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動き出す時
閑話:或孤児騎士の忠義 ※No Side※
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ヴァイナモが慌ただしく別荘へと帰って行き、オリヴァがそれを追うのを見送ったサムエルは、気配を消してその場から立ち去った。ダーヴィド他、残った騎士たちはサムエルがいなくなったことには気づかない。せっせと片付けをした後、一直線に別荘へと戻って行ってしまった。
騎士たちが去った後、サムエルは再び滝の元へと帰って来た。今までどこにいたのだろうか。その手には見覚えのある鳥の羽が握られていた。
サムエルは懐から小さな瓶を取り出すと、徐に滝の水を瓶の中に汲み出した。そして瓶が満タンになると、キュッと蓋を締める。
「……風さん、いますかあ?」
サムエルが独りでに空に向かってそう話しかけると、ヒュッとサムエルの髪が風に弄ばれた。それをyesと受け取ったサムエルは満足気に頷き、小瓶を弄りながら言葉を続けた。
「事前に言ってあった植物は全て回収していると思いますがあ、新たにこの鳥の羽と滝の水も調べて欲しいんです~」
サムエルが羽と小瓶から手を離すと、ふわっと吹き上がるような風が吹いた。そして羽と小瓶はいずこかへ飛んで行ってしまう。サムエルはそれを焦ることなく見送った。了承と受け取ったのだ。
「……全く、ヴァイナモ先輩も人使いが荒いですね~」
サムエルは非難の色など一切見せずにそう独り言ちた。実はヴァイナモがエルネスティをお姫様抱っこして別荘へと戻ろうとした刹那、サムエルは目配せで『調査を頼んだ』と頼まれたのだ。何故てめえらが以心伝心してんだよ、と言うツッコミはもっともだが、彼らは風との関わりが頻繁にあるため、そこで色々と意思疎通の仕方を決めていたのだ。
調査と言うのは、エルネスティが接触した鳥の羽や水の魔力が操作されてないか、である。
エルネスティに力が入らなくなったのは疲れのせいではない。
鳥や水の歪な魔力にあてられて魔力の波長が狂ったからなのだ。
「……それにしても、植物や動物の魔力操作はともかく、水の魔力まで操作しているなんて、考えにくいんですけどね~」
サムエルは疑念を含む声でそう零した。半信半疑ではあるが、実際操作されていたのだから、信じるしかない。
ここで事情を説明しよう。話はエルネスティが帝都に初めて行った時にまで遡る。
その時エルネスティが皇帝にお土産として買って来た花。それを調べた所、何者かによって魔力が操作されていたことがわかった。
この世の森羅万象は多かれ少なかれ魔力を保有している。普通はそれらを外部から操作するのは難しい。特別な無属性魔法が必要になるからだ。
だがその花は魔力を操作されていた。しかも『徐々に所持者の魔力の波長を狂わせる』ように調整されていたのだ。花は適正属性を持たないため、魔法は使えず魔力のままでしか使えない。自分の魔力ですら繊細な操作は難しいと言うのに、他の生物の魔力をピンポイントな効力を発揮するように調整したのだ。ハーララ帝国の魔力研究界隈に激震が走った。
尚且つ今回、水の魔力も操作出来るのではないか、と言う疑惑が浮上した。水に含まれる魔力は微量すぎて、感知することすら難しいと言うのに、それを自在に操るとは。それが事実であれば魔力研究界隈の更なる混乱は目に見えている。
ここで問題になってくるのが、誰がそんな規格外のことをしたか、と言う点だ。皇帝は直ぐにエルネスティがその花を買った店の店主を召喚して問いただした。店主は初めこそ取引先との信頼関係云々を理由にして口を割らなかったが、長い尋問の後、やっと口を割った。
アルバーニ公国。取引相手の訛り方からしてその国出身だろうとのこと。
確かにアルバーニ公国なら有り得る話だ。アルバーニ族は魔力操作に長けているので有名であり、昔からよく他国に目を付けられていた。だから初代ハーララ皇帝は帝国に取り込んでその力を借りる代わりに、アルバーニ族の保護とアルバーニ地区の自治権を認めると言う破格の条件を出して協力関係を結んだ。それでも損にならない程、アルバーニ族の魔力操作は一級品だったのだ。
