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動き出す時

貴方をもっと知りたい

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「寂しい、ですか」

ダーヴィドが意外そうにそう呟いた。俺はこくりと頷き、話を続ける。

「……私はヴァイナモが家族とあんなにも仲良くなっていることも、昨日夕食の席で語られたヴァイナモの思い出も、知りませんでした。ヴァイナモがどのような幼少期を過ごしただとか、お気に入りの場所だとか、白身魚のパイが大好物だとか、誕生日はいつだとか……全て全て、私が知らないことばかりです。私はヴァイナモについて何も知らないんだな、そう感じてとても寂しかったです」

俺は一息ついた。ダーヴィドとオリヴァは黙って俺の話を聞いてくれている。部屋にはサムエルの悲しげな歌声だけが響いた。

「そしてふと、そう言えばいつも私ばかりが話して、ヴァイナモの話はあまり聞かないな、と気づきました。ヴァイナモのことを何も知らない、聞かないのに、一緒にいる時間だけが長いから、私はヴァイナモのことをよく知ってるつもりでいました。……私はそのことを恥ずかしく思う反面、これが私たちのあるべき関係なのだと痛感しました」

「えっ?なんでですか?」

ダーヴィドは思わず言葉を零した。オリヴァもキョトンとする。確かに俺とヴァイナモの関係は皇族と護衛騎士にしては近い。気の置けない相手だ。でも、違うんだ。

俺は弱々しく首を横に振った。

「私とヴァイナモはあくまで主従関係。ヴァイナモのプライベートにまで私が入り込んではいけません。ヴァイナモと家族の間は踏み込んで良いはずありません。私は眺めるしか出来ない領域。私が知らなくて当たり前の領域。……なのに、どうしようもなく寂しい。ヴァイナモのことなら何でも知りたい。常に当事者でいたい。……欲張りですね、私は。ヴァイナモに大きな隠し事をしてると言うのに」

俺は膝に顔を埋めて、震える声でそう言った。俺は自分勝手だ。俺は前世ことを隠しているのに、ヴァイナモのことは全て知りたい、沢山話を聞きたい。

寂しかった。何も知らないと言う事実に直面して。家族と楽しそうに話すヴァイナモを見て、どうしようもなく遠い存在なんだって気づいてしまった。

どうして?私の側が居場所じゃなかったの?なんでそんな遠くにいるの?

そんな黒く重たい気持ちが溢れ出して、俺はハッと目を見開いた。俺はこの感情を、少しだけ理解することが出来たのだ。

「……そっか。ヴァイナモが『私の側が自分の居場所』と言ってくれて、とても嬉しかったのです。ヴァイナモの側は私の居場所。そう思っていました。ですがヴァイナモの側は私だけのものではない。寧ろ家族のものです。そのことにどうしようもなく疎外感を覚え、嫉妬してしまったのです」

これは独占欲だ。全てを知りたい。そして全部俺のものにしたい。そんな不純な感情だ。ヴァイナモは純潔で誉高い忠誠を、俺に向けてくれているのに。俺はこんな醜い感情を向けている。

「……消してしまいたい。今すぐこんな薄汚い感情を殺して、ヴァイナモの主として恥ずかしくないようになりたい。なのに、どうしてか、この感情が愛おしい、大切にしたいとも思ってしまう。……何なのでしょうね、この面倒な感情は」

俺は胸に手を添えて自嘲気味に溜息をついた。これはヴァイナモに向けるには行き過ぎた感情だ。でも肯定したい。ヴァイナモに受け入れて欲しい。浅はかにもそう思ってしまう。

2人は惚けたように俺を凝視した。そしてオリヴァは夢心地な様子で徐に口を開く。

「……いや、その感情はどう考えてもこ……」

「わー!オリヴァ先輩!それは言っちゃ駄目です!」

「むがっ!」

何か言いかけたオリヴァの口をダーヴィドが慌てて塞いだ。『どう考えてもこ』?何をどう考えればそんな確信を得られるんだ?

