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動き出す時

閑話:或第四皇子専属護衛騎士の決心

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エルネスティ様をお姫様抱っこする機会はもう二度と来ないと思ってた。1回あっただけでも奇跡なのだ。それ以上望むのは欲張りだ。

でもまさか、2回もその機会がやって来るだなんて思いもしなかった。

1回目はエルネスティ様が夜中、血相を変えて俺の寝室を訪れた時。俺の部屋に着崩れた寝間着姿で来た時は、煩悩を理性で抑え込むのに苦労した。ダボッとした寝間着の隙間から穢れのない白い肌がチラチラと見えるし、枕をギュッと抱き締めて涙目で必死にこちらを見て来るのだから、俺は夢の中のエルネスティ様と混同しそうで怖かった。俺は脳内で必死に帝国騎士道記別名:聖人君子の辞書を唱えて煩悩を退散した。

俺が悶々としている中、エルネスティ様は警戒心ゼロで俺の部屋へと入って来た。いや、俺が招き入れたんだが、もう少しその……警戒された方が良いのでは?と思ってしまった。まあそれだけ信頼されている、と言うことだから喜ばしいことだが。

エルネスティ様は必死に何があったか説明なさろうとしていたが、焦れば焦るほど過呼吸が酷くなって行くばかり。俺はいつかアスモ先輩近衛騎士団専属薬師に教わった過呼吸の対処法を思い出して、ゆったりとしたリズムを刻んだ。エルネスティ様は徐々にそのリズムへと呼吸を合わせ、過呼吸を鎮めていく。

エルネスティ様が落ち着いた頃、何があったのか聞いてみた所、エルネスティ様は恥ずかしそうに『オバケに追いかけられる夢を見た』と説明した。エルネスティ様が幽霊が苦手であることは何となく察していたが、まさかここまで怖がるとは。いつもの大概のことは臆せず挑み、飄々としている姿からは想像出来ないほど弱々しい姿に、『俺が護らないと』と思う気持ちが湧き上がって来た。

エルネスティ様は大人っぽくお強い方だが、やはり13歳らしい弱さもあるのだ。騎士であり、大人である俺が護って差し上げないと。

俺が固く決心していると、エルネスティ様は思いの外幽霊が恐ろしいらしく、夢の内容を思い出す度に身体をビクッとさせていた。そのお姿が痛々しく、俺はどうにかして不安を和らげて差し上げることが出来ないかと悩んだ。

そして辿り着いた答えが、人の温もり作戦である。

俺も幼い頃、怖い夢を見た時は大体母上の元へと行って抱き締めてもらっていた。誰かの温もりを感じることで、夢と現実との境目がはっきりわかるようになり、恐怖が自然と消え去って行ったのだ。

では早速。そう思って即行動した自分を、俺は直ぐに後悔することになる。

抱き締めているのだから、もちろん距離感はゼロだ。エルネスティ様は今寝間着で、しかも急いでここに来たからか酷く着崩れている。そして俺も先程まで寝ていたから、寝間着姿で少し着崩れている。つまり気を抜いたら素肌が触れてしまうのだ。俺は内心何度もエルネスティ様に平謝りしながらも、ここまで来たのだからもうどうにでもなれ、と言う気持ちでエルネスティ様にかける言葉を探した。

「……オバケや幽霊とはこの世の者ならざる存在。それを恐れることを、何故嘲弄の対象に出来ましょうか。……大丈夫です。もう二度とそんな夢を見ないよう、俺がお護りしますから」

我ながらベタで気取った言葉だと今でも思う。だけどエルネスティ様は安心したように肩の力を抜かれたから、間違ってはなかったようだった。

でも中々エルネスティ様の心拍数が下がらなくて。それだけ夢が怖かったことを物語っていて。俺は思わずこのまま抱き締めたまま寝ることを提案した。俺の理性が持つかどうかわからなかったが、エルネスティ様が眠るまでの間なら、エルネスティ様のために我慢でも何でも出来る気がしたのだ。

エルネスティ様は少し困惑したご様子だったが、その後申し訳なさそうにお願いして来た。俺は内心ガッツポーズをしながらも、エルネスティ様が眠りやすいように体勢を変えた。

エルネスティ様の目を塞いで差し上げると、エルネスティ様は直ぐに眠りについた。やはり人の温もりは安眠効果があるようである。理性を保つためにちょっと口の中を噛みちぎってしまったが、エルネスティ様のためならこんなものどうってことはない。血の味が口の中に広がる程度だ。まあ兎にも角にもエルネスティ様もお眠りになったことだし、静かにベッドまでお運びしよう。

