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動き出す時
閑話:或第四皇子専属護衛騎士の回想
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この感情は隠し通す。そう決心したはずなのに。
意識しないようにすればするほど、エルネスティ様のことが気になって仕方がない。
特に、旅路で泊まった宿でエルネスティ様が枕を大事そうに抱き締めて、眠い目を擦りながらライラやクスターの話をお聞きしている姿はとても愛らしく、胸が張り裂けそうになった。
エルネスティ様が大変あざとい。俺の感想はその一文に尽きた。エルネスティ様はご自身の容姿が愛らしいことは自覚していらっしゃるが、仕草が可愛らしいことには無自覚なのだろう。心臓に悪い出来事だった。
そして俺はどさくさに紛れて、エルネスティ様をお姫様抱っこしてしまった。なんてこった。どうしてそうなった。
自分でもあの時何故ああ動いたのかわからない。ふらふらとベッドに戻ろうとするエルネスティ様が危なっかしくて、このままでは怪我をしていまうかも、と言う心配に駆られた次の瞬間にはエルネスティ様を抱き上げていた。我ながら自分の行動力に感服する。
抱き締めたエルネスティ様は、13歳にしてはとても細くて軽くて、直ぐにでも壊れてしまいそうな儚さがあった。そして俺はこの方を絶対にお護りするのだ、と心に誓い、ゆったりとした足取りでベッドへと向かう。エルネスティ様を起こしてはいけないのはもちろん、少しでも長くエルネスティ様に触れていたいと思ったからだ。
俺の腕の中でエルネスティ様が縮こまって、俺の胸へと擦り寄って来た。俺は愛おしさが溢れて来て、思わずエルネスティ様を抱き締める腕の力を強めた。するとエルネスティ様は安心したようにふわりと頬を緩めたかと思えば。
「……暖かい……好き……」
なんて言葉を呟かれるのだから、俺は自惚れないよう自分に言い聞かせることで必死だった。好きなのはあくまで俺の暖かい腕の中であって、決して俺のことじゃない、と。
でももしかしたら……と淡い期待を胸に次の日それとなくその発言の真意を探ろうとしたが、そもそもエルネスティ様は何か言ったことすら覚えていらっしゃらなかった。俺は少しだけがっかりしてしまった浅はかな自分に嫌気が差した。
手に残る温もり。華奢で庇護欲が擽られる小さなお身体。そして微かに香る甘い香り。俺はエルネスティ様をお姫様抱っこした感覚を忘れられずにいた。もう一度、エルネスティ様を俺の手の内に包み込みたい。そんな願望がむくむくと膨れ上がった。それは恋か否か、俺にはわからなかったが、少なくとも大っぴらにエルネスティ様へ向けて良い感情ではないことは理解出来た。だから俺はその感情を心の奥底へと沈めた。
まあいくら願った所で、多分もう一生味わうことはないだろう。俺はあくまで騎士。主であるエルネスティ様に触れられる機会なんて、普通はないのだから。
その時は、そう思っていた。
* * *
「ヴァイナモが『私の側が自分の居場所』と言ってくれて、とても嬉しかったのです。ヴァイナモの側は私の居場所。そう思っていました。ですがヴァイナモの側は私だけのものではない。寧ろ家族のものです。そのことにどうしようもなく疎外感を覚え、嫉妬してしまったのです」
これはサルメライネン伯爵邸に着いた次の日に盗み聞いた、エルネスティ様の本音。俺のことをよく知らないとお気づきになったエルネスティ様が、俺のことをもっと知りたいと渇望されたのだ。
俺はその言葉が、堪らなく嬉しかった。
エルネスティ様はご興味がないものには『どうでもいい』と切り捨てるお方だ。そんなエルネスティ様から『嫉妬』と言う巨大感情を向けられている。これをどう喜ばずにはいられるか。
俺のことをもっと知ってもらいたい。俺をもっと見て欲しい。みっともなくも、そんな願望が膨れ上がって行く。
それに俺だって、エルネスティ様のことがもっと知りたい。エルネスティ様は何か重大なことをお隠しになっている。だからと言ってそれを無理矢理暴こうとは思わないが、エルネスティ様自らその口で俺に伝えてくれたら良いのに、と立場不相応のことを願う自分を窘めたことが何度あったか。もう数え切れない。
だからこの時、エルネスティ様も俺と同じようなことをお考えになったと言うことが、嬉しくて嬉しくて仕方なかった。俺だけじゃない。俺の一方的な気持ちじゃない。そう思った所で俺の中に、とある疑問が浮かび上がった。
これは果たして騎士が主に向けるべき感情なのだろうか。
わからない。だけど何となく、理想の騎士像には反しているような気がした。
* * *
「ひと目見た瞬間、この世に天使が舞い降りた!と思いマシタ!口説かせてクダサイ!」
……うん。斬り伏せて良いか?
