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動き出す時
閑話:或第四皇子専属護衛騎士の期待
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それからは何があったかはあまり覚えてない。途中、オリヴァ先輩の足に躓いて顔面からスライディングしたことは覚えているが、その時オリヴァ先輩と何を話したかは覚えてない。エルネスティ様に嫌われたショックが大きすぎて、他の何も考えられなくなったのだ。
無我夢中で走った先に辿り着いた物置で縮こまっていると、呆れた様子のオリヴァ先輩がやって来た。諭すように事情を聞いて来るオリヴァ先輩に意を決して事情を説明すると、即否定された。何もそんな否定しなくても。俺はムキになって先程あったことを説明すると、オリヴァ先輩は終始真剣な様子で相槌を打ってくれた。
俺が話し終えると、オリヴァ先輩は呆れたように溜息をついて、俺の発言に丁寧に訂正を入れた。
エルネスティ様は決して俺を嫌ってなどない。痛い所を突かれて反射的に拒んだだけで、今頃後悔しているに違いない、と。
俺は何故オリヴァ先輩はそんなに自信を持って言えるのかわからなかったが、エルネスティ様に嫌われたくない俺は、少々の疑念は残りつつも、その可能性に縋りたいと思った。
そして何故夢の内容を聞いたのか、そして何故踏み入って聞いたのかを聞かれたので答えると、またもや呆れた様子が見て取れた。そして正論を俺に返して来たのだ。
エルネスティ様はそこまで弱くない。もし仮に不安がったとしても、俺がお支えすれば良い。俺にはそれが出来る力と信頼がある、と。
考えたこともなかった。俺がエルネスティ様の支えとなる力がある、だなんて。それは流石に買い被りすぎだと思ったが、あまりにもオリヴァ先輩が真剣に語るのだから、それが本当のことのように思えて来た。
『出来るか』ではなく、『やる』。小説とかでよく聞くフレーズを、まさか実際に言われるとは思っていなかった。オリヴァ先輩は以外とキザだな、なんて失礼なことを考えつつ、俺は頭の中でオリヴァ先輩の言葉を反芻した。
エルネスティ様をお護りし、時に支えとなる。騎士である俺がそれを一生続けることは出来ない。いつか必ず、俺の代わりとなる人が現れるはずだ。そうなれば俺はもうお役御免である。でも、それでも。
「……俺が生涯エルネスティ様に添い遂げる資格はないけど、そんな人が現れるまでは、俺が……!」
俺は決意新たに拳に力を込めた。エルネスティ様をお護りし、お支えする存在が現れるまでは、俺がその役割を代行しよう。エルネスティ様のあの、屈託のない笑顔を守るために。
……そんな人、一生現れなければ良いのに。そうすれば一生、俺が側でお護り出来るのに。
そんな無責任な考えが頭に過ぎったので、俺は慌てて頭を振って紛らわせた。
* * *
その後俺とエルネスティ様は別荘近くの砂浜へ行くことになった。ダーヴィド先輩が発案したことで、お互い話し合うのは外の空気を吸いながらの方が良いでしょ、と言う謎思考ではあったが、以前いつか砂浜にお連れする約束をしたこともあったし、2日間も眠ったエルネスティ様にとってリフレッシュにもなるだろう、と言う考えに至り、その案を採用した。
もしかすると、これがエルネスティ様との最後の時間になるかもしれない。俺はそんな不安を抱えながらもエルネスティ様と共に馬車へと乗り込んだ。
しかしそれは杞憂だったらしく、馬車の中で俺たちはトントン拍子で仲直りした。きちんと話し合えば理解し合えたのだ。
やはりエルネスティ様はお強かった。自身が狙われているかもしれないのに、『魔法で何とかなる』だなんて普通の人は思わない。まあそれがエルネスティ様らしさと言うものだろう。
俺は早とちりしていた自分が恥ずかしく、エルネスティ様のことをいまいち理解していなかった自分に嫌気が差した。でもエルネスティ様はそんな俺に呆れもせず、ご自身が隠していらした秘密までもを俺に話してくださった。
異世界。前世の記憶。初恋の人。
エルネスティ様から聞かされた話は、俺の想像を遥かに超えて来るものばかりだった。