話を戻すが、その報告をサムエルが受けたのが、エルネスティが港町の視察から帰って来た次の日。直ぐに連想されたのが、港町でエルネスティが出会ったチェルソ・カルメン・ソアーヴェと言う青年。まあアルバーニ公国の人口から考えて、彼が犯人である可能性は限りなく低いが、警戒しておくに越したことはない。アルバーニ公国にそのような研究をしている者がいないかの調査と並行して、チェルソの素性の調査が急がれている。
そして問題はそれだけではない。何の目的で帝国に花を紛れ込ませたか。それも問題だ。花屋の店主曰く、向こうからこの花を売り込んで来たらしい。実験的なものなのか、何か他に目的があるのか。現在風が総出で調査中だ。
そんな背景があるので、サムエルはエルネスティの周囲の警戒を強めた。流石にエルネスティを狙っての犯行ではない。エルネスティが帝都に来ることは、花屋で取引があった後に決まったことであるからだ。しかしアルバーニ公国の人間と接触した直後と言うのもあり、サムエルは少し神経質かと思いながらも、歌に微量な魔力を含ませ、その波長で周囲に魔力が乱れたものがないか確認していたのだ。
するとおかしなことに、この森から魔力を操作された植物がわんさか発見された。サムエルはエルネスティより先に歩いて歪な魔力を持つ植物を片っ端から風に回収させた。まさか動物や水にまで魔力が歪なものがあるとは思ってもいなかったため、対応が遅れてしまったが。
しかし、この森には魔力が歪なものが多すぎる。魔力操作の研究場所になっていた可能性が高い。今回の場合、アルバーニ公国がエルネスティを狙っての犯行の可能性も微レ存だ。アルバーニ公国の者が何故帝国の伯爵領の森を実験場所としているのか、はたまたエルネスティを狙ったかはわからないが、何らかの関わりがあることは確かだ。今回、調査の手がかりを掴めたのは僥倖である。
「……魔力を歌声に込める方法を独学で習得した甲斐がありましたね~」
サムエルは上機嫌に呟いた。練習の成果が発揮されるのは、サムエルでも嬉しいことである。
サムエルは平然と歌声に魔力を込めたが、それは常人が為せる技ではない。天性的な才能か、たゆまぬ努力の末にたどり着く域である。何も魔力操作を特訓していたのはヴァイナモだけではない。サムエルには元々そのような才能はなかったが、自分の得意な歌でエルネスティの役に立つのであれば、と密かに独学で練習していたのだ。
「~~♪殿下が聞いたら驚くでしょうね~」
サムエルは軽やかな鼻歌を歌った。エルネスティはサムエルが歌と言う利害の一致のみでエルネスティに仕えていると思っていると、サムエルは知っていた。確かにそれもあるし、実際エルネスティ以外のことであれば歌が関係しない限り全く興味ない。だがエルネスティに関することであれば、それが例え歌に関係しなくても動くつもりだ。
歌しか興味なかったサムエルが何故エルネスティに関しては動くのか。それは一重に、変装魔法を解除してくれたことにある。
サムエルは歌に関しては我が道を進んでいたが、それ以外のことは流されるように生きてきた。歌さえあればいいや、と楽観的に考えて、自分の顔が元に戻らなくても気にせず、諜報員として働けと言われればそうした。歌が歌えるのであればと帝国に紛れ込んだし、それがバレて殺されるのであれば素直にそれに従った。
その中で自分は歌以外何も無い空っぽな存在だと言うことに気づいた。顔も身分も偽る自分は、歌以外で自分であることを証明するものはないと感じた。別に歌さえあれば自分などどうでも良かったが、やはりちょっぴり心に穴が空いたような気がしていたのだ。
だがそれをエルネスティが変えた。顔と言う確固たる自分を証明するものを、サムエルにもたらしてくれたのだ。そのことにサムエルは深く感謝している。あまりそれを大っぴらには言わないが。
サムエルにはエルネスティに対して多大なる恩がある。だからサムエルはエルネスティに仕えるのだ。
「……これが僕なりの騎士としての忠義、でしょうかね~」
言葉にしてみると酷く滑稽に聞こえるが、それでもサムエルは満足だ。この満たされた感じこそが、騎士が主へ忠誠を捧げる所以なのかもしれない。