港町視察の時にエルネスティ様がチェルソにそう言われた時、本気でそう思ってしまった。
有り得ない。こんな軽薄そうなチャラチャラした男がエルネスティ様に相応しいはずもない。おとといきやがれ。
俺は怒りをむくむく増幅していると、エルネスティ様はにべもなく断った。流石エルネスティ様だ。俺の中ではエルネスティ様に対する拍手喝采が鳴り止まなかった。
そしてチェルソは散々エルネスティ様に絡んだ末に、とんでもないことを言い出した。
「もしかして好きな人でもいるんデスカ?」
捻り潰すぞこの野郎。
エルネスティ様になんて下世話なことを聞くんだ。失礼だぞ。コイツ、エルネスティ様が皇族だって知っててこの発言か?いくらアルバーニ公国が色々緩いとは言え、郷に入っては郷に従えってことわざ知らないのか?
そうイライラしながらちらりとエルネスティ様のご様子を窺ってみると、エルネスティ様も当惑したようで目を丸くして固まっていらっしゃった。いきなり好きな人とか言われても困るだけだ。
……でも、そうか。一応今はまだ好きな方はいらっしゃらないのか。……良かったような、そうでないような。いや、単なる騎士である俺には関係ない話だが。
そんな風に俺がモヤモヤしていると、いつの間にかにチェルソはいなくなっていた。思いの外思案に耽っていたようだ。
執拗そうな野郎だったが、意外とあっさり身を引いたんだな。まあどうでもいいが。
その時俺は胸に引っかかりを感じつつも、エルネスティ様の護衛に専念することにした。
* * *
その翌日、チェルソの素性をエルネスティ様にご報告した所、エルネスティ様は少し申し訳なさそうにした。俺はそのご様子に胸が激しくかき乱された。
もしかしたらエルネスティ様にも気があったのではないか。そう言えばチェルソとの邂逅後のエルネスティ様はどこかうわの空だった。平民だと報われないのがわかっていたからこそのあの対応であって、もしチェルソが貴族だとわかっていたらまた別の反応を見せたのではないか。
俺は不安で押し潰されそうになった。そして思わずエルネスティ様に直接確認してしまった。一介の騎士が何を言い出すんだ、と俺は言った後に後悔したが、エルネスティ様は何も気にしていられない様子で首を横に振って否定した。俺は安堵と落胆がせめぎ合って微妙な気分になった。
結婚するつもりがないと言うことは、婿入りして臣下に下ることがないと言うこと。つまり俺はエルネスティ様の騎士を続けることが出来ると言うこと。それは喜ばしいことだ。ずっとエルネスティ様のお側にいられるのだから。
ならなんで、俺はこんなにも落胆しているのだろうか?