前世だなんて作り話の中だけのことだと思っていた。異世界については考えたこともなかった。正直、信じられない話だ。だけどエルネスティ様のあの真剣な表情を見たら、疑いようもない。それに前世の記憶を思い出されたから、今のエルネスティ様になったのだと思うと、合点がいった。あの変貌ようはそれくらいないと起こらないだろうな、と納得出来たのだ。
初恋の人に関しては少しモヤモヤしたが、今はもう思い出になっていると聞いて安心した。その時は何故安心したかわからなかったが、お察しの通りである。
俺がそんなことを考えてる中、エルネスティ様の話は続いた。
正義感に溺れて初恋の人を裏切り、自殺に追いやってしまった。
俺はその告白に息を呑んだ。驚愕と共に、納得したのだ。エルネスティ様は他人から『奪う』ことを何より嫌う方だ。奪う側も奪われる側も経験したから、奪う行為がどれほど愚かなことなのか理解していらっしゃるのだろう。
話し終えたエルネスティ様は不安げにこちらを上目遣いで窺ってくる。信じてもらえるか心配なのだろう。一人でこのような重大な秘密を抱えて、さぞかし心細かったに違いない。
俺は安心させるよう、今の俺の気持ちを伝えた。
「これからは俺が、その責任を負う支えとなりましょう。安心してください。エルネスティ様はもう1人ではございません」
そう伝えた時の、エルネスティ様の嬉しそうで泣き出しそうな表情を、俺は目に焼き付けた。
エルネスティ様がお強い理由は、そう言った辛い過去がありながらも、受け入れて真っ直ぐ前を向いて生きているからなのだろう。どんな苦難にも威儀を正して立ち向かう姿はとても気高く美しい。
だがどんな人でも弱い部分がある。もちろん、エルネスティ様にも。だから俺は、そんな弱い部分を支えられるような存在になりたい。
知りたい。護るためにはもっとエルネスティ様を知らないと。
そう思って口を開こうとした時、馬車の小窓に美しい水面が映ったのが見えた。流石に美しい砂浜を前に暗い話をするのは憚られるので、一旦は話を区切ることにしたのであった。
* * *
エルネスティ様に告白をした刹那、走馬灯のようにここ2週間弱の記憶が俺の中を駆け巡った。実際、走馬灯かもしれない。この告白でエルネスティ様に嫌われたかもしれないからだ。て言うか十中八九断られるから、関係が悪くなることは避けられない。それは死刑宣告も同然だ。俺はエルネスティ様に嫌われたら生きていけない。
だけどお陰でハッキリした。どうしてエルネスティ様が好きなのか。ただ単に容貌が俺のタイプであっただけではない。
可愛らしい容姿を持ちながらも、残念なぐらい好きなことには一直線で、強かでありながらどこか護って差し上げたくなる儚さを持っている。俺はそんなエルネスティ様が、好きなのだ。
そう自覚すると、今まで霧がかかっていた視野が一気に晴れたように、胸がすくのを感じた。これが自分の気持ちを理解する、と言うものなのだろう。
……願わくばエルネスティ様にそれを受け入れて欲しい、なんてな。
叶わぬ願いに自嘲しながら、俺はゆっくりと目を開けようとした。きっとエルネスティ様は目を丸くしていらっしゃるか、困惑で眉を下げているだろう。俺がそのような表情にさせていると思うと見るのが躊躇われるが、このまま目を瞑っている訳にもいられないのだ。腹を括るである。
開いた目にまず飛び込んで来たのは、沈む太陽の光だった。眩しくてとてもじゃないが目を開いていられず、俺は細かく瞬きを繰り返す。そうしているうちにだんだんと外の光に慣れてきて、俺の視界から色彩が戻って来た。俺は瞬きを止め、恐る恐る視線を下に下げて、俺の腕の中にいるエルネスティ様を見た。
そして俺は目を見開いて息を呑むこととなる。
エルネスティ様の白絹のような撫でらかな頬が、真っ赤に染め上げられていたのだ。
エルネスティ様は透き通った空色の瞳が零れそうなほどに目を丸くし、唇をふよふよと彷徨わせて声にならない言葉を探していた。その様子に俺の胸は跳ね上がるように高鳴った。
俺の気持ちが、拒まれていない?もしかして、脈アリだったりするのか?
……そんな反応をされると、期待していまいますよ?
