだ。彼はぱくぱくと何かを言おうと口を動かすが、生憎俺は読唇術なんて持っていないため、全くわからない。

「……どうしましょう。名前がないのは不便ですよね」

「ひとまず喉の調子が戻るまでは仮の新しい名前をつけてはどうでしょうか?」

俺が戸惑っていると、今まで空気になっていたヴァイナモがそう提案して来た。びっくりした……。ヴァイナモって俺の護衛に専念してる時、本当に存在感が薄れるから、いることを忘れるんだよね。『おいコラお前の彼氏だろ』ってツッコミは受け付けていません。ヴァイナモがぐう有能な証です。

「仮の名前ですか……。貴方はそれで良いですか?」

彼にそう尋ねると、彼は遠慮気味に頷いた。複雑な心境だろうけど、ちょっとの間だけ我慢してもらわないと。えっと、何にしよう。名前考えるのって難しいんだよな。

アムレアン王国、魔法剣士、騎士、……誇り。

「……イキシア、なんてどうでしょうか?」

「……あまり聞かない名前ですね」

「でも良い響きだと思います……!」

ペッテリはうんうんと俺の命名に賛成してくれた。ヴァイナモも何度か小声で反芻した後、「良い名前だと思います」と肯定してくれた。

「貴方もそれで良いですか?」

俺が彼にそう聞くと一瞬、戸惑った表情を見せたが、すぐに緊張が解れたような笑みで頷いた。案外気に入ってくれたのかな?それなら良いんだけど。

「イキシア。これからよろしくお願いしますね」

俺が手を差し出すと、イキシアは躊躇いつつも優しく俺の手を握り返してくれた。
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