前世の記憶を思い出した皇子だけど皇帝なんて興味ねえんで魔法陣学究めます

当意即妙

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人間関係が広がるお年頃

何故言えないのか

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ウーノさんが倒れて、その場は騒然と……はしなかったが、少し動揺が走った。ウーノさんははそのまま医務室に運ばれ、皇帝御用達の医師に見てもらった。やったねウーノさん!普通なら絶対に経験できないよ!

そしてどこからか俺の知り合いが倒れたと聞きつけた近衛騎士団専属薬師アスモが「これ!貧血に効くッス!」と言って薬をくれた。いや、貧血ではないんだけど……いや?極度の緊張だから、あながち間違いじゃない?まあどっちにしたって、もらえるものはもらっておこう。

数時間後。日が沈みかけた頃にウーノさんは目を覚ました。初めはここがどこかわからなかったみたいだが、医師から事情を説明すると可哀想なぐらい顔を青くしたそうだ。まあ確かに皇帝父上の御前でぶっ倒れるなんて、これ以上ない失態だもんな。父上気にしてないから大丈夫だよ!逆に「無理をさせてしまった」と申し訳なさそうにしてたから!

俺は医師から「ウーノが絶望で今にも死にそうだから慰めてください」と頼まれたが、皇子が行ったら追い討ちじゃない?大丈夫?

そうは思いつつウーノさんの容態が気になったので、俺はウーノさんのいる医務室に向かった。中に入るとベッドに横たわっていたウーノさんが俺の方を見て慌てて起き上がろうとした。俺がその体勢のままで構わないと伝えると、躊躇いながらもベッドに背を戻す。

「お身体は大丈夫ですか?ウーノさん」

「は、はい……。申し訳ございません。見苦しい姿をお見せしてしまい……」

「大丈夫ですよ。一般の方は父上と会うだけで相当なストレスになることぐらい、わかってますから。父上も気にしていません」

「そう、ですか……」

ウーノさんは力が抜けたようにベッドに沈み込んだ。何とかお咎めがあるような状況にならずに謁見が終了したことに、心から安心しているようだ。

「……やはり緊張しましたか?」

「……ええ。それはもう。人生一の緊張で、寿命が幾分か縮みました。ですが、私の料理が世間に認められる千載一遇のチャンスでしたから、逃げる訳にはいきません」

「そうですね。その頑張りのお陰でこれから徐々に認められて行くでしょう」

「はい……。本当に良かったです……」

ウーノさんは弱々しく、それでいて幸福に包まれた笑みを浮かべた。長年の悩みを解決する第一歩が無事踏み出せて、肩の荷が降りたのだろう。

父上が一言付け加えた言葉。それは「世間に認められる絶好のチャンス、どうするかはおぬし次第だ」である。ハーララ帝国大陸一の大国皇帝父上が召し上がった料理を、表立って非難する者などそうそういない。逆に「陛下が召し上がったのだから」と試しに食べてみる人が増えるだろう。そうすればタコの美味しさが広がり、料理として認められる。そのチャンスを棒に振るかはお前次第だ、と父上はウーノさんに言ったのだ。

ウーノさんは自分の料理を世間に認められたいと思っていた。決して世間の常識に流されることなく、芯を貫き通して。そんなウーノさんならこのチャンスを無駄にしないだろうと、父上はわかっていたんだろうね。

そしてそんな確固たる信念を持つウーノさんが作った料理だからこそ、父上はどんなゲテモノ料理でも信頼して食べることが出来た。父上は嘘をつかない人間と、ブレない信念がある人間を信用するからね。多分ウーノさんのことも気に入ったんだろうな。「定食屋がなければ、我の専属料理人にするのだがな」ってぽつりと呟いたのを聞いたのはウーノさんには内緒だ。ウーノさんには帝都の定食屋で伸び伸びと料理してもらいたい。

そんなことを考えていると、ウーノさんはゆっくりと上体を起こし、俺に向けて頭を下げた。俺は突然のことで驚き、固まってしまう。

「殿下、本当にありがとうございます。殿下のお陰で私は私の料理を信じきることが出来ました」

「えっ!?いえいえ!私は別に何も!」

「いえ、あの時殿下が私の料理を美味しいと仰ってくださったお陰で、私の中にある不気味な記憶を受け入れてくださったお陰で、陛下に自分の料理を自信を持って献上することが出来ました。一人でも自分を認めてくださる人間がいるだけで、どれだけの救いとなるか。……殿下には感謝してもしきれません」

俺は言葉が続かなかった。一人でも理解者がいればどれだけ救いとなるか、俺も良くわかっているから。俺が周りの評価も気にせず魔法陣の研究を始めることが出来たのは、ヴァイナモの存在が大きい。ヴァイナモなら理解してくれるという安心感から、俺は自由でいられたのだ。

「……そのお気持ち、大切に受け取らせていただきますね」

ウーノさんの気持ちが良くわかるから、俺は彼の純粋な感謝の言葉を素直に受け入れることにした。自分の行動が誰かの救いになれたなら、それ以上のものはないよね。

ウーノさんは胸を撫で下ろし、もう一度深く頭を下げた。


* * *


「ウーノさんの料理が父上に受け入れられて、本当に良かったですね」

「……そうですね。俺も食べてみたいと思います」

「そうですか!ではまた帝都に行った時、定食屋に寄りましょう!」

ウーノさんは無事に帝都へと帰り、俺は自室へと戻って来た。そろそろヴァイナモはオリヴァと護衛を交代する時間である。俺はいつも通り話しかけているが、何故かヴァイナモが少し歯切れが悪い。俺は不思議に思ってヴァイナモの顔をじっと見つめると、ヴァイナモは息を飲み、そして意を決したように口を開いた。

「……俺にも、言えない話ですか?」

「……えっ?」

「……れいぞうこ、と言うものの話だとか、エルネスティ様が御覧になった、悪夢の話だとか」

俺は一瞬、呼吸が止まった。それはつまり、俺の前世の話を、ヴァイナモに出来ないかと言うこと。

俺は迷った。ヴァイナモなら俺の前世の話も真剣に聞いてくれるだろう。信じてくれるだろう。

秘密はない方が楽である。言ってしまっても良いんじゃないか。

でも。

「……すみません。言えません」

俺は言えなかった。怖いのだ。万が一、受け入れられなかったら。俺の最初の理解者が、俺の理解者じゃなくなってしまうのが、怖いのだ。

これはヴァイナモを信用してないのと同じだ。俺は悔しくて情けなくて、自分の臆病さに反吐が出る。もしこれがヴァイナモ相手ではなかったら、どう思われようと気にしないのに。ヴァイナモには、ヴァイナモにだけは。

とずっと一緒にいてくれたヴァイナモだけには、離れて行って欲しくない。

「……そう、ですか。わかりました。なら俺はこれ以上言及致しません」

ヴァイナモは悲しげに、それでも無理矢理笑ってそう言った。俺は胸が張り裂けそうになった。本当は、今すぐにでも言いたい。

言いたいのに、言いたくない。

ドアがノックされる音が、部屋に響いた。外からオリヴァの声が聞こえる。交代の時間だ。

「……それでは、俺はこれで。どうか、良い夢を」

「……おやすみなさい」

ヴァイナモはスッと表情を真顔に戻すと、俺に恭しく頭を下げて、部屋を出て行った。俺は申し訳なさと悔しさと一抹の安堵を感じながらも、ヴァイナモの背を見送った。
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