諦めモードに入りかけていた俺の心が燃え上がったような気がした。もしかしたら、俺にもチャンスがあるのかもしれない。もしそうなのであれば、俺は最後まで足掻いてみせる。エルネスティ様のご迷惑になるかもしれないが、それでも止めることは出来ない。
俺は誰かにエルネスティ様のお側を譲りたくなどないのだから。
無我夢中で走った先に辿り着いた物置で縮こまっていると、呆れた様子のオリヴァ先輩がやって来た。諭すように事情を聞いて来るオリヴァ先輩に意を決して事情を説明すると、即否定された。何もそんな否定しなくても。俺はムキになって先程あったことを説明すると、オリヴァ先輩は終始真剣な様子で相槌を打ってくれた。
俺が話し終えると、オリヴァ先輩は呆れたように溜息をついて、俺の発言に丁寧に訂正を入れた。
エルネスティ様は決して俺を嫌ってなどない。痛い所を突かれて反射的に拒んだだけで、今頃後悔しているに違いない、と。
俺は何故オリヴァ先輩はそんなに自信を持って言えるのかわからなかったが、エルネスティ様に嫌われたくない俺は、少々の疑念は残りつつも、その可能性に縋りたいと思った。
そして何故夢の内容を聞いたのか、そして何故踏み入って聞いたのかを聞かれたので答えると、またもや呆れた様子が見て取れた。そして正論を俺に返して来たのだ。
エルネスティ様はそこまで弱くない。もし仮に不安がったとしても、俺がお支えすれば良い。俺にはそれが出来る力と信頼がある、と。
考えたこともなかった。俺がエルネスティ様の支えとなる力がある、だなんて。それは流石に買い被りすぎだと思ったが、あまりにもオリヴァ先輩が真剣に語るのだから、それが本当のことのように思えて来た。
『出来るか』ではなく、『やる』。小説とかでよく聞くフレーズを、まさか実際に言われるとは思っていなかった。オリヴァ先輩は以外とキザだな、なんて失礼なことを考えつつ、俺は頭の中でオリヴァ先輩の言葉を反芻した。
エルネスティ様をお護りし、時に支えとなる。騎士である俺がそれを一生続けることは出来ない。いつか必ず、俺の代わりとなる人が現れるはずだ。そうなれば俺はもうお役御免である。でも、それでも。
「……俺が生涯エルネスティ様に添い遂げる資格はないけど、そんな人が現れるまでは、俺が……!」
俺は決意新たに拳に力を込めた。エルネスティ様をお護りし、お支えする存在が現れるまでは、俺がその役割を代行しよう。エルネスティ様のあの、屈託のない笑顔を守るために。
……そんな人、一生現れなければ良いのに。そうすれば一生、俺が側でお護り出来るのに。
そんな無責任な考えが頭に過ぎったので、俺は慌てて頭を振って紛らわせた。
* * *
その後俺とエルネスティ様は別荘近くの砂浜へ行くことになった。ダーヴィド先輩が発案したことで、お互い話し合うのは外の空気を吸いながらの方が良いでしょ、と言う謎思考ではあったが、以前いつか砂浜にお連れする約束をしたこともあったし、2日間も眠ったエルネスティ様にとってリフレッシュにもなるだろう、と言う考えに至り、その案を採用した。
もしかすると、これがエルネスティ様との最後の時間になるかもしれない。俺はそんな不安を抱えながらもエルネスティ様と共に馬車へと乗り込んだ。
しかしそれは杞憂だったらしく、馬車の中で俺たちはトントン拍子で仲直りした。きちんと話し合えば理解し合えたのだ。
やはりエルネスティ様はお強かった。自身が狙われているかもしれないのに、『魔法で何とかなる』だなんて普通の人は思わない。まあそれがエルネスティ様らしさと言うものだろう。
俺は早とちりしていた自分が恥ずかしく、エルネスティ様のことをいまいち理解していなかった自分に嫌気が差した。でもエルネスティ様はそんな俺に呆れもせず、ご自身が隠していらした秘密までもを俺に話してくださった。
異世界。前世の記憶。初恋の人。
エルネスティ様から聞かされた話は、俺の想像を遥かに超えて来るものばかりだった。
前世だなんて作り話の中だけのことだと思っていた。異世界については考えたこともなかった。正直、信じられない話だ。だけどエルネスティ様のあの真剣な表情を見たら、疑いようもない。それに前世の記憶を思い出されたから、今のエルネスティ様になったのだと思うと、合点がいった。あの変貌ようはそれくらいないと起こらないだろうな、と納得出来たのだ。
