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人間関係が広がるお年頃

同母弟の花壇

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ロヴィーサ嬢から大陸一重い感謝を告げられ辞退したくて堪らなかったが、相手は至極真面目なため無下に出来るはずもなく。結局ロヴィーサ嬢は宗教上、俺へ恩返しをしないといけない身となった。ロヴィーサ嬢は早速自分に何か出来ることはないかと尋ねて来たが、今は別段困ったことがないので、また何かあったら頼らせてもらうことにした。

さっさと恩を返してもらってこんな重い関係をなんとかしたかったけど、生半可なものじゃロヴィーサ嬢自身が許さないからね。それなりに彼女が・・・納得する頼みを考えておかないと。

「……それにしても、こんな何の変哲もない孤児院に皇子殿下がお2人も……」

ロヴィーサ嬢との話が一段落ついた頃、聖母シスターが惚けるようにぽつりと呟いた。俺は『2人』と言う言葉に引っかかり、聖母シスターの方を向いた。

「あの、私以外にもこの孤児院に皇族が来たのですか?」

「あっ。すみません。声が漏れてましたか?気にしないでください。一人、所作からして明らかに皇族らしき少年が昔、よく平民として遊びに来ていたので。私が勝手に皇子殿下だと思っているだけです」

「どんな方でした?私なら誰かわかるかもしれません」

聖母シスターは目を泳がせ、どう答えるべきかと迷っているようだ。確かにこれで皇族じゃなかったら、皇族の面々に失礼だからね。俺は気にしないけど!

「……丁度、殿下のような髪の色でした。瞳は深緑色で、年齢は丁度ロヴィと同じか少し年下あたりかと」

「……もしかして、アウクスティでしょうか」

俺は聖母シスターの言う特徴から、アウクスティ同母弟の第六皇子を連想した。俺のこの金髪は第二皇妃母親譲りであり、深緑色と言えば皇帝父上の瞳の色だ。そしてロヴィーサ嬢と同い年あたりの皇族。その条件に当てはまるのは、アウクスティぐらいしかいない。

「彼は『アスティ』と名乗ってましたが、多分偽名です。初めの頃はその名前で呼んでも直ぐに反応しなかったので」

「……アウクスティなのでアスティ……。有り得ない話ではなさそうですね」

「そして失礼ながら、その……所作は高貴な生まれを隠しきれていませんでしたが、ご性格が……端的に申し上げますと、ガキ大将のようでした」

「あっ、それアウクスティです。確定です」

今まで自信なさげだったのにポンと断言した俺に聖母シスターは目を丸くする。皇族の中で荒っぽい性格してるのって、アウクスティとカレルヴォ兄上第三皇子ぐらいだし。今まで第二皇妃母親に見向きもされなくて割と自由にしてたアウクスティならこっそり宮殿抜け出して帝都に下ることが出来るだろうし。

「その、アウクスティ様?と仰るのは……」

「ハーララ帝国第六皇子、アウクスティ・エスコ・ケルットゥリ・ニコ・ハーララ。私の同母弟です」

「殿下の弟君……。やはり皇子殿下であられたのですね」

聖母シスターは『全く似てない』って視線を送ってくる。仕方ないでしょ!同じ両親を持ちながらも、育った環境が全く別だったんだから!

「……その、アスティ、ではなく……アウクスティ殿下は今どうなさっているのですか?ここ2年ほど、全く音沙汰もありませんので……」

「……色々と忙しい立場に立つことになりました。今はもうここへ来る余裕はないでしょう」

何せ今や俺に代わって次期皇帝候補に名を連ねているからね。やることは山積みだ。呑気に帝都へ来る暇なんてない。

「……そうですか。せめて一言ご挨拶申し上げたかったです。やんちゃな方でしたが、なんだかんだで同い年や下の子の面倒を見てくださりましたし」

「……意外ですね。アウクスティが、ですか」

「はい。男子の兄貴分みたいな存在でしたよ。来なくなった当初は皆、凄く心配していました。……今は忘れてしまったのか何となく事情を察しているのか、名前すらも出しませんが」

聖母シスターは窓の外を見て懐古する。寂しいのかな。アウクスティがもう来ないことも、子供たちがアウクスティを忘れてしまったかもしれないことも。

知らなかったな。アウクスティにこんな人間関係があったなんで。割と子供っぽくてプライド高いから、孤児院で兄貴分って想像つかないや。

「……それにしても、あの花壇どうしましょう」

「花壇、ですか?」

「はい。アスティ……アウクスティ殿下は植物を育てるのがとてもお好きで、孤児院の花壇の一角をアウクスティ殿下専用としているのです。ですがもう来られないのであれば、必要ありませんね……」

本当、今日はアウクスティに驚かされてばかりだ。まさかあの大雑把アウクスティが植物を育てるのが好きだなんて。想像つかない。どちらかと言うと花壇を踏み荒らしていく方の人間だと思ってた。

「……撤去しようかしら」

「あの、一度その花壇を見せてもらっても構いませんか?」

「えっ。あっ、はい。わかりました。今から向かいますか?」

「お願いします」

俺の頼みごとに聖母シスターは驚きつつも、快く了解してくれた。別に俺が見て何になるかはわからない。そのまま撤去してもらうかもしれない。

でも何となく、俺の知らない同母弟アウクスティの姿を見てみたいと思った。


* * *


そうして俺は聖母シスターに孤児院の裏手の、開けた庭まで案内された。

「こちらがその花壇です。アウクスティ殿下が来られなくなってからは私と、ロヴィが来るようになってからはロヴィと2人で世話をしています」

「……立派ですね」

「これでも植物の数は減っていますし、私共ではアウクスティ殿下のように上手に育てられないので、随分と質素になってしまったのですが」

俺が感嘆の言葉を零すと、聖母シスターは苦笑いした。ロヴィーサ嬢も少し悲しげに花壇を見つめ……ているのだと思う。目瞑ってるけど。

「私はアウクスティ殿下と入れ違いでこの孤児院に来るようになったので、直接アウクスティ殿下がこの花壇を手入れする姿は拝見していませんが、この花壇の主は本当に植物がお好きなのだろうと端々から感じました。それを維持出来なかったのは残念です」

俺はそっと花々のひとつに触れる。手入れが行き届いていて、見劣りなんて少しもしない。それでも2人はこれは劣っているって言うんだから、アウクスティが管理していた頃の花壇はもっと素晴らしかったのだろう。

……アウクスティは母親に見向きもされなくて、不憫だった。少しでも見てもらおうと、母親に色々アピールしていたのは印象深い。だから今は母親に期待されて、アウクスティの願いは叶ったと思ってたけど。

今のこの状況がアウクスティにとって本当に幸せなんだろうか?

そしてその幸せか疑わしい状況を享受する羽目になった元凶は?

……なんてね。俺が気にするべきことじゃない。母親に振り向いてもらえて、嬉しそうだったのは確かなんだ。そこから先、本音の所まで俺が見る必要はない。

でも、ここには確かにアウクスティ本人・・居る・・訳で。

「……この花壇の世話、私も手伝いますよ」

「えっ。ですが……」

「弟の大切なものを守るのは、兄の役目です」

せめて全て終わった時に、彼の大切なものが何かひとつでも残っているように。

俺は柔く微笑んだ。聖母シスターは目を瞬かせ、その後聖母が如く微笑んだ。その笑顔で救国出来そう。割と真面目に。




* * * * * * * * *




○お知らせ◯
明日の朝、閑話を一話投稿予定です。是非ご覧ください。
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