サムエルはにっこり笑って別荘へと戻って行った。その背中を、風が鼓舞するように撫でるのであった。
* * * * * * * * *
2022/03/16
誤字修正しました。
騎士たちが去った後、サムエルは再び滝の元へと帰って来た。今までどこにいたのだろうか。その手には見覚えのある鳥の羽が握られていた。
サムエルは懐から小さな瓶を取り出すと、徐に滝の水を瓶の中に汲み出した。そして瓶が満タンになると、キュッと蓋を締める。
「……風さん、いますかあ?」
サムエルが独りでに空に向かってそう話しかけると、ヒュッとサムエルの髪が風に弄ばれた。それをyesと受け取ったサムエルは満足気に頷き、小瓶を弄りながら言葉を続けた。
「事前に言ってあった植物は全て回収していると思いますがあ、新たにこの鳥の羽と滝の水も調べて欲しいんです~」
サムエルが羽と小瓶から手を離すと、ふわっと吹き上がるような風が吹いた。そして羽と小瓶はいずこかへ飛んで行ってしまう。サムエルはそれを焦ることなく見送った。了承と受け取ったのだ。
「……全く、ヴァイナモ先輩も人使いが荒いですね~」
サムエルは非難の色など一切見せずにそう独り言ちた。実はヴァイナモがエルネスティをお姫様抱っこして別荘へと戻ろうとした刹那、サムエルは目配せで『調査を頼んだ』と頼まれたのだ。何故てめえらが以心伝心してんだよ、と言うツッコミはもっともだが、彼らは風との関わりが頻繁にあるため、そこで色々と意思疎通の仕方を決めていたのだ。
調査と言うのは、エルネスティが接触した鳥の羽や水の魔力が操作されてないか、である。
エルネスティに力が入らなくなったのは疲れのせいではない。
鳥や水の歪な魔力にあてられて魔力の波長が狂ったからなのだ。
「……それにしても、植物や動物の魔力操作はともかく、水の魔力まで操作しているなんて、考えにくいんですけどね~」
サムエルは疑念を含む声でそう零した。半信半疑ではあるが、実際操作されていたのだから、信じるしかない。
ここで事情を説明しよう。話はエルネスティが帝都に初めて行った時にまで遡る。
その時エルネスティが皇帝にお土産として買って来た花。それを調べた所、何者かによって魔力が操作されていたことがわかった。
この世の森羅万象は多かれ少なかれ魔力を保有している。普通はそれらを外部から操作するのは難しい。特別な無属性魔法が必要になるからだ。
だがその花は魔力を操作されていた。しかも『徐々に所持者の魔力の波長を狂わせる』ように調整されていたのだ。花は適正属性を持たないため、魔法は使えず魔力のままでしか使えない。自分の魔力ですら繊細な操作は難しいと言うのに、他の生物の魔力をピンポイントな効力を発揮するように調整したのだ。ハーララ帝国の魔力研究界隈に激震が走った。
尚且つ今回、水の魔力も操作出来るのではないか、と言う疑惑が浮上した。水に含まれる魔力は微量すぎて、感知することすら難しいと言うのに、それを自在に操るとは。それが事実であれば魔力研究界隈の更なる混乱は目に見えている。
ここで問題になってくるのが、誰がそんな規格外のことをしたか、と言う点だ。皇帝は直ぐにエルネスティがその花を買った店の店主を召喚して問いただした。店主は初めこそ取引先との信頼関係云々を理由にして口を割らなかったが、長い尋問の後、やっと口を割った。
アルバーニ公国。取引相手の訛り方からしてその国出身だろうとのこと。
確かにアルバーニ公国なら有り得る話だ。アルバーニ族は魔力操作に長けているので有名であり、昔からよく他国に目を付けられていた。だから初代ハーララ皇帝は帝国に取り込んでその力を借りる代わりに、アルバーニ族の保護とアルバーニ地区の自治権を認めると言う破格の条件を出して協力関係を結んだ。それでも損にならない程、アルバーニ族の魔力操作は一級品だったのだ。
話を戻すが、その報告をサムエルが受けたのが、エルネスティが港町の視察から帰って来た次の日。直ぐに連想されたのが、港町でエルネスティが出会ったチェルソ・カルメン・ソアーヴェと言う青年。まあアルバーニ公国の人口から考えて、彼が犯人である可能性は限りなく低いが、警戒しておくに越したことはない。アルバーニ公国にそのような研究をしている者がいないかの調査と並行して、チェルソの素性の調査が急がれている。