オリヴァはモガモガと苦しげに何か言おうとする。そして痺れを切らしたようにダーヴィドの腕を掴み、乱雑に退けた。

「何でだ!自覚させるんじゃなかったのか!?」

「こう言うのは自分で自分の気持ちに気づくべきなんです!周りから教えられるのは駄目です!私の地雷です!」

「お前の性癖なんて知ったことじゃねえよ!じれったい!さっさと言ってしまうぞ!」

「駄目駄目駄目ですー!」

オリヴァとダーヴィドはキャンキャンと言い争いを始めた。一体何の話をしてるんだ?自覚?自分の気持ちに気づく?じれったい?まるで恋愛小説みたいなことを言うな。

……えっ?恋愛小説?

「そんなことより~。悩みの元凶と直接話をした方が良いんじゃないですかあ?」

するとサムエルBGMが突然そんなことを言い出した。俺を含めて一同キョトンとなる。悩みの元凶?ヴァイナモ?えっ?まさかの……?

サムエルは扉の方を振り返った。すると遠慮気味に扉が開かれ、ヴァイナモが入って来た。……待って待って待って!さっきのアレ聞かれてたの!?

「……エルネスティ様、申し訳ございません。ご命令に背いた上に、勝手に会話を拝聴してしまいました」

「……さっきの話を聞いていたのですか……?」

「すみません。サムエルからエルネスティ様の本音を聞き出すから、聞く覚悟があるなら来い、と言われたので……」

ヴァイナモは申し訳なさそうにそう答えた。視界の端でサムエルがしてやったりと笑みを深めるのが見えたが、俺はサムエルを恨む余裕もなく動揺した。ヴァイナモが知ってしまった。俺の醜い感情を。

……幻滅されただろうか。もう俺のことを主だと思ってはくれないだろうか。俺の側から居なくなってしまうのだろうか。

嫌だ。俺から離れないで。俺の気持ちを受け入れて。

この気持ちは何?なんでこんなにも苦しいの?

「……失礼も承知で申します。エルネスティ様からそのような感情を向けられることに、俺はどうしようもなく喜びを感じています」

ヴァイナモの予想外な発言に俺はガバッと顔を上げた。喜び?なんで?当惑するか軽蔑するかだと思っていたんだけど……?

「……エルネスティ様は興味がない方はとことん眼中にありませんから。俺のことでそんなにも悩んでくださると言うことは、それだけ俺のことを気にかけてくださっているのですよね。それが、その……嬉しくて。……すみません。変ですよね」

ヴァイナモは照れ臭そうに後頭部を掻きながら、へにゃりと笑った。……ヴァイナモは、優しい。こんな醜い感情でも、そんな好印象を抱いてくれるんだから。

……拒絶されなかった。受け入れてくれた。……嬉しい。

俺は涙を浮かべて、下手くそに微笑んだ。

「……いいえ。全然変じゃありません。ありがとうございます」

「いえいえ。俺が礼を言う方ですよ。……あと、すみません。俺はあまり自分のことを他人に語らない人間なので、エルネスティ様を不安にさせてしまいました。……この2週間で、エルネスティ様に俺のことを沢山お話しします。時間の許す限り、全部」

「……私の我儘に付き合う必要はありませんよ?」

「俺がエルネスティ様に知ってもらいたいのですよ」

ヴァイナモはへにゃりとした笑みを深めた。俺はその表情にドキンと胸が高鳴った。心拍数がドクドクと上がるのが感じられる。顔が熱い。何だこれ。いつもの心臓射抜かれるのとはちょっと違う、気がする。

「……なあ、コイツら本当に無自覚でやってるのか?」

「……そのはず、です」

よくわからない感覚に戸惑っていると、オリヴァとダーヴィドが困惑した様子でコソコソとそんなことを話しているのが聞こえた。無自覚?何の話??
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