初恋の人に関しては少しモヤモヤしたが、今はもう思い出になっていると聞いて安心した。その時は何故安心したかわからなかったが、お察しの通りである。
俺がそんなことを考えてる中、エルネスティ様の話は続いた。
正義感に溺れて初恋の人を裏切り、自殺に追いやってしまった。
俺はその告白に息を呑んだ。驚愕と共に、納得したのだ。エルネスティ様は他人から『奪う』ことを何より嫌う方だ。奪う側も奪われる側も経験したから、奪う行為がどれほど愚かなことなのか理解していらっしゃるのだろう。
話し終えたエルネスティ様は不安げにこちらを上目遣いで窺ってくる。信じてもらえるか心配なのだろう。一人でこのような重大な秘密を抱えて、さぞかし心細かったに違いない。
俺は安心させるよう、今の俺の気持ちを伝えた。
「これからは俺が、その責任を負う支えとなりましょう。安心してください。エルネスティ様はもう1人ではございません」
そう伝えた時の、エルネスティ様の嬉しそうで泣き出しそうな表情を、俺は目に焼き付けた。
エルネスティ様がお強い理由は、そう言った辛い過去がありながらも、受け入れて真っ直ぐ前を向いて生きているからなのだろう。どんな苦難にも威儀を正して立ち向かう姿はとても気高く美しい。
だがどんな人でも弱い部分がある。もちろん、エルネスティ様にも。だから俺は、そんな弱い部分を支えられるような存在になりたい。
知りたい。護るためにはもっとエルネスティ様を知らないと。
そう思って口を開こうとした時、馬車の小窓に美しい水面が映ったのが見えた。流石に美しい砂浜を前に暗い話をするのは憚られるので、一旦は話を区切ることにしたのであった。
* * *
エルネスティ様に告白をした刹那、走馬灯のようにここ2週間弱の記憶が俺の中を駆け巡った。実際、走馬灯かもしれない。この告白でエルネスティ様に嫌われたかもしれないからだ。て言うか十中八九断られるから、関係が悪くなることは避けられない。それは死刑宣告も同然だ。俺はエルネスティ様に嫌われたら生きていけない。
だけどお陰でハッキリした。どうしてエルネスティ様が好きなのか。ただ単に容貌が俺のタイプであっただけではない。
可愛らしい容姿を持ちながらも、残念なぐらい好きなことには一直線で、強かでありながらどこか護って差し上げたくなる儚さを持っている。俺はそんなエルネスティ様が、好きなのだ。
そう自覚すると、今まで霧がかかっていた視野が一気に晴れたように、胸がすくのを感じた。これが自分の気持ちを理解する、と言うものなのだろう。
……願わくばエルネスティ様にそれを受け入れて欲しい、なんてな。
叶わぬ願いに自嘲しながら、俺はゆっくりと目を開けようとした。きっとエルネスティ様は目を丸くしていらっしゃるか、困惑で眉を下げているだろう。俺がそのような表情にさせていると思うと見るのが躊躇われるが、このまま目を瞑っている訳にもいられないのだ。腹を括るである。
開いた目にまず飛び込んで来たのは、沈む太陽の光だった。眩しくてとてもじゃないが目を開いていられず、俺は細かく瞬きを繰り返す。そうしているうちにだんだんと外の光に慣れてきて、俺の視界から色彩が戻って来た。俺は瞬きを止め、恐る恐る視線を下に下げて、俺の腕の中にいるエルネスティ様を見た。
そして俺は目を見開いて息を呑むこととなる。
エルネスティ様の白絹のような撫でらかな頬が、真っ赤に染め上げられていたのだ。
エルネスティ様は透き通った空色の瞳が零れそうなほどに目を丸くし、唇をふよふよと彷徨わせて声にならない言葉を探していた。その様子に俺の胸は跳ね上がるように高鳴った。
俺の気持ちが、拒まれていない?もしかして、脈アリだったりするのか?
……そんな反応をされると、期待していまいますよ?
諦めモードに入りかけていた俺の心が燃え上がったような気がした。もしかしたら、俺にもチャンスがあるのかもしれない。もしそうなのであれば、俺は最後まで足掻いてみせる。エルネスティ様のご迷惑になるかもしれないが、それでも止めることは出来ない。
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