その時は不思議で仕方なかったが、今なら何となくわかる。現段階で俺に脈ナシであることの証明であり、これからのチャンスも全くないと言うことに無意識に気づいていたからだろう。
いや、エルネスティ様が俺を好いてくれている、またはこれから好きになってくださるなんてまず有り得ないが、奇跡的確率ぐらいなら可能性はなくもないかもしれない。実際は全くなかった訳だが。
当たり前で、わかり切ったことだ。なのに無自覚に期待してしまっていた自分が恥ずかしい。
こんなみっともなく執着して、本当、俺はいつからエルネスティ様のことが好きだったんだろうな。
意識しないようにすればするほど、エルネスティ様のことが気になって仕方がない。
特に、旅路で泊まった宿でエルネスティ様が枕を大事そうに抱き締めて、眠い目を擦りながらライラやクスターの話をお聞きしている姿はとても愛らしく、胸が張り裂けそうになった。
エルネスティ様が大変あざとい。俺の感想はその一文に尽きた。エルネスティ様はご自身の容姿が愛らしいことは自覚していらっしゃるが、仕草が可愛らしいことには無自覚なのだろう。心臓に悪い出来事だった。
そして俺はどさくさに紛れて、エルネスティ様をお姫様抱っこしてしまった。なんてこった。どうしてそうなった。
自分でもあの時何故ああ動いたのかわからない。ふらふらとベッドに戻ろうとするエルネスティ様が危なっかしくて、このままでは怪我をしていまうかも、と言う心配に駆られた次の瞬間にはエルネスティ様を抱き上げていた。我ながら自分の行動力に感服する。
抱き締めたエルネスティ様は、13歳にしてはとても細くて軽くて、直ぐにでも壊れてしまいそうな儚さがあった。そして俺はこの方を絶対にお護りするのだ、と心に誓い、ゆったりとした足取りでベッドへと向かう。エルネスティ様を起こしてはいけないのはもちろん、少しでも長くエルネスティ様に触れていたいと思ったからだ。
俺の腕の中でエルネスティ様が縮こまって、俺の胸へと擦り寄って来た。俺は愛おしさが溢れて来て、思わずエルネスティ様を抱き締める腕の力を強めた。するとエルネスティ様は安心したようにふわりと頬を緩めたかと思えば。
「……暖かい……好き……」
なんて言葉を呟かれるのだから、俺は自惚れないよう自分に言い聞かせることで必死だった。好きなのはあくまで俺の暖かい腕の中であって、決して俺のことじゃない、と。
でももしかしたら……と淡い期待を胸に次の日それとなくその発言の真意を探ろうとしたが、そもそもエルネスティ様は何か言ったことすら覚えていらっしゃらなかった。俺は少しだけがっかりしてしまった浅はかな自分に嫌気が差した。
手に残る温もり。華奢で庇護欲が擽られる小さなお身体。そして微かに香る甘い香り。俺はエルネスティ様をお姫様抱っこした感覚を忘れられずにいた。もう一度、エルネスティ様を俺の手の内に包み込みたい。そんな願望がむくむくと膨れ上がった。それは恋か否か、俺にはわからなかったが、少なくとも大っぴらにエルネスティ様へ向けて良い感情ではないことは理解出来た。だから俺はその感情を心の奥底へと沈めた。
まあいくら願った所で、多分もう一生味わうことはないだろう。俺はあくまで騎士。主であるエルネスティ様に触れられる機会なんて、普通はないのだから。
その時は、そう思っていた。
* * *
「ヴァイナモが『私の側が自分の居場所』と言ってくれて、とても嬉しかったのです。ヴァイナモの側は私の居場所。そう思っていました。ですがヴァイナモの側は私だけのものではない。寧ろ家族のものです。そのことにどうしようもなく疎外感を覚え、嫉妬してしまったのです」
これはサルメライネン伯爵邸に着いた次の日に盗み聞いた、エルネスティ様の本音。俺のことをよく知らないとお気づきになったエルネスティ様が、俺のことをもっと知りたいと渇望されたのだ。
俺はその言葉が、堪らなく嬉しかった。
エルネスティ様はご興味がないものには『どうでもいい』と切り捨てるお方だ。そんなエルネスティ様から『嫉妬』と言う巨大感情を向けられている。これをどう喜ばずにはいられるか。
俺のことをもっと知ってもらいたい。俺をもっと見て欲しい。みっともなくも、そんな願望が膨れ上がって行く。
それに俺だって、エルネスティ様のことがもっと知りたい。エルネスティ様は何か重大なことをお隠しになっている。だからと言ってそれを無理矢理暴こうとは思わないが、エルネスティ様自らその口で俺に伝えてくれたら良いのに、と立場不相応のことを願う自分を窘めたことが何度あったか。もう数え切れない。
だからこの時、エルネスティ様も俺と同じようなことをお考えになったと言うことが、嬉しくて嬉しくて仕方なかった。俺だけじゃない。俺の一方的な気持ちじゃない。そう思った所で俺の中に、とある疑問が浮かび上がった。
これは果たして騎士が主に向けるべき感情なのだろうか。
わからない。だけど何となく、理想の騎士像には反しているような気がした。
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「ひと目見た瞬間、この世に天使が舞い降りた!と思いマシタ!口説かせてクダサイ!」
……うん。斬り伏せて良いか?