そして問題はそれだけではない。何の目的で帝国に花を紛れ込ませたか。それも問題だ。花屋の店主曰く、向こうからこの花を売り込んで来たらしい。実験的なものなのか、何か他に目的があるのか。現在風が総出で調査中だ。
そんな背景があるので、サムエルはエルネスティの周囲の警戒を強めた。流石にエルネスティを狙っての犯行ではない。エルネスティが帝都に来ることは、花屋で取引があった後に決まったことであるからだ。しかしアルバーニ公国の人間と接触した直後と言うのもあり、サムエルは少し神経質かと思いながらも、歌に微量な魔力を含ませ、その波長で周囲に魔力が乱れたものがないか確認していたのだ。
するとおかしなことに、この森から魔力を操作された植物がわんさか発見された。サムエルはエルネスティより先に歩いて歪な魔力を持つ植物を片っ端から風に回収させた。まさか動物や水にまで魔力が歪なものがあるとは思ってもいなかったため、対応が遅れてしまったが。
しかし、この森には魔力が歪なものが多すぎる。魔力操作の研究場所になっていた可能性が高い。今回の場合、アルバーニ公国がエルネスティを狙っての犯行の可能性も微レ存だ。アルバーニ公国の者が何故帝国の伯爵領の森を実験場所としているのか、はたまたエルネスティを狙ったかはわからないが、何らかの関わりがあることは確かだ。今回、調査の手がかりを掴めたのは僥倖である。
「……魔力を歌声に込める方法を独学で習得した甲斐がありましたね~」
サムエルは上機嫌に呟いた。練習の成果が発揮されるのは、サムエルでも嬉しいことである。
サムエルは平然と歌声に魔力を込めたが、それは常人が為せる技ではない。天性的な才能か、たゆまぬ努力の末にたどり着く域である。何も魔力操作を特訓していたのはヴァイナモだけではない。サムエルには元々そのような才能はなかったが、自分の得意な歌でエルネスティの役に立つのであれば、と密かに独学で練習していたのだ。
「~~♪殿下が聞いたら驚くでしょうね~」
サムエルは軽やかな鼻歌を歌った。エルネスティはサムエルが歌と言う利害の一致のみでエルネスティに仕えていると思っていると、サムエルは知っていた。確かにそれもあるし、実際エルネスティ以外のことであれば歌が関係しない限り全く興味ない。だがエルネスティに関することであれば、それが例え歌に関係しなくても動くつもりだ。
歌しか興味なかったサムエルが何故エルネスティに関しては動くのか。それは一重に、変装魔法を解除してくれたことにある。
サムエルは歌に関しては我が道を進んでいたが、それ以外のことは流されるように生きてきた。歌さえあればいいや、と楽観的に考えて、自分の顔が元に戻らなくても気にせず、諜報員として働けと言われればそうした。歌が歌えるのであればと帝国に紛れ込んだし、それがバレて殺されるのであれば素直にそれに従った。
その中で自分は歌以外何も無い空っぽな存在だと言うことに気づいた。顔も身分も偽る自分は、歌以外で自分であることを証明するものはないと感じた。別に歌さえあれば自分などどうでも良かったが、やはりちょっぴり心に穴が空いたような気がしていたのだ。
だがそれをエルネスティが変えた。顔と言う確固たる自分を証明するものを、サムエルにもたらしてくれたのだ。そのことにサムエルは深く感謝している。あまりそれを大っぴらには言わないが。
サムエルにはエルネスティに対して多大なる恩がある。だからサムエルはエルネスティに仕えるのだ。
「……これが僕なりの騎士としての忠義、でしょうかね~」
言葉にしてみると酷く滑稽に聞こえるが、それでもサムエルは満足だ。この満たされた感じこそが、騎士が主へ忠誠を捧げる所以なのかもしれない。
サムエルはにっこり笑って別荘へと戻って行った。その背中を、風が鼓舞するように撫でるのであった。
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2022/03/16
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