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人間関係が広がるお年頃

閑話:或シスター見習いの畏怖

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エルネスティ殿下が院長に連れられてアウクスティ殿下の花壇へ行く後ろを、私は不安げについて行った。

私は真実が視える。だからわかる。

エルネスティ殿下の命を狙う刺客達が辺り一帯にうじゃうじゃいることが。

変装をされて帝都にやって来たようだが、宮殿から出る所からつけられていたなら意味はない。それに今は変装魔法を解いていらっしゃるから、尚のこと狙われやすい。殿下であるか半信半疑だった彼らが確信を持ってしまっている。

その者たちを注意深く観察すると、皆出身国がバラバラなことがわかった。一番多いのは我が国出身者だが、隣国のベイエル王国やアムレアン王国、海を隔てた先のパロメロ皇国など、豪華顔ぶれだ。何ここ世界の刺客博覧会か何かなのかしら??

我が国の刺客達の目的はわかりやすい。帝位争いに関係ないとは言え、対抗・・は少ない方が良いと考えるのが普通だからだ。問題は他国の刺客達だ。何故第四皇子を世界各国が狙うのか、と疑問に思ったが、案外答えは簡単だった。

殿下は現皇帝のお気に入りであること。

そして魔法陣学を研究していること。

我が国は大国であり、『帝国』と名乗るからには各国を侵略し、それなりの恨みを買ってきた。真に友好的なのは、建国当初から対等な友好関係を結ぶアムレアン王国ぐらいである。

その国の皇帝のお気に入りが魔法の天才と呼ばれる者であったなら。

そしてその者が武器の常識を覆す恐れがあると言われ始めた、魔法陣を研究しているのであれば。

今のうちに不安は摘み取っておくべきだと考えてもおかしくはない。

私が緊張で冷や汗をかきながらそんなことを考えていると、ふとあることに気づいた。

殺気を放つ刺客達の数が徐々に減ってきている、と。

私は不思議に思って魔法に使う魔力量を増やし全神経を集中させて辺りを見回した。するとふと、とある刺客の側を、風のようなものが通り過ぎた。その刺客はたちまち糸が切れたかのように倒れる。そしてまたしても風のような存在がその刺客をどこかへ連れて行ってしまった。

私は唖然とした。一体、何者の仕業だろうか。と考えたときに、ふとあることを思い出した。

我が国の皇帝が所有する暗部、それは別名『風』と呼ばれている、ということを。

それは私たちの生活の中で当たり前のように側にあり、時折存在を感じることが出来る。でも決して見ることは出来ない。神出鬼没で、時に人に噂を運び、時に人の命までもを奪ってしまう。そんな存在である。暗部と言うものは。

……なるほど。陛下は風をお使いに。余程殿下のことを大切にお思いのようね。風がいるならこの無法地帯も安全かしら。

私がホッとして肩の力を抜いたその時。

2種類・・・の魔力をほぼ同時に・・・・・感じた。

1つは針の穴に糸を通すような、繊細でそれでいて鋭利で殺傷性の高い魔法。それが殿下めがけて飛んで来た。

そしてもう1つが、膨大な魔力が込められた小さな何か・・。それが飛んできた魔法を寸分の狂いもなく撃ち抜き、打ち消してしまった。

私は魔法が放たれた方向を呆然と見つめていたが、バッと振り返った。真実が視え、その正体がわかったからだ。

魔法を打ち消してしまった何か・・の正体。それは、魔法不得手者であるはずのヴァイナモ様の魔力・・である。

魔法不得手者が魔法を使えない理由は大まかに3つにわけられる。魔力量が少ないこと、適正属性がないこと、そして魔力を上手に扱えないことだ。前者2つは生まれ持った才能であるから、努力でもどうしようもない。が、最後の1つだけは訓練の仕方によれば克服出来る可能性を秘めている。

だが未だ前例は数少ない。そもそもどうすれば魔力を上手に扱えるようになるかわからないからだ。魔法不得手者は最後の望みとして魔力を扱う訓練を行うが、ほとんどの者が途中で挫折してしまう。

だけど、もしヴァイナモ様が訓練を重ねて、克服なさったのであれば。

私はじっと彼を見た。すると真実が浮き上がって来る。

彼は意外にも並の魔力を持っていた。しかし彼は適正属性を持っていない。だから魔法が使えない。魔力の扱いも、元は壊滅的に下手だったようだ。

だが今は魔力の扱いが達人並に上手になっている。それもここ2、3年で。待ってヴァイナモ様一体何をしたらそんな爆上がりするの?

そして適正属性がなくても魔力を操作することが出来るから、ヴァイナモ様は魔力のまま使っているみたいだ。魔力は曖昧な存在だから、魔法にせずに使うのって難易度が超難なんだけど。

イメージとしては魔力はドロドロに溶かした鉄で、魔法属性が鋳型、そして魔法が鋳型で固められた道具といったところである。適正属性とは、その人が持っている鋳型の種類とも言える。ドロドロの鉄魔力鋳型属性なしで形を整えるのは、至難の業だ。魔力を魔法に変換せずに使うと言うのは、型を使わずに流動体の形を一定に保つのと同義である。

まあドロドロの鉄魔力そのままでも敵に攻撃出来なくはないが、二次被害が恐ろしい。コントロールのあったものじゃないから、敵味方お構い無しに巻き込んでしまう。

だと言うのにヴァイナモ様は一瞬のうちに、魔力をまるで魔法・・のように使った。しかも魔法の天才と呼ばれ、魔力に人一倍敏感な殿下にも気づかれずに。

まあつまり、私が言いたいのは。

ヴァイナモ様は化け物かしら??

魔法不得手者が、ほんの2、3年で達人並に魔力操作が上手になっている。一般的に有り得ないとされる話だ。だがそんな有り得ないことを成し遂げた人間が、今目の前にいる。

そしてなお恐ろしいのが、そうなるまで鍛錬を積み重ねた理由が向上心やら野心やらではなく、純度100%の忠誠であるって点だ。自分のためではなく、誰か他の人のためにここまで強くなれるだなんて、感服である。騎士の鑑と言っても良い。

私は畏怖を込めてヴァイナモ様を見つめた。ヴァイナモ様は院長とお話ししている殿下を眺めていた。その表情は穏やかで、愛おしそうで……。

……なるほど。どうやら忠誠心だけではないようね。忠誠心に負けず劣らず純粋で、真っ直ぐな気持ちみたいだけど。そして本人は気づいてないみたいだけど。これは時間の問題かしら。

私がそんなことを思っていると、ヴァイナモ様が私の視線に気づいてこちらに顔を向けてきた。私は刺客達の方を一瞥して、にこりと微笑む。ヴァイナモ様は私の言わんことを理解したようで、人差し指を立てて内緒のジェスチャーをした。殿下に気づかれないようにしているようだ。

私は心得たと頷き、殿下の方へ向き直した。ヴァイナモ様も殿下の方へ顔を戻す。

「……この2人の恋路に、幸多からんことを」

私は誰にも聞こえないほど小さな声で、そう神々に祈りを捧げた。私がそう願ったところで意味がないのはわかっているが、それでも祈らずにはいられない。

謙虚に、無欲に生きようと心に決めているが、せめて恩人達の幸福を願うことぐらいは許して欲しい。
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