港町視察の時にエルネスティ様がチェルソにそう言われた時、本気でそう思ってしまった。
有り得ない。こんな軽薄そうなチャラチャラした男がエルネスティ様に相応しいはずもない。おとといきやがれ。
俺は怒りをむくむく増幅していると、エルネスティ様はにべもなく断った。流石エルネスティ様だ。俺の中ではエルネスティ様に対する拍手喝采が鳴り止まなかった。
そしてチェルソは散々エルネスティ様に絡んだ末に、とんでもないことを言い出した。
「もしかして好きな人でもいるんデスカ?」
捻り潰すぞこの野郎。
エルネスティ様になんて下世話なことを聞くんだ。失礼だぞ。コイツ、エルネスティ様が皇族だって知っててこの発言か?いくらアルバーニ公国が色々緩いとは言え、郷に入っては郷に従えってことわざ知らないのか?
そうイライラしながらちらりとエルネスティ様のご様子を窺ってみると、エルネスティ様も当惑したようで目を丸くして固まっていらっしゃった。いきなり好きな人とか言われても困るだけだ。
……でも、そうか。一応今はまだ好きな方はいらっしゃらないのか。……良かったような、そうでないような。いや、単なる騎士である俺には関係ない話だが。
そんな風に俺がモヤモヤしていると、いつの間にかにチェルソはいなくなっていた。思いの外思案に耽っていたようだ。
執拗そうな野郎だったが、意外とあっさり身を引いたんだな。まあどうでもいいが。
その時俺は胸に引っかかりを感じつつも、エルネスティ様の護衛に専念することにした。
* * *
その翌日、チェルソの素性をエルネスティ様にご報告した所、エルネスティ様は少し申し訳なさそうにした。俺はそのご様子に胸が激しくかき乱された。
もしかしたらエルネスティ様にも気があったのではないか。そう言えばチェルソとの邂逅後のエルネスティ様はどこかうわの空だった。平民だと報われないのがわかっていたからこそのあの対応であって、もしチェルソが貴族だとわかっていたらまた別の反応を見せたのではないか。
俺は不安で押し潰されそうになった。そして思わずエルネスティ様に直接確認してしまった。一介の騎士が何を言い出すんだ、と俺は言った後に後悔したが、エルネスティ様は何も気にしていられない様子で首を横に振って否定した。俺は安堵と落胆がせめぎ合って微妙な気分になった。
結婚するつもりがないと言うことは、婿入りして臣下に下ることがないと言うこと。つまり俺はエルネスティ様の騎士を続けることが出来ると言うこと。それは喜ばしいことだ。ずっとエルネスティ様のお側にいられるのだから。
ならなんで、俺はこんなにも落胆しているのだろうか?
その時は不思議で仕方なかったが、今なら何となくわかる。現段階で俺に脈ナシであることの証明であり、これからのチャンスも全くないと言うことに無意識に気づいていたからだろう。
いや、エルネスティ様が俺を好いてくれている、またはこれから好きになってくださるなんてまず有り得ないが、奇跡的確率ぐらいなら可能性はなくもないかもしれない。実際は全くなかった訳だが。
当たり前で、わかり切ったことだ。なのに無自覚に期待してしまっていた自分が恥ずかしい。
こんなみっともなく執着して、本当、俺はいつからエルネスティ様のことが好きだったんだろうな。
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