そう考えた次の瞬間、予想外の出来事が起きた。

エルネスティ様が俺の服を掴んで離さなかったのだ。

エルネスティ様を起こすのを承知で強く引っ張れば離せたかもしれないが、気持ち良さそうに眠っているエルネスティ様を起こすのは忍びない。これはもう一緒に寝るしかないのでは?いや、決して下心がある訳ではなく、仕方のないことと言うかなんと言うか。

そんなこんな色々考えた末に、俺のベッドで一緒に寝てもらうことにした。エルネスティ様のベッドに無断で入り込むか俺のベッドに無断で招き入れるかどちらがより犯罪臭がしないか熟考した末の決断である。

だが結局、俺はほとんど一睡も出来ないまま朝を迎えた。19歳の煩悩を舐めていた。色々気になって目が冴えてしまったのだ。

俺がエルネスティ様の衣服を取りに行って戻って来た時、丁度エルネスティ様がお目覚めになったらしく、困惑の表情を浮かべていた。俺が昨晩のことを説明すると、エルネスティ様は恥ずかしそうに、そして申し訳なさそうに謝って来た。

「いえ、寧ろ役得でした」

思わず口から零れてしまった俺の呟きはエルネスティ様には届かなかったらしく、エルネスティ様は不思議そうに首をコテンと傾けた。俺は聞かれてなかったことに安堵しつつ、何が役得だ気持ち悪い、と内心自分を罵って変な考えを追い払うのに必死であった。


* * *


2回は山の奥にある滝での出来事。エルネスティ様が悪夢に魘されてからと言うもの、自分でもわかるぐらい過保護になっている気がしていた時のこと。

エルネスティ様がお倒れになったのだ。

サムエルやから、魔力操作の話は聞いていたが、それはサムエルの歌で警戒しているから大丈夫だと思っていた。だけどエルネスティ様は不自然なご様子で倒れられた。いくら疲れていたとは言え、こんな直ぐに身体に力が入らなくなるのはおかしい。

エルネスティ様がここに来るまでにお触りになったものは、大々的なものは鳥と水。それを調べる必要がありそうだ。

俺はサムエルに目配せでそれらを調べるよう指示し、エルネスティ様を抱き上げて別荘まで走った。エルネスティ様はいつの間にかにお眠りになっていたので、俺は揺れを最小限に抑えて負担がかからないようにした。

結局その後2日間もエルネスティ様はお目覚めにならなかった。その間サムエルが調査した所、魔力操作されたものに触れて魔力の波長が乱れたのが原因ではないか、と言うことがわかった。何故別荘裏の森にそのようなものがあったのか。エルネスティ様を狙っての犯行なのかどうか。疑問点はたくさんあるが、ひとまずエルネスティ様のお目覚めを待つしかなかった。

俺は魔力操作の話を護衛騎士の先輩方に伝えた際に、エルネスティ様には内緒にしておくように頼んだ。先輩方は不思議そうにしていたが、エルネスティ様を一番よく知る俺の頼みなら、と了承してくれた。

エルネスティ様はいつも飄々として強かな方だと思われがちだが、人並みの弱さも持ち合わせていることを俺は悪夢の一件で知った。だから護らないと。物理的にだけではなく、精神的にも護らないと。だからエルネスティ様の存ぜぬ所で全て対処しようと思ったのだ。

それが間違いであることにも気づかずに。


* * *


2日間の眠りの末、エルネスティ様がお目覚めになった。エルネスティ様は自身に何が起きたのか全くご存じではないらしく、ご自身の体力の無さにショックを受けていらっしゃった。

俺は騙している罪悪感に苛まれながらも、俺はこの表情豊かなエルネスティ様をお護りするんだ、これは最善の選択なのだ、と自分に言い聞かせた。

そんなことをしていると、騎士の1人がエルネスティ様に何の夢を見たかを尋ねた。なんでもエルネスティ様が途中、酷く魘されていたらしい。

魔力の波長が乱れたことで、変な夢を見てしまったのかもしれない。もしかしたらその夢の内容で犯人の動機がわかるかもしれない。そう考えた俺はエルネスティ様に夢の内容を聞いてみた。

しかしエルネスティ様から帰って来たのは、強い拒絶だった。俺の手を払い除けた時のエルネスティ様の、恐怖や軽蔑などの負の感情が入り混じった表情が、嫌に俺の脳内に残った。

エルネスティ様に嫌われてしまった。俺が執拗いから。

抑えようのない絶望と、俺になら話してくれると無意識に傲慢になっていたことに対する自責の念から、俺はその場を逃げるようにして立ち去ったのであった。




* * * * * * * * *




2020/10/04
序盤、文章がおかしい部分を直しました。
『着崩れた寝間着姿を見た』→『着崩れた寝間着姿で来た』
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